代名詞の「モンゴリアンチョップ」を武器に、昭和のプロレスで大活躍した日本人プロレスラー「キラー・カーン」こと小沢正志(まさし)さんが29日に亡くなったことが30日、分かった。76歳。東京・西新宿で経営する「カンちゃんの人情酒場」の営業中に眠るように意識を失い、そのまま息を引き取った。死因は「動脈破裂」だった。葬儀は近日中に近親者のみで営まれ、お別れの会なども検討されている。

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また1人、昭和のプロレスの名バイプレーヤーが天国へと旅立った。関係者によると、29日午後8時30分すぎ、カーンさんは「カンちゃんの人情酒場」の営業中、カウンター席に腕を組んで座ったまま、眠るように意識を失った。異常に気付いた数人の常連客が救急隊を呼び、店内で蘇生措置。病院へ救急搬送されたが意識は戻らず、午後10時4分に息を引き取った。

同酒場公式X(旧ツイッター)の最後の更新は、亡くなった当日29日。「今年のカンちゃんの人情酒場もあと2日! 今年最後のゆず追加しました。大人気生ゆずサワーが飲めるのもあとわずかです。お待ちしております」などと記され、カーンさんの元気な姿の写真もアップされていた。

大相撲の春日野部屋で、しこ名・越錦として幕下で活躍。1971年(昭46)にプロレスへ転向した。公称195センチ、140キロの恵まれた体格を武器に、大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントの足を骨折させたラフファイターとして人気を博した。

「謎のモンゴル人」として売り出し、悪役レスラーとしてファンも多かった。両手を大きく広げ、左右同時に手刀を撃ち込む必殺技「モンゴリアンチョップ」が代名詞。70年代後半から80年代にかけて、WWF(現WWE)など北米でも成功を収めた。ザ・サン紙はこの日、「WWEのレジェンド、アンドレ・ザ・ジャイアントや“スーパーマン”ハルク・ホーガンと対戦し、日米のメインイベンターとして活躍した」とカーンさんの死について報じた。

87年の引退後、東京・新大久保に居酒屋「カンちゃん」をオープン。長くファンらに親しまれたが、新型コロナ禍の世相に嫌気が差して21年5月に閉店。その後は自身のYouTubeチャンネルでS状結腸がんを患っていたことを報告するなどしていたが、心機一転、今年3月6日の誕生日に西新宿で「カンちゃんの人情酒場」をオープンしたばかりだった。今後、店は閉店することになりそうだ。

近年は入退院を繰り返していたが、血管系の持病はなかった。入院中に病院食では量が足らず、好物のあんパンを病床の布団の中に隠していたこともあるほど食欲は旺盛。見舞いに訪れた知人に見つかってしまい反省するなど、最後までおちゃめな性格でもあった。

○…キラー・カーンさんと30年来の付き合いで、お店を手伝うこともあったという友人は、「本当に急でした。まだ実感がないです」と胸の内を明かした。カーンさんを「本当にお店が大好きな人だった」と懐かしみ、「大好きなお店で最後まで過ごせたのは、幸せだったのではないか」としみじみと語った。

◆キラー・カーン 1947年(昭22)3月6日生まれ、新潟県出身。本名は小沢正志。71年に大相撲からプロレスラーに転身し日本プロレス入団。73年3月、坂口らとともに新日本へ。76年に海外遠征に出発し、「テムジン・モンゴル」の名で暴れる。キラー・カーンに改名後、81年にアンドレ・ザ・ジャイアントの足を骨折させて、その名を全米にとどろかせる。82年3月の第5回MSGシリーズで凱旋(がいせん)し、宿敵アンドレと優勝を争った。その後ジャパン・プロレスに移籍も、87年の分裂を機に引退。その後は、芸能活動のかたわらスナックなど飲食店を経営していた。現役時代は195センチ、140キロ。