「入来兄」入来智氏が55歳交通事故死 信号ない交差点で出合い頭衝突、運転の車大破し畑に

  • 99年2月オープン戦巨人対広島、兄弟で7回を抑えた入来智さん(左)と入来祐作氏
  • 特製マウスピース着用で「ドラキュラ」と化したヤクルト時代の入来智さん(01年2月)
  • 01年10月、近鉄との日本シリーズで若松監督(右)と握手をするヤクルト入来智さん
  • 5日、ブルペンで投手陣をみるオリックス入来祐作コーチ、左は山本
  • 亡くなった入来智さんが事故に遭った交差点(撮影・滝沢徹郎)
  • 亡くなった入来智さんが事故に遭った交差点(撮影・滝沢徹郎)
  • 亡くなった入来智さんが事故に遭った交差点付近には砕けたガラスや車の破片が散乱していた(撮影・滝沢徹郎)
  • 【イラスト】入来智氏の年度別成績
  • 事故の状況
  • 事故現場周辺

「入来兄」が急逝した。ヤクルトは11日、球団OBの入来智氏が10日夜に宮崎・都城市内で交通事故に遭い、死去したと発表した。55歳だった。

入来氏は鹿児島実から三菱自動車水島を経て、89年ドラフト6位で近鉄入り。広島、近鉄、巨人、ヤクルトと渡り歩き、NPB実働12年で35勝(30敗)2セーブを挙げた。巨人時代には、実弟のオリックス入来祐作投手コーチ(50)と同時に在籍し「入来兄弟」として話題を呼んだ。介護士として同市内で働いていたという。

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故郷の宮崎で、帰らぬ人となった。10日午後9時50分ごろ、都城市野々美谷町の交差点で車同士の衝突事故が発生し、軽自動車を運転していた入来さんが死亡した。宮崎県警都城署によると、同51分に事故現場を通りかかった人から「畑に車が落ちている。運転していた50代の男性の意識がない」と110番通報があった。

事故現場は畑の中の、信号のない十字路。入来さんは軽自動車、衝突したのは団体職員の男性(33=東京都葛飾区)が運転するSUVタイプの普通自動車だった。入来さんが走行していた道路は幅9メートルで、時速40キロ制限を東から西へ。ぶつかった普通自動車は道幅6メートルで、一時停止をする十字路を北から南に向かって走っていた。

入来さんは駆け付けた救急車で市内の病院に搬送されたが、約2時間後の同日午後11時45分、死亡が確認された。球団発表によると死因は重症頭部外傷。普通自動車の運転手は無傷。同乗者が1人ずつおり、ともに軽傷だった。出合い頭の衝突だったが、入来さんの車は運転席も含めて大破し、ぶつかった車は前部だけが壊れる中破だった。

入来さんはヤクルト時代の01年に自己最多の10勝を挙げ、同年オールスター戦に初出場。先発した現オリックスコーチの弟祐作に次ぐ2番手で登板し、球宴史上初の兄弟リレーを行った。この年、古巣近鉄との日本シリーズで勝利投手になり、チームの日本一に貢献した。

▽ロッテ吉井監督(近鉄時代に一緒にプレーした入来さんの訃報を聞き) 入来とは冗談ばかり言い合っていた仲なので、本当に残念に思います。

▽ソフトバンク的山哲也1軍バッテリーコーチ(近鉄でチームメート) (プロ入り後)若手で彗星(すいせい)のごとく出てこられて、すごいピッチャーやなっていうのが印象的で。スライダーに特徴があって、僕も受けながらボールを落としてしまったり。こっち(宮崎)にいると聞いて、昨日も知人と入来さんの話をしていたんですが、本当にびっくりしています。ご冥福をお祈りいたします。

◆入来智(いりき・さとし)1967年(昭42)6月3日、宮崎県生まれ。鹿児島実から三菱自動車水島を経て、89年ドラフト6位で近鉄入団。広島、近鉄、巨人、ヤクルトをへて03年に韓国・斗山、04年は台湾・ラニューでプレーした後に現役を引退した。ヤクルト時代の01年に10勝を挙げるなど、NPB通算は214試合35勝30敗2セーブ、防御率4・25だった。右投げ右打ち。弟は巨人などで活躍したオリックス入来祐作投手コーチ。