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講談社元社員「妻殺害」裁判で最高裁決定が!朴被告に接見し、その母親を訪ねた

月刊『創』編集長
東京拘置所(筆者撮影)

不信感が拭えない最高裁決定

 最高裁の決定通知は、突然やって来る。1審2審のように公判が開かれないためだ。

 3月11日の午後4時頃、前日10日付の最高裁決定が突然、東京拘置所の朴鐘顕被告に手渡された。書類1枚の決定通知だった。

 上告棄却。このままだと有罪判決が確定するという通告だった。

 同じ日、弁護人のもとへも通知は送られ、そこから関係者に伝えられた。朴さんの4人の子どもを育てている母親や、支援者、そしてこの事件をずっと報じてきた私のもとにもメールで伝えられた。

 朴被告や関係者が驚いたのは、その決定が、昨年12月17日に上告趣意書が提出されてから3カ月も経たない時期だったことだ。上告趣意書と同時に、司法解剖を行った医師の意見書、殺害されたという朴さんの妻の父親からの無罪判決を求める上申書、妻は自殺で産後うつの影響によるという朴さんの主張を補足する産後うつ専門の精神科医の意見書、朴さん当人の陳述書、長女の供述書などが最高裁に提出されていた。

 それらを本当に検証・検討したなら、こんなに早い時期の決定はありえないのではないか。そういう裁判所への不信感が朴さんらの間に渦巻いた。

 3月14日、「朴鐘顕くんを支援する会」の佐野大輔さんと東京拘置所を訪れ、朴さんに接見した。朴さんは「12月17日に提出したものを検討もしてくれなかったのではないかという思いが拭えず、それが悲しくつらい。茫然としてこの現実を受け止めきれないでいる」と話した。

 年度末に近いこの時期、裁判官が交替したりする可能性を考えて、年度内に決着をつけようという判断が働くことがあるとは、よく指摘されることだ。

異例の経緯をたどった「妻殺害」裁判

 この裁判はそこに至るまでに異例の経緯をたどってきた。

 もともと「妻殺害」容疑で逮捕されたことも朴さんやその母親には青天の霹靂だったが、1審・2審は朴さんに有罪を宣告した。ところが、最高裁はそれを破棄して高裁に差戻し。東京高裁で再び審理が行われたのだった。最高裁の差し戻しという決定自体が異例であり、朴さん自身も家族も、今度こそ無実であることが明らかになるはずと確信した。

 ところがその期待に反して、2024年7月18日、差し戻し審の東京高裁のくだした判決は控訴棄却、つまり有罪だった。そして今回、最高裁がそれを支持して上告棄却を決定したのだった。

 この異例の裁判については、私の編集する月刊『創』(つくる)とこのヤフーニュースに何度も報告記事を書いてきた。昨年の高裁判決直後には、それまでの経緯も踏まえて、以下のような報告を書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/393f67224e6972768c81d7cd10fb4247293e4e2b

講談社元社員「妻殺害」裁判7・18差し戻し審判決に朴被告の法廷での抗議と家族の涙

 その高裁判決の時期、朴さんは無罪判決を確信して、拘置所での荷物の整理まで行っていたし、母親がめんどうをみている4人の子どもたちも、その日に父親が帰ってくると信じていたから、失望感に打ちのめされた。そして今回、最後の望みを託した最高裁は、本当に審理を尽くしたのか疑問を感じさせるような仕方で、上告棄却の決定を通告してきたのだった。

子どもたちには辛い報告がまだできていない

 母親は3月13日に朴さんに面会したが、決定通告を知らされた時から眠れない日が続いたという。14日、朴さんに接見したその足で、実家に母親を訪ねて話を聞いたが、決定から3日経ったその時点で、まだ子どもたちにはそのことを話していないという。

 昨年7月の再戻し審の判決の日にも、子どもたちはきょうこそ父親が帰ってくると信じて待っていたし、結果を聞いて全員が泣き出したという。今回の最高裁決定については、朴さん本人が子どもたちにそれを伝える手紙を書き、それを読み聞かせて説明したいということで、数日間、伏せられることになった。とはいえ、最高裁決定はネットニュースなどで報道されており、高校生である長女などはそれを見て、あるいはこの私の記事を見て、知ってしまうかもしれない。

2024年7月18日、差し戻し審判決後の会見(筆者撮影)
2024年7月18日、差し戻し審判決後の会見(筆者撮影)

 前掲の昨年の記事でも書いたが、差し戻し審の判決の時も、記者会見で朴さんの母親はこう話していた。

《もう8年経ってます。子どもたちも、小学3年生の子が高校2年生、一番下の1歳だった子が8歳になりました。みんな4人ともパパが好きで、家で待っているんです。

 今日私は今から家に帰って、どう子どもたちに話したらいいんでしょうか。つらくてつらくて、あまりにもかわいそうすぎて……。

 最高裁で、ちゃんと正しい審理をするようにと差し戻されましたけど、今度こそ本当に正しい判断をしていただきたいです。》

 父親の無実を信じて待っている子どもたちも、逮捕から8年を経て成長を遂げている。その家族の期待を裁判所は何度も退け、家族を絶望の淵に追い詰めてきた。今回の最高裁の決定は、その中でも重たいものだ。

改めて感じた裁判所への疑問

 前回の高裁判決後の報告で私はこう書いた。

《この裁判は、確たる証拠が存在せず、残された現場の痕跡によって、朴さんの説明と検察側の推論とどちらが現実に近いか、妻は自殺なのか他殺なのか争ったものだ。最高裁が審理を差し戻してからの公判を傍聴し、法医学の清水教授の証言、弁護側の最終弁論を聞いていて、検察の推論はほとんど粉砕されたという印象を感じていたから、判決文を聞いていてとても驚いた。

 そもそも妻が亡くなった現場である朴さんの家に行き、その急な階段を見れば、瀕死の妻を朴さんが偽装のために2階まで持ち上げ、階段から突き落としたというストーリーはかなり無理なものであることがわかる。さらに、朴さんの説明を裏付ける、2階のドアは押収されたままで、裁判では無視されたままだ》

《確たる証拠がないのに、「疑わしきは被告人の利益に」という原則が適用されず、朴さんを8年間も拘束、子どもたちを両親不在の状態に置いているというこの残酷な現実を裁判官たちは認識しているのだろうか。朴さんだけでなく、4人の子どもたちや母親を含めた家族の人生を台無しにしていることへの想像力が働いているのだろうか。

 裁判の行方を追ってきて、今回の判決は、法廷で聞いていて、これはちょっとひどすぎるのではないかとの思いを禁じ得なかった。》

 そして記事の最後をこう締めくくっていた。

《袴田事件を始め、誤判や冤罪がこれだけ社会的議論になっている時代に、裁判官は自らの責任について改めて思いを馳せてほしい。そう思わざるをえない。》

 その思いは、今回、ますます強くなっている。朴さんだけでなく、その子どもたちを含めて家族全員に耐え難いほどの苦しみを与えていることの重さを、裁判官はどの程度理解しているのだろうか。これまでいろいろな裁判を見てきたが、この裁判では本当にその思いを強くしている。

韓国SBSが調査報道で有罪判決に疑問

 この裁判への被告関係者や私が感じている疑問は、別に一方的な立場に立っているゆえのものでないことを示すために、2024年11月に韓国SBSが放送した番組について簡単に紹介しておこう。

 その番組はその後、日本語の字幕付きで日本でもYouTube配信された。ぜひ日本でも多くの人に見てもらいたいのだが、年末年始にかけて私が多忙を究めたため、それを紹介する記事をヤフーニュースにあげられなかった。

韓国SBSの取材チームは来日して丹念な取材を行い、調査報道としてこの事件を取り上げたのだが、これを有罪とすることに大きな疑問を投げかけていた。なぜ日本の大手メディアがこういう取り組みができないのかという疑問も含めて、とてもいろいろなことを考えさせられた。その番組には、私の取材を受けて出演しているのだが、簡単な経緯と内容を紹介しよう。

 

 11月9日、韓国で放送されたのは「それが知りたい」という人気番組の1419回「階段と索状痕、私は妻を殺していない」だった。約1時間の番組で、もちろんハングルでの放送だが、日本人のインタビュー音声は日本語で、流れは大体つかめる。私のインタビューも結構長めに使われていた。

 放送後、韓国では200万人の登録者がいるというYouTubeチャンネルで配信され、さらに日本語の字幕をつけた約30分の短縮版が日本でも配信された。

この番組がすごいのは、取材の深さと広さだ。日本での取材で朴さんやその家族、朴さんの弁護士に取材しているのは当然として、妻が亡くなった時に首に巻かれていたジャケットのメーカーを訪ねて原物と同じものを入手し、朴さんの供述を検証。あるいは韓国のスタジオに現場を再現し、そこで様々な実験や検証も行っていた。例えば検察側が主張している、死戦期に陥った妻を階段を使って2階へ上げ突き落としたといったことが可能なのかどうかを実際に実験して検証していた。この韓国のスタジオでの検証は、日本語字幕がついた短縮版ではかなりカットされていたのが残念だった。

 さらに資料や写真をもとに朴さんと検察側の見立てのどちらが科学的に正しいかなど詳細に検証していた。韓国の法医学者、犯罪心理学、元裁判官なども登場するのだが、最後の方に登場した韓国の元裁判官が、韓国ならこれは有罪にしないだろうと喝破していた。証拠が不確かであるのでこういうケースでは「疑わしきは被告人の利益に」という考え方を適用し、有罪判決は難しいとコメントしたのだ。

日本の大手メディアに改めて感じた疑問

 この番組がすごいというのは、取材が費用と労力をかけて徹底しているということもあるが、それだけでなく、自分たちで証拠や事実関係を検証し、有罪判決に疑問を呈するという姿勢が、日本のマスメディアではなかなか見られないものだったからだ。

 検察と弁護側が激しく争っているようなこういうケースでは、日本のメディアはまず報道のリスクを怖れて及び腰になってしまう。それは例えば、旧ジャニーズ問題が長年、週刊誌などで報じられてきたのに、疑惑段階では書けないなどと放置。英国BBCがドキュメンタリー番組で批判し、事務所側が謝罪するまで多くのメディアが動けなかったという例と構造的には同じだ。日本の大手メディアは、警察や裁判所など当局のお墨付きがない限り、独自の調査報道で追及するといったことをなるべく避けるというスタンスなのだ。

  もちろん全メディアがそういう態度というわけではなく、以前も紹介したが、NHKの『クローズアップ現代+』など特筆すべき報道もあった。

 韓国SBSの番組の最後の方で、『創』でも長いコメントをいただいた、元裁判官の水野智幸さんがコメントしている。日本では起訴された事件が有罪になる確率は99・8%と言われるが、それがあるゆえに裁判官も検察側の起訴は基本的に正しいだろうと思ってしまうという、元裁判官としては重たいコメントだ。

 講談社元社員「妻殺害」事件とその裁判は、裁判のあり方や報道のあり方など多くの問題を照らし出している。

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ありがとうございます。
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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