大韓帝国の高官、鬱陵島を日本領「松島」と認識 19世紀末、九州大教授が記述を発見 韓国、竹島領有の根拠揺らぐ
山陰中央新報配信
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自分のコメント(マイページ)コメント54件
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過去の話を見ても、近代的な国際法上から見ても、竹島は日本の領土。かつ、朝鮮側は倭寇対策で空島とした鬱陵島すら自国領と認識していないのは、よく知られた話。韓国に唯一根拠となるのは、李承晩による武力による占拠のみ。第三者からも日本領として認識されているので、実効支配による領有主張しか根拠はないだろう。
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いろいろ過去の記録を整理検討していくと当時の状況が分かってくる が 恣意的に結果ありきの分析をすれば、一見、その思い通りの結果を得ることができる しかし 総合的に幅広く冷静に分析すると、違う部分が見えてくる それが真実 真実に蓋をして虚構の事実を作り出しても、いつかはは真実が白日のもとに晒される
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竹島は鬱陵島の属島 これ、距離的に見て無理じゃね? 鬱陵島から直線で90キロも離れて居るのに属するとは思えない。 そもそも目視もできない距離の小島なんて認識すら出来てないだろうし、まともに航海技術が有ったのかすら疑問。
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竹島問題は日本政府が韓国側を刺激しない姿勢を一貫しているのが最大の問題です。 韓国はアメリカの同盟国でありアメリカが日米韓協力を望んでいる以上は親米を党是する自民党が竹島問題に取り組むことは困難なのでしょう。 首相就任前に竹島関係で愛国的な言動していた高市さんもこの有り様ですからね。 結局、戦後左翼だけでなく自民党を含めた戦後保守も否定されないと外国への土下座外交を主軸とする日本の戦後は終わりません。
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韓国に竹島を盗られたとき、日本はまだアメリカの占領下にあり、憲法の制約で海軍も無く、海上保安庁の巡視船の武装も認められてなかったので韓国の武装した韓国軍武装警備艇に対抗する装備も法的根拠も無かったわけだ。 昭和30年に巡視船が最後に竹島近海を巡視したときはすでに竹島は韓国軍の軍事的制圧下に入っていて排除され、政府も竹島保護、実力奪還は法的にも無理な状況になっていた。 つまり、現行憲法の制約下にあったために簡単に韓国に領土を奪われたということです。 李承晩ラインで4千人もの日本の漁民が韓国警備艇に次々と拉致連行されても防衛することができなかった。
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李氏朝鮮建国当時から、大院君の強硬な排外政策が転換される1876頃まで、明清の影響で海禁政策を取っていたからね。 沿岸から見えるかどうかの島なんてそもそも領土と認識してなくて、日本の領土と思っていたんだろうね。 それにしても、当時鬱陵島を「松島」と認識していたとは知らなかったわ。
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竹島に関しては韓国の記述で鬱量島から肉眼で見えるって書いてる資料文書もあるしね。李承晩が間違えてんだよね。アメリカからも拒否され日本に主権が戻る前に李承晩ラインをひいて実力行使で支配してるからな。韓国が何らかの理由で日本に協力求めてきたらちゃんと、こうゆうのの見返りを求めないと駄目だね。
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あちらさんが竹島を自国の領地だと言い出したのは、まぁ戦後、海洋での利権が 絡んできたから、なんだろうさ。 離島の存在は認識していたかもしれないが、そこに何の価値も見出してはいなかったのだろう。 所有する意図も無かった筈だ。 だいたい、複数の島嶼から成る島を、独島などと称する筈もない。 本来あちらさんが独島と呼んだのは、もっと半島に近い別の小島だったという事だ。 所有権を主張するために、無理矢理こじつけた屁理屈に過ぎないのだ、あちらさんの言い分は。
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鬱陵島は江戸時代前期まで日本領だった。日本人が、鬱陵島まで漁に行っていた。その時の経由地が竹島である。しかしある時、鬱陵島に朝鮮人がいたので、幕府に報告したところ、徳川幕府は平和主義(5代将軍綱吉の時)だったので、鬱陵島には行かないように禁止した。その頃、李氏朝鮮から連絡が来ていて、トラブルを回避したかったようだ。徳川幕府は、鬱陵島を朝鮮に与えたのに、韓国は竹島を奪った。今でもかわらない性格。
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韓国の主張は、石島と独島の発音が似ているから、1900年の勅令で石島と記したのは独島だと言う完全な後付け。それだったら最初から独島と書いておけば良いだけ。勅令には正確な緯度と経度が書かれてない。勅令の前に日本に確認は取ったのかな?
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