「聞く」って何?初めて大きい病院を受診して抱いた違和感を、22年間の悩みを添えて書くことにした。
「わたしは、誰に話しをしているんだろう」
「わたしは、どこから何まで話せばいんだろう」
まったく知らない人に自分の話をしたからなのか、
ヌメっとした違和感を覚え、少々イラっとして、
ちょっとした気づきに変わった。
わたしにとって仕事で「聞く」ことは、原稿を書くからであって(ミーティングとかは別だけど)、
クライアントはもちろん、インタビュイーやその先の人の何かのきっかけになってくれれば…と思って働いている。
ただ、別の世界での「聞く」ことは、
相手に不安と不快な思いをさせることなのか…?
そんな経験をした。
前提として、この話は「○○病院・○○先生が悪い」というような、
ただ単に苛立ちや否定の気持ちで書いているわけではまったくない。
「聞く」って、何?
その姿勢とは?
素朴な疑問にぶち当たった。
きっと、「業界ならではの一部分であると思う」と、
ここでは強く言いたい。
というのも、これから書くことは、
半分はわたし自身のことを書かなければ読み手は状況を把握できないと思う。
それをさらけ出しているから、
今から書くことは大目に見てやってほしい。
~ここからは5,000字弱の長文なので、興味ない人は閉じてくださいね~
わたしは22年間、病名がまだ付いていない蕁麻疹に悩まされている。
汗をかくと、
全身にみみず腫れのような発疹が出て、かゆみが出るのが軽度。
目の周り・唇・耳の中がパンパンに腫れて、涙や鼻水、咳が出るのが中度。
喉の腫れにより気管が狭くなったり、胃や腸のあたりが満腹感になったりして、
呼吸が苦しくなって、吐いたりくだしたりするのが重度(俗にいう、アナフィラキシー)。
汗を無意識でかくような夏はこれらの症状は出にくい。
でも冬は、汗をかいたり体が温まったりすると出る。
寒い場所から、いきなりあったかい店でラーメンや鍋を食べると、軽度~中度が出ることもある。
ただ、最初は「汗」に反応しているものだと思っていたけど、
年々、汗に関係なく「体があったまったら出る」という感じが、肌感覚としてある。
また、今年で結婚して14年目、
付き合ってから18年も関係を続けている夫の目から見ても、
わたしの蕁麻疹の出方やタイミングは年々変わってきている、と言う。
*
初めて発症したのは17歳。
部活のトレーニングで、真冬に長距離ランニングをし終わったとき。
当時は軽度の経験しかなく、
「寒冷蕁麻疹かな?」「原因が分かりません」と医者に言われて、
抗ヒスタミン薬を何種類か試し、今も服用中のアレロックに行き着いた。
それからは、
スポーツする前や温泉に入るときは頓服のような形で服用し、
原因が分からないまま、騙し騙しやってきた。
大学時代に中度を経験した。
目や唇が腫れると、お岩さんみたいな顔になる。
当時、人にその顔を見られるのがイヤだった。
驚かれるし、心配されるし、腫れが引くまでの間は、かゆみ・涙・鼻水との戦い。
高校時代までスポーツが大好きで寝ても覚めてもテニスしかしてなかったのに、
それ以来すべてのスポーツから遠ざかった。
腫れるのが嫌で、怖い。
だから汗をかかないように、いろんなことを我慢した。
でも、大学2年のある日、友人がお岩さんみたいなわたしの顔を見て
「めっちゃ愛嬌ある顔になったや〜ん♡」と言ってくれた。
「目が腫れて、視界がめっちゃ悪いんやけど」とネガティブワードで返したら、
「つまり、つぶらな瞳ってやつやろ?」と言って、わたしが誰からも見えないように背中で隠してくれた。
謎の蕁麻疹により、ぷっくぷくのぼっこぼこの顔を見て、そう言うのだ。
嬉しかった。
どう見ても「大変なことが起こっている顔」を「愛嬌」と表現してくれことに。
それ以来、わたしは汗をかいて(体があったまった時も)お岩さんの顔になって、人に心配されそうなときは、
「愛嬌のある顔やろ~」と、笑い飛ばせるようになった。
なぜならば、薬を服用して時間が経てば何事もなかったかのように腫れが引くのだ。
社会人、結婚など、引っ越すたびに皮膚科も変わる。
面倒だから「慢性的な蕁麻疹なんで、アレロックください」と言えば、だいたいくれた。
お守りのように持っていたアレロックを飲めば、なんとかなると思っていた。
重度の症状が出始めたのは、6年前。
暖かくなりはじめた5月、その日は汗ばむような天気だった。
お散歩がてら徒歩10分のスーパーに買い出しに行って家に帰ったら、
いつも通りの、お岩さん。
ただ、皮膚表面上だけの症状ではなく、
気管や体の中が腫れている感覚になり、ついに呼吸が苦しくなった。
いつものアレロックを1錠飲んでも効かず、2錠飲んでもダメ。
ゼーゼーという聞いたことのない声がこぼれて、
涙も鼻水も咳も、ありとあらゆるものが出た。
その日はたまたま夫が早く帰ってきてくれて、救急へ付き添ってくれた。
この一件で、
わたしは真剣にこの病状に向き合いたくなった。
原因は何か。治療法はあるか。
一生付き合うのか、完治するのか。
それから本腰を入れて、皮膚科に通うことにした。
通ってわかったことは、今までお守りのようにして服用していたアレロックは、飲み続けないと効果が出ないものだということ。
頓服の服用では、完治はしない。
症状は重いと判断され、
通常は1日2錠服用するアレロックを、倍量の4錠服用する方針になった。
さらに、中度・重度の症状が出たらプレドニンという薬を3錠飲むことになった。
お守り薬は、アレロックからプレドニンに変わった。
とはいえ、完治の目途は誰にも分からない状態。
当時は、常時服用のアレロックを飲み忘れる、なんてことは怖くてできなかった。(今は飲み忘れることも多々ある)
薬を飲まずにスポーツしようもんなら、確実に出る。
通常の倍量の薬を服用し続けるのは、いつまで続くのか。
正直、飲みたくなんか、ない。
そして、3年前。
前職を辞めたのを機に、中規模の病院へ足を運んだ。
人生で初めて検査入院を経験した。
「入院前の3日間、アレロックは服用せずに来てね」と言われるもんだから、かなり怯えた。
でも家に帰り、内心はなぜかいきりた立っていた。
「絶対出るやろ、そんなん。見とけよ」
(気持ち的な)威勢がよかったのは、その日だけ。
検査当日。
恐怖で縮こまりながらも、わざと蕁麻疹を起こすためにランニングマシーンに乗って人前で猛ダッシュした。
蕁麻疹の変化を何人もの前でお披露目した。
いつ重度になってもいいように、あらゆる方が控えてくれていた。
結果、皆さまの期待に応えられず、中度止まり。
万全の体制だったからこそ、重度は覚悟していたのに。
「ここは病院だから!!気管が腫れても、お腹を下しても、吐いてもいいんだよ!!!」と思いながら猛ダッシュし続けたのに、
この日ばかりは無念だった。
結果、19年を経て、やっと「コリン性蕁麻疹」という病名がついた。
それに加えて、万が一のためにエピペンを持つことになる。
(持たされたものの、いつも筆記用具の引き出しの奥の方に眠っている)
実は、検査入院した病院は「アレルギー科」であり、「皮膚科」ではない。
今まで約3年通ったが、蕁麻疹の形状やタイミングは年々変化している。
皮膚で起こっていることは、皮膚科だよね?
でも体内で起こっているのはアレルギーなのか?と、
疑問に思いつつ、答えは出なかった。
正直、軽度だけなら、「もういっか~」って割り切っている。
ただ、日常で中度以上になるのは本当にキツイ。
中度以上になるのが怖いから、好きだったスポーツ全般や色んなことを諦めてきた。
さすがに20年経つと治るやろ、と思っていたけど、ところがどっこい。
まだ悩み続け、なんなら光も見えない。
なので、今回人生で初めて大きな病院に紹介状を書いてもらって足を運び、
冒頭のシーンに出くわした。
この約20年の何か解決の糸口になれ……!と、祈る思いだったのに。
紹介状には、一体何が書かれているのか患者には分からない。
それに目を落とした医者は、わたしが見る限り室内に6人いた。
(たぶん、中には看護師や別の職種の人もいるだろう)
そして、聞かれた。
「どうしましたか?」
20年分の経緯を話せと言うのか?
それとも今の症状か?
「何を何錠服用しているのですか?」
先ほどお薬手帳をコピーしたにもかかわらず、これは確認?
何かを試されているの?
「写真があれば見せて」
見せたら、別の人が突然後ろから回り込んで、
何も言わず画像をパシャっと撮る。
撮った後に「記録用です」と言われる。
何に一番驚いたかって、わたしが聞かれて話している間、
6人もいるのに誰とも目が合わない。
主に1人の医者と会話はしたが、その人ともバシッと目が合わない。
あとは我々のやりとりをPCで入力する人、
わたしの様子を見て聞きながら、5歩先の方でPCを触っている人、
2人であれやこれや言い合ってる人、
向こうの方でこちらの様子を見ている人。
こんな感じ。
そして、わたしが何に困っているのかは誰も聞かない。
とりあえず起こった事象を時系列で述べるも、
それに対して可か否か、判断される。
「皮膚科の領域か?もしかすると遺伝子検査が…」
「コリン性蕁麻疹の発疹ではない」
「血管浮腫である確率は低いと思われるものの、別の見方もある」
「今ここで結論はでませんね、それだと」
「最悪、○○だったら△△だから…。その場合は注射で□□…」
わたしが話し終わる前に目の前の医者は何かしらの意見を挟む。
専門用語で、「わかる?」と言わんばかりに自分の考えを述べる。
なるほど。
ここでの「聞く」は、患者からの情報を振り分けるための手段なのか。
解決策を提示するとか、「こういうときはどうなのか」とか深ぼって聞くこともなく、
わたしの声は、事象(症例)として見ている。
たぶん、わたしの話には漏れが多々あったと思う。
「あれ?なんでそうなった?」「紹介状にはこう書いているけど?」とか。
でも、やっぱり聞かれなかった。
こちらから言わないと、先方の新たな発見(知り得たこと)にはならない。
肩透かしな数分間だったが、
むしろ医者的には、もうなんらかの結論が出ているような気もしていた。
(プレドニンで効いてるなら、もうそれでいいじゃない。みたいな)
結果、わかったことは、
「コリン性蕁麻疹ではない」ということ。
また振り出しに戻った。
これからの検討事項は、遺伝子検査をする、ということ。
(遺伝子性の血管浮腫の確率はある、ようで、ないらしい)
でも、もしかすると、
「コリン性蕁麻疹と血管浮腫が合併している?」らしい。
もう、ようわからん。
最後にこう言われた。
「(納得する材料を得てもらうために)遺伝子検査してもらって。検査するかしないかはお任せします。高額なんでね」
あぁ。
最後までわたしが何に困っているかは聞かれなかった。
だから、あえて最後に、
「正直、わたしが困っているのは中度以上の腫れであり、発疹だけならここには来てません。
約20年間汗をかかないように気をつけて生きてきましたが、もうこれからの生活に支障をきたしたくないから来たんです」と言った。
初めて3秒ほど目が合い、
「はい、分かりました」と、返事をされた。
まるで、就活面接の「最後に何か言いたいことはありますか?」っと聞かれてダメ押しで言った後の、
なんとも言えない、あの空気感に似ていた。
不発。
*
最後の最後まで、何の目的で「聞かれた」のかは分からない。
そもそも、自分が話していることが伝わっているかも分からない。
紹介状に何が書かれているのか知っていたら、それをふまえて伝えられていたかもしれない。
逆にもっと自分から質問できていたかもしれない。
ぐるりといろんな思考を巡らす。
ただ、収穫だと感じたのは、
初めて会う人に「聞かれる(であろう)」側を経験して、
聞き方・姿勢・リサーチ(ある程度のことを)・環境がどれほど相手の安心感や信頼感に繋がるのかが分かった。
当然、医者とライターの聞き方や目的は違う。
それに今までわたしは大きい病院へ受診した経験がない。
無知がゆえの感情・発想だと強く認識している。
でも、少なくとも「人」が「人」に聞く・問うマナーは、同じなのでは?と思う。
寄り添って、とかはもうこの状況で求めない。
でもせめて、目を見る、写真を撮る前にひとこと言う、相手が話しきるまで待つ。そうしてほしい。
知らない間柄だこそ、余計に。
そう思うと、これまで通院した(皮膚科以外の含めて)街の病院ではこんな経験をしたことがない。
「これまでが幸運だったんだな」と、感謝の気持ちが湧き出た。
(1日の終わりを感謝で終えれて、よきかな)
来月、人生初のゲノム診療科なるもののカウンセリング外来をとりあえず予約してきた。
さて、どう流れ着くのだろうか。



コメント
4読んでいてこちらまで怒りがわいてきました。病院って本当に当たりはずれがあるし、口コミもあてにならないし、マジでなんとかしてほしいものです💦
みりこさん、くれぐれも無理なさらないようにお過ごしくださいね。愚痴でも気分転換でも付き合いますので、またお話しましょー😊
まりりん、読んだよ。医師たちには怒りを通り越して呆れてくるね…。まりりんの「何に困っているのか」に寄り添ってほしかった。せめて今回、はっきりとメカニズムが判明するといいな。
でも、聞かれる側になった時にどうすれば相手を安心させたり、不快にするかが私も勉強になったよー!シェアありがとう。そして、ほんとに素敵なお友達やね!宝物のような言葉だなあ。
@よいこさん
読んでいただきありがとうございます!診察後に怒りの感情がこみ上げたのは、初めてでした🤯病院の大きさじゃないってことを痛感した後、脱力感で...💦確かに口コミも当てにならないから、何を基準に選べばいいかわからないですよね🥺
お気遣いありがとうございます!ぜひ、よいこさんとまたお話したいです☺️
@さや香さん
読んでくれて&お気遣いありがとう🥲まさかそんな対応とは思わず...。振り返ると、ちゃんと自分が伝えたかったことをしっかり言えていたか少しあやふやになってきてしまったよ。
でも、いい機会なので自分が納得するまで原因を探ってみようと思います💪🏻
薬がお守り、とは書いたけど、さや香さんのコメントを見て、むしろ友人の言葉がお守りだと気づいたよ。気づかせてくれてありがとう☺️