歴史修正の勧め? 取りこぼされてきた人は誰か、ミュージアムの挑戦
歴史修正に取り組もう――そんな提案をしている研究者がいる。アメリカ文化研究者の小森真樹・武蔵大学教授だ。米国と欧州の45都市でミュージアムを見学した結果、少数派を排除してきた従来の歴史像を見直す「修正」の流れが見えたという。歴史修正主義への不安が高まる中、何を目指しているのか。
米欧で500展示を見学、気づいた現実
――小森さんの近著「歴史修正ミュージアム」は、ある意味で〈歴史修正の勧め〉と読める本だと思いました。ただし一般的には、「歴史を修正すること=良くないこと」というイメージの方が支配的ですよね。
「一昨年から昨年までの約11カ月間をかけて私は、欧米の45都市を巡る旅をしました。様々なミュージアムを訪ねるためです。米国と英国を中心に計500以上の展示を見ました」
「博物館や美術館などのミュージアムは一般には『文化の保存や展示』をしている場所だとみなされています。しかし私が今回の旅を通じて気づかされたのは、多くのミュージアムが各地で『歴史の修正』に取り組んでいるという現実でした」
――その「修正」とはどのようなものだったのですか。
「これまでの歴史のあり方を見直す動きです。歴史の外側に取りこぼされてきた人々はいないか、平等であるはずの民主主義社会にあって不在者扱いをされてきた人は誰か。展示や企画を通じて見直しに取り組むミュージアムがたくさんありました。多様性や包摂を広げることを目指した進歩的な修正です」
再分配される「歴史を語る権利」
――具体的にはどんな取り組みが印象に残っていますか。
「ロンドンにある公共博物館、ナショナル・ポートレート・ギャラリーは印象的でした。私の見た新しい展示は、『英国の歴史を形作っている人々』の肖像を並べたものでした」
「左手の壁には、現国王を始めとする支配層の顔が並んでいました。白人男性が多いなと思いながら右手の壁を見ると、女性参政権を求めた女性活動家や車いすのアスリート、性的マイノリティーなど、少数派と呼ばれる130人もの人々の肖像が『英国の顔』として展示されているのです。まさに歴史の持っている偏りを修正する展示であり、歴史を語る権利を再分配する試みだったと思います」
「米国のフィラデルフィア美術館は、強者を中心にして描かれる米国史に見直しを迫っていました。たとえば、建国の父であり全ての人間の平等をうたっていたトマス・ジェファーソン大統領の元には多くの黒人奴隷たちが抱えられていたことを、展示は伝えていました」
――意義ある試みだなと思えた半面、「しょせんは美術館の知的エリートが企画したものに過ぎないのでは」といったエリート批判の声が挙がる可能性もありそうだなと感じました。
「そうした分断の間に橋を架けようとする企画もあります。英国カーディフの美術館では、美術展の企画を考えるキュレーションチームの一員にホームレス経験者を招き入れる試みが行われていました。議論しながら共同で企画を作ること自体が企画の目的でした」
「ホームレス経験のない美術館スタッフにとってそれは、経験者とつながり、家がないということはどういう苦しみなのかという認識を改める機会でもありました。立場の異なる人たち同士が対話できるコミュニティーを作り出したという点に、大きな意味があると思います」
歴史修正主義という呼び方でいいか
――ポジティブな意味での歴史修正が進んでいた、というお話ですね。ただ一般に、歴史修正主義という言葉はネガティブな意味で使われています。
「確かに日本で歴史修正主義と言えば、ナチスによるユダヤ人虐殺はなかったと主張するような『事実と異なる歴史像を広める立場』といった理解が一般的でしょう。しかし欧米では今、そうした主張を歴史修正主義(リビジョニズム)ではなく、否定論(ディナイアル)と呼ぶ方向へ変わってきています。そもそも歴史とは、新しい史実の発見などによって不断に見直されるべきものであり、歴史と修正は不可分だからです」
「つまり、修正観を修正しようというのが私の提案です」
――その場合、否定論者と呼ばれる人々は、何をどう修正しようとしているのでしょう。
「今回の旅で私は、英国の総選挙で反移民の政党が躍進し、米大統領選でトランプ氏が勝つのを見ました。支持者たちと飲食店で話していて気づくのは、彼らの多くが事実とかけ離れた歴史観を語ることでした。『移民が我々の農地を奪ってきた』『ディープステート(闇の政府)が政府を操作してきた』が典型です」
「また彼らの多くは、多様性を目指す進歩的な歴史修正によって『自分たちらしさ』が奪われたという被害者意識も抱いています。黒人や女性に光を当てる修正が白人男性の被害者意識を高め、『米国の偉大さを示す歴史像以外は存在を認めない』トランプ氏が語る否定論への支持が広がる。そんな構図に見えました」
二つの「修正」が拮抗する世界
――二つの修正勢力が対立していたということですか。
「はい。一方にはミュージアムのような、多様性を目指す歴史修正を進める勢力があり、他方にはトランプ支持者のような、修正された歴史像に不満を抱いて『修正に修正を加えようとする』勢力がいた。両者が拮抗(きっこう)している構図です」
――著書では、英国にある移動式ミュージアム「ミューモ」の例も紹介されていました。
「都市部から離れた、労働者階級の住む小さな町の公園に、大型トラックを改造した移動式ミュージアムを送り込む企画です。展示されていたのは、アンディ・ウォーホルを始めとする一流作家たちの本物の美術作品です。美術に触れる機会を提供することで、階級間に存在する文化経験の格差を埋めようとする試みでした」
「5人家族が『入っていいの?』と言いながら恐る恐る入室して、上半身裸でやって来た父親が『おれ、美術館は初めてだ』と言い、高校生ぐらいの息子も『おれも』と言うのを見たとき、感動しました。『美術館は限られた人々が来る場所だ』という従来の歴史が修正され始める瞬間を見た気がしました」
――そもそも、歴史というものはなぜ大事なのでしょう。
「今というのは、過去のできごとの上に成り立っているものです。様々な取捨選択のプロセスを経て語り継がれてきた『歴史の産物』が今なのです」
「歴史が今につながっているという実感があまりに持たれていないのではないか、という問題意識がありました。歴史があまりにも日常から遠い。ミュージアムの挑戦を今回紹介したのは、『本当は誰もが歴史とつながっているんだよ』と言いたかったからでもあります」
否定論との闘い、燃え尽きないために
――否定論的な歴史認識が噴き出してきたら、事実に基づいた歴史像をきちんと提示することによって、否定論の広がりを食い止める。そんな地道な取り組みが必要だと指摘されます。
「それは大事だと私も思います。他方で、真面目で誠実な取り組みをモグラたたきのように続けていく作業は膨大なエネルギーを要するので、ともすれば徒労感を抱いてしまう人も現れかねないとの危惧もあります」
「燃え尽きてしまわないためにも、歴史に向き合うことがなぜ大切なのかを実感し直す機会を増やせたら、と思います。歴史との誠実な向き合い方としての歴史修正があるのだと知ることが、その足場になりうる。すべての人々に歴史とのつながりを意識する機会を提供することが、力づけになると思います」
――トランプ大統領は、多様性を目指す文化機関への支援を次々に打ち切っています。異なる意見の人とも対話をする姿勢とは、残念ながら対照的です。
「トランプ氏は、米国の歴史を多様性のある形で見直す人々を『米国への憎悪を抱く者たち』と名指しし、愛国者にとっての害悪だとしてあおります。進歩派の人々を『敵』と認定してしまう姿勢が特徴で、その戦いは文化戦争と呼ばれます」
「残念なことに日本でも、同じような言論が影響力を広げています。欧米への旅から戻ってきたあとに私が見たのは、参政党の躍進でした。進歩派の人々を敵と認定する、まさに文化戦争的な戦い方で、彼らは排外主義を効果的に浸透させました。グローバルな勢力によって歴史が修正されたと主張して陰謀論的な歴史像を主張する点も、トランプ氏とシンクロします」
対立をもっと可視化させよう
――歴史修正の勧めには魅力と同時に、心配も感じます。結果的に歴史否定の助長につながる恐れはないでしょうか。
「その恐れがないとは思いません。それでもあえて提言しているのは、もっと対抗意識が表明された方がいいと感じているからです。多数派にとってのみ都合がよい歴史像を広めたり、少数派の人権を軽視したりする主張に対しては、言論できちんと抗議する動きが必要なのに、現状では足りません。社会を健全化させるには対立をもっと可視化した方がいいと思います」
「欧米に比べると日本のミュージアムでは、多様性を生み出す試みがまだ低調で、歴史語りの権力勾配を修正する動きがまだ少ない。他方で、文化戦争を利用する政治勢力はすでに成功体験を獲得してしまっています。歴史修正を巡ってどういう対立が生じているのか、摩擦を起こしながら共存していく道筋をどう見つけるのか。考え始めるべきではないでしょうか」
小森真樹さん
こもり・まさき 1982年生まれ。武蔵大学教授。ミュージアム研究や美術関連の批評・表現活動で知られる。著書に「歴史修正ミュージアム」「楽しい政治」など。
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- 【解説】
歴史修正主義と言うと、歴史の全面的な否定であったり、自己の都合のよいような部分しか見ない矮小化という否定的な側面で語られます。残念ながら、こうした現象が近年、様々な場面で見られるのは残念なところです。 このインタビューで小森先生がおっしゃる歴史修正はそうした歴史修正主義とは一線を画すものです。これまで私たちが見てこなかった、例えばマイノリティの側面を含めて歴史を見ること、そうしてこれまでの歴史観を修正していこうという試みになります。 こうした作業については、私の専攻する歴史学は常に行っています。これまでの視点はよいのかどうか。現在的な価値観なども踏まえながら、歴史観の見直しをし、歴史をどう表現していくのかを考えています。
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