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【対談】川内有緒×佐久間裕美子 もう乗り越えようとしなくていい。自分に合う生き方を選ぶための人生のアップデート

ノンフィクション作家の川内有緒さんと、NY在住のライターでアクティビストの佐久間裕美子さんは、10代後半で知り合った旧知の仲。かたや高校生、かたや大学生だった頃に出会い、共に「書く」仕事で人生を歩んでいる。
 
その2人が、偶然、同時期にエッセイ集を刊行した。川内さんの新刊『エレベーターのボタンを全部押さないでください』と、佐久間さんの新刊『今日もよく生きた』は、まるで地球を表と裏から照らす太陽と月のように読後感が異なる。しかし、出会いと別れ、家族のこと、既存の社会システムや常識に対する怒りや葛藤など、共通するテーマも多い。
 
そこで、2冊の刊行を記念して対談が実現。ここHBではその後編を掲載。前編「世の中にあふれる、人に言えない悲しみや苦しみ。しんどい時代だからこそ“書いて”生きていく」(光文社新書note掲載)に続くこちらでは、30年来の友人だからこそ溢れ出てきた、しんどい時代を楽に生きるための本音の数々をお届けする。

子どもの頃からずっと何かに怒っていた

佐久間裕美子(以下、佐久間) 私はアメリカに住んで30年になるけど、もともと日本社会に対する怒りが強かったんだよね。自分が変わりたいというより、社会がすごくアンフェアだと思ってた。
 
たとえば、私たちが生まれた世代はやたらと人数が多くて、競争が激しくて、人一倍努力しないと大変で。就職戦線でも、賢い女子大生がなかなか就職できない一方で、何も考えてないような運動部の男子が簡単に商社に入ったりして。そういう理不尽さに、すごく腹を立ててた。
 
川内有緒(以下、川内) そうだったんだ。私から見ると、ゆみ(佐久間さん)は努力してるように見えないのに頭のいい女の子、っていう印象だったから。そんなに社会への怒りを抱えているとは思わなかったな。
 
佐久間 あっちゃん(川内さん)も、『エレベーターのボタンは全部押さないでください』の中の「初めての家出記念日」で、「この頃の私は一瞬で火がつくような怒りの元を常に抱えていた」って書いてるでしょう。私が一番好きな話で、高校生のあっちゃんが感情を爆発させるところが、本当にそのまんまだなって思った。当時のあっちゃんはいつでも「うるさい!」って言いそうだったから。
 
川内 あの頃は怒りがたくさんあったから。何かあったらすぐブチ切れる感じだったよね。ずっと何かに怒ってた。
 
佐久間 一体何がその怒りを生み出していたんだろうね。
 
川内 自分でもよくわからないんだけど、とにかくすぐ腹を立てる「時代」だった。反抗期と言えばそれまでだけど、いろんなフラストレーションが渦巻いていて、学校に対しても常に怒りがあって。たとえば、中学校の家庭科で、1学期かけて少しずつパジャマを作る授業があったんだけど、「なんでそんなに時間をかけなきゃいけないの?」と思って、家で1日で作り上げたの。そしたら先生が激怒して、家庭科の成績が「1」だった。なんでみんなと同じスピードで、同じようにやらないと評価されないの?って、すごく理不尽だと思ったよ。
 
佐久間 私もそういうタイプだった。テストは100点ばっかりでも、学習態度が悪いっていう理由で、通知表で4つけられちゃう子だったから。
 
川内 それもひどい話だね。当時の私は、行き場のないフラストレーションを抱えていたから、あのまま日本にいて就職することを、自分自身が受け入れられなかったんだよね。何か大きな突破口がないとこの国では生きていけないと思っていて、とにかく「自分を変えたい」っていう思いがすごく強かった。私はもともと群れるのも苦手で、集団の中に入っていくのがすごく苦手だったから。
 
佐久間 そういうあっちゃんが好きだったんだよね。私も群れるのが苦手だったから。
 
川内 だから、アメリカに行って本当によかったよ。その人がその人らしくいられる国だったから。誰とも群れずに生きることができたし、アメリカでちゃんと「自分」というものを認められるようになった。その後フランスにも住んで、十数年ほど海外にいた間に、自分のゴツゴツしていた痛い部分が削ぎ落とされて、楽に生きられるようになったかな。
 
佐久間 わかる。私も、自分は社会にうまく馴染めない人間だと思っていたけど、ニューヨークが大きな包容力で迎え入れてくれて、肯定してくれた。

社会的な刷り込みをアップデートしていく

川内 ゆみと出会った頃に比べたら、ブチ切れるほど怒ることはなくなったけど、今でも日常の中で腹立つことはよくある。いつも言われて嫌だなって思うのが、「今、お子さんの面倒は誰が見てるんですか?」っていう質問。
 
佐久間 むかつくね。
 
川内 「夫です」って答えると、「えらいですね」って言われるの。その度に「いや、えらくないです、普通です。彼の子どもでもありますから当たり前じゃないですか」っていちいち言い返してる。褒めてるんだからそこに突っかかってこなくても、と相手は思うかもしれないけど、そこには「女性が子供の世話をするのが当たり前だ」という価値観が反映されていると思うし、そういうことを言われて不愉快な人もいることを知らせておかなきゃいけない、って思うから。
 
佐久間 日本は、「子どもの面倒を見てくれる夫はえらい」っていう社会的な刷り込みがずっとあったからね。家事育児は女性の役割っていう考えが当たり前だったから。「それっておかしくない?」って言えるようになったの、最近のことじゃない?
 
川内 そうかもね。自分にもそういう転換があったのかもしれない。
 
佐久間 私たちの母親世代なんて、女性が働くのは子どもに申し訳ないとか、ご飯は絶対に作ってあげないと、って思わされてきたでしょ。かわいそうに。
 
川内 そうだよね。私も結婚して娘が生まれて、この10年間で少しずついろんなことをアップデートして、自分もパートナーも居心地がよくなるように努力してきた。だから今、ご飯はそれぞれが好きなものを食べてるの。お互い体の調子も食べたいものも日によって違うし、全員が同じものを食べなくてもいいじゃないと思って。彼は彼の分を、私は私の分を準備して、娘の分はできる人が準備するようにしたら、 うちはこのほうがいいねってなった。
 
佐久間 私もパートナーと暮らし始めた頃、私が食べたいものを、相手の分まで自然に作ってた。そしたらある時、彼に「作んなくていいんだよ」って言われて、そうか! って 。別々のものを食べればいいんだって気づいたら、すごく楽になった。
 
川内 結婚生活をサステナブルに続けていくのって大変だから、お互いのためにも、嫌なことは無理しないで楽したほうがいいよね。自分が辛いと感じることは、一つ一つ変えていくしかないし、それが結婚生活をうまく続けていく唯一の方法なのかなって、最近すごく思う。
 
佐久間 そうだね。

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『エレベーターのボタンを全部押さないでください』(左)と、 『今日もよく生きた  ニューヨーク流、自分の愛で方』(右) 偶然にもどちらも装丁は名久井直子さん。

「我慢は美徳」じゃない

川内 日本の教育って、「今ここを我慢すれば、未来にもっといいことがあるよ」っていう教えが当たり前だったじゃない。「我慢は美徳」っていうのが日本の文化だったけど、「石の上にも三年」とか私には難しかったな。
 
佐久間 石の上にも三年って、よく考えるとヤバいよね。
 
川内 でも今は、若い人も嫌な仕事は辞めるようになってるみたい。
 
佐久間 そうなると今度は、中間管理職の人が「今の若者は我慢が足りない」って愚痴をこぼしたりするけど、じゃあ、あなたは嫌な仕事も我慢し続けたいの? って思っちゃう。
 
川内 自分に合った生き方を選ぶことに、罪悪感を持つ必要はないよね。私も妊娠した時、ある先輩から「子どもが生まれたら、保育園や親に預けて子どもと会えない中、深夜まで歯を食いしばって働く暮らしが待ってるのよ」って言われて、うそでしょ? 絶対そんなの嫌だって、すごく暗い気持ちになった。「そんなにいろんなものを犠牲にしてまで欲しいキャリアなんてないですから、大丈夫です」って返事したのを覚えてる。
 
佐久間 そうそう。「生きてるだけでえらい」っていうのが私の最近のテーマで、もっと楽に生きる努力をしていいと思う。ただでさえ、資本主義競争で格差は広がるばかりだし、自然災害は増えるし、戦争は起きるし、どんどんしんどい世の中になっているから。

年を取ると「喪失」が増えていく

川内 ゆみの『今日もよく生きた』に、「生きている限り、縁というものは、切れたり、薄くなったり、また太くなったり、そういう繰り返しなのだと思うようになった」とあって、本当にそうだなと思った。私も最近、そういう再会がよくあって、一度は切れたと思った縁が復活することもある。でもその逆もあって、若い頃にあれだけ仲がよかったのに、再会してみたら「何が共通点だったんだろう?」って思うくらいかけ離れている人もいる。昔話以外に何も共通点がない、なんてこともあって、人間の変化って想像ができないよね。
 
佐久間 私が最近嬉しかったのは、一番仲がよかった従兄弟との再会。祖父と叔父が仲違いして「生き別れ」になったと理解して、ずっとその記憶に蓋をしていたんだけど、私の元パートナーが開店した美容院にその従兄弟が保険の営業で現れたの。私の本がお店に置いてあったおかげで再会できた時は、もう号泣!
 
川内 それはすごい再会だね。
 
佐久間 彼との別れは人生最初の大きな喪失だったから、再会した時は子どもみたいに泣いちゃってさ。でも、生きているとこういう奇跡が起こることもあるんだなと思った。悲しい喪失もたくさんあるけど、こんな驚くような出来事もあるから、生きていくことはやめられない。
 
川内 そうだね。ゆみの本の、「年を取るって喪失が増えることで、自分はそんなたくさんの喪失に耐えられるだろうかと不安になる」という話にも、すごく共感した。私もちょうど喪失があったタイミングだったから、余計に響いたのかも。

佐久間 私も、父が亡くなった時、役所に届けに行く道を歩きながら、「え? みんなこういう時どうしてんの?こんな体験して仕事に戻ってるの? なんでみんな涼しい顔して歩いてんの?」って思ったよ。

川内 私も『晴れたら空に骨まいて』という本を書いた時、どうやって喪失の痛みを抱えて生きていけばいいのか考えた。その延長で亡くなった父の話も書いたんだけど、だからといって慣れることも全然できなくて。喪失のたびにものすごく衝撃を受けちゃうから、辛くて悲しくて、生きるって大変じゃん!って、ずっと思い続けてる。

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文字が思いを解き放ってくれる

佐久間 自分と向き合う中で家族のことを書く時って、どこまで書いていいんだろう? って迷うことない? 書かれた相手が嫌な気持ちにならないかな?とか。
 
川内 うん、考える。父が亡くなった後に発覚した借金問題で、家がなくなるかもしれないとか、いろんなことがあって。その渦中にいる時はそのことを書きたいなんてまったく思わなかったし、むしろ恥ずかしいことだと思ってたんだよね。でも、その経験が自分の人生に与えた影響があまりに大きすぎて、一度文章にして外に出さないと前に進めないんじゃないかと感じた瞬間があったの。
 
それで書こうと決めて書き始めたら、書き終わった時にものすごくすっきりして、これは決して恥ずかしいことじゃないんだなって思えた。人生でどうしようもないことって起こるし、それも含めて今の自分を形作ってくれたわけだから。
 
佐久間 そうだよね。私も父に対する葛藤がものすごくあって相容れないとずっと思ってた。でも父が亡くなった後、酔っ払って実家に帰ったら、母親が「そっくりねえ」って。父親にすごく似てるって言われて、やっぱり私は父から生まれたんだなって。あっちゃんのお母さんは、お父さんの話を本に書くことに抵抗があったんだって?
 
川内 母は最初、ものすごい拒絶反応を示したよ。妹の方は、単純に不思議だったみたいで、「お姉ちゃん、なんで今更お父さんのことを書こうと思ったの?」って聞いてきた。だから、「きっとお父さんみたいな人生にも意味がある。立派な生き方とかとほど遠い人生だけど、それはそれで書くことには意味があるんだよ」ってぼんやりした返事をしたんだけど。「原稿が書けたらまずお母さんに見せるね」と言って、書いた原稿を渡したら、すぐに妹から電話があって。「お姉ちゃん、多分大丈夫だよ。原稿がお父さんの仏壇のところに置いてあった」って。それは「大丈夫」のサインで、書き進めていいんだなって受け取ったの。
 
佐久間 あっちゃんがお父さんのことを書いてすっきりしたのは、許すための行為だったからかな。
 
川内 それもあるし、「川内有緒はこういう問題を抱えて生きてきた人なんだ」と、読んでくれた人に知ってもらえて、スッキリしたのかもしれない。自分だけの秘密じゃなくなって、楽になったのかも。
 
佐久間 文字が思いを解き放ってくれるんだよね、きっと。
 
川内 そうだね。私はノンフィクションとエッセイを書いていて、ノンフィクションは何か伝えたいことがあって書くけど、エッセイは、もっと自分自身や自分の人生と向き合うためのもの、という感じがする。

もう「乗り越え」なくていい

佐久間 生きていると、嬉しい出来事もあるけど、しんどいことも多い。私は12年前に足を折ったと時も結構しんどかったから、しんどい時は我慢しないで、とことんしんどがろうと思って、「痛い痛い痛い!」って叫んでた。もうそうするしかないと思ったから。
 
川内 私も『晴れたら空に骨まいて』で、もう悲しみを乗り越えなくていいんじゃない? 痛みをとことん引きずってみようっていうことを提唱していて。痛みや悲しみは隠さずに出せばいい、っていうのがあの本のテーマだった。

佐久間 日本人はすぐ「乗り越える」って言うじゃん。だから、どんなにしんどくても我慢して乗り越えなきゃいけないって思いがちじゃない?

川内 それはある。日本人は乗り越えることを美学としているから。困難を乗り越える、障害を乗り越える、ということがいいとされてきた。

佐久間 アメリカも、トキシックポジティビティ(有害なポジティブさ)っていうのがあるからね。
 
川内 私は、乗り越える美学をずっと疑問に思っていて、前にゆみも会ったことがある、目の見えない白鳥(建二)さんのことを本に書きたいと思ったきっかけもそれだった。白鳥さんが子どもの頃からずっと「障害を乗り越えていけ」「人の何倍も努力しろ」って言われ続けてきたと聞いた時、もしかしたら自分も相手に対してそう思い、自分自身にも言い聞かせてきたかもしれない、と気づいて。本当にそれでいいの? と疑問を持って、白鳥さんのことをもっと掘り下げてみたいと思ったのが、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』を書いたきっかけだった。
 
佐久間 乗り越える美学は、自己責任とも繋がってるよね。

川内 大いに繋がってると思う。それが生きづらさを生んでいるにも関わらず、でも逃れられない何かがこの社会の中にはある。

佐久間 そうそう。だから私も、若い頃は、資本主義の競争に負けないネオリベソルジャーとして必死だった。でも40歳頃から精神的に辛くなって、もう競争から降りたいと思って、いろんなことを変えたり整理したりしたんだけど、降りたつもりでも、また忍び寄ってくるの。

川内 ずっとその戦いだよね。私も無意識のうちに「乗り越える美学」を人に押し付けてしまったこともあったと思う。でもそれは違うんだって、いろんな人からいろんなことを教えてもらいながら、生きてきた。ものを書いて生きていく最大のメリットは、そこなのかもしれない。素晴らしい人たちから、自分では気づかなかった本当のことを教えてもらえるから。

(構成/樺山美夏)

前編「世の中にあふれる、人に言えない悲しみや苦しみ。しんどい時代だからこそ“書いて”生きていく」(光文社新書note掲載)

川内有緒(かわうち・ありお)
ノンフィクション作家。1972年東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。行き当たりばったりに渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース本屋大賞|ノンフィクション本大賞を受賞。ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』の共同監督も務める。また、東京の恵比寿でGallery and Shop 山小屋を家族で運営している。高尾山にも登ったことがないわりに、「生まれ変わったら冒険家になりたい」が口癖。
note.com/ariokawauchi
X:@ArioKawauchi

佐久間裕美子(さくま・ゆみこ)
1996年に渡米し、’98年からニューヨーク在住。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に『Weの市民革命』(朝日出版社)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)、『My Little New York Times』(Numabooks)、『みんなで世界を変える!小さな革命のすすめ』(偕成社)など、翻訳書に『テロリストの息子』(朝日出版社)、『編むことは力 ひび割れた世界のなかで、私たちの生をつなぎあわせる』(岩波書店)などがあるほか、ニュースレター「Sakumag」、ポッドキャスト「こんにちは未来」(黒鳥社より3冊書籍化)、「プログラ!」などを通じた発信も行う。


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