「すり鉢」というと、“おばあちゃん家にあった昔の調理道具”というくらいの認識しかなかった。しかし、ある日ネットでとあるすり鉢を見つけて驚いた。これだ。
かっこいいのだ。かわいらしいミニサイズもある。日本でも珍しいすり鉢専門メーカー元重製陶所で販売している「もとしげ すり鉢」という商品だ。
でかくて食器棚でかさばるわりに、ゴマ和えくらいしか出番がない。正直、すり鉢のことをそんなふうに侮っていたところはあったと思う。しかし、これなら和えたものをそのまま食器として出せそうだし、かっこいいのでいろんな料理で使いたくなりそうだ。
さっそく「もとしげ すり鉢」を購入するとともに、せっかくなので元重製陶所さんに取材し、基本的なすり鉢の使い方、良いすり鉢の選び方、さらにはレシピまでたっぷり伺った。そして、最終的にすり鉢フルコースを作った。
じつは超優秀な調理道具
本題に入る前に、僕のすり鉢の腕前を見てほしい。
すり鉢ワザ①回し擦り
すり鉢ワザ②叩き回し
ワザというほど大層なものじゃないが、基本的にこの2つの技術さえ習得しておけば、十分にすり鉢を使いこなすことができる。
と、すり鉢素人の僕に教えてくれたのは「元重製陶所」の4代目・元重慎市さん。こちらの製陶所では、なんと日本のすり鉢の半分以上を作っているという。
正直、家での出番は少ない(そもそも持っている人が少ない)すり鉢だが、実はとても優れた調理器具なのだという。
元重さん(以下省略)「昨今、便利な調理器具が溢れていて、すり鉢の存在感が薄れてきました。でも、私はすり鉢の便利さは現代の調理器具にも全然負けていないと思っています」
というわけで今回はすり鉢職人でもある元重さんに、その魅力や使い方をたっぷり語っていただいた。
すり鉢が持つ、6つの魅力
さっそくですが、すり鉢の魅力を教えてください。
「まず、すり鉢が何と比べられるかですが、多くはフードプロセッサーやミキサーです。たしかに、この2台は簡単に食材を切り刻め、混ぜることができます。しかし、すり鉢は自分の手でするからこそ、つぶし具合を自分の好みに調節することができます。例えば、ゴマの場合、粉々にすると風味が引き立ち、食材とも絡みやすくなります。一方で粒感を残すと、ゴマ自体の味が強く、つぶつぶの食感を楽しむことができます」
たしかに、機械だと微妙なところまで調整するのは難しいですね。
「すり鉢は『切る』ではなく『つぶす』調理法です。滑らかにつぶせることで、食材の粘りや風味をより楽しめるのが最大の特徴です。くわえて、電子レンジで加熱調理できるところも魅力の1つでしょう」
電子レンジがいけるのは知らなかったです。すり鉢に入れたジャガイモをチンしてそのままつぶしたり、便利な使い方ができそう。
「また、フードプロセッサーやミキサーって洗うのが大変じゃないですか? 部品を取り外したり、細かい部分に指を伸ばしたりと。でも、すり鉢は器の形状なので、洗うのが楽チン。さらに言えば、器を移し替える必要がなく、そのまま食卓に並べられるため、洗い物が少なく済むんですよ」
元重さんのすり鉢は特に食卓に馴染みそうですよね。パッと見は、お洒落な食器みたいです。
「多くの人が『すり鉢』と聞いてイメージするのは、上記のような赤茶色で口の広い形状だと思います。こちらは広い面でつぶせる反面、浅型なので食材が飛び出しやすい難点があります。また、勾配も緩やかなため、迫り上がる食材を真ん中にいちいち集めないといけません」
そうそう、よく見るやつ。これだと使いこなすのが難しそうです。
「そんな方には、深型のすり鉢がオススメです。高さがあるので食材が飛び出しにくく、真ん中に集まりやすい形状となっています。また、製品によっては底にシリコンゴムが付いているため安定感が増し、テーブルを傷つけない仕様になっているんです」
僕が今回買ったのもこれです。確かにビギナーでも使いやすかった。他に、すり鉢選びの際のポイントはありますか?
「すり鉢で重要なのは内側のギザギザ部分である、櫛目(くしめ)なんです。櫛目の入れ方で、すりやすさ、つぶしやすさに差が出てくるんですよ」
どんな差が出るんでしょう?
「櫛目を作るには『型押し』と『手作業』の2種類があります。型押しの櫛目は段差がなく、一見綺麗な仕上がりに見えるのですが、櫛目の先端が丸いため、するときに力と時間が余計にかかってしまいます。一方で、手作業の櫛目は先端を鋭く尖らせることで、力と時間を減らしてくれます」
「ただ、手作業は技術に依存します。つまり、下手な作り方をすると、段差ができてしまい、すりこ木がひっかかりやすく、すりにくいすり鉢になります。ちなみに、元重製陶所では、絶妙な力加減で段差のない綺麗な櫛目をつけることがこだわりです。使いやすさは段違いだと思いますよ」
なるほど覚えておきます。「段差がなく、鋭い櫛目」が良いすり鉢の条件であると。
「そうです。この条件を満たしたすり鉢は使いやすさはもちろん、すり鉢特有の食材の粘りや香りが出やすくなります。購入する前に一度、櫛目を触り比べてみるのがオススメです」
サイズも色々ですが、どのように使い分けたらいいのでしょうか?
「従来の一般的なすり鉢のサイズは4号〜8号(1号は約3cm)が一般的です。なお、先ほど説明した弊社の深型は従来型よりも深さがあるので、若干容量が大きくなっています。それぞれのサイズの使い分けは、以下を参考になさってください」
<大サイズ>
和え物をよく作る人にオススメです。和え物はすり鉢でゴマをすり、調味料や具材を入れ、ひっくり返すように混ぜるため、ギリギリまで具材を入れると混ぜにくいんですよね。2人以上で暮らしている方は、大サイズの出番が多くなると思います。
<中サイズ>
色々できる万能サイズです。和え物はもちろん、ドレッシングやソース、離乳食作りに最適です。コンパクトなので、さほど置き場所のスペースもとりません。
<小サイズ>
1人前のドレッシングやソース、離乳食作りにピッタリ。小回りが利くため、使いやすいのも魅力です。ちなみに、ゴマ和えなどの小鉢料理も1人前なら小サイズで問題ないと思います。もし、量を多く作る場合にはこれでゴマだけをすり、別のボウルで他の材料をあえるのがいいと思います。
すり鉢の相方である「すりこ木」も、すり鉢のサイズに合わせて選んだ方がいいですか?
「すりこ木は、長すぎても短すぎてもすりにくいです。目安としては、すり鉢の直径+6cm。例えば、4号(12cm)ならば、18cmのすりこ木が丁度良いでしょうね」
ちなみに、すりこ木の正しい使い方ってあるんですか?
「利き手ですりこ木の真ん中を持ち、反対の手ですりこ木の上部を抑えるのが一般的です。しかし、初めての方であれば、持ちやすい握り方で、円を描くようにすっていれば問題ないです。なお、芋類やナッツ類は、つぶしながら回すと、楽にすることができますよ。ちなみに一時期『すり鉢は右利き用だから右回し』という使い方が広まりましたが、あれは間違いなんです」
え、そうなんですか?(そんな話が広まっていたのを知らないけど)
「間違いというか、段差のあるすり鉢だと、そうせざるを得ないんです。というのも、原因は先ほどお話したように、段差が均一でないと、する時に引っかかりやすいため、右方向でしかスムーズに擦ることができません。つまり、段差のないすり鉢であれば、右回しでも左回しでもどちらでも可能というわけです。きっと使い比べてみれば、違いがわかるはずです。ぜひ、小野さんもこれを機にすり鉢を使った料理に挑戦してみてください」
というわけで、すり鉢6つの魅力をおさらい。
すり鉢職人直伝! すり鉢料理づくしディナー
では、挑戦してみましょう!
というわけで、「もとしげ すり鉢」の大と小を用意。
今回は元重さんに教わったレシピを参考に、6品を作っていこうと思う。なお、元重さんは日々、すり鉢が活躍するレシピを考案し続けている。
高級料亭みたいな手作り「ふりかけ」
【材料】 (2人分)
【作り方】
定番のすり鉢メニュー「ほうれん草のゴマ和え」
【材料】(2人分)
【作り方】
中華料理に使える絶品の「味噌だれ」
【材料】(2人分)
【作り方】
せっかくなので、こいつを使ってホイコーローを作ってみました。
甘く香ばしい、凶悪な香りが立ち上る…….
すり鉢だけで作れる「ポテトサラダ」
【材料】(3人分)
【作り方】
お茶の風味が香る「すり鉢クッキー」
【材料】(2人分)
【作り方】
レンジで時短「タルタルソース」
【材料】(2人分)
【作り方】
食べてみます
たまねぎのみじん切りすらおぼつかない筆者だが、苦もなく6品を作ることができた。
主菜、副菜、小鉢、ソース、ふりかけ、おやつまで揃う豊かな食卓。自炊といえば炒め物一辺倒で、大雑把なメイン料理2〜3品(主に牛を焼くか豚を焼くかの違い)しか作れない筆者にとって、副菜のレパートリーが増えたのはありがたい。それも「する・つぶす・あえる」のみで、ここまでバリエーションが広がるとは。おそるべし、すり鉢。
なお、元重さんによればバジルをすった「ジェノベーゼソース」や、いわしを練った「つみれ」なども美味しいという。気になる人は、以下、元重さんのすり鉢レシピをチェックしよう。
元重さんのレシピ
https://cookpad.com/kitchen/10013015
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在宅勤務で家にいることが多い今、ヒマさえあればすり鉢で何かをすっている。会社でゴマをするよりすり鉢でゴマをする方がいい。百倍いい。
冗談はさておき、ゴマのすり方一つとっても奥が深い。力加減やする長さによって香り、食感が本当に変わるので、自分にとっての正解を見つけていくのが楽しいのだ。ぜひ、皆さんもやってみてください。
【取材協力】
元重製陶所
取材・文/小野洋平(やじろべえ)
撮影/榎並紀行(やじろべえ)
【プロフィール】
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。