【小笠原道大コラム】長嶋さんの思い出「元気や勇気をいただきながらプレーできたことに感謝です」
巨人のクリーンアップを任された選手としても、長嶋さんの数字を意識し、目標にしていました
【ガッツのフルスイング主義】 私が物心ついたときは、すでに現役を引退されていた長嶋茂雄さん。プロ野球という同じ舞台に立って、なぜ長嶋さんが“ミスター(プロ野球)”と呼ばれたか、そして長嶋さんがいかに雲の上の存在であるかを、ますます強く感じました。 2004年のアテネ五輪では、長嶋日本代表監督の下、日の丸を付けてプレー。初めてオールプロで臨む五輪、「全勝・金メダル」と高まる期待に、私たちはアジア予選からプレッシャーにさらされました。長嶋監督自身も感じるところはあったでしょう。でも、決してそれを私たちに見せることはありませんでした。 私自身、必ずや金メダルを獲得し、「長嶋監督を男にしたい」という気持ちがありました。だから、アテネ直前に長嶋監督が倒れたと聞いたときは、頭の中が真っ白になりました。 しかし、大会は待ってくれません。試合に集中し、とにかく全力でプレーする。ただ・・・
本文:1,256文字
購入後に全文お読みいただけます。
すでに購入済みの方はログインしてください。
週刊ベースボール