【小笠原道大コラム】引退したときのこと「中日での2年目、体が『引き際』を感じました」
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中日での2年間ではホームランは1本。 正直、あれだけ巨人時代に苦しめられた小笠原の姿ではなかったけど、打率は.298とさすがのヒットメーカーぶりで勝負強かったし、何より「あの」小笠原が現役最後のチームに中日を選んでくれたことが嬉しかった。 2000~2010年の11年間で10回の30本塁打を記録していたのに、2011年に突然5本塁打。 森野や和田ともども、統一球に打撃を狂わされた打者でしたね。
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日本シリーズ札幌ドームで優勝後の場内1周、外野スタンドから小笠原に「FA待ってるぞ」と叫んだら、苦笑いしてたあの日から7年待ってドラゴンズに。引退前の2年と言わず日ハムからすぐにドラゴンズに来てほしかったよ。
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毎年、ほぼ3割30本打ってたのに、飛ばない公式球になった途端に、極端に打てなくなった2011年は、本当に可哀想だなって思った。 打てるようになるためにフォーム変えたりしてるうちに、体に負担がかかって引退が早まったと思う。 逆に打てるようになった選手も居たけど、そんなの少数派。 打てなくなって苦しんだ選手は少なくない。 NPBが無責任すぎる。
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なんか低反発球にボールが変わって以降 成績が下降線を辿った現役人生だったね!
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