小笠原道大氏 巨人時代、凡打した日の夜中に突然の電話「辞めねーよな?」 気遣いの主は
日本ハム、巨人、中日で計19年間プレーし、NPB通算2120安打を放った小笠原道大氏(52)が14日、ニッポン放送「ショウアップナイター60周年 名球会ラジオ」(土曜後5・20)にゲスト出演。日本ハムでのルーキー時代から2年間現役をともにした落合博満氏(72)への感謝を語った。 【写真】巨人時代に“気遣いの主”と話をする小笠原氏 インタビュアーを務めた煙山光紀アナウンサー(63)から番組恒例の質問「私、この人に頭が上がりません」というトークテーマを与えられた時だった。 小笠原氏は「頭が上がりませんというか、感謝なんですよね」として「ずっと長い間つながっているというのが落合さん」と最初に落合氏の名前を挙げた。 1996年ドラフト3位で日本ハム入りした小笠原氏。一方、落合氏は同年オフに巨人から日本ハムに移籍したため、1997年から落合氏が引退する1998年まで2年間チームメートだった。 さらに小笠原氏が巨人から中日に移籍した2014年当時には落合氏が中日のGM。小笠原氏が2015年を最後に現役引退すると、翌年から中日2軍監督という新たな立場を与えてくれたのも落合氏だ。 もちろん、母校・暁星国際高校時代やNTT関東時代の監督、日本ハム入団時の上田利治監督(享年80)、日本ハム時代に打撃コーチとして指導を受けた加藤秀司氏(77)にも感謝しているとしたが、ルーキー時代にはこんなことがあった。 敵地で行われたある試合で小笠原は3安打猛打賞。だが、チームは敗戦した。新人だけに帰りのバスでは補助席に着席。そこでうなだれていたという。 すると、当時チーム最年長選手の落合が「なに、お前、そんな下向いてんだ」と話しかけてきた。 「“お前、打ったんだから胸張っとけ”みたいなね。“試合負けたのはうちらのせいなんだから”みたいな感じで」。元3冠王のアドバイスに背中を押された思いがあった。 また、小笠原氏の巨人時代にはこんなことも。 「日本シリーズで凡打したんですよ。そしたら夜中に電話がかかってきましてね。“辞めねーよな?”って。“辞めませんよ、やりますよ”って言ったら“それ聞いて安心した”って言って。なんか、ことあるごとに目をかけてもらって、気にかけてもらったりしたんでね」 その後、中日移籍を決めた際にも「もう一度チャンスをいただけて。移籍する手段がFAしかなかったので。必要だから獲ってくれたっていうふうには言ってくれてましたけどもね。そのあとのことも考えてくれてましたので。ジャイアンツさんには申し訳なかったんですけども、自分の人生もありますので」と落合氏に拾ってもらった思いがあった。 「いろんな意味で、細かいことまで見てるし、人に対しての気遣いっていうか思いやりというか。いろんなものっていうのを感じさせてもらいました」と落合氏に感謝、感謝だった。