ある漫画家が、新垣隆さんにどうしても聞いておきたかったこと

あの騒動から間もなく4年

吉本 浩二

聴覚障害者たちが置かれる現実を描き出し、第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作に選出されるなど各界から高く評価されたノンフィクション漫画『淋しいのはアンタだけじゃない』

今年9月に発売された第3巻をもって完結した本作では、作者の吉本浩二氏と担当編集者サクライ氏(小学館コミック編集局)が、2014年の「ゴーストライター騒動」で「全聾」という経歴にも疑惑の目が向けられた作曲家の佐村河内守氏にも取材し、同氏がメディア報道通りの「詐病者」だったのか、それとも本当に聴こえていないのかを多角的に考察していた。

そのうえで吉本氏たちは、佐村河内氏名義で発表されてきた曲の「本当の作者」にして、彼の詐病疑惑を告発した張本人でもある作曲家・新垣隆氏にも早い段階から取材を申請していた。

だが、なかなか実現しないまま連載は進行。ようやく両者の対面が成ったのは、『淋しいのはアンタだけじゃない』の最終回原稿の脱稿直前のことだった。

結局、同連載で描くことは叶わなかったが、「お蔵入り」となるのはあまりにもったいない。そこで、「現代ビジネス」は吉本氏側・新垣氏側双方の了解を得て、このインタビューを掲載することにした。

「聞こえないと思ったことはない」の根拠

吉本 今回は、取材に応じてくださり、ありがとうございます。

新垣 こちらこそありがとうございます。私としては、今日はとにもかくにも吉本さん、サクライさんに話を聞いていただきたい、という気持ちで参りました。

サクライ ありがとうございます。この作品を始めるにあたり私が吉本さんにお願いしていたのは、佐村河内さんに限らず、聴覚障害についてできるかぎり客観的に、第三者からもイメージしやすいように描いてほしい、なおかつ吉本さんが思ったことは偽らずそのまま書いてほしい、ということでした。

それを佐村河内さんには了承いただいた上でああいう描写になったわけですが、今回はそれと同じ条件で応じてくださるとことで、重ねてお礼申し上げます。

ご承知の通り『淋しいのは~』では、佐村河内さんから彼の聴覚障害についての話を聞くとともに、彼のいわゆる「ゴーストライター騒動」と「詐病疑惑」についても、彼自身の口から言い分を聞きました。

『淋しいのはアンタだけじゃない』第一集より

それにより、私たちが彼に対し偏見を抱いていたと思わされた部分もありましたし、あの騒動は何だったのか、改めて考え直すことにも繋がりました。

とはいえ、一時の狂騒が収まってしまえば、メディアが「その後」を報じることはほとんどなく、特に彼の聴覚障害については、ほとんど検証されることもなく、それでいいのか……と思うところがありました。そこでぜひ、もうひとりの当事者である新垣さんにもお話を聞きたいと思ったわけです。

吉本 まず、聴覚障害をテーマにしたこの漫画を読まれてどんなことをお感じになったか、率直に教えていただいてもいいでしょうか?

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新垣 はい。聴覚障害者の方々が非常に困難な生活を強いられていることや、その方々の思いが私たちにも理解できるように描かれており、とても興味深く拝見しました。難聴者の多くが耳鳴りに悩まされている、ということなのですが、終盤に描かれていた、徐々に耳鳴りのメカニズムが解明されつつある、ということや、その客観的な測定法、治療法の研究が進んでいることなど、非常に重要な情報も盛り込まれた意義のある漫画だと思いました。

サクライ 佐村河内守さんについての描写はどう思われましたか? 新垣さんは佐村河内さんの聴覚障害について、これまで「聞こえていないと思ったことはない」と断言されていますが、この漫画では多くの聴覚障害者、特に彼と同じ中途失聴者から「(佐村河内氏は)本当に聞こえていないと思う」とうかがったことで、結果的に私たちがその真偽についても考えていくという内容になりました。

新垣 そうですね……。ご存知のように私は、佐村河内氏のゴーストライターを20年近く務めてきたのですが、そのなかで私たちが今やっているようなごく普通の会話、健聴者同士でやるのと何ら変わらないやり取りをしてきましたし、彼が私とのコミュニケーションにおいて不自由していると感じたことも全くありませんでした。

その経験を踏まえれば、やはり漫画の中に出てくる聴覚障害者の方々と、佐村河内氏を同列に並べるのは無理がある、というのが、素直な感想です。

吉本 ……ドキュメンタリー映画『FAKE』に出てくる、森達也監督と佐村河内さんのやりとりも、新垣さんから見ると違和感があるのでしょうか?

新垣 ええ。あの映画の冒頭に出てくるシーンからして「ああ、(芝居を)やっているな」と思いました。たとえば映画に出てくる彼の自宅は、常に居間がカーテンで遮光されていますね(編集部注=佐村河内氏は、自分が常にサングラスをしているのは日差しが眩しいと耳鳴りがひどくなるためであると、2014年3月7日の謝罪会見でも説明している)。しかし私はあの部屋で、2012年から13年にかけて少なくとも4、5回彼と打ち合わせをしていますが、その時は全く遮光などしていなかったんです。

吉本 僕らが取材した時もかかっていたあのカーテンが、ですか…?

新垣 また映画では、森監督が佐村河内氏と話す時は彼の奥さんが間に入り、手話で通訳していましたね。しかし私との打ち合わせでは奥さんが同席することはなく、必ず1対1でした。私は手話ができません。にもかかわらず私と彼の打ち合わせでは、ごく普通の会話が成立していました。

吉本 失礼ながら新垣さんは、一般的な人に比べてかなり声が小さい方のように思います。佐村河内さんとの会話でも、今くらいの声で会話されていたのでしょうか?

新垣 そうです。彼との会話でもこんな感じでした。ご指摘のように私の喋り方は少し籠もり気味で……。

吉本 僕らの取材では、佐村河内さんは、「新垣さんとの打ち合わせでは私がほぼ一方的に喋り、新垣さんはそれについてせいぜいイエスかノーで答えるくらいだったので(手話通訳なしの)コミュニケーションが成立していたんじゃないか」ということも言っていました。しかし実際は、新垣さん本人もそれなりに発言なさっていたということですか?

新垣 基本的に彼が「こういう曲を作りたい」というリクエストをし、私がその聞き役だったのは事実です。しかしそうはいっても、さすがに相槌を打っているだけでは打ち合わせにはなりませんから、今日この場でお話している程度のことは喋っています。

二人の対話

吉本 僕らは佐村河内さんの自宅で、彼が以前使っていた補聴器とか、難聴者用のインターフォンも見せてもらいました。新垣さんはそういったものを見せられたことはありませんか?

新垣 インターフォンについてはちょっとわかりませんが、2002年頃のある日、彼から障害者手帳と補聴器を見せられたことがあります。補聴器を使ったのを見たのはその時一回きりで、それ以後は全く見ていません。

吉本 佐村河内さんから、「最近耳の聞こえが悪いからゆっくり喋ってくれないか」とか「耳鳴りが辛いんだ」みたいな話をされたことは?

『淋しいのはアンタだけじゃない』第一集より

新垣 会話をしている最中に時々「いまちょっと耳が聞こえないんだ」などと言い出すことはありましたが、話しているうちにそうしたことも言わなくなり、ごく普通の会話になってしまうのです。あるいは、打ち合わせを始めた直後は少し呂律の回っていない時もあり、「今日は耳鳴りが酷くて呂律がまわらない」などと言われることもあるのですが、これも5分も会話しているとなくなっているのが常でした。

サクライ それは、佐村河内さんが新垣さんに対しても演技をしていたと?

新垣 私はそう捉えていました。

吉本 そうなんですか……。すでに曲作りで大きな秘密をひとつ共有する間柄だった新垣さんにまで演技していたとすれば、それは新垣さんが考えるに、何のための演技だったのでしょうか?

新垣 彼はゲーム『鬼武者』のサントラを手掛けたことで有名になりましたが、そのサントラが完成した2001年以降、世間に向けて「私は聴覚障害です」とアピールするようになり、手話も習い始めるなどしています。私の前で演技したのも、そういう対外的なアピールの一環だったと捉えています。

吉本 僕はこの漫画を描くことをきっかけに手話を習い始めましたが、正直、手話を覚えるのはかなり大変で困難なことです。聴覚障害であることを「売り」にしたいだけの動機で手話を習得するでしょうか? 僕は今の新垣さんのお話には、違和感を覚えてしまうのですが……。

新垣 少なくとも彼の場合はそうだったと、私は思っています。

吉本 ただ、騒動後に佐村河内さんはABR(脳波測定で行われるため、受診者が恣意的に結果を動かすことが出来ない聴力検査)を受けていますが、その再診断書によれば佐村河内さんの聴力は右耳40デシベル、左耳60デシベルで、「軽度から中等の難聴」と考えられるとされています。これについてはどうお考えでしょうか?

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僕らはBPO(放送倫理・番組向上機構)のヒアリングに応じた小川郁先生をはじめ、ほかの方にも見解を伺いました。小川先生の所見より重く見る人もいれば、もっと軽いと判断する人もいるなど幅はありましたが、佐村河内さんに「聴覚障害が全くない」と判断した方はいませんでした。

(編集部注:BPOの放送倫理検証委員は、佐村河内氏を「全聾の作曲家」などと紹介した5局7番組について約1年にわたる調査を行い、2015年3月6日の委員会決定で、「対象番組が「鬼武者」の制作発表会以降、ずっと佐村河内氏が「全聾」のまま作曲をしていたと放送したことは、虚偽の事実を伝えた放送であった」と結論している)

新垣 その診断結果を否定するつもりはありませんし、彼が聴覚に何らかの障害を持っているのは事実なのだろうと思います。ただ障害といっても(「軽度から中等」とされている幅の中でも)最も軽度な、日常生活に何ら支障のない程度の障害しかない、ということではないでしょうか。

私は決して多くはないにしても、これまでに何人かの聴覚障害者と関わりを持ちました。それぞれ症状も会った時期も異なります。その人達と佐村河内さんを「一緒」にすることは、私にはできません。

サクライ 『FAKE』の森達也監督は映画公開後に受けたあるインタビューで、「佐村河内さんの聞こえ方はその日の体調などによっても違うようだ」という趣旨の発言をしています。これは裏返せば、森さんが密着撮影するなかである程度聴こえていると感じられる日もあった、ということかとも思われるわけですが…。新垣さんの場合は、佐村河内さんと話すなかで、「今日はちょっと聞こえづらそうだな」などと感じたこともありませんでしたか?

新垣 ありません。それが一度でもあれば、こういう対応はしていないです。

サクライ …新垣さんが嘘・本当、いずれと感じられたかは別にして、佐村河内さんから、「難聴や耳鳴りが大変なんだ」という苦労話、愚痴などを聞いたことは?

新垣 やり取りの中で、「ごめん、ちょっと聞こえないんだけど」「耳悪くて」程度のことなら言われたことはありますが、それ以上のことはありませんでした。

サクライ そういう場合、僕らは取材相手である聴覚障害者の方から「なるべく大きな声で、一語一語ゆっくりしゃべってほしい」と頼まれることがよくあります。そういうリクエストを受けたことは?

新垣 (「もう少し大きな声で話します」という意味で)私が「あ、すいません」と謝り、しかしその後も同じような会話が続くだけでした。

吉本 僕らは佐村河内さんの再検査結果に近い50デシベル程度の難聴と判定された方にも何人かに取材し、「実際のところどの程度聞こえているか」について尋ねたのですが、「補聴器の調整が良かったり、騒音のほぼない静かな部屋の中でなら聞こえるけど、そうでなければかなり厳しい」とおっしゃる方が予想以上に多いことを知りました。数字から判断される以上に聞き取れていない方が多いのでは、という印象を僕らは持っています。

そこで伺いたいのですが、お二人の間では主に音楽の話しかされていなかった、ということはありませんか?難聴の方でも、自分の興味のある話題についての話なら推測でかなりの程度わかることがあるそうなのですが…。

あと、新垣さんと佐村河内さんの付き合った期間の長さが影響している可能性もあるような気がするのですが…。知り合ってからの期間が相当程度長い相手だと、全く聞こえていなくてもその人が何を言っているのかは口の動きを見ればわかる、ということは実際にあるようですし、たとえば佐村河内さんと奥さんの関係は、まさにそうではないかということでした。

新垣 難聴の方一般にそういう傾向があるのは事実だと思いますが、佐村河内氏に限ってはそういうレベルの話ではないと思っています。

新垣氏が見せる「物証」

新垣 今日はお二人の参考にしてもらうために、いくつかの物証も持参しています。本当にたくさんあるのですが…。たとえばこのテープは、『鬼武者』のサントラを制作中だった1999年の1月か2月頃に私が佐村河内氏から曲を書く上での参考にするようにと受け取ったもので、彼が能管(和笛)の先生に実際に吹いてもらいながら、どういう音が出せるのか教えてもらっているときの会話の録音です。

(テープ再生)

新垣 どうでしょうか。「これ以降に彼の耳が悪くなったのだ」という仮説を立て得ることは否定しませんが、ともあれ、これを聞く限り、この時点では普通に聞こえていたという判断しかできないと思います。

吉本 このテープを新垣さんが受け取ったのが1月か2月…。佐村河内さんが全聾になったと主張し、2級障害者手帳を取得したのは99年の2月ですから、ちょうどその頃ですね…。これが本当に全聾になったのと同時期の録音であるのなら、ですが…。

新垣 また、この2000年11月のFAXは、私が曲を書き、外部の業者に打ち込みしてもらった音を彼が聴いて、その上で修正の指示を出してきたものです。ご覧のように、「リバーブ(残響音)が云々」など、聞こえていなければ出せない具体的な指示が書かれています。

サクライ ――すいません。この音には倍音(基本となる音の倍の周波数をもつ音)は含まれているのでしょうか?というのは、難聴の方は倍音がない音のほうが聞き取りやすいそうなのですが。

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新垣 この打ち込みはデジタルで作成されており、倍音が含まれていない可能性はあります。しかしながらそういう点では、さきほど聴いてもらった能管はまさに倍音を含む典型的な楽器となりますね。

それ以外だとこういうものもあります。これは彼が2001年12月、私に曲作りの参考にするように挙げたものの一覧表なのですが、ここで彼はバッハの「コラール集」というCDから、参考すべき曲のトラックを選びだし、MD(ミニディスク)にダビングする、という「編集作業」を行っています。これがそのMDです。

これを、もし彼が耳の聞こえない状態で行ったとするなら、次のようなことになります。即ち彼は「バッハが作曲したコラールを、知っているものに関しては、きちんと『歌詞を含めて』記憶している」と。

実際に聴くことは不可能であっても、CDのブックレットに記載されている歌詞カードを読むことによって、自分の知っている歌詞であればその音楽をある程度脳内で再生させることができます。

たとえば、「かえるのうたが、きこえてくるよ」という歌詞を見れば、その歌を知っている人は頭の中で思い浮かべることができますよね?そのような方法で、そこから参考に該当する「曲」のトラック番号を書き込む。「ああ主よ、汝の御使いに命じ…」といったようなプロテスタントの聖句を少なくともここで選んだ18曲分彼は記憶しているということになります。でなければ、CDを「普通に聴いて」、気に入った雰囲気のものをチョイスしたかのどちらかでしょうね。

サクライ 譜面さえ読めれば、曲を記憶していなくても「どの曲のどの箇所」と指示するのは不可能ではないのではないかと思いますが…。佐村河内さんは、譜面を読む能力はないということでしたね…。

ただ今日示していただいた物証が、1999年から2001年頃に集中している一方、佐村河内さんが「軽度から中等程度の難聴」であるとした再検査が2014年に行われていること、その間に相当の時間差があることも無視できないと思います。私たちが取材した難聴者も、年月を経てますます症状を悪化させていった、というケースが非常に多いのが現実ですから。

だからこそお聞きしたいたいのですが、新垣さんは佐村河内さんとかかわっていた十数年の間に、彼の「聞こえ方」についての変化を感じたことは全くなかったのでしょうか? あるいは関係が疎遠になったとまでは言わないものの、やりとりがファックス、メール中心になるなど、面と向かって話す機会が徐々に少なくなっていた、ということもありませんか?

新垣 いえ、彼と対面で打ち合わせする頻度が減ったということはないんです。15年間、ずっと同じでした。

サクライ 打ち合わせはどういった場所ですることが多かったですか?今日お話を伺っているこの会議室のような、静かな部屋で話していたのでしょうか?

新垣 少なくとも2012年頃までは、ここよりもずっと騒々しい場所で打ち合わせしていました。今でもあると思いますが、JR新宿駅の南口を出たところに、「A」という喫茶店がありました。その店の喫煙席で打ち合わせするのが定番でした。

吉本さんの漫画や『FAKE』に出てくるあのマンションに彼が引っ越したのはたしか2012年頃のことで、あのマンションでの打ち合わせは2013年以降の数回のみです。

告発時に聴覚障害に関する知識はなかった

サクライ ところで『FAKE』でも映されていましたが、新垣さんは騒動の後、ファッション誌に所謂「チョイ悪オヤジ」風コーディネートで登場したり、2014年末の日本レコード大賞の授賞式にゲスト出演されるなどの活動もなさっています。

このうちファッション誌などへの登場については、他人がとやかく言う筋合いのものではないかもしれませんが、レコード大賞に関しては、新垣さんが「耳が聞こえない身振り」のパフォーマンスをされているのを見て、「自分たちが馬鹿にされているように感じた」と言っていた聴覚障害者が私たちが取材していてもかなりいました。あのパフォーマンスについて、どのような意図があったか教えていただけますか?

新垣 あの表現については弁解の余地がありません。非常に品のない表現でしたし、ご覧になった聴覚障害の方が傷ついたのも当然だと思います。

サクライ …テレビ局側からのリクエストでなさったことかもしれないとは思うのですが…。

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新垣 いえ、違うんです。あれは私のアイディアで、完全に私自身に非があります。

経緯を説明しますと、あの年のレコード大賞は自分たちでは楽器を弾かない「エアーバンド」のゴールデンボンバーが作曲賞を受賞する、ということで、リーダーの鬼龍院翔さんが――もちろん一種のブラックジョークでしょうが――「エア作曲家の大家である佐村河内さんをリスペクトしたい」とのことで、おそらくは佐村河内氏の代わりとして出演依頼を受け、出ることになったわけです。

当初の演出プランでは、ゲストの私がメンバーと一緒にギターを持って弾く真似をし、曲が終わったらメンバーが私に向かって土下座するので、その時は私はステージの真ん中でただ突っ立っていればよい、ということになっていました。実際にその手順でリハーサルも終えていたのですが、私が本番であのようなパフォーマンスを追加したのです。

これは言い訳にもならないんですが、その時に自分なりに考えたのは、土下座をされる側の人間というのは偉そうに見える一方で、その人自身も滑稽な「裸の王様」じゃないか、ということです。

また2014年というのは私と佐村河内氏の騒動以外にも、小保方晴子さんの論文捏造事件であるとか、野々村竜太郎・元兵庫県議の政務調査費架空請求事件など、騒動が多数あった年でした。ですから自分としては、あの場で野々村竜太郎さんの(釈明会見での)モノマネをすれば、「佐村河内守&新垣隆」いうコンビの滑稽さを表現できて面白いんじゃないか、と思ったわけです。

もちろん、佐村河内氏へのあてつけ、という意味もありましたが、いずれにしてもそういう次元の考えしかないままにやった悪ふざけで、聴覚障害者の方がご覧になったときにどう感じるか、ということには頭が回っていませんでした。本当に申し訳なく思っています。

「真実」を示せるわけではないから…

サクライ …ああいうバラエティや歌番組に出演された時の心境というのはどういったものだったのでしょうか? もちろん依頼があってのことだと思いますが、ご自身としても”楽しむ”お気持ちがあったのでしょうか?

新垣 そうですね…。佐村河内氏のゴーストライターであったことを公表した直後というのは、「私自身も世間から批判を受けるだろうし、破滅しかねない」くらいの気持ちがありました。そういう状況にあって音楽界の仲間が見捨てず支えてくれたおかげで、秋にようやく立ち直れつつあったのですが、ちょうどそのくらいの時期から、メディアからのお声が頻繁にかかるようになったんです。

あれだけの大騒ぎになってしまって、それがどのように評価されるのかも、どう収束するのかも自分にはわからない状況でしたし、自分としてはとにかく、依頼されたことに対して精一杯応えようと思ってやっていました。ただそれをやることで、一番困難な時期に支えてくれた人たちが去ってしまうだろう、ということもどこかでわかってはいましたが……。

吉本 僕はこの漫画を描くまで聴覚障害について何も知りませんでした。新垣さんは「告発」をなさった時点で、聴覚障害についてはどのくらいの知識をお持ちだったのでしょうか?

新垣 医学的な知識、ということでしたら私にもありません。先ほど申しました私の聴覚障害者との関わりの経験がすべてで、もっとさまざまなケースがあるということに考えが及びませんでした。

サクライ (疑惑を最初にスクープした)週刊文春の編集部からも、そういった聴覚障害の知識についてのレクチャーはなかったのですか?

新垣 そういう話は一切していません。

サクライ では、告発会見でおっしゃっていた、「聞こえないと思ったことはない」というご発言は、あくまで新垣さんご自身の体験からの印象であって、その前に特に感音性難聴について調べたり、レクチャーを受けたりしたこともなかったということでいいでしょうか?

新垣 そうです。ありません。ただ、仮に重篤な障害のある人を「詐病者」として扱えば、人権問題になるということは十分認識したうえで取材しているはずですし、佐村河内氏の実態を踏まえての編集部の判断があってこその記事だと思います。

そもそもなぜ2014年2月にあの告発になぜ踏み切ったのかについては、当時の自分の状況を少し丁寧に説明しておく必要があるでしょうね…。

私が佐村河内氏の代作をしていたのはそれなりに長い時間になりますが、当初は映画やゲームのサントラの仕事に限られており、その時点ではある意味何ら問題はなかった訳です。その後彼は「クラシック音楽の作曲家」を標榜すべく、私にそのようなスタイルの曲を依頼するようになるのですが、まさかクラシック界のメインストリームが彼をまともに相手するはずもないと高を括っていた。つまり私は侮っていたのです。

しかし13年3月のNHKスペシャル『魂の旋律~音を失った作曲家~』で紹介されたことで状況が一変しました。番組で爆発的に高まった知名度を利用し、彼自身が各方面と話を進めたことで、同じ年の秋にはもはや看過できない状況になってしまったんです。

これは『ぶらあぼ』という、日本各地のコンサートホールなどで無料配布されているクラシックの演奏会ガイドです。一般の方にはあまり馴染みはないかもしれませんが、クラシックファンならば誰もが読んだことがあり、今も多くの人がこれを読んで情報を得ている、とても知名度のある雑誌です。

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ご覧のように、この『ぶらあぼ』の2013年6月号に佐村河内の全国20箇所以上を回るツアーの広告が掲載され、同じ号に彼のインタビュー記事まで掲載される、という状況だったんですね。

この状況に至って、自分では作曲さえしていない人物が、クラシックのメインストリームにまで進出してくる事態はあってはいけない、一刻も早く止めなければいけない、という思いに駆られました。しかし、結局止める決心がつかないまま14年2月を迎えてしまい、そのタイミングでようやく決心した、という経緯なんです。

つまり、彼の嘘を止めることが私の使命であって、それさえできればいい、それをすることでどこにどのような影響が及ぶかは想像もつかないけれど、もはやどうしようもないという心境だったわけです。

サクライ なるほど。ただ僕らから見ると、あの騒動が起きたことで聴覚障害全般にとって不幸な状況ができてしまった、という思いはどうしても拭えません。それについては佐村河内さんも、(この一件で聴覚障害に関する誤解を与えてしまったのではないかということで)聴覚障害者やその関係者に大変に申し訳ないという気持ちを我々に率直に語っていました。

『淋しいのはアンタだけじゃない』第一集より

またあの釈明会見でも、佐村河内さんを糾弾するメディアの側が聴覚障害のことについてあまりに「無知」であったせいで、聴覚障害についての誤解を世間に広めてしまったと思っています。

たとえばこれは映画『FAKE』でも触れられていましたが、あの会見では記者からの質問に対して、補聴器もしていない佐村河内さんが手話通訳の前にすぐに反応していたことで記者席からドッと笑いが起こり、その映像がテレビでも繰り返し放送されてさらに笑いの種にされました。

しかし口の動きをよく見ながらであれば、相手が何を言っているのか理解するのは難聴者にも不可能なことではありません。佐村河内さんが「聞こえている」ことの証明にはなっていないやり取りですし、ある意味では健聴者から理解されず苦しんでいる、聴覚障害者の現実の引き写しのようなものでした。

もし佐村河内さんが本当に障害者を詐称する、世の聴覚障害者にとっても腹立たしい存在だと思うのであれば、なおさら聴覚障害についての知見をもっと踏まえた的確な質問をしてほしかったと思います。そういう記者があの場にいなかったのは…。なんとも…。

ただまあ、僕らがいまこういう話ができるのも、聴覚障害についての漫画を始めようと決めて勉強したからであるわけで…。だからこそ多少なりとも聴覚障害についての知識を共有しておければ、あの「騒動」も全く違う捉えられ方をしたのではないか、とも思うのです。

吉本 やはり僕らは、佐村河内さんは障害に苦しんでいる人だと今も思っています。が、かといってあの騒動について、唯一無二の「真実」を示せるわけではありません。

ですから、『淋しいのは~』では聴覚障害について考えてもらう上で、作中にお二人の見解を載せることで、両方の視点からの判断材料を読者に示したいという気持ちもありました。それは叶いませんでしたが、今日、こうしてお話を伺うことができて、とても感謝しています。

新垣 聴覚障害がとても複雑で、ひと言ではその苦労について表すことのできないものであることは、今日のお二人とのお話を通じて改めて感じました。あの騒動が聴覚障害者の方々をより困難な立場にしたとしたら、それは私としても本意ではありません。吉本さんの漫画をきっかけに、逆に社会の側の理解が深まるのであれば私にとっても救いですし、ぜひそうなって欲しいと思います。

吉本さんが佐村河内氏に会って、何を感じ、何に悩んだか…新垣さんのインタビューをお読みいただいた後には、ぜひ『淋しいのはアンタだけじゃない』で佐村河内氏の主張もお読みいただき、あの騒動について、そして、聴覚障害について考える機会をお持ちいただければ幸いです。

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