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The Works "路地裏の聖人" is tagged "エミヤ" and "生前弓".
路地裏の聖人/Novel by 妹尾アキラ

路地裏の聖人

1,872 character(s)3 mins

契約後の生前弓の話。

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冷水で顔を洗い、ザラついた頬が気になって数日ぶりに剃刀を取り出す。あまり髭が濃いタイプではないから毎日剃る必要性はないが、外に出るなら剃っておいた方がよさそうだ。シェービングフォームなんてものは置いていないので、石鹸を泡だててぺしゃりと塗り付ける。剃刀負けするような肌質じゃなくて良かった。
さり…と頬に安いT字剃刀をすべらせながら、備え付けの鏡に目をやる。

くすんだ鏡に映る男は、赤と白の斑になった髪をしていた。


洗面台に貯めた水でパシャパシャと剃刀をすすぐと、栓を抜いて水を流す。くるくると回りながら穴に吸い込まれていく泡と白い泡に混じる削られた髭を一瞥し、もう一度軽く顔を洗い直した。
…髭にも白い色が増えてきたようだ。

瞳はもう灼けきった。
琥珀色だったはずだが、多分灼け付いた暗い色になっているのだろう。酷使し過ぎで魔力を通さねば近くが見づらくなっているのだが、じっくり見ようとしなければおおよその色や形の判別は付くのだし。自分の瞳を確認する為なんかに魔力を通すのがもったいなくて、しっかりと見たことはない。


ふと思い立ち、瞳を閉じて自己に埋没する。
己の身体を走る魔術回路。
それに絡みつくかのように、何か別の、回路のようなモノが繋がっている。
菌糸のような配線のようなソレは、自分の体内にあるにも関わらず、解析することが出来ない。

“自分の身体なのに”解析出来ないことが異常なのか、魔術の特性上“オレが”解析出来ないことが異常なのか。この際、その辺りは関係ないだろう。
解析出来なくともオレはソレが何であるか分かっているし、多分これを行使していることで魔術灼けが加速しているのも自覚している。

ソレを行使して無茶をすると、自己の魔術回路をオーバーヒートさせながら投影を繰り返した時とは違う、吐き気や頭痛だけではない、魂が削られていくかのような怖気と苦痛をもたらす。
己の身体の不快感など些末事だけれど、自分はとんでもないものを前借りしているのだろうなと、改めて実感して思わず苦笑した。


ーー(借金なんかするもんじゃないわよ)

途端、懐かしい声を思い出してぱちりと目を開く。
あれは、そうか。
持ち合わせがない時に金を借りて、返す時にものすごくふっかけられて。

ーー(貸す方はそれで儲けるのよ?善意の出資な訳がないじゃない。分不相応な借金は身を滅ぼすと知りなさい)

オレが渡した利子込みの返済金が入った封筒を持って性質の良くない笑みを浮かべながら、そう冗談めかして説教していた、彼女。


ああやはり、あいつは正しいな。

鮮やかな彼女。
袂を分かって、もう会うことも連絡を取ることもかなわない、己の師匠。
恩に報いるどころか迷惑しか掛けていないな。不肖の弟子にも程がある。そんなことをものともしないような、強い女性だったけれど。
…だからこそ最後に会った時の、消沈した、でも気丈な顔が忘れられない。


決壊する直前のような、あの碧眼を思い出してしまい、頭を左右に振って無理矢理それを追い出した。

彼女たちを置いていったのは自分だ。
破滅に向かって前進するしかない道を選んだのは自分だ。
散々傷付けておきながら、感傷に浸る資格があると思うな、この愚かな弱虫めが。


センチメンタルな思い出で暗くなった気分を振り払うかのように、ばさりと黒いコートを羽織った。
情報収集と買出しが必要だ。ほんの少しだけ逡巡して、コートの内ポケットにベレッタを忍ばせる。治安が良くないから拳銃があるに越したことはないが、できれば拳銃一丁程度で何とかなるようなトラブルに巻き込まれるのは避けたい。
斑になっている特徴的な髪色を覚えられても困るので、ニット帽を目深に被った。季節や地域によってはこの手は使えないし、いっそのこと一色に染め直すか、色を抜いてしまうべきかもしれない。


ああこうやって。
オレはかつての自分から乖離していく。
この身は世界に繋がれている。
結果を売り払ってしまったのなら、あとはそこに向かって駆け抜けていくしかない。

……代償は己の魂だけで足りるだろうか?


モラトリアムのような余生でも、きっとまだ救える何かはあるはずだと。
そんな淡い夢をみながら、希薄な魂で寝ぐらのドアを開けた。


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  • p13
    January 13, 2023
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