web再録「当カルデアは、BL時空を応援しています~ランサー視点~」
2018年10月のスパークで頒布した本の再録です。まだ二年も経っていないのですが、今後再販をする予定はないため、web再録させていただきます。
元々はこちら「当カルデアは、BL時空を応援しています」(novel/9399011)と合わせて本にしていたのですが、大本の部分(アーチャー視点)はほとんど改変していなかったので、ランサー視点のみ再録というかたちで上げさせていただきました。ぶっちゃけ、蛇足ですw
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どういった話の流れだったかは忘れたが、オレの嫁さんやら関係を持ったことがある女やらが、サーヴァントになっている可能性はあると、アンデルセンは言った。現に因縁の相手であるメイヴはサーヴァントになっている。マスターは喚びたいと言ったが、オレとキャスターのオレは、断固として反対した思い出がある。
そんな話をしていた時、オレはまた会えるかもしれない、ということよりも、厨房で後片付けをしているアイツのほうが気になっていた。そして案の定、そいつはネガティブな方向へと突き進んでいることに気付いたのだ。だから、オレは手を打った。アイツが決して、離れていこうとしない為に。
アーチャーの妊娠が分かってからまず、ブーティカを始めとする料理番の奴らから、アーチャーは仕事の制限を告げられた。これは体調を考えてということらしいが、それでもアーチャーは厨房に立とうとした。だがそれは、すぐに終わりを告げる。厨房の匂いで、アーチャーのつわりが悪化したのだ。
「だから、無理すんなって。」
今日もまた、アーチャーは朝から無謀な挑戦をしてきたらしい。起きたら、こいつが椅子に座ってぐったりしている光景は、これで何度目だろうか。
「おーい、大丈夫か?メシ食えそうか?」
小さなテーブルに突っ伏しているアーチャーに声をかければ、のそりと頭が持ち上がった。その顔は吐き気と疲労で青くなっているが、まだ起き上がれはするようだ。
「すまない、大丈夫だ。朝食は、君だけ摂ってきてくれ。」
やっぱり、ダヴィンチちゃんにもう少し強めの薬を処方してもらうほうが、良いのかもしれない。こいつは嫌がるだろうけど。
「辛くても、なんか腹に入れとけ。頼光にでも頼んで、おにぎりつくって貰うからよ。」
「だが…」
「いいから。」
肩を叩いて、それ以上の拒絶は黙らせる。つわりの辛さは流石に分からないが、小さな命を宿しているのだ。少しでもいいから、食事はさせたい。だが、愚痴だけは言わせてもらうが。
「つーかお前な、無理してまでメシつくろうとすんなよ。」
妊娠発覚後、アーチャーのつわりは悪化している。安定期に近づいてけば徐々に治まるらしいが、それも個人差があると婦長は言っていた。あと数カ月だとしても、本人も辛いだろうが、見ているほうも辛いもんがある。なるべく原因になる場所には近付かないで欲しいのが、オレの本音だ。
「……でも。」
「あ?」
ついでに洗濯しようと思いシーツを引っぺがしていると、後ろから聞き取れない呟きが聞こえた。
「………君の食事だけでも、つくりたいと思ったのだが…。」
アーチャーの言葉に、シーツを落としそうになった。
「それは、つわりが良くなってからにしてくれ。お前だって厨房の奴らに、迷惑かけたくないんだろ?」
「…そうだな。」
「だろ?そんじゃオレ、朝メシ持って来るから。休んでろよ。」
「ああ。」
シーツを持ち直して、廊下へ出る。ドアが仕舞ったのを確認して、オレは盛大な溜息を吐いた。
「なんだよ、あれ。」
あいつにしては、とんでもないデレ発言だ。あの瞬間に叫ばなかったオレを、褒めてやりたい。
妊娠発覚後、変わったのはつわりだけではない。アーチャーのデレ度が、明らかに増していた。今まではそんなこと言わなかっただろ!といったことを、アーチャーは爆弾のごとく投下しまくってくれる。おかげでオレは毎日、性欲との戦いだ。何故かって?ダヴィンチちゃんと婦長から、揃って釘を刺されているのだ。
『安定期に入るまで、おせっせ禁止☆』と。
予期せぬところから落とされる、デレと言う名の爆弾にほぼ毎日被弾しながらも、オレはアーチャーに一切手を出していない。婦長の逆鱗に触れたくない、というのも本当だが、一番はつわりに苦しんでいるアイツに無理をさせたくないからだ。そんなオレを見て「マジで?」と笑っていたキャスターのオレは、出産経験のある女性陣(サーヴァントだけではなく、職員も含む)から袋叩きにあっていた。オレ自身もここまで献身的になれるとは思っていなかったのだが、アイツと子供のためだ。数ヵ月くらい我慢してみせる。
そんな覚悟を決めた先に、オレは再びダヴィンチちゃんに呼び出された。
「ごめんねー、急に。ちょっと聞きたいことがあってさ。」
相変わらず物が多い部屋で、少し強張った表情のダヴィンチちゃんが出迎えてくれた。
「別にいいぜ。で、聞きたいことってのはなんだ?」
空いている椅子に座ると、ダヴィンチちゃんは口籠った。普段は明朗快活に話すだけに、それだけ深刻な内容なのか、と身構えてしまう。
「いや、実はね…直球で言うよ?エミヤが、座に帰りたいと言ってきたんだ。」
とんでもない内容に、目を見開く。妊娠前はともかく、発覚後はそんな素振りなどなかったのに、何故。
「ああ、勘違いしないでくれ。多分なんだけど、マタニティブルーというやつだと思うんだ。」
「またにてぃ?」
聞き慣れない単語により、更に頭がこんがらがってきた。そんなオレに気付いたのだろう。ダヴィンチちゃんは電子端末を取り出すと、それをテーブルに乗せた。
「マタニティブルー。簡単に言うと、妊娠中や産後のうつ症状のことだ。突然泣き出したり、食欲が低下したり、色々と代表的な症状がある。原因もいくつかあるんだが、彼の場合は『男性が妊娠をした』という、心的ストレスが原因の可能性が高い。ただこれも、つわり同様に個人差があってね。いつ治る、とは言い切れないんだ。」
電子端末を見ながら説明をされた内容は、初めて聞くものだった。そしてここ一ヶ月程の異変に対して、ようやく答えが出たとも思った。
「オレはどうすりゃいいんだ?」
「一番は、彼の不安を取り除くことだ。それと、話しをしっかりと聞いてあげてくれ。まぁエミヤの性格上、聞き出すまでが大変だとは思うけど。」
「分かった。ありがとな。」
立ち上がり部屋を出ていくオレに、背後から「今度からは、お代取るからね〜。」という、冗談交じりの声がかけられた。冗談、だよな?
自室に向かいながら、ここ一ヶ月の出来事を思い出す。酷くなったつわり、突然のデレ発言、そして食欲低下。流石に泣き出すことや暴れることはなかったが、先程説明されたマタニティブルーというやつで間違いはないのだろう。何故、気付いてやれなかったのか。それだけが悔やまれた。
「アーチャー。」
自室に入ると、そこには編み物をするアーチャーがいた。妊娠が解ってから数日後、どこからかこいつが持って来たものだ。
「用事はすんだのかね?」
「ああ。なぁ…ちょっと、話しがあるんだけどよ。」
テーブルの上に広げられた毛糸などをそのままに、オレはアーチャーと向き合うかたちで椅子に座る。どこか体を強張らせたアーチャーに、オレは静かに問いかけた。
「ダヴィンチちゃんから、お前が座に帰りたいと言っていたと聞いた。別に、それに怒っているわけじゃない。ただ、なんでそう思ったのかを聞きたい。」
徐々に俯いていく顔と固く握られた手から、聞き方を間違えたかもしれないと思った。だが、もう後戻りすることは出来ない。時間がかかってでも、こいつの本心を聞きたい。
「不安なのは分かるぜ?オレだって、育児経験はない。お前がつわりで苦しんでいるのも、見ていることしか出来ない。それでも、お前が辛いのを見て見ぬ振りはしたくねぇんだよ。なぁ、アーチャー。」
どんな状況であれ、オレはこいつを手放す気は毛頭ない。それだけの想いがなければ、誰が男を妊娠させたいなどと思うだろうか。だがアーチャーには、そんな思いは届いていなかったのだろう。それが今、一番辛かった。
それから、何分経っただろうか。オレもアーチャーも黙り込んだまま、時間だけが過ぎていく。ここまで来たら無理か、と諦め掛けた時、ようやくアーチャーの口が開いた。
「……邪魔には、なりたくない。」
感情を押し殺した声で告げられた言葉は、こいつらしいものだった。
「此度の現界は特殊なこともあり、きみは私とそういった関係にはなったが、本来は愛する女性たちがいるはずだ。それなのに、きみは私と産まれてくる子を揃って座に迎えようと言った。そんなこと…邪魔に、なるだけだろう。」
吐露された心情は予想通りのもので、溜息が漏れそうになった。だがここでそれを咎めれば、逆効果なのは知っている。オレは、テーブルの上で固く握られているアーチャーの手を取ると、躊躇うことなくその甲にキスを落とした。
「何度でも言うぞ。オレは、お前が欲しい。世界に喧嘩を売ることになったとしても、手放す気はない。」
顔を覗き込み視線を合わせてそう言うと、少し動揺したのが分かった。しかしその顔は影を落としたままで、まだ何か秘めていることがあるのだろう。
「だが……だろう?」
小さな声は、肝心なところが聞き取れなかった。もう一度、という意味で握っている手に力を少しだけ込めると、アーチャーは視線を揺らしながらも、また口を開いた。
「その………手を、出さないだろう?」
手を出さない?さすがに喧嘩のことでは、ないだろう。ということは、夜のお誘いのことを指しているのか。
理解した瞬間、今度は本気で溜息を吐いた。
「お前なぁ…オレが、どんだけ我慢してるとっ!」
再びしっかりと視線を合わせると、アーチャーは不安そうな顔をしていた。なんだか格好つけるのも馬鹿らしくなってきたので、こちらも言いたいことを言われてもらうことにしよう。
「オレは、お前の妊娠が分かった後に『安定期に入るまで禁止』って言われてんだよ!なのにマスターから同室だと言われるわ、お前は珍しくデレ多めだわで、どんだけ我慢してるか!同じ男なら、わかんだろ!?」
今までとは打って変わり声を荒らげたオレに、アーチャーは驚き目を見開いている。しかしそれを気に留めることなく、オレは言葉を続けた。
「お前と腹の中にいる子供のことを考えて、我慢していきたのに!まったく気付いてなかったのかよ!」
やばい、なんだか自分で言っていて泣けてきた。普段から斜め上のマイナス思考にいくことがあるが、まさか手を出してこない=興味を無くしたとでも、思っていたのだろうか。
オレの剣幕に気圧されたのか、アーチャーは小さく「すまない」と呟いた。それを聞き、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。言いたいことや問い質したいことはまだあるが、今はこの誤解を解かねばならない。
「わりぃ、熱くなり過ぎた。でもな、お前に飽きたとか他に女ができたとか、そういうのじゃねえからな。」
「…わかった。」
頷いたアーチャーの顔は、少し赤くなっているように見えた。
子供が産まれてくるまで、約七ヵ月。それまでのあいだに、座へ戻らなければならない事態に陥ることだって、考えられる。それでも、どんな手を使ってでも、アーチャーとオレたちの子供は、手離さない。改めて、オレはそう誓いを立てた。