衝撃の事実を知り、取り敢えずギルガメッシュを殴り飛ばしたエミヤが何をしたかといえば、座の端にまで届くような絶叫を上げたあとに、ギルガメッシュの首根を引っ掴んで部屋の外へ放り出した。そして、固く扉を閉ざした。
英霊の全力とはいえ、磨耗が進んで消滅寸前だった死に損ないの力など高が知れている。物理的には殆ど無傷だったギルガメッシュは直ぐに立ち上がると、閉ざされた扉を殴りつけた。開けろと命じても、返るのは沈黙と、躊躇うような獅子の鳴き声ばかりだった。元々短いギルガメッシュの堪忍袋はすぐさま破裂した。扉の前に立ち、強行突破してやろうと宝物庫を開いた。
そして、選び出した武器を抜こうとしたギルガメッシュの顔の真横を、不意に風が通り抜けた。続いて、頬に走る僅かな痛み。
何事かと振り向いたギルガメッシュ目撃したのは、壁に突き刺さった棒状の何かだった。ビィンと鳴りながら振動するそれが何なのか、ギルガメッシュは知っていた。聖杯戦争が行われた彼の国が生み出した剣。磨き上げられた美しさと、怖気が走るほどなめらかな切れ味を気に入った分霊が入手したものが、宝物庫にも入っている。
直刃の美しい日本刀に、柄はついていなかった。最初から複製しなかったのか、それとも扉を貫通したときに外れたのか。振り返れば、扉のほぼ中央、丁度ギルガメッシュの頭部にあたる高さに、縦長の細い穴が空いていた。
「おのれ……っ!」
持ち主の命を脅かす不遜に、ギルガメッシュの矜持が再沸騰する。だが、同時に走った悪寒は、更なる強さでギルガメッシュを突き動かした。咄嗟に床を蹴り、扉の左側に跳んだ。ほぼ同時に、扉が内側から弾け飛んだ。微塵に砕けた木片が、土煙の如く舞い上がった。その煙を裂いて、数多の剣が壁に突き刺さる。地響きにも似た轟音に、ギルガメッシュは眉をしかめた。押し寄せる煙を、眼前に手を翳して避ける。
やがて煙が消え失せ、取り戻した視界に入り込んできた光景に、ギルガメッシュは目を瞠った。
煉瓦を敷き詰めた床は、木片と煉瓦が砕けた砂で継目まで埋められていた。そして、日本刀が刺さっていた壁には、無数の剣が突き立っていた。針山のようだと抱いた印象を、しかしギルガメッシュは直ぐに否定した。針山に、このような密度で針を刺す馬鹿はいない。
壁を穿った無数の剣は、刀身同士が擦れ合うほどに密集していた。位置は、最初に日本刀が刺さっていたあたりと、それよりも30センチほど下に集中していた。エミヤが何を狙ったかは、火を見るよりも明らかだ。頭部と心臓部。威嚇ではない、本気の攻撃だ。
「小賢しい真似をっ!」
何故か疼きはじめたかすり傷一つない額をさすりながら、ギルガメッシュは忌々しげに吐き捨てた。きつく壁を睨んだ顔は、声色通りの表情を刻んでいた。
ギルガメッシュは立腹していた。どのくらいかというと、エアを抜いて己の座を半分ばかり無に帰すのも止むなしと思うくらいには腹を立てていた。それはエミヤの躊躇ない攻撃に対してではない。その裏にある、エミヤが示した意志に、ギルガメッシュは激しい憤りを覚えた。即座に修復したのであろう、傷一つない扉もまた、腹立たしい。
だが、ギルガメッシュはその扉を打ち破ることが出来なかった。
最古の大英霊と、磨耗し消滅寸前であった守護者。その実力差は歴然であり、不意を突いたところでエミヤに勝算はない。なにしろ、ギルガメッシュに対して最大のアドバンテージである固有結界は、宝物庫に封じられたら状態だ。よしんば展開出来たところで、死に体となっているあの世界で何が出来る筈もない。
一方、己の座に居るギルガメッシュは最大出力。宝物庫に犇めく武器は全種使用可能で、星でも墜とせる状態だ。
勝負など、始める前から見えている。奇跡に縋って漸く、一分の勝算が生じる。それほどの差だ。そもそも、座を押さえられている時点で勝敗も何もあったものではない。
にもかかわらず、エミヤはギルガメッシュを攻撃した。決定的な戦力差を見失っている訳ではないだろう。前身である小僧ならまだしも、エミヤはむしろ、巧緻に勝機を計算する性質だ。それが勝算のない戦いを挑むとすれば、理由は一つしか考えられない。
必要だからだ。
勝利でも、敗北でもない。ギルガメッシュに戦いを挑むという行為自体が、エミヤには必要だった。だから、エミヤは躊躇うことなくギルガメッシュを攻撃した。あの攻撃は宣戦布告でもなければ、抵抗でもない。あれは、意思表示だ。
隷属も従順もない。気に入らぬなら殺せば良い。
淡々と告げるエミヤの声が聞こえた気がして、ギルガメッシュは壁を蹴った。開き直りとも取れるエミヤの意志表示は、実はギルガメッシュの痛いところを的確に突いていた。
ギルガメッシュは、エミヤを殺せない。正しく言えば、生かさねばならない。そもそも、殺せる程度のことなら最初から救いなどしない。先程は軽く告げたが、座一つを丸ごと宝物庫に収めるなど、ギルガメッシュの力をもってしてもかなりの難事であり、今もまだ魔力の不足した身体は重い。
それだけの労を重ねてもエミヤを生かす理由がギルガメッシュにはあり、少しばかり爪を立てられたからといって労を水泡に帰せるものでもなかった。
「くそっ!!」
罵声を吐いてみたところで、返るのは沈黙ばかりだった。ギルガメッシュは扉に背を預けると、その場に座り込んだ。居心地の悪さに辟易しながら待ち続けているうちに、気付けば浅い眠りに落ちていた。