日本の戦前戦中に新聞が戦意高揚や強硬論で世論を煽り、政府や軍を戦争へと押しやったことはあまり知られていない。
近年、帝京大学教授、筒井清忠氏など近現代史の研究者が明らかにしている(筒井清忠『戦前日本のポピュリズム』中公新書、同編著『昭和史研究の最前線』朝日新書など)。
昭和3(1928)年に男子普通選挙が実施され、日本は大衆社会になっていた。現在のNHKのラジオ放送開始は3年前だった。蓄音機の録音が電気式になり、大量のプレスが可能になった。映画に音声が付くのも少し後だ。新聞でもファクシミリ(写真電送装置)が普及し、現地から写真が短時間で送れるようなった。
昭和6(31)年の満州事変は関東軍が起こしたが、政府も軍中央も当初、不拡大を決めていた。新聞は関東軍が在満邦人を救ったとの写真付きの大特集を組んで称え、関東軍を支持した。事変報道に大衆は熱狂し、新聞は大きく部数を伸ばした。