落第騎士の英雄譚 意識低い系風味 作:一般落第騎士
《
「鋼鉄化」の異能を持つ身体能力強化系能力者だ。2mを超える身長、300㎏を超える巨躯。あまりにも恵まれた体躯から繰り出される膂力は、重機を凌駕すると言われている。鋼鉄化した身体で剛力と共に相手を殴り飛ばす、超パワーファイター。
身体強化系の異能は扱いやすく、状況や相手の能力に
攻守が高い次元で整った、シンプルだからこそ対策が難しい強さだ。
「ふー……緊張するな」
顔を覆い、選手控室でそう深く息を吐く。
既に、第一試合と第二試合は終了した。
第一試合。《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン対《
交通機関のトラブルを理由に、
第二試合で《道化師》平賀怜泉が対戦相手を糸で縛り、悠々と勝ち上がりを決めてくれたからまだ良かったが、第一試合の時点で『暁学園』の生徒が既に一人消えてしまったというのは地味にプレッシャーだった。
……つくづく、暁学園が一か所に集まり過ぎなんだよな。仕方のない事とはいえ、運営側から敵視され過ぎてて笑えない。
『―――さぁ!! リングの清掃が終了いたしました!
これより、注目の
控室ゲートの先から、実況の声と歓声が聞こえてくる。
平賀は糸で相手を縛った後、相手が降参を口にするまで散々に敵を
薄暗い通路を抜け、晴天が眩く照らすリングへと上がる。
『まず赤ゲートから姿を見せたのは、前大会優勝者! 暁学園二年、甘木悠選手です!!
彗星の如く現れた新生・暁学園! 総理肝入りの新学園における、恐らくは最高戦力!
昨年の《七星剣武祭》では、相手の攻撃を掻い潜る回避能力と、一瞬の隙を見逃さぬ芸術的なカウンターで優勝を掴みました! ですが、今年は戦闘スタイルを大きく変えて来たとの情報も入っております! 七星の頂に坐す《天譴》は、今年いったい何を魅せてくれるのか!!』
『汎用性の低い伐刀絶技、《
実況と解説がそう話すのを聞きながら、歓声と共に入場。
伐刀者界隈からは何かと嫌われがちな俺だが、一般人・ライトファンからの人気は結構高いのだ。普通に強い《七星剣王》として、まあ平均的な人気はある。マスコミ様の宣伝のお陰だ。なんか最初の方はバッシングされてた気がするけど、いつの間にかめっちゃ良い感じにポジティブキャンペーンしてくれるようになっていた。お陰様で生きております!!!!
……ステラさんとか東堂さんとか、ああいう強さ+ルックス+性格+
まあいいや。歓声は歓声だ。
ありがたくニコニコしながら向かいのゲートを見ていると、ヌッと巨漢が影を裂いて現れる。
『そしてそしてぇ!! 青ゲートから、巨漢の偉丈夫が現れましたァ!!
彼こそ北の大地、禄存学園からやって来た《
『
筋肉に覆われた岩石のような体躯に、ひげ
俺と同じく観客の声援を受けながら加我さんがリングに上がり―――
「うぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
―――瞬間、予想外の動きを見せる。
彼は自らの制服を太く巨大な手でつかみ、引き千切るように脱ぎ捨てたのだ。
『おおぉっとぉ!? これはどういうパフォーマンスでしょう、加我選手!! 特注サイズの制服を引き千切り、
『霊装は、必ずしも武器としての形状を取る訳ではありません。全身に身体強化と防御力向上の
加我さんの動きはまだ止まらない。
筋骨隆々の肉体を衆目に晒しながら、彼は大きく四股を踏んだ。巨大な足が地面に叩きつけられると、地響きと共に踏みしめられたリングが沈み込む。
……このリングは、ナパーム弾の直撃にも耐えうる特殊石材で作られている。そんなリングが、加我さんの足の形をくっきりとかたどって陥没している。周囲にヒビが入っていないのは、そんな剛力をほぼ完璧に制御できている証拠か。
「……甘木さん。おらは、オメさんを
そのまま数度四股を踏んで観客から喝采を浴びた後、加我さんがそう語りかけてくる。
「強えっつうんは、それだけで偉えことだべ。なんっも伐刀絶技使わず、《七星剣王》になったオメさんはすげぇ。そんなオメさんと一回戦で当たれた事は、人に何て言われようが、おらは"幸運"だと思っとる」
「……………どうも」
「だからこそ……! 最初っから、全力でいくべ―――!!」
メキメキメキと音を立てながら、加我さんが魔力を滾らせる。
肌から血色が消え、光沢を持つ鋼に変化。全身を鋼鉄に変化させる伐刀絶技、《
「ふんぬ……ッ! まだまだ、こっからだべぇ……ッ!」
変化は止まらない。
鋼鉄と化した加我さんの身体が、
『なんだァーーーッ!? これは一体!? 加我選手、腕が増えましたァッ!! 従来の《鉄塊変化》ではありません! より大きく、より強く、そしてもはや人間の形を超えていますッ! まるで阿修羅像!! 加我選手、これは驚愕の新技です!!』
『ただ自身を鋼鉄化させるのみならず、"鉄ならば自在に整形できるはず"と能力の解釈を拡張したのでしょうか。手数が三倍になった事により、単純計算で攻撃力防御力ともに三倍へ跳ね上がります。これは加我選手、考えましたね』
「がははッ! 解説さんの言う通り! これがおらの取っておき――《鉄塊・阿修羅像》だべ!!」
『うおおおお! やっぱすげぇやん、ただデカいだけやないんやで!!』
『キャーっ! 熊ちゃんかっこいい~~~っっ!』
六本の腕で加我さんが筋肉を強調するポーズを取ると、観客が喝采を浴びせる。地元からファンも訪れているみたいだ。強靭な肉体、相撲という独特の戦闘スタイル、そして漢らしい人柄。これらの要素から、加我さんには全国に熱心なファンが多い。
「がっはは……お待たせしたな、甘木さん!! さぁ! おらの全力、ぶつけさせてもらうべ!!」
そう言って、気迫を込めて"はっけよい"の体勢を取る加我さんを―――。
「…………………………」
―――俺は、冷ややかな目で見つめていた。
試合はまだ開始されていない。
それなのに、何故加我さんが伐刀絶技を使い、時間のかかる変身を先に完了させているのか。
答えは単純。そういう"ルール改定"があったから。
『対戦相手に害を与えない伐刀絶技であれば、試合開始前の使用を許可する』というルール。
名目上は"各選手が全力で戦えるようにするため"だったか?
……実際は違う。
ロクな伐刀絶技を持たないか、少なくとも試合形式で使える物は持たないと思われている俺に対し、対戦相手だけが、準備万端で戦闘を開始できるようにするため。
『《七星剣武祭》は日本VS《連盟》の代理戦争の場となっており、様々な暗闘が行われた』と、俺は既に総理から聞いている。その暗闘の結果も。《連盟》はトーナメント表の操作と、審判団・運営の買収に成功した。俺の試合順は偶然によるものではない。《連盟》の作為が絡んでいる。
その前提を元にもう一度トーナメント表を見ると、《連盟》がどういう意図を以て俺の対戦相手を組んだのか、何となく分かる。
加我さんが一回戦の相手になったのは……恐らくだが、勝利を期待されているからではない。
"硬い"からだ。
それだけの理由だ。
俺の手札を暴けるだけ暴き、
それだけの理由で、彼は鬼門であるはずの
もし彼相手に俺が何か伐刀絶技を使えば、次の試合までには《
……ただの、当て馬だ。
「…………」
審判が頷き、実況解説へ合図を送った。
『いきり立つ加我選手と、それを前にして静かに構える甘木選手! 両者、気合は十分です!!
では! これより七星剣武祭第一回戦、Aブロック第三組!
甘木悠選手 対 加我恋司選手の試合を開始いたしますッ!!』
加我さんは良い人だ。
尊敬していると言ってくれて素直に嬉しかった。年が俺の一つ上とは思えないほど、デカく、豪快で、おおらかな人だと思う。全国にファンが居るのも分かる、好感の持てる人だ。
決して、使い捨ての駒のように扱われていい人ではない。
……だが。
それはそれ。これはこれだ。
《七星剣武祭》に全力で取り組むという事は、全ての試合で全力を出す事と決してイコールではない。
『Let's Go Ahead――――――――ッッ!?』
魔力の
技を出す
試合開始直後。小指さえ動かせず、声さえ出せず、加我さんは断頭された。
◆
『な……何が起こったァーーーッ!? 開始直後だったはずです! 甘木選手は指一本動かしていないはずです!! にもかかわらず、衝撃の断頭!! あまりの事に、一拍遅れて観客席から悲鳴が上がります!! わ、私も、何が起きたのか未だ把握できていません!!』
『……破軍学園選抜戦において、同様の事があったとのデータが入ってきています。当時は対戦相手の魔力制御ミスなど、様々な考察が出ましたが……一度のみならず二度起きた事ならば、もはや疑いようはありません。甘木選手には、そういう事が出来るのです』
『な、なるほど……しかし、ど、どうやって!? 魔力の動きは観測できませんでした! 甘木選手の伐刀絶技であのような事が出来るとは思えません! 昨年度から一転、甘木選手があまりにも大きな新技を引っ提げて戻ってきましたァ!!』
「あーあー、大騒ぎだねぇ。別にそれ、アイツにとっちゃただの小技だよん、っと」
ざわつく会場をどこか楽し気に眺めながら、一人の女性が人の波をすり抜けて歩く。
目線の先には《
しばしの間をおいて、客席からはパラパラと
「んふふ。まだまだ驚くことになるぜー、こっから」
自分だけが知っている秘密というのは気分が良い物だ。他の奴らがそれで慌てふためいていると特に最高。そういう底意地の悪い事を考えながら、スイスイと西京は階段を下っていく。
「やっほー、くーちゃん。お疲れだねい」
「……
破軍学園教師、《
プロ騎士時代は《夜叉姫》
「あっははは、まあそりゃそうだ。絶対死人が出るからな。アイツ、"くーちゃんが居るから殺してもいいや"って思ってんだぜ? 破軍学園の教育どうなってんだよ、ちゃんと説教しとけー?」
「……ああ、そうだな。結局私は、甘木に何も教師らしいことをしてやれなかった……」
「え、おいおいおい。そういうつもりで言ったんじゃねーんだけど。調子狂うなぁもう」
暗い顔をして下を向いてしまった黒乃へ、にゅるん、と気安い様子で西京が身体に絡みつく。
適当に揶揄ったつもりが、思いがけず相手の急所を突いてしまったらしい。"教育"というワードが、新宮寺にとっては地雷だったのだろう。
「形式上、甘木は破軍学園を裏切ったんだぜー? もっと他の奴みたいにキレてもいいじゃんよ」
「……出来るか、そんな真似が……。……甘木は、完成され過ぎていた。誰も、何も教える事が出来なかった。心構えの面だってそうだ。私は……何も、何も言ってやれなかった。国の為に刃を振るう事を、既にアイツは受け入れていた。そこへ更に騎士道や倫理を語ろうが、思想の押し付けになるような気がしたんだ……」
地面を見つめながら、黒乃はそう過去を思い返す。
甘木悠は小学校、中学校ともに一般人と同じ学校に通っていた。一般家庭で突然変異的に生まれた彼は、当然ながら破軍学園に入学するまで、伐刀者としての教育を何も受けていない。
そんな少年が、国防に貢献しようと戦う覚悟を決めた時点で、既に賞賛するべき事である。これ以上何かを押し付けるのはただの自己満足だ。黒乃はそう考え、無理に甘木へ騎士道精神を叩きこもうとはしなかった。
「彼を積極的に守る事もせず、さりとて騎士道精神を矯正しようともせず。いつか彼のライバルになれる者が現れると、他力本願に祈るだけで……。結局、破軍学園は彼に何一つ与えてやれなかった。これで"仕事"に従っただけの彼を責められるほど、私の面の皮は厚くないさ」
「ん~……自分を責めすぎだと思うけどねぇ」
もにもにと黒乃の身体をまさぐりながら、西京が困ったように声を漏らす。
教育と言うが、しかし一体、アレに何を教えれば良いというのか。そもそも西京自体、教師という物から何かを教えられた事など無い。無軌道に暴れ散らしていた自分が曲がりなりにも
破軍学園において甘木悠の評判は悪かったらしいが、別に直接的な虐めがあった訳でも無い。友人だって居た。単に遠巻きにされて、畏怖と少量の嫌悪の混じった目線を向けられていただけだ。だったら別に大した事は無い、と西京は思う。守れなかったと黒乃は言うが、そもそも守る必要も、一介の新任教師である彼女に守る方法も無かっただろうと。
雑魚というのはそういう生き物なのだ。
彼らの生態に文句を言っても仕方がない。不毛である。
「絶対アイツはそんな事気にしてないって。破軍学園で嫌われてたとかさえ気付いてなかったんだぞ? 賭けても良いけどさぁ、くーちゃんには感謝してるだろうし、尊敬すらしてるって」
「…………」
「くーちゃんが居たらノータイムで相手を殺しにかかるのもさぁ、信頼の証だよ、信頼の証。たぶん」
一度刃を交えた西京には良くわかっている。
甘木悠という男は、割と周囲の人間関係には鈍い、人間一年生のような奴である、と。
「この前LINEした時も、特に破軍学園への恨み言とか一切言ってなかったし。気にしすぎだって」
「……ああ。ありがとう寧音……………………ん?」
不器用ながら励ましてくれる友人へ礼を言った後、しばし黒乃の脳が停止する。
「……LINE? 誰と?」
「え? ああ、甘木と。修行の休憩時間に時々連絡すんのよ」
「……いつ連絡先を交換した?」
「えー? まあほら、うちって一応破軍コーチじゃん? 個人情報とかをチョチョイとね。あ、怒んないでよ? 後で本人からは了承貰ったし、順番が前後しただけだからセーフな」
「……………お前……………」
自責と悔恨の感情をいったん
学生時代からの付き合いになる黒乃は、西京の事をよく熟知している。
奔放な性格。一般的な倫理感を持ち合わせていない。戦闘狂であり、一度認めた強者に対しては懐が広く、強い執着を見せる。
……そして。彼女の『強い執着』というのは、"戦闘以外の欲求"も含むという事も。
「…………まさか、とは思うが…………違うよな、寧音?
「《七星剣武祭》終わったら一緒に
「寧音……ッッッ!!」
身体にまとわりついていた西京を引き剝がし、黒乃は彼女の肩を掴んでメンチを切る。
こんな性欲の化物に絡まれたら甘木が危ない。
破軍学園において、自分は彼を十全に守る事が出来なかった。だから、次こそはしっかりと守ってやりたい。主に、青少年の健全な育成を阻害する目の前のこの女とかから。
「おまっ、お前なぁ……ッ! 年の差!! 立場!! コーチ!! 問題!!」
「おお、どうしたどうしたくーちゃん。急にカタコトになって」
「どうしたはこっちの
「8歳差くらいだろ? 別に普通普通。特にほら、
「こ、こいつ……! 恥という物が無い!!」
抜け抜けとそう言い放つ西京に、黒乃が戦慄と共にそう叫ぶ。
年下の男子高校生を、平気で手籠めにしようとしている。そしてそれを一切恥じていない。伐刀者は15歳で成人だから良いよね、じゃないのだ。社会道徳的な問題をまるっと無視している。
「まあまあまあまあ。嫉妬すんなって、くーちゃんへの愛は変わんないからさぁ。というか、くーちゃんも既婚者じゃん? やっと良い男見つけて、同じライフステージに上がろうと頑張ってる友人を応援してくれよ」
「出来るか!!」
親友が(元)教え子を狙っているという、割と最悪寄りのニュース。
百戦錬磨のAランク騎士新宮寺黒乃をして、非常に対処に困る物であった。助けてくれ拓海(夫)、鳴(娘)。
「もー……しょうがないなぁ。分かった分かった。くーちゃんの気持ちは良く分かったって。大丈夫大丈夫。全部解決するグッドアイディアがあるから、ちょっと聞いてくれよ」
「……ほう。もう絶対に碌でもない事を言うと分かるが、一応言ってみろ」
「3Pしよう」
「分かった。殺す」
「ギャーッハッハハハハ!」
怒り狂った黒乃が銃を抜き、14:30から14:50にかけて湾岸ドームの一部は弾痕で穴だらけとなった。とある時間系能力者の《巻き戻し》により被害は全て元通りになったため、この事を知る物は(西京と黒乃を除いて)誰も居ない。
「おーっほほほ。久々にくーちゃんと戦えてご機嫌ですわよ~」
「なんだその口調は……はぁ。もう良い。いや良くは無いが……取りあえず、経過観察だ。甘木にも自由意思という物がある。本当にこのゲテモノを選びたいというのなら何も……いや、まあ有り得んとは思うが……いや……」
「口ごもってんじゃねーよ。KOKリーグ3位だぞ? 普通"逆玉の輿"って言うんだよ、うちは」
「………………………」
「黙るのはもっとやめて?」
何故か新品同様になったピカピカの
家事とか料理とか女子力とか、そういう色々からは目を逸らしていた。
「……もうその話は良い。それよりも、もっと聞いておきたい事がある」
話を強引に打ち切って、黒乃は西京へ真剣な目を向ける。
空気が変わったのを察して、西京も崩していた姿勢を元に戻した。
「お前と南郷先生が指導した、
「……どうだ、って。くーちゃんにしちゃフワッとした問いだねぇ」
「からかうな……。今の試合を観て、甘木に……《天譴》に、勝てると思うか?」
一瞬で断頭された、《
加えて、西京寧音戦のクライマックスにおいて見せた、未知の伐刀絶技。
身震いするほどの魔力の極光。
破軍学園の教師として、当然ながら生徒たちの勝利を信じている……が。ただ無条件に勝利を信じるには、《天譴》は強すぎた。
「……一週間は、
麗しい
A級騎士である己でさえ、ブランク込みでは届かないと思わせるほどの高み。果たしてそこへ、一週間という短い期間で迫る事が出来たのか。
「……どうなんだ。寧音……」
「ん~…………」
真摯に見据える新宮寺の視線をどこか楽しそうに受け止めながら、西京寧音は
彼女の脳内では、ここ一週間の出来事が思い返されていた。
◆
『―――先に言っとくぞ。うちに師事した所で、甘木には勝てねぇ』
新生暁学園による、破軍学園襲撃後。
《天譴》甘木悠が見せた圧倒的な力に対抗するべく、指導をお願いしに来た破軍学園メンバーへ、《夜叉姫》西京寧音はそう告げた。
『当たり前だ。そもそもとして、うちが勝てなかったんだからな。このA級騎士にして、KOK・A級リーグ第三位の《夜叉姫》様が、ハイになって、全力を出して、《
冷淡にも見える態度で、《夜叉姫》はごく当たり前の事を言った。
世界第三位に位置するプロの魔導騎士が勝てなかった相手に、たかが"将来有望な学生"程度が勝てる訳はないと。
そう、当然の理屈を述べた後。
それでも、決意に満ちた表情を全く変えない《雷切》たちを見て、《夜叉姫》は深々と溜め息をついた。
『……はぁ……だが、まあ。
西京寧音にも覚えがあるのだ。
没収試合になった、《
『今ここでコイツを殺せるなら、もう他に何もいらない』。『自分の一生は、此処が
目の前の相手の為に何もかもを全て投げ捨てられた、閃光のような一瞬。
今の彼らはそれに近い。
後先考えず、兎に角《七星剣武祭》に勝ちたい。勝算など知った事ではない。その後なんてどうでも良い。そういう"熱に焼かれる"瞬間というのは、人生にそう何度もある物ではない。
一生に一度あれば望外の幸運であるそんな一瞬が、今の彼らに訪れているならば。
『若い奴は、とにかく人の話を聞かねえからな。今うちが言ったことなんか、お前ら自身でもとっくに分かってて、それでも諦められねぇんだろ? そんならそれでも良い。そういう闇雲な情熱みたいなもんを、理屈で説き伏せんのも不合理だしな』
そう言って、西京は携帯を取り出し、誰かに電話をかける。
『丁度いい。こっちもジジイを呼んで、
てめぇらも付き合えよ。―――そうしたら、あの戦いの分析くらいは話してやる』
そして、破軍学園の生徒たちは地獄に叩きこまれた。
『一に魔力制御、二に魔力制御、三四が無くて五に魔力制御だ。黒坊、テメェは特にみっちりやれよ。体術に比べて魔力制御が
『ステラちゃんは今から殺すつもりでボッコボコにするから、何とか早めに
『とーかちゃんとシズクちゃんは、同じ《自然干渉系》伐刀者としてうちとひたすら"能力拡張"の訓練な。ココに関しちゃ部分的にシズクちゃんが師匠だ。魔力切れして気絶したら、叩き起こして座学か武術の訓練すんぞ。当たり前だけど休みとかねぇから』
《夜叉姫》は破軍学園の生徒たちを瀕死まで追い詰め、その後《闘神》と模擬戦、稽古を
あまりにもイカれたバイタリティに戦慄しながら、黒鉄たちは何とか必死で食らい付いた。吐瀉物を撒き散らした事は一度や二度ではないし、食事中に急に涙が止まらなくなることもあった。そういう極限状態に置かれていた (《夜叉姫》にはスマホをポチポチして遊んでいる暇があったが)。
『"うちに師事しても勝てねえ"つったよな? ありゃマジだ。うちに師事する
そんな日々が続いたある日の事。
血反吐を吐き散らした後の休憩中、西京寧音はそう語った。
『だから―――テメェらは、うち以上の"
言われたことだけをやって出来上がるのは、ただの"西京寧音の劣化コピー"だ。そんな物が《天譴》に届く訳も無い。彼らが《天譴》に勝とうとするなら、彼らだからこそ出来る何かが必要なのだ、と西京は言った。
『無茶言ってるように聞こえるか? これが意外とそうでもねえ。例えば、うちの魔力制御は"Eランク"だ。今必死こいて克服しようとしてるが、苦手分野でな。だからそういう点で言やあ、既にとーかちゃん達はうちを一部超えているとも言える。ま、それはそれとして戦ったらうちが勝つけど』
疲労で震える身体と遠のく意識を必死で抑えながら、東堂刀華たちは彼女の言葉へ精一杯耳を傾けた。今、彼女は、とても大切な事を伝えようとしている。それが分かるからだ。
『能力値の合計で勝負が決まるんなら、そもそも戦う必要なんてねぇ。紙に
KOKリーグ第三位。《夜叉姫》西京寧音。
強者も弱者も全て喰らって糧にしてきた歴戦の騎士である彼女は、そう彼女なりの真理を説いた。自分の強みを押し付ける事が、勝ちへの近道であると。
『コーチの務めだ―――
そう言って、《夜叉姫》は徹底的に破軍生徒たちを鍛え上げた。
交通機関のトラブルにより湾岸ドームへの電車が一部運休になっていると聞くと、『うちが重力で送ってやったら逆に30分余裕が出来るな。おら、あと30分やるぞ』と皆を叩き起こすほど厳しく、悪魔的に。
◆
「どうだろうねぇ~……うーん……」
「……寧音! 真面目に聞いてるんだ、こっちは!」
「分かってんよ。ちゃんと答えるって」
思う存分ガキどもをビシバシ鍛えてやった日々を思い出し、西京は曖昧に唸る。ジジイの監督の下、体と心がぶっ壊れるギリギリを攻めて鍛え上げた。掛け値なしに、充実した日々だったと思う。己もまた、苦手としていた魔力制御に磨きをかける事が出来た。
だが。それを以て『《天譴》に勝てる』と断言するかどうかは、また別の話であった。
「でもな、実際くーちゃんも分かってんだろ? いくら極限の
「………………」
一般に、何かを極めるという行為は『山登り』に似ていると言われる。
麓から一合目までは緩やかな道のり。未熟な初心者は、短期間で劇的に力をつける事が出来る。
だが、これが七合目、八合目となると話は別。山頂に近づくにつれて傾斜が激しくなるように、たった一メートル登る事さえ困難を極めるようになる。
簡単に言うと、Lv1からLv10まで上げるより、Lv94からLv95まで上げる方が何倍も労力がかかるのだ。そして、破軍学園の伐刀者たちは皆、未熟な初心者とはほど遠い。彼らにとって、一週間という修行期間はあまりにも短すぎる。
「そうじゃねえ、ってのはくーちゃんが一番分かんだろ? 積み重ね無しに、一足飛びの進化は有り得ねぇ。一流伐刀者の成長ってのは、もっと、地道で地味な努力の末にあるもんだ。だろ? 」
「……ああ……そうだな。それが当然だ」
「ま、だからこそ今の今まで聞けなかったってのは何となく察するがね。とにかく、たかが一週間の修行で都合よく覚醒なんて、そういう都合の良い話は有り得ねぇんだよ…………
……では、彼らの修行は無駄だったのか?
「――――だがな」
それは
そう言って、ニヤリと西京寧音は笑った。
「
これまた一般に、人の習熟度というのは右肩上がりの直線ではない。
『学習のプラトー』と呼ばれる現象。ある程度のレベルに達した者の成長曲線は、
"切っ掛け"を掴んだ時。極限まで鍛え上げた熟練者が伸びる時は、爆発的に伸びる。
西京寧音と南郷
険しい山へ階段を
……そして。これもまた、一般に。
『明確な目標』や『目に見える高み』があった方が、人は努力し、成長しやすい物である。
例えばそれは、生まれ持った才能だけで剣の極みに立つ、ある男のような。
「"そういう都合の良い話"が、あったのさ。この一週間で、黒坊たちは爆発的に伸びた。体内に溜まってた経験値。形になる前の成長の兆し。散らばっていた歯車の欠片たちが、全て嚙み合った。
―――奴ら、一週間前とは別人になってるよ」
「―――――ッ!」
そう言って不敵に笑う西京寧音に、新宮寺黒乃は息を呑んで驚嘆した。
黒鉄たちの成長を……いや、"進化"を断言する西京寧音からは、それほどの自信を感じられたからだ。
「……人の悪い奴め。お前、わざと回りくどい言い方をしただろう」
「えー? いやだってさぁ、ガキどもを心配してるくーちゃんが可愛くて可愛くて。ちょっとばかし
「……全く、お前は……」
呆れたように笑って、黒乃は通路の壁に体重を預ける。
この友人の悪い癖だ。人をからかう底意地の悪さは、出会った時から変わっていない。
「……なら……
「え? いや全然。誤解すんなよ、そうは言って無いでしょ」
「は?」
浮かべていた笑みを引っ込め、ツカツカと黒乃は西京へ詰め寄る。
「おまっ……お前、お前本当になぁ……ッ! いい加減にしろよ、どっちの味方なんだ……!!」
「いたたたた、耳引っ張んないでくれよ。しょうがねぇだろ、事実を言ってるだけだってぇ」
「事実の並べ方に悪意がある……! 私の情緒をいたずらに乱すなよ、次は手が出るからな!」
「もう出てない? 良いけどさぁ」
はだけた着物を直して、西京は呆れたようにそう言った。
「黒坊たちは成長したぜ? 特に、
「ならっ、」
「だがな。多分だが、《天譴》だって滅茶苦茶に成長してんだよ」
「――――――ッ」
そう語る西京の顔に、もはやふざける意図やからかいの色は浮かんでいなかった。
破軍学園襲撃……彼らの語る《前夜祭》作戦において、西京寧音は甘木悠と直接刃を交わした。
実測時間ではたかが10数分だったろうが、それが何時間にも感じるほどの濃密な時間。人生でトップクラスに熱くなれた瞬間を通じて、西京は甘木悠の持つ技術を吸い取り、より高みへ昇る事が出来た。実践の場では時々、そのような『刃を通じて相手を理解する』としか言いようのない出来事が起きる。
そして。
それは甘木悠にも
「……アイツ。多分、今まで一度も鍛錬なんざしたことねぇぞ。天性の才能だけで刀を振ってる。格闘戦にしてもそうだ。最初はおっかなびっくり拳を振ってたのが、最後には信じられねぇくらい上手くなってた。最初の段階でさえ、うちと互角に渡り合えるってのにだ」
「……………………」
「マトモな実戦って……多分、うちが初めてだったんじゃねぇのか? 視線で斬るとか魔力で斬るとか以外で、あいつ自身が刀や拳を振るったのって」
一般的に。一般に、何かを極めるという行為は『山登り』に似ていると言われる。
麓から一合目までは緩やかな道のり。
《天譴》甘木悠はそのケースに該当すると、西京寧音は確信している。
おそらく彼にとって、あれが初めての"実践稽古"であったと。
「"ファーストレディ"をいただいた嬉しさってのは、まあ今は置いておくとして……アイツ、馬鹿げた速度でうちの技術を吸収してったぞ」
「……それほど、か……」
「ああ。今の甘木がどうなってんのか、うちにも想像がつかねぇ」
遥か高みに坐す、七星の頂点。七星剣王、《天譴》甘木悠。
学生騎士たちにとって目指すべき目標、ゴールである彼だが……恐ろしいことに、このゴールポストは
「…………ならば、破軍学園は……うちの、生徒は………」
チリ一つ残らぬ廃墟と化した破軍学園を思い返し、黒乃が沈痛な表情で下を向く。
《天譴》がそれほどに圧倒的であるならば、既に暁学園の優勝は決定付けられたような物だろう。日本は《連盟》へ、魔導騎士の教育権を返還するように要求する。そして、それだけでは終わらない。連盟と日本の仲は修復不可能なほど破壊され、《連盟》離脱は決定的な流れとなるだろう。
その聡明な頭脳で、月影獏牙の狙いをほぼ看破していた黒乃。
そんな彼女の肩を、西京寧音が強く抱き寄せた。
「
「――――――!」
「甘木がどんだけ強くなったかは想像つかねぇ。だがな。そもそも
そう言って、励ますように西京は黒乃の肩を揺する。
西京にとって、《天譴》甘木悠も《雷切》東堂刀華たちも、どちらも愛おしく、可愛がっている者たちであった。彼らのどちらが勝っても、西京にとっては歓迎すべき出来事。
《天譴》が、その身を以て"才能"という物の残酷さ、無情さを示すならそれでも良し。
《雷切》たちが奇跡を起こし、事前予測の全てを覆すような
―――目の前にいる
「大人の出る幕は終わり。後はガキどもが、それぞれ想像を超える番。あいつらの意地を見せるターンだ。だろ? くーちゃん」
そうやって己の頬をむにむにと揉んでくる西京を見て、黒乃は再び、呆れたように笑った。
「……そうだな。全く……教師というのは、難しい職業だ」
「おっ。じゃあ辞めたら~? くーちゃんがリーグに戻ってきてくれたら、うちは両手に花って感じで超ハッピーなんだけど」
「諦めろ。誰が花だ、まったく……。それに、まあ……やりがいのある仕事さ」
そう笑う新宮寺黒乃を見て。西京寧音もまた、嬉しそうに微笑んだのだった。