私と有機肥料
私は就農から25年、有機肥料のみでスイカを栽培してきました。
家としては平成元年からですから、33~2年目に当たります。
発端は父が当時世間に認知され始めた有機栽培に目覚めた事から始まります。
チッソリンサンカリの基礎もよく知らない父の農業経営はもちろん当時は失敗の連続です。
それでも「良いものを作っているんだ!」という自負だけはあるので、他人の助言など聞く耳を持ちません。
米糠や魚粉、菜種カスや胡麻カス、圧ぺん大豆などを混合して放線菌で発酵させる自作のボカシ肥料が主力の肥料です。
効果のない資材や肥料を買わされたり、価格の何倍もの値段で卵殻石灰を買わされたこともあります。
当時の有機界隈は与太と詐欺の温床でした。
私が県立の農業大学校を卒業し「オカルト禁止」「数字で言明出来ない資材は使わない」「人の失敗を笑わない」大まかな方針を自分の中で設定し、少しずつ成果を出して我が家の方針に置き換えて行きました。
苦労して年2回自作していたボカシ肥料も、製品の成分の安定している物に切り替えて今に至ります。
「有機肥料だけで栽培しています」
「天然の資材だけです」
今となってはずいぶんと先鋭化した農家でした。
選ばれるために必死だったんですね。
幸い、出来上がるスイカはとても評価が高く遂には国内で得られる最高の栄誉あるお店での取り扱いを頂きました。
農協出荷に参入し、個人出荷を取り止めてからはそのお店(正確には東京青果さんと仲卸の神田万彦さん)での取り扱いは5年間で終わりを迎えました。
父が模索し夢見た生き方を、私の半生をかけて構築してきたことには自負もありますが、失ったものも大きかったと思います。
我が家は地域では完全に孤立し、全方位で人と仲良くできない父が壊した人間関係を必死に修復するのが、次の私の使命になりました。
まるで有機肥料だけで栽培を長年続けていると、土壌のバランスが徐々に崩壊して行き作物がうまく育たなくなる事に似ていました。
土も人間も正しく本質を見極め、寄り添うことが唯一の道だったとようやく気が付くに至ります。
情熱は時として素晴らしい実を結びます。
ですが、情熱と思い込みは完全に背中合わせ。
有機肥料は農業の1つのジャンルであり、本質ではありません。
むしろ「慣行栽培」と呼ばれる化学肥料主体の手法に本質があります。
そんな自戒を込め、現在も私は有機肥料でスイカを作っています。


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