164 商都サレンツァ 2
(追記 6/25 18:17 投稿後、少しだけ最後に書き足しました)
「いきなり、何をしやがるッ!? 俺の腕に傷でもついて明日からの仕事に差し支えたら、どれだけの損害になるのか、わかってるんだろうなぁッ!?」
腕を離すなり男は大声で俺を怒鳴りつけた。
だが、見るからに腕は無傷だったので、とりあえず俺は男のことは脇に置き、まずは地面に蹲っている女の子に声をかけた。
見れば、顔だけでなく腕にも痣の痕がある。
「……大丈夫か? これぐらいならすぐ治る」
俺が早速彼女の顔に手を置き、【ローヒール】での治療を始めると、見た目の割に傷は大したことはなかったようですぐに癒えていく。
だが衣服には血らしき汚れの跡が残り、痛々しい。
「……おい、テメェ? 何、話も聞かずにヒトのモノに勝手に触れてるんだァ……!?」
「……人は物じゃないだろう。この子を預かって世話をしているにしても、ちょっとひどいんじゃないか」
「あァ? 預かって世話だァ……? お前、その小汚ねえ獣の耳の生えた顔が見えねえのかよ。そいつは人じゃなくて、獣人の奴隷だよ!」
腕をさすりつつ、男は額に皺を作りながら俺の顔をじっと眺めた。
「……お前、この街のモンじゃねえな? 何を勘違いしてやがるかわからねえが、こいつは親の代からの借金奴隷だ。それに、こいつら獣人は俺たちとは体の作りが違う。ちょっとやそっと殴ったって平気なんだよ。碌な教育も受けてやがらねえし、躾なら、これぐらいやらねえとな」
「……親の代からの、借金奴隷?」
「ああ──かわいそうになァ。親が作った借金がそのままコイツに受け継がれちまったのさ。でも、自業自得だよな。こいつの親はあの『サレンツァ家』に刃を向けた大罪人でなぁ。多額の賠償金を背負された挙句、ろくに返済もせずにさっさと死んじまったもんで、こいつらは生まれた時から多重債務の借金奴隷ってわけさ」
「生まれた頃から借金を? 何故そうなる」
「……はぁ? 常識だろうが。親の負債は全部子供に受け継がれるんだよ。結局、罪人の子は罪人ってことだ。だから、こいつはその罪をこれから必死こいて働いて贖わなきゃならねえって、大事な立場だってのに……なァ──?」
男が半分笑いながら、自分の鞄の中から長い鞭を取り出すのが見えた。
「何をするつもりだ?」
「……もう、止めるなよ。こいつはこれから先、こうやって長く使われることになるんだ。今のうちに立場ってものを……わからせてやる必要があるンだよッ!!」
男は俺が制止する間も無く手にした鞭を少女に向かって思い切り振った。
だが少女に当たる前に止めようと俺が鞭を手で掴むと、軌道が大きく曲がり、鞭の先端が男の方に跳ねて戻り、足の先を掠めた。
見れば靴の先が破け、男の顔は怒りに紅潮した。
「てめぇ……本当に何のつもりだ!? もう、損害賠償だけじゃ済まさねえからな!?」
路上に蹲ったままの少女を背に男と向き合う俺の周りには既に人だかりができている。先ほどから騒ぎを見物していた男たちはその最前列で薄い笑いを浮かべるばかりで、周囲の人々も遠巻きに事態を眺めているだけだった。
「ああ、痛え、痛え……お前のせいで、腕だけじゃなく足まで大怪我しちまったなァ。どうしてくれる」
「見たところ、腕にも足も傷はなさそうだが?」
「おいおい、それが相手に怪我を負わせた人間の態度かぁ? 慰謝料の相場ってもんを知らねえようだな……おい、お前らも今の一部始終は見てたよな?」
「へい」
「もちろん」
男が声をかけると、先ほどまで事態を見物していた野次馬たちがぐるりと俺を取り囲んだ。
どうやら野次馬ではなく、この男の仲間だったらしい。
「……この男の知り合いか? 見ていたなら、なんで殴るのを止めなかった」
「止めるも何も、そのガキは兄貴が買ったモンだぜ。獣人奴隷なんて高級品は俺たちには縁がねえよ」
「それとも、お前がガキの身請けでもしようってのか? そんな金持ってるようには見えねえがなァ?」
俺を取り囲んだ男たちはそう言って仲間と笑うだけで、全く話が通じている気がしない。
「……この子を殴るのは、金の問題なのか? 金ならあるが」
「まさかお前、本当にコイツの身請けしようってのか? そりゃあ、助かるがなァ……そいつはそんなでも、身請け金は最低600万ガルドはするんだ。諸々の経費含め、1000万はくだらねェかなあ。変な癖がついてねえ分、ガキは高いんだよ。そんな大金、お前なんかに払えるワケが────」
「これで足りるか」
俺は街での買い物用に小袋に取り分けて置いた金貨を一枚取り出し、男の手に握らせた。
「……は? 大金貨? 刻印はサレンツァ家の印じゃねえが……ま、間違いない。本物の金じゃねえか。お、お前、これをどうやって……?」
最初は金が本物かどうか疑っていた男たちだったが、次第に目つきが変わり、やがて互いに目を合わせて笑うと俺の肩に優しく手を置いてきた。
「……はは。おいおい、兄ちゃんよぉ。なかなかの金持ちじゃねえか。それならそうと、早く言ってくれよ。どうやってこんなに稼いだのかはわからんが、ずいぶん稼いでそうだなァ……? ギャンブルで勝ちでもしたのか?」
「……? 大体そんなところだが」
「……そうか。じゃ、使い道に困ってるだろ。俺たちが代わりに使ってやるよ」
「まあ、使い道に困っているのは確かだな」
「そうかそうか。すぐそこに俺たちの商会の事務所がある。そっちで茶でも飲みながらゆっくり話そうや────」
「……ふっ。く、ははははは────これは本当に面白いね」
急に馴れ馴れしい態度をとってきた彼らにどう対応しようか俺が戸惑っていたところ、背後からラシードの笑い声がする。
「何だ、お前。今、笑ったか?」
「……おっと、これは失礼を。皆様はかの『ガレン商会』の方々とお見受けしますが、その辺りでやめておいた方がいいでしょう。彼に対してあまり欲を出しすぎると、いずれ痛い目をみるかと」
「……あァ? お前、どこのモンだぁ? ウチを『ガレン商会』と知ってるらしいが……見るからに駆け出しの商人のガキじゃねえか」
「流石は『サレンツァ家』の直接傘下、人材派遣を取り仕切る『ガレン商会』の幹部の皆様、御慧眼です。私などはつい先日、不意に全ての財産を失ったばかりの未熟者でして。この商都に戻り、一から商人の道を学び直そうと奮起している最中にございます」
「……この状況で、随分口が回るじゃねえか。知ってると思うが、ウチのケツモチにはなァ、あの『始原のゴーレム』を複数動かせる凄腕の警備商会がついてる。悪いこと言わねえから、今後も逆らわねえ方が身のためだぜ?」
「ご忠告、大変感謝いたします。もちろん、私めのような若輩者でも皆様の恐ろしさはよく存じあげております。今後とも、一流の商人である『ガレン商会』の皆様に学ばせていただければ安泰かと、こうしてお声をかけさせていただいた次第です」
そう言うラシードの顔は、ずっと男たちを小馬鹿にするよう笑っていた。
「……なあ、兄ちゃん。若いのにナメた態度とりやがるな。ウチの名前を知ってるぐらいなら、ウチの揉め事の解決方法も知ってるな? 一緒にウチの事務所に来いや。歓迎してやるよ」
複数の男たちがラシードの肩に手を回そうとするが、すぐさまシャウザが割って入り、男の手を素早く振り払った。
「ッ。テメェ、何しやがる!?」
「ラシード様。お下がりください」
「……あァ? なんだ、お前。このお坊ちゃんのお守りかよ?」
「……ぷっ。財産を全部失って、頼りのボディーガードが片腕片眼の不具の獣人奴隷一人、かよ。兄ちゃん、態度がでかい割に苦労してそうだな?」
ラシードの前に進み出たシャウザの姿を見ながら、男たちは笑っている。
男の一人が威嚇するように勢いよくシャウザに肩をぶつけたが、逆に簡単に押し返されてペタンと路地に尻餅をついた。
「……ああ、ダメじゃないか、シャウザ。相手が誰であれ、先に手を出したら法律は味方してくれないよ。それにこの人数の目撃者が相手じゃ、法廷でいささか分が悪くなる」
「────ならば、この場から証人を全てを消しておく、というのは如何でしょう。それが一番、穏当かと」
静かに男たちの顔を見回すシャウザの表情を見て、ラシードは笑う。
「……ああ、なるほどね。確かに君の言う通り、そもそも目撃者が存在しなければ訴えるべき罪なんて成立しない、って考え方もある────なら、いいよ。その方針で好きにやって」
「畏まりました」
微笑むラシードがくるりと男たちに背を向けると、同時にシャウザの姿が消えた。
「────あ……?」
そして次の瞬間、俺を取り囲んでいた呆けた顔をした男達全員の衣服が上下とも縦にぱっくりと裂けて、地面にストンとずり落ちる。
「……へ? あ、あひぃ!? ふ、服が!?」
「な、何が……!?」
「な、何を笑ってやがる……!?」
群衆の中で一瞬にして半裸の集団となった男達を見て周囲の人々は騒然となったが、すぐさま辺りから小さな笑い声が上がり、男たちは手で体を隠しながら若干身をくねらせた。
「……テ、テメェ!? こ、公衆の面前で恥をかかせてくれやがって!」
「災難だったな。その格好では街を出歩くには都合が悪かろう」
「ふっ、ふざけるなよ! た、他人事みたいに……!!」
「……他人事だろう。俺がやったという証拠がどこにある」
「……はァ!? お前、何を言ってやがる……? ここに居る奴ら全員が証人だぞ! 今更、言い逃れできるわけが──!」
男たちは怒りの表情でシャウザを問い詰めるが、シャウザは何食わぬ顔で半裸の男達を見回した。
「一応、聞いておくが。服だけだと思っているのか」
「は?」
「首の方は気にならないのか」
「────首? ……アヒィッ!?」
半裸の男たちが自分の首に手をやると、全員の首筋からうっすらと血が流れ出した。男たちの悲鳴と怒号で騒がしくなった周囲をよそに、シャウザは上着からゆっくりと短刀を取り出し、男たちに見せつけるようにして言った。
「……一旦、話を整理しようか。俺が今、手にしているこの短刀。これが先ほどお前たちの全員の服を引き裂き、ついでに首筋を撫でてその出血の原因を作ったのだ、と。お前たちはそう主張している。間違いないな?」
「お、お前、何を……?」
「つまり、この短刀が自分達の首を撫でる瞬間をお前たちはちゃんと目撃した、ということだ。ならば堂々と法廷でそう証言すればいいだろう。だが……『どこで』、『誰が』、『どのように』。『何が』、『どのような順番で』斬られたか。法廷に必要な情報は出来る限り正確にな────ちなみに、その金貨は五番目だ」
「……は? 金貨」
少女を殴っていた男の手の中の金貨が真ん中から綺麗に二つに割れ、地面に音を立てて落ちると、男たちの表情が強張った。
「それとも……やはり何も見えていなかったのか? それなら、お前たちの発言に有利になるよう、もう一度見せてやろう。今度は、お前たち全員に見えるよう、ゆっくりと……この場の誰にとってもわかりやすいよう、首の薄皮一枚撫でるのではなく内臓の奥深くまで刃をきっちり突き通し、時間をかけて丁寧に抉ってやる。それならば法廷での証言に食い違いは起こるまい」
静まり返る人々をよそに、シャウザは変わらず男たちへの冷ややかな問いかけを続けた。
「────さあ、誰からがいい? この場ですぐに取り掛かってやる。それとも、この場での出来事は何も見ていない、と主張をすり替えるか? 俺はどちらでも構わない」
「……な、何を言って……?」
半裸の男達の顔は蒼白となり、全身がびっしょり濡れるぐらいの汗をかいている。幾人かはシャウザに何か文句を言おうとするが、先ほどまでの勢いはなく、吐き出そうとした言葉を全て飲み込んだ。
シャウザはそんな彼らを冷ややかに見守りつつ、一人の男の耳許に顔を近づけて言った。
「……質問の意味が、まだわからないか? お前たちに二つの選択肢をくれてやる、と言っている。この場で起きた出来事について沈黙を守るか──それとも、未来永劫口のきけない身体になるか。好きな方を選べ。俺はどちらでも構わない」
「ヒィッ!? みッ、見てない……! お、俺は何も見てないからッ……!!」
「お、俺も、何も……!!」
「ば、化け物。たッ、助けェ────!」
「あ、あひぃいいいいい!?」
シャウザが少し脅すように睨みつけると、半裸の男達は皆、逃げるようにして散っていく。
少女を殴っていた男まで一目散に駆け出すと、後ろで事態を眺めていたラシードは、半分に割れられた二枚の金貨を地面から拾い上げ、逃げる男たちに向かって放り投げた。
「ほら、忘れ物だよ」
乾いた空気の街に舞った半分ずつの金貨は、少女を殴っていた男の頭に綺麗に命中した。
男は小さく呻き声をあげたが慌てて割れた金貨を二つ拾い上げ、小さな傷ができた頭をさすりながら街の群衆に紛れるようにして逃げ去った。
「……助かった。ラシード、シャウザ」
「助けたつもりはない。成り行き上、仕方がなかった」
「……ふふ、僕も最初は手を出す気はさらさらなかったんだけどね。でも、あまりにも楽しそうな相手だったんでね。どうせなら、全員に子々孫々、孫の代まで支払いが残る額の賠償金をふっかけてやろうかと思って近づいたんだけど……まさか、シャウザがあそこまでやってくれるとはね?」
「……私は事を穏便に片付けようとしただけです。あの手の輩との交渉は、どうやっても無為な禍根を残す結果となります。だからこそ、迂回しようと提案したのですが」
「その割に、いい仕事っぷりだったと思うよ。でもね、シャウザ? ちょっとばかり薄情じゃないのかい。この状況を全部わかっていながら、『迂回しよう』だなんて……彼女、君の同胞の子供なんじゃないのかい」
ラシードの問いかけにシャウザはどういうわけかじっと地面を見つめ、黙ったままだった。
「別に責めてるわけじゃない。あくまでも君の問題だしね。でも……君は単に、自分が招いた結果に向き合うのが怖くなっただけなんじゃないのかい?」
「……それは」
「長い付き合いだし、君が考えそうなことは大体わかるつもりさ。『今更一人や二人、気紛れに救ったところで何になる』、ってね? でも君、いつもそう言って逃げ回ってばかりだよねぇ。そんなことで君の復讐は成し遂げられるのかな?」
シャウザとラシードが何事かを話し合ううちに騒ぎの見物をしていた人々は街の喧騒の中に消え、まばらになった人々の隙間から、リーンが俺たちの方に駆け寄ってくるのが見えた。