145 裁定遊戯 3 消失男(ロストマン)
『第一試合、『三賽子』の勝敗が決しました。勝者は『クレイス王国からのお客様』となります。現在の決着により保有資産額は、「時忘れの都《8億2097万》 対 クレイス王国《88億2097万》」となり、『クレイス王国からのお客様』が大きく勝ち越しとなりました。
第一試合の『単一勝敗』に『賭け』のお客様にはこれより当選金の払い戻しが行われます。窓口の係員にお申し出ください』
場内にクレイス王国側の勝利を告げる女性の声が鳴り響く。
第一戦、ノール先生の快勝で40億もの大金が私たちの手に渡った。
相手の残り資産は二割を切った。
でも、それでも薄い笑みを絶やさない対戦相手に私は不気味さを覚えていた。
「お見事でした、リンネブルグ様。それで、次のゲームはどうしましょうか? 先ほど申し上げた通り、そちらに決める権利がありますが」
私は、あらかじめ決めていたゲームを指定した。
「次は『消失男』でお願いします」
「なるほど。絵札を使ったゲームですか。人数はどう致しますか? 」
「三対三で。こちらからは私とロロ、シレーヌさんが参加します」
「かしこまりました。連戦は不可能ではないですが、ノールは不参加、ということでよろしいのですか」
「はい。問題ありません」
「それでは、こちらからは私とメリッサ、クロンで参りましょう。クロンは連戦になるけど、いいね?」
「は」
『対戦者同士の協議により、第二戦種目が決定致しました。遊戯種目は 『消失男』。遊戯者は互いに三名の選出となります。それではご観戦の皆様、張り切ってご予想ください。第二戦、『単一勝敗』の掛け札ご購入の残り時間────300」
「それでは勝負と参りましょうか、リンネブルグ様」
「わかりました。では……すみませんが、イネスとノール先生は、ゲームに不正がないか監視をお願いします」
「承知しました」
「ああ、わかった」
「……それでは皆様。どうぞ、そちらのテーブルへ」
私達の会話を聞きながら微笑む対戦相手の顔を見ながら、私とロロ、シレーヌさんは控えの席を離れ、対戦が行われる円卓に着いた。
「では、メリッサ。カードを」
「こちらにご用意しております。どうぞ皆様、問題がないかご確認を」
メリッサさんはゲームに使うカードの束を私たちに差し出した。
私はそれ受け取り入念にチェックすると、また彼女に戻した。
「大丈夫です。問題ないと思います」
「ご確認ありがとうございます」
「リンネブルグ様。ここで一つ、お願いがあるのですが」
「……なんでしょうか」
「カードを配る役目ですが、そこのメリッサにやらせてもらっても? この試合は観客の目を愉しませる興行も兼ねておりまして。彼女の技で少しばかり余興も織り交ぜて進行させていただけたらと」
「公平に進行していただけるのなら、構いませんが」
「ご理解、感謝いたします。では、メリッサ」
「は。それでは、始めさせていただきます」
メリッサさんの宣言と同時に彼女の手元からカードが生き物のように舞う。
まるで派手なショーのような光景に、部屋の外で歓声が沸き上がるのが聞こえる。
(……すごい)
予想はしていたが、この館の支配人を務めるという彼女も相当の実力者だ。
カードを扱う手捌きがほとんど目で追えない。
私は広い部屋の中で縦横無尽に舞う数十枚のカードの行方を見失わないよう、必死に目で追っていく。
「いかがでしょう、リンネブルグ様? なかなか見事なものでしょう」
「……はい。私の目からは怪しい点は見受けられませんでしたが」
「はは、リンネブルグ様は用心深い性格でいらっしゃる。ですが、ご心配なく。私たちサレンツァの者は決して、この神聖な場を汚すような真似は致しません。ねえ? メリッサ。クロン」
「はい」
「……は」
「それでは、余興も終わりましたし、このままゲームに移ることといたしましょうか」
「────あの、ちょっと待ってもらえます?」
「……シレーヌさん?」
私たちが会話をしている横で、シレーヌさんが小さく手を挙げた。
「……そちらのお嬢さん。何か、問題でも?」
「いえ、問題というか……単純に疑問なんですけど。最初にメリッサさんの手元にあったカード、今ので全部すり替わってますよね? 前のは今、壁際の職員さんたちの上着のポケットに入ってて、私たちが確認したものとは完全に別物だと思います。あと、今、テーブルに置かれた山札の上から三番目の絵札なんですけど……それ、『消失男』では使わない《死神》のカードですよね? そもそも、このままだとゲームが進行できないと思うんですけど……?」
シレーヌさんは小さく首を傾げながら、淡々と今のカードシャッフルの問題点を指摘した。
その全てが私には見えていなかった。
「……メリッサ、今のは本当かい?」
「はい。お見事でございます」
メリッサさんが直立の姿勢で手を叩くと、四方の壁に立ち並んだ黒い服の職員全員から、一斉に大きな拍手が上がった。
「お見事。さすが、そちらのお嬢さんもこの場に立つだけのことはある。とても良い眼をお持ちですね。今の手品はほんの余興としてのサプライズだったのですが……どうやら、種明かしは必要なかったらしい。どうですか、楽しんでいただけましたか? リンネブルグ様」
「……いえ。すみませんが、あまり」
「それはそれは。失礼いたしました。ほら、駄目じゃあないか、メリッサ。こういうのはきちんと初心者にもわかりやすく演出してあげなければ。そういうのは、エンターテイナーとしての匙加減だろう? 君らしくないね」
「────は。誠に申し訳ございません」
「……でも、そちらの女性。シレーヌ、って言ったっけ。キミ、いいね。とてもいい。気に入ったよ。今までそんなにチェックしていなかったけど、さすが、ノールや【神盾】と一緒に連れてこられただけはある。あと、よく見ると顔も可愛いしね」
「……そっ? ……そ、それはどうも……?」
唐突な褒め言葉に若干照れつつ頬を掻き、イネスと視線が合うとビクリ、と尻尾を逆立てるシレーヌさんだったが、彼女は動体視力・聴覚を含めた感覚がとてつもなく鋭い。
先程の『三賽子』の勝負でも、何度かノール先生のように『音』で出目を当てていた。
ゲームは苦手だと言っていたが、彼女が同じテーブルについてくれるのはそれだけで心強い。
「……どうです、リンネブルグ様。次に資金が不足したら、彼女もテーブルの上に載せてみては。いい査定額を出せると思います」
「そういったことはやりませんと、先ほどから。それに……今のところ私たちが大きく勝っていて、その心配はなさそうですが」
「そうでしたね、失礼。では、また状況が変わったら、改めて提案させていただきます……それと、今の余興に関しても、改めてお詫びを。私としては楽しんでいただくつもりだったのですが、どうやら裏目に出てしまったようで」
「はい。せっかくですが、以後、そういったお心遣いは必要ありません」
「なるほど、承知致しました。ではこれからは今のようなサプライズはなし、の方向で。お互い、正々堂々、ルールに則って戦うことと致しましょう────メリッサ」
「はい。再度、カードのシャッフルを行いますので、まずはカードをご確認ください」
「……はい。大丈夫です」
「ありがとうございます」
私たちがカードの確認を終えると、メリッサさんは素早くカードのシャッフルを行い、とてつもない速さでカードが配られていく。
シレーヌさんは冷静にその全てを目で追っている。
「……シレーヌさん、大丈夫でしょうか」
「はい、今のところ、何もありませんでした。見た感じ、普通のカード配りだったと思います」
「それでは皆様、お手元の手札をご確認ください」
ゲームの参加者全員の目の前に5枚のカードが配られ、私は配られた手札を手に持った。
「それでは『レート』はいかが致しましょう? ひとまず、『一億』程度でいいかと思いますが」
「……こちらはそれで構いません」
「では、『レート』は『一億』に設定を。最初は誰から行きましょうか。こちら側の余興の手品を見事に見破られてしまいましたので、そちら側から好きな遊戯者を決めていただいてもよろしいですが」
「では、私からでもいいですか」
「もちろん。では、リンネブルグ様からどうぞ」
私はテーブルの真ん中に置かれた山札からカードを一枚引き、手札に引き入れる。そして『消失男』のルールに従い、自身がめくったカードの内容を周囲のプレイヤーに告知する。
「《火霊》の10」
私の手札の5枚の中には「《水霊》の10」がある。
『消失男』の基本は数合わせだ。
引いたカードと手札とで「10」の数字が一致しているので、私はこの2枚を場に出せる。
私は二枚のカードを裏にしてテーブルの中央に置き、『消失』を宣言する。
「消失」
「虚偽」
でも、私の真正面に座る人物が『虚偽』を宣言し、私が場に出した二枚をめくって表にした。
「おや……失礼。今のは本当だったようですね。これは私の罰金ですね。どうぞ、資産をお受け取りください」
テーブルの上で『時忘れの都』側から『クレイス王国』側にレートによって定められた資産が動く。
宣言の嘘を見破るのに失敗した時の罰金は『レート』の等倍。
この場合、その額は『1億』。
先程の『三賽子』ほどではないが、とてつもない額が動くことになる。
────カードゲーム、『消失男』。
このゲームの基本は単純だ。
カード同士の「数合わせ」。
プレイヤーは自分の順番になったらテーブルの上の山札からカードを引いて手札に加え、その中に2枚以上『数字』が一致するカードがあったら『消失』を宣言して場にカードを捨てられる。
そうして、最初に全ての手札を使い切ったプレイヤーが勝利者となる。
でもこの「数合わせゲーム」には一つ、大きな『矛盾』が存在している。
使う絵札は、数字の書かれた《地霊》《水霊》《火霊》《風霊》の4属性カード13種の計52枚。
それで最初に配られる手札が5枚で参加者が六人となると、残りの山札は22枚となる。プレイヤーは順番に一枚ずつ山札からカードを引いていくが、ルール上、プレイヤー同士の手札の交換は行えない。
すなわち、この数合わせの性質上、確率的にカードが配られた時点で絶対に勝てないプレイヤーが何人も存在することになる。
それではただの運試しだ。
ゲームとは呼べない。
そこで、この『消失男』というゲームではプレイヤー達にとある『嘘』が容認されている。
『消失男』のプレイヤーは『消失』を宣言して場にカードを出すとき、原則としてどんなカードでも出して良いことになっている。
但し────「その『嘘』が誰にも見破られなければ」という条件付きで。
プレイヤーが自分の順番で『消失』を宣言してカードを伏せて場に出した時、それらがどんな内容であっても、他の誰からも『虚偽』を宣言されず、何事もなく次のプレイヤーのターンに移ればそのままゲームは続行される。
伏せたままで表にしなければ、誰もその中身がわからない。
でも、嘘をついた時に誰かから『虚偽』を宣言されて嘘を見破られると、レートで定められた罰金を支払い、捨てた数と同数のカードを山札から引くことになる。
その時に十分に罰金を支払えなかったり、カードを引く前に手元にカードがなかったりすると、プレイヤー自体が『消失』して失格となる。
逆に『虚偽』の宣言が失敗しても罰金を支払うリスクがある。
要するに、この『消失男』というゲームは嘘をつき、嘘を見破るゲームなのだ。
誰かが嘘を吐くたびに『矛盾』は大きくなり「数合わせゲーム」としての性質は破綻していく。終盤には全員の手札が全てバラバラで、場に出されるカードの数合わせに『真実』は一つもない、ということも十分に有り得る。
でも、もしその段階まで手札に『真実』を温存できていれば、そのプレイヤーは大きなアドバンテージを得る。
嘘を見破られずに最後まで走り抜けられたら『勝利』。
逆に嘘をついて見破られたら代償を支払う事になる。
でも、真正直に数が合った時にだけ『消失』を宣言していれば、確率的には手札は溜まる一方で決して勝ち抜けない。
いかに最後に用いる『真実』のカードを護るために効率的に嘘をつくか。
『嘘』と『真実』の使い分けが、このゲームの勝利の鍵となる。
このゲーム、私も家族と数度やったことがある程度のほぼ初心者で、決して慣れているとは言えない。
でも、条件は不利ではないと思う。
こちらには動体視力に優れたシレーヌさんがいるし、心が読めるロロがいる。
その上、イネスがクレイス王国から持ち帰ったメリジェーヌさんの試作品、イヤリング型の極小『通信型魔導具』をロロが先程の待機時間で改造し、私とシレーヌさんに彼の『声』が聞こえるようにしてくれた。
だから、私達は外からわからないよう、ロロを介して三人でやりとりができる、という状況だ。
それなりに準備をしてこの勝負に臨んでいる。
でも────
(ごめん、リーン。やっぱり、正確には読めないみたい)
(そうですか)
もちろん、向こうもロロがいることは知っている。
それなりの対策をしてきていてもおかしくはない。
……実は、先程の『サプライズ』があることまでは「読めて」いた。
事前にロロからその兆候を知らされ、私はそれがわからないふりをした。
でも、知っていても尚、シレーヌさんに指摘されるまで私には何が起こったのかわからなかった。
カードがどこでどのようにすり替えられ、どこに行ったのかまではロロの『心読み』では追いきれない。
(読めないこともないけど……無理に読もうとすると多分、間違わされると思う。相手はそれぐらい器用なことができる人たちだと思う)
(わかりました、大丈夫です。それでも牽制にはなりますから。続けてください)
(うん。わかった)
私がロロとの相談を終えると、目の前のラシードさんが私の顔を覗き込んでいた。
「おや。どうしましたか、リンネブルグ様。妙に物静かでしたが、もしや、彼と心の中で密談でも?」
「……仮にそうだとして、何か問題でも?」
「いいえ、何も。ルールには全く反しておりません。「相手の心の中を覗き見てはならない」などというルールは『消失男』には存在しませんからね────おっと、次は私の番でしたね。《火霊》の11。消失です」
「虚偽」
私は「虚偽」を宣言し、ラシードさんが場に捨てたカードをめくった。
「お見事、リンネブルグ様。また私の罰金です」
ラシードさんは微笑みつつ私に資産を差し出した。
嘘をついて指摘された場合の罰金はレートの二倍で、『二億』。
テーブルの上で再び法外な賭け金が動く。
これで相手の残り資産は《5億2027万》となった。
最終的には単純な資産の削り合いともなりうるこのゲームでは、資金に余裕があるこちら側が大幅に有利な状況となった。
でも、もちろん気は抜けない。
場所が場所であるだけに、向こうが何も仕組んでこないとは思わない。
「じゃあ、次はメリッサだ。どうぞ」
「はい────《地霊》の4。パスです」
「じゃあ、次。クロン」
「は」
そうして、互いに読み合いを続けながら円卓に並んだプレイヤーが順に山札からカードをめくり、ゲームが動いていく。
「《地霊》の13……パス」
「《水霊》の2。消失」
「虚偽……当たりだね。そちらの罰金だ」
テーブルの上を莫大な額を示す資産が行き来する。
ロロの助けもあり、一進一退でゲームは進んでいく。
でも、ほんの少しこちら側が少し有利。
このままいけば難なく勝てそうだった。
でも────目に見えて山札が少なくなってきた頃、場の様子が変わり始めた。
「《火霊》の6。消失」
「虚偽」
「《風霊》の2…………消失」
「それも虚偽だ。シレーヌ、君は今ので消失、失格だね」
「……うっ。すみません、リンネブルグ様」
「大丈夫ですよ、シレーヌさん。まだ負けたわけではありませんから」
立て続けに『虚偽』を宣言し、成功。
それでシレーヌさんが『消失』した。
これでプレイヤーは2対3となった。
「────《水霊》の12。消失」
「それも虚偽。リンネブルグ様、嘘はいけませんね。罰金です」
だが、またその次も『虚偽』の宣言。
三人立て続けに『虚偽』の成功。
資産が動き、相手の残り資産は《15億2027万》となった。
でも、彼は私が場に出した二枚のカードをめくらず、『虚偽』の宣言の成功を確信していた。
……それは、どう考えてもおかしい。
自ら何かやっている、と宣言しているに等しい。
「待ってください。どうして、私が出したカードを表にする前に嘘だとわかるのですか?」
「おや、私は事前に言いませんでしたか? ここはたくさんの人に見られている、と」
「……それはどういう意味でしょうか」
私の質問に、ラシードさんは大きく手を広げて笑った。
「ご存知の通り、この『消失男』というゲームには「相手の心の中を覗いてはならない」というルールはありません。同様に「観衆に自分のカードを見られてはならない」などというルールも「彼らから相手のカードを教えてもらってもいけない」などというルールもないことはご承知のことと思います。これは「ゲームの参加者が相手のカードを見たら反則」という原則にも反しませんし……あくまでもルールに則り、公平に遊戯を進行しております。何か、問題でも?」
ラシードさんはそう言って、また薄く笑った。
「…………」
私が部屋の中を見渡すと、壁にかけられた『物見の鏡』に熱を持って観戦する沢山の人が映っているのが見える。
不特定多数の衆人監視の中でゲームは進んでいる。
あの観客も含めて、全てが敵となる。
この状況は予想しうることだった。
「────いえ。何も」
「では、ゲームを続行いたしましょう」
そう。
これは予想していた。
まさか、相手が本当にこんなことを言い出すとは思わなかったが。
このゲームには不慣れな私だが、最初から、これぐらいのことは十分にありうると踏んでいた。
「《火霊》の6。消失」
「虚偽。クロンさん、それ、嘘ですね。罰金ですよ」
「…………ッ!?」
だから私も彼と同じように、場に出されたカードを表にせずに『虚偽』を指摘した。
私は最初から、彼のあの宣言を待っていた。
相手が準備していた伏せカードを見せ、こちらも堂々と伏せたカードを使えるようになる瞬間を。
「……おや? もしや、そちらにも協力者が?」
「はい、もちろん。公平にゲームを進めるには必要でしょう」
「さすが、準備がいいですね。でも、どちらで用意したのですか? 当館の職員にも、来館中の方々にも、くれぐれもそちら側に協力しないように、と言い含めておいたのですが。はて? 裏切り者は誰かな……?」
暗い笑みを浮かべながら部屋の中を見渡すラシードさんの視線とは違う方向から、声が響いた。
『相変わらずだな、ラシード』
「……へえ。その声……レインくんかい」
その声は部屋の隅に設置された彫像の頭の上から響いていた。
彫像の上に置かれた携帯用の『神託の玉』から響いていた。
そこに映っていたのは私の兄レイン。
彼が、私たちの今回の協力者だった。
「やあ、久々だね。会いたかったよ、レインくん」
『俺の方は二度と会いたくなかった。だが妹の頼みとあっては仕方がない』
「面白いねぇ……それ。君たちは今、そんなもので通信ができるんだね。でも、いつの間にあんな場所に?」
「さっきの手品を見せて頂いている最中に。ノール先生にお願いして置いて頂きました」
「……リーン。置き場所はそこでよかったのか? あまり吟味している暇もなかったが」
「はい、完璧だと思います。ありがとうございます」
「……なるほど。ノールをゲームに入れなかったのはその為か。これは一本取られたね?」
ラシードさんは苦笑いしながら肩を竦めた。
「……それにしても、すごいね、それ。僕でも見たことのない魔導具だけど、有用性の塊だよ。それ、いくら出せば僕に売ってくれるんだい?」
「売れませんよ。一応、試作品ですし、国家機密に触れる品ですから」
「へえ。そんなものをここで出してしまって、よかったのですか?」
「どの道、近々廉価版を売り出す予定だったそうですから。新商品のデモンストレーションを兼ねる、ということで製作者ご本人から許可はいただいております」
「なるほど。【魔聖】オーケンがまたとんでもないものを作り出したとは噂に聞いていたが、想像以上だ。それ、すごくいい。きっとよく売れるよ。できればたくさん、仕入れたいなァ────ねえ、レインくん。これが終わったら、取引しない?」
『今後、国を挙げて売りに出す予定ではいるが、お前との契約だけは死んでも御免だな』
「そうかい。それは残念だ」
ラシードさんは楽しそうに笑った。
「……そう言うわけで、こちらもゲームに参加しない第三者にずっと見てもらっていましたが、問題はありませんね。これでちゃんと公平ですので」
「ああ、そうだね。何も問題ない」
「それでは、ゲームを続けませんか? 観客の皆さんを待たせてしまっていますので」
「……ああ、そうだね。とはいえ、ここからは互いに手札が丸裸でただ運に身を任せるだけのゲームになるが……そんなの、見ていて面白いかな? 消失」
「虚偽。それ、罰金ですよ」
「……おっと。そうだった。しっかりと彼に見られているんだった。それ、できれば退けてもらえないかな?」
「そのお願いに、こちらが従う必要はありますか?」
「……ないね。ひどいじゃないか、レインくん。僕たちはいい友達だと思っていたのに」
『────それはお前の一方的な言い分だ。俺はその言い分を認めることはない』
私は彼らの会話を聞きつつ、そのままゲームを進行させる。
「次はメリッサさんですね。どうぞ」
「……《地霊》の7。パス」
「次はロロ」
「うん。ボクは《火》の4。消失」
「それは嘘……じゃあないみたいだね」
「はい。お察しの通りです。次は私で、《水》の12です。消失」
「それも本物か。やるね」
既に互いに手札は丸見え。
だが、ゲームは私達に都合が良いように進んでいく。
「……ラシード様。彼女は恐らくカウンティングを」
「ああ、そのようだ。さすがはリンネブルグ様。勤勉でいらっしゃる」
「……何か、問題でも?」
「いいえ、何も。ここはおままごとの勝負をするカジノじゃあない。神聖な『勝負』の場です。貴女がやれることなら、何をやって臨んだっていいのですよ。カウンティング程度なら私もやっていますし、誰でもやることでしょう……ね? メリッサ、今更の話だろう」
「────は。失礼いたしました」
「しかし、参ったね。カードのカウントだけじゃなく、しっかり盗み見までしていたとは」
「あくまでも公平にゲームを行う、と仰っていたので。こちら側も、そのように」
「……素晴らしい。この『裁定遊戯』の場における『公平』という言葉の意味をよく理解していらっしゃる」
そうして、私とロロの手札だけが減っていく。
「ああ、楽しいなァ────こんな勝負、本当に久々だよ。『消失』」
「それも、『虚偽』。このままだと、次の私の順番で終わりのようですね」
「ああ、そうだね。もうとっくに勝負は見えているよ。悪あがきのしようもない」
そしてメリッサさんとロロがカードを引き、最後の私の順番になる。
「……《火霊》の1、消失。これで勝ち抜けです」
「そうだね。勝ち抜けの配当は10倍だ。どうぞ、リンネブルグ様。資産をお受け取りください」
そうして、ラシードさんはこちらに金色のチップを二枚と、赤色のチップを8枚差し出した。
私たちの勝利を告げる声が館内に響き渡る。
『第二試合、『消失男』の勝敗が決しました。勝者は『クレイス王国からのお客様』となります。現在の決着により保有資産額は、「時忘れの都《負債:7億7903万》 対 クレイス王国《104億2097万》」となり、『クレイス王国からのお客様』が更に大きく勝ち越しとなりました────第二試合の『単一勝敗』に『賭け』のお客様にはこれより当選金の払い戻しが行われます。当選金の払い戻しはこれより24時間となりますので、お早めに窓口の係員にお申し出ください』
「……お見事。またそちらの勝ちだ。おめでとう」
私たちはまたゲームに勝利した。
でも、円卓の向かい側に座る人物は静かに笑みを浮かべ、愉しそうに手を叩いていた。