141 サレンツァの遊戯場 1
俺たちは湖のある大部屋から出た後、また元の服に着替えを済ませると、出された豪華な食事を食べ、しばらくの間快適に過ごした。
最初、食事を出されてもリーンとイネスは警戒して口にしようとしなかったが、俺が出された全種類を味見して毒や変なモノが混ざっていないことを確かめると、その後は皆で楽しく食事した。
俺としてはそういう珍味めいたものが一つぐらいあってもよかったのだが。
そこは正直、少し残念だった。
「これより、本日の『裁定遊戯』の会場となる遊戯場までご案内いたします」
そうして、俺たちはメリッサに案内されて『遊戯場』へと向かった。
が、またメリッサに「当遊戯場にはドレスコードがございますので」などと言われイネス以外、俺たちはミスラに行った時のような格好に着替えて遊戯場に入った。
「ここも、かなり広いんだな」
ここもさっきの湖の部屋と同じく「一つの部屋」だというが、まるで一つの街が丸ごと入っているようにすら思える、とんでもなく広い部屋だった。
さっきの透明な天井を通して太陽の光が入り込んできた大部屋とは違って、この部屋の中は薄暗く、一転してまるで夜の街のようだったが、気温は非常に快適に保たれていた。
通路の脇には様々な遊戯をする為の台が並び、その周りでは老人、子供を問わず、皆が好き好きに色々な種類のゲームに興じているようだった。
俺たちが物珍しい遊戯に気を取られながらメリッサに案内されて歩いていると、ふと、人々が集まって賑やかな声をあげている場所が目に留まった。
「あの人だかりは?」
「あちらは当館の人気施設『闘技場』でございます。あちらの中央にある舞台の上で鍛え抜かれた闘士が対決し、勝者の側が多額の賞金を得ることになるのですが、それを誰が手にするかを当てる、という遊戯にございます」
「なるほど」
「ご興味をお持ちなら、見て行かれますか?」
「リーン、少しだけいいか?」
「はい。クレイス王国では見ない施設ですので、見せていただきましょうか。メリッサさん、お願いします」
「かしこまりました。お客様が参加される『裁定遊戯』までは少しお時間がございますので、それまでの間、どうぞご自由にご覧ください」
俺たちがその闘技場に近づいていくと、ラシードもそこにいた。
「やあ、リンネブルグ様。あなた方も闘技場を見に?」
「はい。我が国にはない類の施設ですので、後学の為に見せていただこうと思いまして」
「さすがはリンネブルグ様、勉強熱心でいらっしゃる。それでは、せっかくですので、私めがご案内いたしましょう。実はこの遊戯の設計者は私でしてね。お目を留めていただき、本当に光栄です」
そう言って、ラシードはリーンに深々と礼をした。
その顔は薄く笑っている。
「さあ、次の試合が始まります。ちょうどメインイベントのお時間です。あなた方は、本当に運がいい」
ラシードはそう言って、にこりと笑った。
どうも俺はさっき彼と会話してから、あの顔が何か企んでいるように見えて仕方がないのだが。
俺がそんなことを思っていると、広い遊戯場に大きな声が鳴り響いた。
『本日は『時忘れの都』遊技場にご来場頂き、誠にありがとうございます。ご来場の皆様にお知らせいたします。本日の『闘技場』イベント最終試合、『碧玉の緑竜』対『不動の放浪者シン』の対戦カードが間もなく開始となります。掛けへの参加をご希望のお客様は制限時間内に係員より掛札の購入を行なってください。繰り返します────』
「なんだ……?」
「こういうのは初めてかい?」
「ああ」
「シンプルな賭けだよ。どっちが勝つか、当てるだけ。面白いだろう?」
「なるほど」
会場全体が沸き、あちらこちらで楽しそうな声が上がる。
にわかに遊戯場が熱気を帯びてくる。
『────さあ! 闘技場に君臨する王者、60戦60勝の常勝無敗『碧玉の緑竜』が新たな挑戦者を蹴散らすか。それとも、通算戦績15戦14勝1分けの新人『不動の放浪者シン』が勝利の栄冠を手にするか。皆様、張り切ってご予想ください。掛け残り時間は、120となります────』
会場から歓声が上がる。
早速、掛札というのを買っているらしい。
対戦の参加者が戦うのであろう、会場の中央の丸い床の舞台の壁に設置された黒い看板のようなものに光る数字が表示された。
『暫定オッズが出ました。王者『グリーンドラゴン』《1331000》対、挑戦者『不動の放浪者シン』《184700》となります。この数字を元に、皆様はさらにご予想ください。それを元に最後の集計を行います。掛けを行なってください。残り時間────60』
「……なんだ? あの数字は?」
「ああやって、買われた掛札の総額が表示されるのさ。つまり、それぞれの対戦者の人気だね。今回の場合、殆どのお客さんが挑戦者が勝つ見込みが少ない、と考えているということになる」
「なるほど、そうなるのか」
「面白いだろう? あれはゴーレムと同じ迷宮から発掘された迷宮遺物でね。ああやって、すぐにたくさんの数字を計算して見せてくれるのさ」
「……なるほど」
どれもクレイス王国では見たことのないものばかりだった。
『制限時間に達しました。掛けを締め切ります。最終オッズが表示されます────王者『グリーンドラゴン』《1517000》対、挑戦者『不動の放浪者シン』《296900》。王者、大幅に有利です』
賭けが終わったらしい会場からは一層大きな歓声が上がり、遊戯場内の熱気がさらに高まった。
『さあ、王者と挑戦者の闘技場入場となります。拍手と歓声を以ってお迎えください。尚、以後、当会場内にてお客様にいかなる損害が生じても当館では責任は負えませんので、予めご了承の上、対戦をお楽しみくださいませ』
片方の入り口らしき場所から、一人の獣人の男が入ってきた。
体格は立派だがボロボロの剣を携え、見るからに疲れているようにも見える。
一方、もう片方の入り口からは、大きめの緑色の竜が入ってきた。
「あの獣人と竜が対戦するのか?」
「そうだよ。今日の対戦カードは彼らだからね」
「だが……」
一対一の対戦と聞いていたが、大きさからしてかなり違う。
『試合開始です』
俺が少し心配になっていると、すぐに試合が始まった。
展開はやはり予想通りだった。
獣人の男の方は素早く動いて緑色の竜の攻撃を上手くかわしながら戦っているが、明らかに押されている。
最初は機敏だった動きも次第に鈍くなり、もう、勝負は見えてしまった。
「止めないのか? 悪いがもう、あの勝負は見えているだろう」
「まだ止めないよ。ちゃんと決着がつくまでは闘技場の試合は止まらない」
「でも、あれ以上続けると流石に危ないぞ?」
「仕方ないさ。あの場に立つ彼らはそれを承知してあの場に立っている」
「しかし……あれはもう、獣人の方に勝ち目はない。決着でいいと思うが」
「それはできない。どちらかが死ぬまで、この決闘は続く。それがここの決着だからね」
「……死ぬまで?」
獣人が緑色の竜の尻尾に吹き飛ばされ、派手に壁面に叩きつけられた。
それを見た観客席から歓声が上がる。
獣人は舞台の床に落ち、ピクリとも動かないところに、緑色の竜は歩みを進めていく。
「……ラシード。あのまま、誰も助けに行かないのか?」
「彼とはそういう契約だからね。あそこに立つ者は富と名声を得る為、自ら望んであの舞台に立っている」
「でも、明らかにやられそうだぞ。結果はもう見えている」
「だろうね。でもそういう決まりだから」
「……外から助けに行くことはできないのか?」
「普通はできないけど……君が希望すれば、できないこともない。これにサインすれば、すぐにでも」
「そうか」
「────ノール先生!?」
俺はラシードが差し出した書類にすぐにサインした。
「サインしたぞ」
「そうかい。じゃあ、登録完了だ。行ってもいいよ」
「待ってください。それは────!?」
俺はすぐに獣人と緑の竜が戦っている舞台に飛び込んだ。
同時に、緑色の竜が不思議な光に包まれた。
俺がミスラ教国で目にしたような『青い光』だった。
竜は無理やり光の檻で動きを阻害され、どうやら怒っているようだった。
辺りのざわめきが大きくなる。
そして、またあの大きな声が会場全体に響き渡った。
『新たなる挑戦者が現れました。勇気ある無名の挑戦者に拍手を。これより、異例のタッグ戦となります。対戦カードの変更により、再び掛けのお時間となります。その後、オッズの再集計を行います。賭け直しを行うお客様は係員に申し出て再掛けを行なってください。変更を行わないお客様は、そのままお待ちください。残り時間────60』
「……なんだ?」
壁に表示されている数字が目まぐるしく変わっていく。
俺がここに立ったことで、また賭けの対象が変わっているのだろう。
『ただいま再集計中です────結果が出ました。『グリーンドラゴン』《1629000》対、『無名の挑戦者と不動の放浪者シン』《385200》で確定しました。依然、王者有利です。当選金の払い戻し期限は決着後、24時間以内となります。あらかじめ、ご了承ください────』
会場に響く声と歓声を聞きながら、俺は地面に倒れている獣人を抱き起した。
「大丈夫か?」
「す、すまない……誰かは知らんが、助かった」
「その怪我、辛そうだな。すぐに治療した方がいい」
「……はっ、なんだアンタ、普人族じゃねえか。普人族が獣人の心配か? 気持ちはありがたいが、俺にはその金もないし、そんなアテねえよ」
「そうか。じゃあ、とりあえず俺で悪いが……我慢してくれ。治りは遅いが、ちゃんと傷は塞がるはずだ」
「あ、あんた……?」
俺は【ローヒール】を使って傷ついた獣人の男の応急処置をした。
「……あ、ありがとう。かなり楽になった。というか……もう、体調が完全回復してる気がするんだが……? あんた、何者だ……? あんたみたいな人が、なんで剣闘奴隷に……?」
「剣闘奴隷? 何を言ってるんだ。俺は冒険者で、奴隷じゃないぞ」
「……いや。あんたこそ何を言ってるんだ。ここに来る奴は皆、出場前に奴隷の契約を結ぶはずだろう」
「そうなのか?」
「……そ、そうなのか、って、あんた……!?」
俺たちがそんな会話をしていると、背後で大きな音がした。
見れば緑の竜が怒り狂ったように雄叫びを上げている。
青い光の檻が、今にも壊れそうだった。
「……はは。助けてもらって悪いけどさ。ありゃあ、無理だ。たとえ俺が万全でも敵わないぜ。どのみち終わりだ。いっそ、武器も捨ててひと思いにやられて楽になるのが理想だったんだが……こりゃあ、そう上手くいくかねぇ」
「じゃあその剣、俺が使わせてもらっていいか?」
「いいが……もう、切れ味なんか残ってないぜ。これまで散々、使ってきたからな」
「切れ味の悪い剣なら使い慣れている。それより、これが終わったら、その傷、すぐに治療したほうがいいぞ。腕のいい治療スキルが使える知り合いがそこにいるから、診てもらうといい」
「……あんた、本当に何を言ってるんだ……?」
『それでは再試合、王者『グリーンドラゴン』対『無名の挑戦者と不動の放浪者シン』の再試合を開始します。ご注目ください』
青色の光が消え、緑色の竜が動き出す。
「それじゃあ、次は俺と対戦しようか」
俺は借りた剣を構えながら、緑色の竜と向かい合った。