132 砂漠の水路の開通式 1
畑の水路を完成させた後、俺とリーンは集落にある『貯水池』に繋がる水路を作りながら帰った。
水路を作ると言っても、集落のある場所と畑の土地には非常に元々いい感じの高低差がついていたので、作業自体は畑よりもずっと簡単だった。
まず、俺が重たい『黒い剣』をゴリゴリと地面に引きずって溝を作る。
そうして、できた溝をリーンが火球で焼いていくと、それだけで頑丈な簡易水路の完成だ。
見た目はかなりゴツゴツとしていて無骨だが、畑まで水を流す分には十分だろう。
このやり方だと、ほとんど歩くのと変わらないペースで水路を敷くことができた。
そうして、まだ明るいうちに村に着いた俺たちは、同じ要領で集落の中にも『貯水池』まで繋がる水路を作り、それで今日の作業を終えることにした。
欲を言えば、皆で使うための『炊事場』と『洗濯場』などもついでに作っておきたかったが……そちらはまた別の工夫が必要になるので、明日以降に持ち越しにした。
「これで予定していた作業は終わりですね」
「ああ。じゃあ、老人に報告に行くか」
「はい」
俺とリーンは作業を終えると早速、あの獣耳の老人、長老の家に話をしに行った。
彼に頼んでいたことがあったからだ。
「これは、お客人。どうかなされましたか?」
「大まかな水路を作り終わったので、報告に来た」
「も、もうですか……!? まだ、あれから一日と経っておりませんが……!?」
「それで、相談していた例の筒の置き場所なんだが」
「……わ、わかりました。すぐにご案内いたしましょう。カイル、一緒に来てくれんか。お客人を地下に案内する」
「はい」
長老が床に敷かれていた煤けた色の絨毯を剥ぐと、その下の床に四角い大きな扉のようなものが現れた。カイルがその四角い扉を持ち上げると、暗がりの奥に石の階段が続いているのが見えた。
「どうぞ。ご案内いたします」
俺たちは蝋燭の灯りを手にした老人に連れられるまま、床下の急な階段を降りていった。
石造の階段はかなり奥まで続いていて、結構降りた気がするのにまだまだ下へと続いている。
「この階段、どこに繋がってるんだ? もう、だいぶ降りてきた気がするが……?」
「ここは昔から村の長となる者が管理することになっている貯蔵庫です。地上は寒暖差が激しく、物の貯蔵には向きませんから。我々の祖先が苦労して地中深くに大きな空洞を掘り、私たちに遺してくれたのです……もっとも、これ以外の目に見える資産はこれといってありませんが」
「なるほど、貯蔵庫か」
地上はあれだけ暑かったのに、この中はひんやりとしている。
逆に寒くなる夜も温度は安定しているのだろう。
確かに地中の深い場所だったら物の貯蔵には良さそうだ。
そうして俺たちが老人の説明に耳を傾けながら階段を降りていくと、やがてかなり広い場所に出た。
「……思ったより、広いな」
村の遥か地下にあったのは、驚くほど広い空洞だった。
リーンは灯りに照らされた洞窟を見回しながら、しきりに感心していた。
「……すごい。人の手でこれだけ大きな空洞を掘るのは、相当な時間がかかったでしょうね」
「はい。我々は身体だけは頑丈ですから、祖先たちが長い時間をかけて少しずつ掘り進めたのだと聞きます。どんなに村が貧しくなろうとも、先代の長老たちが、この土地を去る決断が出来なかったのはこの貯蔵庫の存在もあったのでしょう」
「……ここは誰でも入っていい場所なのか? 入り口を隠していたみたいだが」
「昔は皆が出入りできる場所だったと聞いております。ですが、今はこの貯蔵庫の存在は私とそこのカイルしか知りません。私の数代前の長老の時から秘密にされるようになり、村の長となる者はここに食料を備蓄し、いざ必要な時に公平に村の者に配分することを役目としておりました。私の代になってからは、ここに食料を貯めることすらほとんど出来なくなってしまったのですが」
話しながら歩いていた老人は、岩の壁の前で足を止めた。
「……着きました。こちらです」
老人が目の前の岩壁を手で押すと、まるで扉のように開き、奥に小さな部屋が現れた。
「……ここは?」
「今は何もありませんが、村の宝物庫です。価値があるものもかつてはありましたが、村の者を食べさせるために全て売り払ってしまいましたので。ここはちょうど、お客人があの『貯水池』を作られた真下に当たります」
「………………そうか」
俺とリーンは思わず目を見合わせた。
この老人、あの貯水池の作り方を聞いたらどんな顔をするだろうか。
ここはだいぶ地下の深い場所なので、あれぐらいだったら影響はなさそうだが……言うと彼の心臓に悪そうなので、黙っていたほうがいい気がした。
カイルは青い顔をしながら天井を見上げ、老人に何か言おうか迷っている様子だった。
……それはさておき。
あの真下か。
「では、ここを『湧水の円筒』の保管場所に?」
「はい。ここはカイルにも教えていない、秘密の場所でした。貴重な品の保管場所には最適だと思います」
「ノール先生はどう思われますか?」
「そうだな。いいと思うが……せっかくなら、ここから給水できるようにしないか? ちょうどあれの真下だというし」
「……ここから、ですか?」
「ああ。前に王都で金属製の管を通して水を流しているのをみたことがある。ああいうのを使えば、上にも水を出せるんじゃないか?」
「……なるほど。水道管を使った加圧送水方式ですね。確かに、『湧水の円筒』なら最初から十分な水圧が出せますし、毎回水を貯めるたびに人目を忍んで『湧水の円筒』を持ち運びするのは無理がありますからね。円筒は一度魔力を込めれば放っておいてもしばらく水は出続けますから、私もそのほうがいいと思います。水道管をどう準備するかという課題はありますが」
リーンはよくわからない言葉を使って色々説明してくれたが、多分、彼女がいいというのならいい案なのだろう。
老人も話を聞いて同意してくれた。
でも、俺たちのやりとりを横で眺めていたカイルは困惑した表情だった。
「……あの、お話に割り込むようで申し訳ないのですが。先程から『水を出す』とおっしゃってるのはいったい……?」
「ああ、そういえば、まだちゃんと説明していなかったな」
「長老さん、彼も円筒の共同管理者ということでよかったんですよね?」
「はい。カイルも私と同じように魔法を使えますので。全てを伝えていただいて、構いません」
「では、カイルさん。これを持ってください」
「……その筒を? わかりました」
リーンは『湧水の円筒』をカイルに渡して使い方を説明すると、すぐにカイルの持った円筒から水がドバドバと湧き出た。
カイルは手と足元を濡らしながら、信じられない、という表情で筒から水を出し続けていた。
「……す、透き通った水が、こんなに……? こ、これはいったい。まさか、これが貴方達の言っていた『水源』なのですか?」
「はい。それ一本で、かなりの量の水が出せますよ。多分、相当贅沢に使っても百年は持つと思います」
「そ、それは……そんな貴重なものを我々の集落に置かせてもらって、本当に良いものなのですか……? 余程の宝なのでは」
「色々理由があって、貴重な品を俺が譲ってもらったものなんだが……最初からここに置くつもりでもらってきたし、むしろ、置かせてもらえると助かるんだが」
「そ、それは……願ってもないことですが。もしや、ずっと、ということですか?」
「いつまで、というのは考えてなかったんだが……特に問題がなければそうしたい」
「そ、それは、いくらなんでも……貰いすぎでは。それだけのことをしてもらっても、我々には何も返せるものがありませんよ」
「いや、実は頼みたいことがあるんだ」
俺が老人の顔を見ると、彼は無言で頷いた。
老人にはもう話してあって、了承済みだ。
俺はカイルにも『湧水の円筒』を自由に使ってもらう代わりにやってもらいたいことを説明した。
「……畑の管理と、収穫、ですか? たった、それだけで良いのですか?」
「いや。それだけと言うが……あの大きさの畑の管理はけっこう大変だと思うぞ?」
「いえ。この水と引き換えであれば、私にはどんな苦役も些細なことに思えます。やはり貰いすぎなのでは」
「……のう、カイルよ。お前の気持ちもわかる。だがな」
老人はカイルに向かって小さく首を振りながら、言った。
「……既にお客人はその水の出る宝具だけでなく、我々が糧を得る畑も自ら準備してくださったのだ。それを我々の手で守る為の知恵と力も、惜しみなく分け与えてくださっている。これは到底、我らがすぐに返せるだけの恩ではない。これから、長い長い時間をかけて返していくのじゃよ。お客人はそれをお望みなのだ」
「……いや、そういうつもりじゃなかったんだが……?」
「……なるほど、少しずつですか。わかりました。それならば、どんなに時間がかかろうと必ず、お返しいたしますので」
……なんだか、すごく大きな話になってきた。
確かに『湧水の円筒』は彼らにあげてしまうようなものなのだが、俺は元々、ただこの砂漠で自分の考えた畑を試してみたい、という興味が先に立ってやっていただけだ。
むしろ、俺のわがままに付き合ってもらう形で負担を強いている感じがするので、老人にも特に何かを返してもらう必要はないから……と言ってあったのだが。
この二人、簡単に折れそうもない。
特にカイルの方はなんだか俺の知っている人とよく雰囲気が似ている。
王都で言うとリーンや、リーンのお父さんのような────いくら俺が「いらない」と言っても、「お礼だから」と言って必死にモノを押し付けようとしてくる、あの律儀すぎる人々と姿が重なって見えた。
これは、放っておくとまずいことになるかもしれない。
俺一人がいらない、と言ったところでこの手の人種が簡単に諦めてくれるとは思えない。
そこで俺は助けを求め、それとなく、隣にいる頼れる存在に話を振ったのだが。
「なあ、リーン。別に、何もいらないよな……?」
「はい。私は多少お手伝いしただけですので何も要りませんが……ノール先生は何かしら利益を受け取る権利があると思います。この事業の発案も資金も実行もノール先生なのですから。先生が何も受け取らないというのは少し、不自然かと」
「…………」
……そうだった。この子はそういう子だった。
俺は相談する相手を間違えたらしい。
頼れる味方はもはやこの場にはいない。
そこで俺は必死に自分の頭を回転させ、一計を案じた。
「……そうだな。じゃあ、とりあえず……こうしよう。もし畑が上手くいって作物が獲れたら、村の皆で好きに食べてもらっていい。そして、余ったらこの保存できるものはこの貯蔵庫に貯め、保存しきれないものは売って金に変えてほしいんだ」
「なるほど? つまり、その金をお納めするということですね」
「いや、違う。まだその段階では俺に何も渡す必要はない」
「で、では……どの段階で?」
そう、決して、受け取らない、とは言わない。
ここがキモだ。
「まず、作物を売って得た金は畑を手伝ってくれた人が生活に困らない分だけ配り、それでも余ったら、次は人を雇ってくれ」
「……人を?」
「ああ。あの畑は広いから、人手がないと管理するのが大変だ。もしくは必要そうな道具を揃えたりとか……あの畑に必要なものは探せばいくらでもあるだろう? 余った金は、全てそちらに使って欲しい。やり方は任せるから」
「……で、では。そこで余分が出たら初めてお納めする、ということですか……?」
「いや、まだだ。そこでも金が余ったら、次は畑の拡張をしてほしい。人が増えるということは、その人たちを食べさせなければならない。それなら、さらに大きな畑と、その人たちの住居だって必要だろう? 他にもきっと必要なことはたくさんある。俺がお礼をもらうのはそのずっと後だ」
「そ、それでは、いつお礼をお渡しすればいいのですか……?」
「そうだな。今俺が言った全てが終わって、皆が満足に暮らせてなんの不自由もしなくなった時────生活に支障のない範囲で気が向いた分、渡してくれればいい。その段階で初めて受け取ろう。むしろ、それ以外、絶対に受け取らないからな?」
……よし、これだ。
ちょっとやり過ぎかもしれないが、ここまでしておけば、当分俺にお礼攻撃が回ってくる心配もないだろう。
「……な、なるほど」
てっきり反対されるかと思ったが、リーンは真剣な表情で頷き、何かを呟いていた。
「……目先の利益を追い求めず、関わる人々の幸福と事業で得られる利潤を長期の視点で共に最大化する……なるほど、これが投資という考え方の本質なのですね。私はまだまだ、浅はかでした……反省しなければ」
そして相変わらず、よくわからないことを言っていた。
……まあ、彼女が反対しないのなら、きっとこれでいいのだろう。
「ちなみに、その筒はずっとここに置かせて貰うつもりだが……もし、いらなくなったら好きに売ってもらっても構わない。元々、俺には必要ないものだからな」
「……いえ。我々にとってはこの筒は黄金にはるかに勝る価値があります。もし水が出なくなったとしても、代々『一族の宝』として命に代えても守り抜いていくことになるでしょう」
そうして、俺たちは村の秘密の地下室に『湧水の円筒』を置くことにしたのだが。