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何度も適応障害になってしまう人に必要なのは、「自分に合ったやさしい環境」ではない
 理不尽な職場を抜け出し、30歳で、ようやく「自分に合ったやさしい環境」と仕事が見つかったと思ったのに、私は休職していた。
 どうして頑張れないんだろう。  どうして息が苦しくなってしまうのだろう。  周りの人はやさしいのに、心が潰れてしまう。家でひとり、私は萎んでいた。
 ベッドで体に横にして、スマホを眺める。  SNSのタイムラインで「無理しないでいいんだよ」「休んでいいんだよ」という投稿が並んでいた。それを見た過去の私の胸は、ざわつきはじめる。
 私の代わりに仕事をしてくれるわけでもないのにと、息苦しさを感じていた。そんな気楽で、無責任なこと言わないで、と。
 ただ、私は大きな勘違いをしていただろう。
 私が向き合うべき課題は
「どこへ行っても仕事が続かない」ということではなく
「これくらいせめてひとりでできなければ、居場所がなくなってしまう」という恐怖にあった。  なぜそこまで「ひとりでできなければ」と思い詰めていたのか。  それは過去、幾度もうつ病や適応障害で退職してきたからだ。劣等感の堆積。他者との比較癖。誰かより優位に立っていないと保てない精神性。その根底には「今度こそ失敗できない」という切迫した恐怖。「最低これくらいはできなければ」という基準を自分に課し続けていた。
   とはいえ、私はこう思っていただろう。
 やさしい環境さえあれば、その恐怖も和らぐんじゃないか、と。
 たしかに、やさしい環境は助けになった。プレッシャーが減れば、少し楽に息ができるだろう。それは実際そうだった。
 けれども私は、30歳のあの休職で気づいてしまった。
 環境が変わっても、「自分を採点する癖」が抜けていないままだった。
   誰かに言われたわけでもないのに、勝手な基準を作り、自分を採点し始める。「この職場ではどれくらいできれば合格か」を、初日から無意識に計算していた。職場が変わっても、上司が変わっても、私は新しい場所で何度も同じことを繰り返した。
 やさしい環境は、自分を採点する癖を鎮めてくれるわけじゃない。むしろ、プレッシャーが減った分だけ「これくらいの環境でもできない自分」への失望が、より鮮明になることさえあった。
 問題は、外側の負荷ではなかった。「できなければ居場所を失う」という前提そのものが、私の中に根を張っていた。その前提があるかぎり、どんな環境も「次の試験会場」にしかならなかったのだ。
 誰かに助けを求めればよかったのかもしれない。でも、それができなかった。過去に何度も仕事を辞めてきた私の中で、「自分は普通のことができない人間だ」という認識が積み重なっている。だから「これくらいのことで頼ったら、余計に駄目な人だと思われる」という恐怖がある。
 頼ることは、「減点される行為」だと思い込んでいた。もっと深いところを言えば、もともと自分の持ち点がゼロだと思っている感じがあった。だから、頼ることが「減点」どころではなく「すでにない点数をさらに失う」ような感覚。私はいつも、潰れる直前まで抱え込んで、そのまま限界を迎えていた。
 つまり私は「できない自分を許せない」まま走り続けていたのだと気づいた。必要だったのは、完璧にやり遂げることではなく、できない自分をそのまま受け入れること。  ただそこで「できない自分にも価値がある」と信じるのではなく「できるかできないかで、人の価値は測られていない」という、もっと根本的な前提に気づく必要があっただろう。  そして私は今、ようやく理解し始めている。
 人を頼ることは、そこで終わることを意味しない。むしろそこから、ようやく始まるのだと。ひとりで抱えて潰れるより、助けを借りて一歩進む。その繰り返しこそが、「ひとりでできること」を少しずつ広げていく唯一の道だった。  完璧にできなくても、誰かの力を借りながら前に進めるのなら、それでよかった。それが私の新しい、「できる」の形になった。
 私は何度も環境を変えてきた。やさしい場所を探し続けた。  ただ本当に必要だったのは、やさしい環境ではなく、「自分の中の前提を書き換えること」だった。
「できない自分には居場所がない」 「簡単なこともできない自分には価値がない」
 その前提を、誰かに教わった記憶はない。  いや、誰かに言われたこともあったかもしれない。でも「そうだ」と決めたのは、自分自身だった。自分で決めたのなら、書き換えられるのも、自分だけだ。
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