【告白】DeNA京田陽太が赤裸々に語る 中日時代のゲーム中強制送還→トレード真相

田村藤夫氏(65)のプレミアムリポートは、DeNA京田陽太内野手(30)へのインタビュー2回目です。

前回は中日の立浪和義前監督(55)への思いを詳細に語ってくれました。

今回はチームに衝撃を与えた22年5月4日、横浜スタジアムで起きたDeNA―中日戦での試合中の強制送還について聞きました。

プロ野球

◆京田陽太(きょうだ・ようた)1994年(平6)4月20日、石川県生まれ。青森山田では1年春から遊撃でレギュラー。日大では3年秋にベストナイン、4年時は主将。16年ドラフト2位で中日入団。1年目の17年に149安打を放ち新人王。18、20年、全試合出場。22年オフ、砂田毅樹とのトレードでDeNA移籍。今季は101試合、53安打、1本塁打、27打点、3盗塁、打率2割4分5厘。国内FA権を行使せず残留。年俸は6000万円(金額は推定)。184センチ、90キロ。右投げ左打ち。

◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272

■「はい、はっきりと覚えています」

京田が一生懸命に話をしてくれたので、私としてもインタビューをしていて、より一層熱が入った。立浪監督への思いのほかに、もう一つ聞きたいことがあった。

田村氏22年オフにトレードになるんだけど、俺はあのシーズン中の強制送還が忘れられない。

京田はい、はっきりと覚えています。あれは、横浜スタジアムでした。

田村氏そうか、横浜での試合だったんだ。

京田はい、そうです。確か4回くらいだったと思います。

誰の打球だったかは記憶していません(実際は大和の二遊間へのゴロを遊撃京田がはじき、記録は内野安打になった)。センター前に抜けそうな当たりでした。それを、僕は内野安打にしてしまったんです。

その時、バッティングがうまく行かずに落ち込んでいたんです。そもそも、バッティングの不調が守りに影響してしまうこと自体が、プロとしてはまったく話にならないんですが、正直に思い起こせば、そういう精神状態の中で打球処理に臨んでしまっていたんです。

田村氏うん。

京田それで、自分としては捕りに行ったはずなんですが、捕れなかった。

今思えば、捕れたんです。今もあの打球コースは思い起こせます。だから言えるんです。捕れたんです。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。