1.「来る」
仲間と廃墟探索をした。幽霊など見なかったし、危険な人物との遭遇もなかった。雰囲気を充分楽しんだし、他愛ない思い出になるはずだった。
が、仲間の一人がおかしくなった。妙におびえ、常に周囲を気にする。話を聞いても「来る」「来てる」「おまえらわかんねえのか」と恐慌に陥り、宥めてもすかしても要領を得ない。
次第に彼は顔を見せなくなり、メッセージアプリの返信すら来なくなった。
心配しつつしばらく経ったころ、久しぶりに彼のアカウントからメッセージが届いた。
《どうしてもくるのでもうこちらからいきます》
満杯にした自宅の浴槽に、彼は着衣のまま頭を突っ込んで溺死していた。
密室の風呂場から「来ていた」というのか。
何が。
(299字/タイトル・スペース除く)
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2.「来たるべき未来」
来たるべき時まで眠るだけだよね、と笑ったきみを覚えている。冷凍睡眠ポッドで眠るきみは常に薄く微笑んでいるけれど、それよりずっと明るく華やいだ笑顔を。
「来たるべき時」はもう近いよ。きみの病を治す特効薬がようやく実用化された。この治療薬の開発に、ぼくはすべてを捧げた。ただきみのためだけに。
待たせたよね。ぼくも切実に待った。医学の進歩で人の寿命もずいぶん伸びて、長い時間のうちにぼくはうんと老けたけれど。――変わらぬ姿のきみはどんなに驚くだろうな。
「来たるべき時」を、ぼくは諦められなかった。きみとぼくが、あれほど望んだ未来だから。
まもなくきみが再び目覚めたら。
きっと真っ先にぼくが「おかえり」を言おう。
(300字/タイトル・スペース除く)