「待っている幸福」

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2023-05-07 01:20:24

「毎月300字小説企画」投稿用/第5回「待つ」

「待っている幸福」

 保育所の教室で一人、母を待っていたのを覚えている。同じクラスの子たちに次々とお迎えが来る中、最後まで残っていたのは毎回ぼくだったように思う。
 そうして待ちわびたお迎えの瞬間は、それはもう嬉しいものだった。一心に体に飛びつくぼくを抱きとめる母。仕事終わりのざらついた温かい手。ささやかな化粧と薄い汗の混ざったやさしい匂い。
 幸福だった。

 ――かがんで手を合わせた姿勢から、ぼくは立ち上がった。
 母の墓前から振り返ると、娘を抱いた妻と目が合う。娘の大きな瞳もぼくを見ている。
「お待たせ」
 ぼくは微笑混じりに言って、彼女たちへと歩み寄る。
 いま、母と同じ温かい手が、母にどこか似た大きな瞳が、ぼくを待っている。
 幸福だ。
(300字/タイトル・スペース除く)


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