【紡がれる縁と増える縁】
「ハンバーグがのっているとさらに美味い」
「料理長のオムライスは美味いぜ。これを食ったら執筆に戻る」
昼時、食堂にて島田清次郎はスコット・フィッツジェラルドと共にハンバーグ乗せオムライスを食べていた。オムライスは日本の料理だ。
ハンバーグも厳密に分けると日本の料理にはなるらしい。日本は料理のアレンジが好きである。フィッツジェラルドは転生してすぐのころにオムライスと出会い、
好物となっていた。ハンバーグ乗せオムライスはハンバーグもオムライスも両方食べられるお得なメニューである。
清次郎は白米をフィッツジェラルドはパンを付けていた。他にもサラダも着けてある。
食堂にいる文豪は清次郎とフィッツジェラルドだけだった。
「ありがとうございます。フィッツジェラルドさんは執筆で、島田さんは」
「隣町まで買い物だ。弟……小川がポーとチェス勝負を午後からするらしい。恐らく、負けるだろうと。機嫌を回復させるためのものを買っておく」
小川未明を清次郎は弟と呼ぶことになった。未明と清次郎はたまに隣町に一緒に出掛けるのだが、その際に兄弟を名乗っているのだ。
清次郎の方が兄である。未明の方が産まれが先なのだが兄になるのは見た目が幼い。
未明はチェスや将棋をたしなんでいる。将棋も強いがチェスではエドガー・アラン・ポーに負けてしまう。勝負を挑んでいるのだが負けるのだ。
負けた未明は機嫌が悪くなる。
料理長に礼を言えば三十代後半である彼は嬉しそうにしていた。帝国図書館の美味しい食を作る男は文豪達から敬愛されている。
清次郎は午後は出かけることにしていたため、ついでに買い物をしておくことにしたのだ。
「恐怖の帝王はチェスが強いからな。ドイルも同じぐらいだったか」
「ああ。強いようだな。チェス。ドイルと言えば奴も奴で自分の著作を復活させるのに渋々同意したらしい」
「? あの人の著作がなくなっているんでしたっけ」
「ここにいるなら分からないが、無くなってるんだ」
アーサー・コナン・ドイルと言えば、名探偵ホームズシリーズを書いた作家だ。とはいえ、ドイル自身はホームズを嫌っている。
ホームズが余りにも人気が出すぎて自分が書きたかった小説が注目されなかったり、好きなジャンルの小説が書けないからだ。
ドイルの著作は侵蝕現象に襲われ、ホームズシリーズもすべてが揃っているわけではない。のだが、帝国図書館では補填がされているらしく認識は出来るのだ。
何故できるかと言えば説明が長くなると言われたので清次郎もフィッツジェラルドも聞いていない。
自身の著作が消えることは文豪からすると由々しき事態ではあるのだが、例外もあるのだ。
「アイツは元祖、ライヘンバッハをやった男だからな」
「司書がたまにやるっていうライヘンバッハだよな」
「未遂にしているんだぞ。ライヘンバッハは」
「ヘミングウェイさん」
清次郎とフィッツジェラルドがオムライスを食べつつ、話しているとアーネスト・ヘミングウェイが食堂へとやってきた。
「Hey。アーネスト。司書の様子はどうだ」
「書類仕事を面倒がり書類をライヘンバッハしようとしたが止めた。一休みさせるためにこれから司書もこちらに来る」
今日のヘミングウェイは彼等を転生させた特務司書の少女の助手である。このところ、重大な案件に特務司書の少女や他のアルケミストたちは関わっていた。
「ライヘンバッハって、書類を壊すとかそういう意味ですかね」
「そうだ。ライヘンバッハはホームズと宿敵であるモリアーティが戦った滝がある。ドイルはここでホームズを殺したからライヘンバッハは嫌なものを殺すという意味になる」
ライヘンバッハで通じるので清次郎やフィッツジェラルド、ヘミングウェイが多用していると料理長が口をはさんできた。
特務司書の少女は仕事ができるのだが、書類仕事を嫌う。そのためやりたくないというのでヘミングウェイが抑えていたらしい。
「司書は仕事は出来るのだが書類仕事を嫌っている。秋声に任せてきたが」
「助手は二人になっていたな。秋声や北原が第一助手で他で第二助手」
「シューセーは助手としては凄いんだがアイツ一人に偏らせると大変だってなってるみたいだな。料理長。アーネストのメニューは俺たちと同じで」
「勝手に決めるな。……仕方がない。そのメニューのほかに魚料理を何かつけてほしい。料理は任せる」
料理長が分かりました、と去っていく。フィッツジェラルドと清次郎は食事を終えようとしていた。
文豪たちは暇なときは暇だが、ノルマは振り分けられている。本館の本の整頓をしたり、浄化作業をしたりなどだ。八十五人も文豪がいるため、
人手はどうにかなっているのだ。
帝国図書館は謎の敵である侵蝕者との戦いの前線基地であるが、現在は侵蝕現象が確認される前に侵蝕されて消えてしまった著作の復活や文豪の復活に挑戦してみていた。
取り巻く環境も変わっている。
徳田秋声は最古参文豪にして一番助手が手慣れている文豪で、本格的な研究になると助手として秋声が駆り出されるのだが其れだと秋声に負担もかかってしまうし、
”偏ってしまう”と大変であるため、助手を二人にしているのだ。適度に交代をしている。
「俺は買い物へと行ってくる。呼ばれれば駆けつけるが。司書は大変なのか」
「室長が定期的に来たらごろごろライフが崩れるんだよファウストでも嫌だったのにとか言っていた」
「差し入れがいる気がするぜ」
ごちそうさまをしてから清次郎は食器を片付けることにする。ここまでやるのがマナーだ。ヘミングウェイに聞けば、室長のことを話していた。
特務室という別部署のアルケミストらしいが司書は司書でゆっくりできないことを嫌う。ファウストは結社のアルケミストだ。
フィッツジェラルドが差し入れについて言ってくる。
「……入れておいた方がいいかもしれないな。アイツの転生にもかかわってくるだろうから」
アイツ、とだけ言えばフィッツジェラルドやヘミングウェイも分かる。図書館が抱えている案件に関わっている彼のことであった。
隣町へと路面電車に乗ってやってきた清次郎は差し入れを買っておくことにした。一人で古書店巡りをするつもりだったのだが、
未明とポーのチェス勝負を聴いたり、特務司書の少女が書類をライヘンバッハしようとしていたのを聞き、
「平和を保つためには必要だ」
決意する。
となると何の差し入れを買うかだが……清次郎はふと、ある店の存在を思い出す。まだやっているはずだ。路地を歩き、古民家を見つける。
看板がぶら下がっている古民家を改築したパン屋であった。
まだ営業をしている。
靴を履いたままで清次郎は店内へと入る。
「いらっしゃいませ。こんにちは。お元気そうで」
「ああ。――かなり、売れているな。人気がある」
「おかげさまで。弟さんは」
「アイツはチェスの勝負を……大人とチェスの勝負をしていてな。それもあり、皆に差し入れを持っていこうと」
エプロンを付けた二十代の女性が清次郎に話しかける。清次郎と彼女は顔見知りであった。古民家の一角を改装したパン屋は
半分以上のパンが売れてしまっていた。あんパンやジャムが塗ってある切った食パン、ガラスケースにはスコーンも並べてある。
角ばったスコーンだ。弟さんは未明のことである。清次郎はトレーとトングを手に取った。
右手に握ったトレーをカチカチする。
店内には清次郎と店主である女性だけだったが、別の二十代ぐらいの女性が入ってきた。
未明は見た目は子供、中身は大人だが子供で通しておく。
「レモンドーナツが焼きたてです」
「いい匂いだな。白い」
焼きたてらしいレモンドーナツがショーケースの中に並んでいる。全部で十二個ある。穴の開いたドーナツで白色の何かがかかっていた。
「人気商品で。この白いのはグラスアロー。アイシングです。何個、いりますか」
「そうだな。俺と秋声と斎藤と……弟と……」
どれだけのドーナツを買えばいいのか清次郎は心中で数え始める。清次郎の分、秋声の分、世話になっている斎藤茂吉の分、今日の彼は補修室にいた。
弟である未明、を浮かべたらさらにそこで新美南吉と鈴木三重吉と宮沢賢治が浮かぶ。童話組だ。未明の応援をすると言っていた。
彼等にも差し入れておこうとする。これで七人、ポーにも渡しておくべきだろう。
対戦相手だ。そうしたらラヴクラフトもいるだろう。従者だ。特務司書の少女にも渡す。本日の助手であるヘミングウェイとアドバイスをしてくれた
フィッツジェラルドにも渡す。入ってきた女性もガラスケースを眺めていた。
数え終わる。まだまだ増やせそうだが止めた。
「よし。十二個くれ」
「ああ゛っ!?」
「うわっ」
隣の女性がうめき声をあげた。清次郎は思わず空のトレーを落としそうになる。何があった……と慌てそうになっていると、
「清次郎君! どうしたの!?」
「草野」
右手に蛙のパペット、ぎゃわずをはめた草野心平がパン屋へと入ってくる。聞きなれた声に清次郎は落ち着きを取り返した。
場が混乱しそうになる中、心平と話をどうにかしつつ、何故悲鳴が上がったのかも聞いたりしてから、彼を巻き込んで差し入れの話をして、
買うパンや菓子を選び、二人は店を出た。
「あそこのパン屋さん。すっごく美味しいって聞いておいらは散歩でここまで来たんだけど、思い出したから買おうとしてたんだ」
「俺も似たようなものだ。……しかし、これでも減らしたんだがな……」
何故悲鳴が上がったのかと言えば簡単で清次郎がドーナツをすべて買おうとしていたからである。十二個なんて一人で買うには多いが、
差し入れよとしていた相手が自分を含めて十二人だったのでそれだけかかってしまう。女性客はパン屋のファンで仕事で限界が来ていたらしく、
美味しいパンや菓子を食べようとしていたのだが、目を付けていたドーナツがすべて買われそうになり声を上げてしまったらしい。
話を聞いてドーナツの数を減らし、他のパンや菓子にしておいた。心平も出してくれることとなった。
これはおいらの奢りとハートの形をしたいちごジャムパンを差し出されたので清次郎は食べながら心平と歩いた。
「それは仕方がないよ。清次郎君。おいら達文豪は八十五人もいるんだよ。しぼってもそれだけになるし、それにお土産をみんなに買ったらクッキー一枚になっちゃうよ」
「以前に中里が買ってきたことがあったな。クッキー一枚。クッキーはベタだがベタだからこそ良い土産だと知った」
「当たりはずれがそんなにないもんね。無難に配れるから」
中里介山は帝国図書館の仕事をよくしている文豪だ。その背の高さや落ち着きや仕事ができるため、帝国図書館では頼られているがたまに旅に出る。
旅に出てはお土産を買ってくるのだ。文豪たちは八十五人になったころ、介山は文豪が八十五人になったとお土産を買ってきたのだが大量に入っている
ベタな地方のクッキーだった。温泉地とかで見かけるロゴの入ったクッキーだ。大きな箱を四箱は買っていた。
四箱にしたのはスタッフ達も入れたからだがそれぐらいないとクッキーは配れないのだ。
「斎藤つながりでアララギとか正岡一門とかにもなるからな。俺だって尾崎紅葉から孫扱いされていることもあるのに」
「そういうつながりって、親戚づきあいみたいになるよね」
紙袋をサービスでもらったので紙袋の中にパンを入れてある。渡す相手だけでも一気に自分を含めても十二人となったのだ。
増やそうとすれば文豪のつながりはいくらでも増やせてしまう。
「俺は古書店による予定だったが、お前は」
「おいらは酒屋でもあさろうかなって美味しいお酒が欲しくてさ。館長さんたちに差し入れ。研究が大変そうじゃない」
「話によるとアイツは転生難易度が一番高いと言っていたな」
「彼、だね。名前も……何とか転生が出来ればいいなって言っていたけれど」
アルケミストとしての研究については清次郎も心平もいまいちわかっていないのだが、やっていることはしっている。消失有碍書と名付けられた
消えてしまった文学や文豪をよみがえらせる研究をしていて、どうにかその文豪をよみがえらせることは出来たのだが負の感情から蘇らせたりしたので
不安定らしい。
清次郎と心平の転生難易度はそう高くはなかったらしい。栞を放り込み続けて総当たりでやれば転生は出来たのだそうだ。
運と資金はかかったが難しい方ではない。では、難しいのはと言えば最近では層雲だったそうだ。種田山頭火や尾崎放哉、自由律俳句を作っていた彼等は
自由律俳句という揺らぎやすい……何せ本当に法則はあっても自由なのだ……ものを核としていた上に司書の力も弱まっていたので転生が大変だったという。
アイツの名は分からないが、清次郎はアイツに親近感を覚えている。
「転生は出来るだろう。俺たちにできるのは差し入れだったが。限界が来ると人間はああなるのか……」
「……おいらたちも気を付けようね。それとたまに危ない人もいるからそういうときは言ってね。何とかするから」
「暴力はよくないぞ」
清次郎にとって心平は穏やか狂戦士だ。腕っぷしがとても強い。限界が来ていた女性客は仕事でこき使われていたらしい。癒しはパンだったようだ。
癒しがなければ人間はやっていけないところがあるのだろう。
「清次郎君はたまにトラブルに巻き込まれやすいからおいら、心配で」
「周りが庇ってくれるのはいいんだが……」
庇ってくれるのは嬉しいのだが心平は心平で穏やかそうにしながらも圧倒的な力でねじ伏せてきたりしているし、たまに清次郎がフォローされない。
「買い物をしてから早めに行こ」
「そうしよう」
差し入れは買った。後は清次郎や心平が欲しいものを買うだけである。清次郎はパンの入った袋をしっかりと握りしめた。
「おいらが賢治たちに差し入れを持っていくから。清次郎君は司書さんたちに持って行って!」
魔導書こと、欲しい本を買い、心平は酒を買い、速めに図書館へと戻り、差し入れのパンをわけた。清次郎はまずは司書室に行ってみることにする。
ドアをノックしたらどうぞ、と声がした。
「司書。書類をライヘンバッハはしなかったのか」
「みんなが止めてくれたのでライヘンバッハしなかったんだよ」
「はいはい。ライヘンバッハするのは辞めようね。君が報告書を書かないと室長さんがさらに切り込んでくるよ。島田君。おかえり」
「精神は安定をしている方だが司書もたまにペーパーナイフを壁に投げたりするからな」
司書室はアンティーク家具でまとめられていた。特務司書の少女は机に臥せっている。部屋には秋声と茂吉がいた。補修室の報告でも受けていたのだろうかとなる。
「レモンドーナツを買ってきたぞ。フィッツジェラルドたちはどうした」
「ん。ドイルさんの著作再生に行ってもらった。バリツをよみがえらせなくっちゃ」
「アイツ等の分もあるんだが」
「あとで渡そうか。お茶を入れるよ。棒ほうじ茶だけど」
「島田君。偉いぞ。差し入れを買ってきてくれたのか」
著作の再生というのは地味な作業だ。やったことはあるのだが、吹っ飛んでしまった概念の欠片を集めて後は地道にアルケミストが直す。
二人は欠片集めに出かけたようだ。秋声がお茶の準備を始めていた。茂吉が褒めてくれている。
「図書館の平和がこれで守られるならば安い」
「室長がどうにか……無理だなぁ。あれは結果を叩きつけつつ隙を見せないでいるぐらいしかできない」
「面倒そうにしているな司書。お前ならば寄せる大波を乗りこなせる」
「あれは面倒ごとをなんでも押し付けてくる人だよ」
面倒ごとが嫌いらしい。好きな者はいないだろうけれども、清次郎が堂々とドーナツの入った紙袋を出してくる。
「結果を出さなければならないのは彼の転生、か」
「何とかなるし、するけど、その後がね」
「まずは目の前のことだろう。奴を転生させ、ドーナツぐらいは食えるようにさせねば」
「――そうだね」
目の前のことをやらなければと清次郎が励ませば特務司書の少女は顔をあげた。やる気にはなったらしい。
「おやつにしようか」
「ありがとう。島田君」
「レモンドーナツの他にいくつか買ってきたから食べろ!」
茂吉も疲れていたようだ。気を抜いている。
障害はあるし、解決してもこれからまた増えたり厄介ごとも出来るだろうけれども。目の前のことを取り組むしかない。
自分たちならば寄せる大波も乗りこなせるだろうとなりながら、清次郎は秋声のお茶を待つ。
【Fin】