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第一話『吉次郎の不滅』

新連載第一話です。

 この私、吉次郎きちじろうの脳みそは自由闊達だ。

 自由闊達であるが故に万事を客観視するという能力を得、齢二十八の現在に至っても尚、客観的に物事を見られている。

 だが、客観的に物事を見すぎると、主観・主体がアホのように薄れて行くのであって、私はそのせいで人生をずいぶんと損してきた。

 例えば「こんな事もあるだろう」とツケを溜め込んでいた飲み屋からは取り立ての反社を送って来られるし、パートとして勤めていた食品会社の機械に何らかが詰まって動かなくなった時、「こういうケースもあるのだなぁ」と笑っていたら、工場長から臀部に蹴りを入れられた。そしてその事を短文投稿SNS『クソダメー』に投稿すると、私に直接宛てず、さも独り言をごちるような体裁で、フォロワーから「前々からあいつはバカだと思ってたけど、やっぱりバカなんだね~」と幾重にもポストを返された。斯様な返歌は望む所ではなく、私は意味のよく分からないけだものじみた咆哮を上げながらクソダメーのアカウントを削除した。その夜、強い酒を飲んで、トイレで吐いた。

 ――すべて。

 すべてが、私の自由闊達な脳みそが自由闊達に振る舞った結果であり、客観視の成せるわざだった。

 脳みそをもう少し不自由にしてもらえまいかと病院を訪った事もあったが、医者から一言「帰れ」と言われ、私はバスに乗って帰った。通夜の席のように老人たちがバスの中に溢れていた。

 だが、不思議と私は今の生活に満足している。

 王族――とまでは言わないが、貴族、或いはそれに準ずる華族の如き精神性、気高さは自らのうちにどことなく感じているし、新たに見つけた倉庫作業のバイトも続いている。昭和のむかしならば高等遊民に等しき暮らしであると胸を張って言える。自慢ではないが、カップ麺にもう一品出来合いの惣菜を付ける事だってできる。

 人は貧相な暮らしだと嗤うだろう。しかし、それは脳みそが自由闊達でない人々の恨み・つらみであって、私自身はこの暮らしに結構満足しているのだ。

 ――満足。

 しているはずなのだが。

 時折、後頭部の辺りがもちょもちょと痒くなって、脳みそが何か、危急を訴えてくるような感覚に陥る事もある。強酒による幻覚ではない。確かに――脳みそ――いや、「彼」と人称で呼ぼう。彼は私に何らかのメッセージを送ってくる事があるのだ。

 彼は私の中で個人食堂のおやじのような姿を取った。

 そして、何らかを訴え続けるのである。

 頼んでもいないのに勝手に個人食堂のおやじのような出で立ちになっているのであるからして、せめて私を手作りチャーハンなどでもてなすべきではないかとも思うのだが、そんな事は露知らず彼は何らかを訴え、叫び続ける。眉間には皺が寄り、唾を飛ばし、癇癪を起こした餓鬼のように腕を振り回しながら。

 しかし、私には彼が何を伝えたいのかが一向に分からない。

 まあ、どうせ、酒を控えろとか、もっと良い職場を探せとか、小言めいた何らかであろうとたかをくくり、私は毎回彼との対話を止める。そうすると彼は私の脳内の暗闇に溶暗し、消える。気付けば私は眠っている。

 ――朝。

 今日はバイトが休みなのにも関わらず、気持ち悪い寝覚めだった。

 まず、パンツ一丁で寝たので春先とは言えど寒かった。

 続いて、フローリングの上で直寝をしたので身体が痛い。

 あと、近所の老人が何をトチ狂ったのか朝から草刈り機を振り回しており、やかましくて早朝に目覚めすぎた。くたばれとでも言ってやろうかと思ったが、自由闊達に脳を働かせた結果、わざわざ近隣のボケ老人と関わりを持つ事もあるまいとの結論に至った。そして私はむくりと起き上がり、結跏趺坐のような姿勢で座る。

 休日だが、特にやる事も無い。

 仕事の性質上、休みはシフト制なのだが、本日は一般で言うところの平日であり、得をしたような気分と、損をしているような気分が、フィフティーフィフティーの割合で私の中にあり、どうしてくれようかと行き場の無い焦りがこんな朝っぱらから滲んでくる。朝から酒を飲んでやろうかと自暴自棄な事すら考えるが、客観視してそれは人間としてどうかと思い、留まった。

 あまねく労働者は休日に何をしているのだろう。

 いや、休日のみならず、平日にだって街中にはわちゃこらと老若男女犬猫あやかしがうろついている。あの者らは一体どこの何者で何を生業とし糊口を凌いでいるのだろうか。

 ――知るか。

 私はそうしたシンプルな結論に至ると、朝食を摂ろうと決めた。

 冷蔵庫を開けた。

 何も無かった。

 正しくはアルコールの缶飲料が数本と、消費期限が切れて酸っぱくなったキムチはあるのだが、朝からそんなものを口にするなどとんでもなく、まず縁起・健康面の問題があるし、人としての最低限の矜持は失いたくはなかった。

 私はチッ、と舌打ちをし、続いて財布に手を伸ばして中身を確認した。千円札が二枚と銀貨が数枚入っていた。

 やや、いや、かなり心許ないが、何か食べるものを買いに行こうと決めた。

 昨夜、私の自由闊達な脳みそと人称で対話したせいか酷く腹が減っている。脳はコスパが悪い。コスパやタイパが悪いと最近のネットの若者にそっぽを向かれる。どうでもいい。

 とりあえず、私は一張羅のジーンズを履いた。腹が減っているので腹回りがゆるゆるになっていた。それをベルトで締めると、どこで買ったのやらよくわからん白いティーシャツを着た。どこで買ったのやらよくわからんというのは、このティーシャツの前面には漢字で「感謝。」とプリントされており、私としてはこんな悪趣味なギフト品みたいなシャツを買った覚えは無いという事である。だが、いつの間にか家にあり、サイズも程好いし、汚れてもいないので時々着ている。アホみたいなプリントがされているという一点を除けば特に悪いものではない。感謝。感謝。衣食住に感謝。感謝。その食が無いから渋々着替えて出掛けようとしているんだけどね。

 財布をケツポケットに入れると私はアパートを出た。朝っぱらから日差しがきつい。初夏である。人々がうきうきとしてくるハッピーな季節である。ほうら見てみなさい。早速道端に一人で喋っているお爺さんが居る。目ぇ合わさないようにしないと。

 私はいそいそとコンビニへと向かった。

 平日。まあ私は今日、休日だが、とにかく平日にも関わらず暇そうな人々が往来を行ったり来たりしている。そして彼等彼女等の表情は、少し薄ら笑いを浮かべてすらいるのだ。気持ち悪い。

 脳内で毒吐きながらコンビニに向かって歩を進める。

 薄ら笑いの有象無象とすれ違う。

 歩を進める。

 薄ら笑いの有象無象とすれ違う。

 んー。

 何かキモい。

 これを上手く言語化できれば文士、或いは講談家に身をやつして日銭を稼ぐ事などもできようが、私の自由闊達な脳みそは現在ひたすらにキモいキモいキモいと「キモい」を連呼しており、とてもその感情の言語化を頼めそうな状況ではない。

 いっその事、私もニヤニヤと笑いながらほっついたろうかと危ない考えも脳内をよぎる。だが、私までもがニヤニヤ笑いを浮かべてしまうというのは、すなわちこの有象無象どもと同じ土俵に上がったという事であり、見方を変えれば軍門に降ったという事でもある。敗北の味は苦い。コーヒー評論家でもあるまいに何故にわざわざ苦い思いをせねばならぬのか。

 ヨヨヨと人生を噛み締めてコンビニに向かい、歩を進める。

 ところでさっきから歩を進めまくっているのだが、一向にコンビニへとたどり着かない。かつて韋駄天アキレスは絶対に亀に追い付けないと提唱した人があったが、コンビニは亀と違って移動しないので理論上は必ずたどり着けるはずなのである。

 ――にも。

 関わらず。

 私はコンビニに未だにたどり着けていない。

 これは由々しき事態である。

 最寄りのコンビニには今まで何度も通っている。愛想の悪いパートのおばちゃんと、学生バイトと思わしき角刈りの眼鏡がよく居る。自宅から徒歩で八分ほどの距離であり、普通ならもうたどり着き、食料やクソ高いスイーツを物色しているはずなのだ。普通なら。

 ――普通なら。

 つまり、もう二十分は歩いているのに未だにコンビニの影すら見えないのは普通ではないという事で、普通ではないというのなら何なんだと申されますと、まあ、異常事態という事になる。

 私は異常事態に遭遇するとまず笑うヘキがあるのだが、それは自分が関わっておらず、損をしない大前提のもとに笑っているのであって、自分が損・苦労・心労をしている今のザマではとても笑えず、また、打破しようにも異常事態なので早々に手練手管を講じる事もできない。

 つまり、困っている。

 相変わらず飽きもせず往来を行く薄ら笑いの有象無象どもは、時折私を、ちら、と見ると足早に過ぎ去っていく。その顔には相変わらず薄ら笑いが貼り付いたままだ。

 そして、さらに困った事に、帰り道を忘れた。

 私は唐突に痴呆でも発症したのであろうか。

 今、自分が居る景色に見覚えが無い。

 論理的に考えると、私はコンビニに行くとうそぶいて家を出た。家を出たはいいが、おそらく道と方向を間違え、わけのわからん通りに迷い混んでしまったのであろう。

 私の脳みそは自由闊達なので、もう一歩踏み込んで考える。

 問題は、何故普段歩いている道ごときを間違えたか、だ。

 思うに、これは運命の采配なのだろう。

 私はオカルトや怪力乱神は一切信じていないのだが、自分が得するパターンの運命論はホイホイと信じており、百円を拾えば自分の人徳だと信じ、百円を落とせば自分の穢れが落ちたと信じる。

 そして、今日得たこの「迷い」は、おそらく私の自由闊達な脳みそと世界のことわりの併せ技であり、私は――黙って導かれれば良いのであろう。

 そう結論すると、足取りが軽くなった。

 腹は減っているというか、もうすでにグゥグゥと猛り狂っているが、そんな食欲ごときに屈していてはこの「迷い」を楽しめない。そもそもそこら中に飲食店が立ち並んでいるのにコンビニに固執していたら、それはちょっと、こだわりが強めな人である。私は特にこだわらず、飄々と生きているつもりだ。そして歩を進める。

 少しひなびた裏通りに入った所、「こだわりらぁめん 不滅」とペイントされた立て看板が置いてあった。

 ビルの一階の居抜きの店である。パッと見た感じ、ただボロいだけで何にこだわっているのかさっぱり分からないのだが、まあ、常識的に考慮すると、醤油なり塩なり「味」にこだわっているのだろうと察せられる。だが、私の人称すら得た脳みそは自由闊達なのであり、そこで思考を止める事をよしとしない。

 ――恐らく。

 この「こだわりらぁめん 不滅」を切り盛りしているおやじは、客の健康や健全を願い、「不滅」などというおおよそラーメン屋に似つかわしくない名前を、ある種のテーマとして付けたのであろう。名付けゴッドファーザーたるおやじはその名に負けぬよう、日々精進し、夜も寝ず、まあ、時々昼寝などをしてラーメンを研究し、時には客から真摯に感想を訊くなどしてラーメンを極め、やがてこうした常連たちの隠れ家的な店としての地位を築くに至ったのだ。毎日賄いを食ろうているおやじはもちろんの事、常連たちもみるみる健康になり、「不滅」の名は雑誌に載るに至った。少し有名なボディビルダーなどもインタビューで「不滅」の名を語り、おやじを賛美し、その場で少し上の方を見ながら、「今夜は不滅にするかなあ」などとこぼすのである。

 そう考えると、「こだわりらぁめん 不滅」と安いペイントをされた看板が、光すら帯びて見える。つまり、私は本日の「迷い」によって、隠れた名店を見つける事ができたのだ。

 お腹がグゥグゥと鳴いた。やかましい。今すぐ満腹にしてやる。

 私は、否。私も不滅となるべく、入り口の木製の引き戸に手を掛けた。滑りが悪い引き戸だが、こうした趣向も隠れた名店の条件なのだろう。

 ――そして。

 私は、「こだわりらぁめん 不滅」へと入店を果たしたのである。

「いらっしゃい」

 カウンターに座って新聞を読んでいたおやじがこちらに振り返った。

 年の頃は五十前後だろうか。酸いも甘いも噛み分けた渋い顔をしている。昭和の時代ならそこら辺の映画のモブとして活躍できたかもしれない。

 私は案内されるままカウンター席に座り、ラミネート加工された安っぽいメニューを見た。おやじは無言で私の方を、正確にはシャツにプリントされた「感謝。」の文字を凝視している。接客の匠として、または名店の主として、「感謝。」という言葉には思うところがあるのだろう。

 おやじの熱視線に応えるよう、私は「塩チャーシュー。大盛りで」と高らかにオーダーをした。

「あいよ」

 おやじはカウンターの奥に引っ込むと調理を始めた。メニューには「らぁめん」「塩チャーシュー」「味噌」の三種類しかなく、私は名店の一番トップを味わいたいので一番高い塩チャーシューを注文した。自己採点すると九十点ほどの所作であろう。満点を取れなかったのは、私は本日というか慢性的に持ち合わせが少ないので、サイドメニューを注文できなかったからである。

 ジュージューと調理をするおやじの背中に見入る。職人の背中である。名店の店主ともなればその造作のひとつひとつが美しく、美しく、まあ、あまり美しくは見えないが、それが武骨というものだろう。私はおやじの背中に、横顔に見惚れていた。おやじが動くだけでこれだけの感動を覚えるのだから、そのこだわりと修練と血と汗と涙の結晶である塩チャーシューを食したら、私の魂は涅槃ニルヴァーナへと遊んでしまうのかもしれない。

「はいよ。塩チャーシュー」

 涅槃ニルヴァーナを想像してボケッとしていた私は、唐突に目の前に置かれたどんぶりに驚いた。いつの間にか出来上がっていたのだ。私を涅槃ニルヴァーナへと誘う不滅の塩チャーシューが。おやじは続けて伝票を置くと厨房へと戻っていった。

 いざ実食に移らん。

 私はレンゲを取った。

 少しスープを掬った。

 いただきます。と小声で言った。

 夢にまでは見ていないが、本日の「迷い」により奇跡の邂逅を果たした名店、「こだわりらぁめん 不滅」の一番高い塩チャーシューを、ついに口にするのだ。ついに味わうのだ。私は。

 そして私は意を決し、レンゲに掬ったスープを啜った。

 不味かった。

 いや、「不味かった」などとダイレクトに過ぎる感想を抱いてしまったが、ここで今ひとつ自由闊達に考えてみるとする。まず、この不快極まりない味の原因として塩気が強すぎるというのがあり、続く遠因としてはスープが中途半端に生温く、そしてそれは何故かと言うと、おやじが光熱費、或いは手間をケチッていた可能性を指摘せざるを得ないのである。大体において、いくら私が期待に胸を膨らませ涅槃ニルヴァーナを爆裂妄想中だったとしても、ラーメンが出てくるのが早すぎる。どう考えても手癖で適当に作ったとしか思えなくなってきたが、そもそも手抜きであったとしても逆にこの塩分の量は何なのだろう。まさか私を殺すつもりでもあるまいが、こんなしょっぱいスープは味覚が破壊されている人くらいしか完飲できないのではなかろうか。

 ――だが。

 私は、この戸惑いに一縷の望みを見出だした。

 ――麺だ。

 麺。ラーメンの本体である。本領である。

 この地獄なようなスープはもしや、わざと極端な味付けで麺を引き立たせるための技巧なのではないのだろうか?

 おやじはそのつもりでラーメンを仕上げたのにも関わらず、私が勝手極まりなくスープを啜り、不味い、しょっぱい、殺すぞ、などと手前の都合で感想を抱いてしまっただけではないのだろうか?

 ――ならば。

 おやじの名人芸に応えるべく、私は麺を食らうべきなのだろう。

 私は割り箸を取り、割ると、麺を口へと運び、咀嚼した。

 腐ったゲロのような味がした。

 食感はブヨブヨとしているし、風味に至っては酸味めいたものが鼻へと抜けくさる。ついでに言うと、スープのしょっぱさが完全に伝染しており、私は一口食べるとすぐにコップの水を飲んだ。それはカルキ臭く、明らかに煮沸すらしてない水道水だった。

 これを完食しろと?

 ふざけるのは店構えだけにしていただきたい。

 私はこの店、「こだわりらぁめん 不滅」に伝説と神話を見出だし入店したのだ。おい、分かっているのか、厨房で足組んで新聞読んでるおやじ。

 ふつふつと沸いてきた怒りに脳みそが自由闊達になってきた。

 私がここで箸を置き、勘定をして出ていき二度と来ないのは自由である。だが、即ち、それは私がおやじに敗北を喫したという見方も多面的には認められ、そしてそれは私の本意ではない。

 しかし、この地獄のような塩チャーシューを完食しろというのもほとほと困る難題で、一口食ってこれだけ不快になるのだから完食なぞした日には、私は死んでしまうかもしれないのであり、死んでしまうと何が困るかというと、まあ、あまり困る事も無いのだが、それでもラーメンを食ったら死んだ、死因・ラーメンとあっては、初夏の小咄としてこの地域で語り継がれるかもしれない。人、それを汚名と言う。

 私とおやじの膠着状態は続く。

 私は正直、このラーメンをもう口にしたくないし、おやじはどこ吹く風と足を組んで新聞を読んでいる。よく潰れねぇなこの店。

 この膠着状態を打破するには天啓が必要だろう。だが天は意地が悪く、そうそう啓蒙してくれるものではない事は今までの人生で散々っぱら噛み締めてきた。私、吉次郎。たまの休日に何故こんなに苦しまねばならぬのか。

 ――帰ろう。

 何もかもが面倒臭くなってきた。

 おやじに負けようが腹が鳴っていようがどうでもいい。この店は自分の人生の縮図であったのだ。

 こうして私はいつも貧乏くじを引いてきた。引かせた方には特に天罰が下った気配はない。見よあのおやじの顔を!  微妙に鼻を膨らませて、ふむふむ頷きながら新聞を読んでいる。何の記事読んでんだ。

「お客さん」

 唐突に発せられたおやじのボイスにびっくりした。

「はあ」

 私は驚いたまま生返事をする。

「不味いでしょ」

 おやじは新聞に視軸を遣ったまま、ボソッとそう言った。

 これは難問である。

 言われなくても自分の人生を儚むほど不味いのだが、私とて人の子。そのままダイレクトに「はい。クソ不味いです。これで料金取るつもりじゃねぇだろうな」などと本音を吐き出すわけにも行かない。さりとて美味しいと嘘を吐いてやるのも業腹である。そもそもの話、おやじは何故不味さを自覚し、このような問い掛けを投げてきたのか真意が判らず、不気味である。

 私は脳みそを自由闊達に回転させた結果、「とてもユニークな味ですね」と、無難な返答を、棒読みで行なった。

「うち、もう店畳もうと思っててな」

 訊きもしないのにおやじは語り始めた。

「脱サラして本気でラーメン極めてやろうと思ってたんだけどね、むかつく客ばかりだし光熱費・材料費値上げ値上げでやってられなくてな」

 おやじは新聞を見ながら続ける。

「だから、最後に無茶苦茶なラーメンを作って、一番むかつく顔した客に食わせて復讐してやろうと思っててね」

 私の右手から割り箸が落ちた。その場から、おやじが遠く、遠くにスライドして行くような感覚に見舞われた。悪魔が哄笑しているような感覚に襲われた。タコとイカが砂浜を走り去る幻が見えた。

 言葉が出ない、とはこの事である。

 そもそもこんなシチュエーションでこんな事を告げられる人間が何人居るというのだろう。超絶ショックだったし、少し漏らした。

 私は立ち上がり、死人の呻くような声で「お勘定」と言った。

「要らないよ」おやじは新聞を見ながら言う。「お勘定するとなれば自分はレジに立たなければいけない。そうするとどうなるか? そう。君のむかつく顔が視界に入って大変不愉快になってしまうのだ。だから金は要らん。帰れ」

 その後、何がどうなったかは正直よく憶えてはいない。ゾンビのような足取りでふらふらと店を出たのかも知れないし、何か意味をなさぬ言葉の羅列を叫びながら店のドアを叩きつけて退店したような記憶もある。そして、外界は不思議な事に、もう夜となっていた。私、吉次郎の休日は、不滅に滅したのである。

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