コーネフは冷凍庫を開け、氷点下の箱にぞんざいに入れられていた酒瓶を取り出した。
キッチンに出しっ放しにしているロックグラスにとろりとしたアルコールを流しいれ、ストレートで呷る。バスルームからシャワーを浴びたポプランが出てきた。コーネフの手からグラスを奪う。
「ジンだぞ」
「いいよ」
普段は飲まない酒の慣れない味。
「まあ、悪くないかな」
コーネフにグラスを差し出し、2杯目を要求する。コーネフはジンを指2本分入れてやった。酒瓶の底に少量だけジンが残る。
面倒になってしまって、コーネフは酒瓶に直接口をつけた。
ポプランが飲んでいたロックグラスが空になってテーブルに置かれ、カタン、と硬質な音を立てた。
「ワーニャ」
「ん……」
ポプランはコーネフを引き寄せると、狭いキッチンの中でドアに彼を押し付けた、首筋に手を添えて、彼のくちびるを奪う。ジュニパーベリー(ねずの実)の味のするキスだった。
「オリー」
「何」
コーネフがポプランをじっと見ている。
「何かあるなら、言え」
「なんもねーよ」
脳裏にフラッシュバックした情景を、ポプランは無視した。コーネフの腰に手を回し、さきほどよりも深く、長く、キスをした。
*
『ぼくのこと忘れないで。覚えていてね』
そう伝えた相手。幼いころ、初めて好きになった女性。別れの時にそう伝えると、こんなことを言った。
『私は忘れないよ。だからキミは、私のことを忘れてね』
(絶対に忘れないと思ってたのに、今じゃ忘れそうだ……)
まるで忘却の呪文でもかけられていたかのように、思い出の中の人の姿は、どんどんおぼろげになっていた。
なぜ忘れてなどと懇願したのだろうか。それはポプランにとって少年時代から今に至るまで続く謎の一つだった。
ベッドの上でコーネフがポプランの腕をふりほどく。
ポプランが身を起こすと、シーツの上でコーネフがねめつけてきた。
「んだよ」
「今日のお前、全然よくなかった」
「!」
ポプランをベッドに置き去りにして、コーネフが寝室から出て行く。すぐにシャワーの音が聞こえてきた。
コーネフはポプランに全く関心がないかのように振る舞っているが、ポプランが彼に意識を向けていないときにはすぐにそれに気がつく。だからポプランは、ずっとコーネフを向いてないといけない。そうしないと、彼を自分の元にとどめておけないのだ。
*
「そんなこと」
シャワーから戻ってきたコーネフは、ベッドのシーツを交換すると、そこに寝そべった。今日のポプランが心ここにあらずだった理由を聞かされて、最初の一言がこれである。
「おれにとってはそんなことじゃねえんだよ」
のしかかってきたポプランの体をコーネフは手で退かせる。今夜はもうそんな気分ではないらしい。
「目の前にいるおれより優先すべきことなんてないだろ」
不意に顔をそむけてそんなことを言う。嫉妬されているのかと思うと、悪くない気持ちもする。
ポプランは背を向けたコーネフの体を後ろから抱き込んだ。
「愛してるよワーニャ」
「うるさい。あつい。どけ」
言ってることに反して、振りほどきはしない。
「なあ、もしも、はなればなれになっても、おれのこと」
「おれは忘れるよ。だけどお前は覚えていろよ」
どうして彼女があんなことを言ったのか、分かった気がした。ようするに、彼女は自分に対し「独占欲」なんか持ち合わせていなかったのだ。腕の中の男と違って。
終