研究所でシャリア・ブルは幾度目か分からないテストに参加していた。オメガ・サイコミュをモビルスーツに搭載するための試験だ。
「今度こそ動かせるといいのですが」
一年戦争のあと、サイコミュの開発は条約で禁止された。だからこの研究所の人員も最低限だ。禁止されてはいてもジオンではサイコミュの開発を止めることはなかった。フラナガン機関だけではなくいくつかの研究機関が合同で行っている。
ジオンでは軍に勧誘するためにニュータイプを探していたが、何人かの候補もまだ確定とはいえなかった。そんな状況なので、サイコミュのテストにジオンでは原初のニュータイプのひとりであるシャリアが借り出されるのは致し方ない。
オメガ・サイコミュはシャロンの薔薇に続いて発見されたオーパーツだ。この世界のサイコミュと同等の働きをする装置であるという仮説のもと、モビルスーツに搭載しようと研究者たちが四苦八苦している。
「まあ、試してみるとしましょう」
シャリアはオメガ・サイコミュのテストに立ち会っているエンジニアにそう声をかけるとコックピットに入った。
オメガ・サイコミュのテストはキケロガと同じく全天周囲モニター式のコックピットと合わせて行われている。いずれは別途開発しているガンダムシリーズの機体に搭載される予定だ。
シャリアはキケロガのサイコミュを使うことにはそれなりに慣れている。が、それはオメガ・サイコミュとは違う。
「今日は、少しは動いてくれませんかね」
独り言のようにつぶやきながらシャリアはシステムを起動した。
(…………)
システムはロック状態のまま。今日もオメガ・サイコミュの機嫌は悪いようだ。
『中佐、今日もダメですか』
通信越しにエンジニアから声をかけられる。
「もう少し様子を見させてください」
いつものようにシャリアの穏やかな声が聞こえてくる。無為に繰り返されるテストに苛立っていたとしてもおかしくないのだが、この中佐はそんな様子を見せることは一度もなかった。エンジニアや研究者たちが辛抱強くこの開発に携わっていられるのも、彼のそんな姿勢に感化されているところが大きい。
「どうか話を聞かせてください。あなたの」
シャリアはオメガ・サイコミュに語りかける。サイコミュのモニターが微かに反応を返した。
結局のところ彼らは動くのかどうかも分からないものをなんとか動かそうとしている。それがどうすれば動かせるのか皆目見当がつかない。だがシャリアには「よく分からないけど、何か分かる」のだ。そのサイコミュは動かせる、と。
いつの頃からか、シャリアはオメガ・サイコミュの向こう側に誰かの存在を感じるようになった。設定したエンディミオン・ユニットに対しても。それが誰なのかは分からない。ゼクノヴァの向こう側に世界があり、誰かがいる。だがそれを感じられるのはニュータイプだけだ。
サイコミュ開発に携わるにあたり、シャリアはしばしば思ったものだった。――もしかしたら、自分はとっくに気が狂っているのではないかと。シャリアは木星で自決の道を選ぼうとしていた時にすでに経験していた。自分の気が確かかどうか分からない状態を。
『そんなことはない』
そんな最中、不意にシャリアに声がかけられた。
『あなたは狂ってなどいない。僕が保証する』
オメガ・サイコミュが初めてシャリアにかけた言葉は、そんな内容だった。――優しい人だとシャリアは思った。人、なのかどうかはまだシャリアには確信が持てなかったが。
それからというもの、テストの時にそうして「彼」がシャリアに話しかけてくることがあった。そのことはテストの度に報告書にまとめて研究者たちに伝えていたが、彼らは幻聴かなにかだと捉えているようだった。シャリアは気にしていなかった。ニュータイプにしか聞こえない声があるのだとしたら、オールドタイプには信じてもらえなくても仕方がない。
結果として、シャリアはオメガ・サイコミュの唯一の理解者になっていたのだった。
「そうですか、やはり薔薇の中の少女のためにあなたはそこにいるのですね」
サイコミュが微かな反応を示している。
「私、ですか? 私のことはどうでもいいじゃないですか」
エンジニアたちはシャリアとオメガ・サイコミュの対話を静かにモニタリングしていた。だが、どうしてもシャリア側の反応しか拾えない。オメガ・サイコミュの反応が微弱すぎるのだ。
だから彼らにはシャリアが独り言を言っているように聞こえる。
「やはり私ではだめなのですね。一体誰だったらあなたは納得するのでしょうね」
「いいえ、私は怒っているのではありませんよ。ただ、お願いがあるのです」
「もしも薔薇の少女を助けられるニュータイプのパイロットが現れたら、どうかその人に協力してください」
「あなたならきっとそれが分かるでしょう」
今日の対話は随分と時間がかかっているなと、エンジニアたちは目を交わし合った。
「ええ、それは必要ですね。私としてはぜひお願いしたい」
その時。それまで微弱な反応しか見せてなかったオメガ・サイコミュが起動した。ロックが外れる。
『中佐!』
『データ取っているか!?』
『信じられない』
研究者たちが慌ただしくモニターをチェックし、エンジニアたちは顔を見合わせている。
「ありがとう、充分証明できましたよ。オメガ・サイコミュはちゃんと『動く』ということを」
シャリアはコックピットの中で『彼』に語りかけた。
「いずれモビルスーツにあなたを載せて出撃することがあるでしょう。そのときに、あなたを動かせるパイロットが見つかればいいのですが」
サイコミュのデータ取りに研究者たちが右往左往している中、コックピット内でシャリアはそうつぶやいた。
テスト期間中にオメガ・サイコミュが正常に起動したのは、結局その時一度きりだった。
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宇宙世紀0085。ジオンの強襲揚陸艦ソドンは、サイド6に向けて出航した。直前に配属されたニュータイプのパイロットであるエグザベ・オリベ少尉は優秀な若者だったが、オメガ・サイコミュのお眼鏡に叶うとはシャリアには思えなかった。理由は自分でも分からない。オメガ・サイコミュに関しては何もかもが理屈では通らないことばかりなのだ。だが、オメガ・サイコミュ出撃の時は近い。――シャリアはそんな予感がしていた。
了
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