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筑波大が修士号取消し―なぜ租税資料館賞の受賞論文が盗用だったのか

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筑波大学の修士論文盗用による修士号取消しを象徴するアイキャッチ画像。暗いグレーから暗赤色のグラデーション背景に「受賞論文が盗用で取消し」のテキスト

税の不正を研究した論文が、自ら不正で取り消された。

筑波大学の公式発表によると、元大学院生の修士論文に盗用が認定された。
2026年2月18日付で修士号と課程修了が取り消されている。

取り消されたのは「重加算税」、つまり脱税へのペナルティ税を扱った税法の論文だ。
不正行為への課税ペナルティを論じた論文が、自ら研究不正を犯す結末となった。

 

 

 

「重加算税の不正」を研究した論文が、自ら不正に――盗用の具体的な中身

盗用が認定されたのは「重加算税の賦課ふか要件に関する一考察」という修士論文。
先行研究の文章が複数箇所で、引用を示さないまま使われていた。

修士論文の盗用と聞けば、学生がうっかり引用を忘れた程度の話だと感じるかもしれない。
ましてや国税局に勤務する社会人大学院生が、指導教員のもとで書き上げた税法の論文だ。

ところが調査報告書を読むと、事態はもっと深刻だった。

📄 調査委員会の認定

「告発者の研究のオリジナリティにあたる箇所も盗用していることから、一定程度の悪質性があったと言わざるを得ない

何がどう盗用されたのか

盗用元は『月刊 税務事例』54巻6号・7号(2022年)に掲載された論文だ。
タイトルは「重加算税における隠ぺい,仮装の論証構造」。

要件事実論という法律の専門的な枠組みから重加算税を分析した内容で、著者の馬場陽は弁護士・大学教員でもある。

調査報告書には、被告発者の論文と告発者の論文を並べた対照表が載っている。

被告発論文の記述 告発者論文の記述 備考
「最高裁は、確定的な脱税の意思に基づく過少申告等について重加算税の賦課を認めるが…」 ほぼ同一の文章が『税務事例』54巻7号11頁に掲載 脚注による引用なし
「市川氏の3分類によれば、重加算税が賦課される基本類型として…」以降の整理 『税務事例』54巻7号12頁の分類と文言がほぼ一致 先行研究独自の分類体系
等価値性の観点から要件事実を再構成するアプローチに関する論述 告発者論文の核心的な理論提案部分と酷似 オリジナリティの中核

単なる一般的な記述の重複ではない。
先行研究が独自に提案した理論の骨格まで、適切な引用なく取り込まれていた。

 

 

 

被告発者の弁明と、もうひとつの事実

被告発者はこう述べている。

「論文を執筆する際に、文献の参考になりそうな記述を一度そのまま打ち込んでから、自分の論文に記載する構成や内容を吟味していたため、自分で考えた文章なのか、参考文献の文章なのかの区別がつかなくなり、引用を示す脚注の記載が漏れた箇所もあるかもしれません」

調査委員会はこの弁明を受け、「故意とまでは言い切れないが研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠っていた」と結論づけた。


注目すべきは、この元大学院生の経歴だ。
租税資料館の事業報告書には著者名と所属が記されている。

それによれば東京国税局に勤める社会人大学院生だった。
税の実務に携わるプロが、税法の論文で研究不正を犯した。

🔍 この事案の皮肉な構図

重加算税じゅうかさんぜいとは、納税者が事実を隠したり偽ったりして申告した場合に課される最も重い加算税だ。その「不正のペナルティ」を論じた論文が、自ら研究の不正で取り消される。うっかりミスの延長先行研究の核心まで盗用し、悪質性を認定された事案だった。

しかもこの論文は、権威ある学術賞まで受賞していた。

 

 

 

賞まで受賞した論文が、告発者本人の指摘で発覚した

この論文は第33回租税資料館賞の入賞作品に選ばれていた。
税法研究の分野で最も権威ある賞のひとつだ。

📊 租税資料館賞の規模

租税資料館の事業報告書によると、2024年度は著書5件・論文158件の計163件の応募から、著書3件・論文25件が入賞に選ばれた。
賞金は論文100万円、著書150万円

毎年160件を超える応募から選ばれる。
受賞論文は全文がホームページに掲載され、論文集として全国の大学や税理士会に配布される。

受賞から取消しまでの時系列

経緯を時系列で整理する。

① 2024年3月25日 修士(法学)の学位を取得

② 2024年9月ごろ 租税資料館賞の入賞作品として選定

③ 2024年11月27日 リーガロイヤルホテル東京で授賞式。賞状と賞金を贈呈

④ 2024年12月16日 盗用元の著者本人から筑波大学に告発

⑤ 2025年4月22日 調査委員会が本調査を開始(約4か月半、141日間)

⑥ 2025年9月10日 調査終了。盗用を認定

⑦ 2026年2月18日 教育研究評議会が修士号と課程修了の取消しを決定

⑧ 2026年2月20日 筑波大学が公式に発表

授賞式からわずか1か月後に告発が行われている。
受賞論文はWeb上で全文公開されるため、盗用元の著者の目に触れたのだろう。

自分の研究の核心部分が、引用もなく別の論文に取り込まれている――。
告発に至った経緯として、これは自然な流れだ。

 

 

 

⚠️ 社会的影響への懸念

調査報告書は「告発対象論文が租税資料館受賞論文として令和6年12月から令和7年1月11日及び令和7年7月頃から令和7年8月18日にかけて一時的にではあるがWeb上で閲覧及びダウンロード可能であった」と記している。
この論文を引用した新たな研究が存在する恐れも否定されていない。

調査委員会には外部有識者として、東京大学の増井良啓教授(租税法)や立教大学の浅妻章如教授も加わった。
税法研究の第一線に立つ専門家が審査にあたっており、認定の信頼性は高い。

筑波大学は論文の取下げを勧告している。
租税資料館側がどう対応するかは、2026年2月21日時点で公表されていない。


 

 

 

筑波大で学位取消しが止まらない――近年の事例と研究倫理の課題

なぜ筑波大学でこうした事案が繰り返されるのか。
実は、2023年以降だけで少なくとも4件の学位取消しが公表されている。

公表年月 不正の種類 対象の研究群
2023年6月 盗用 ―(公式発表より)
2024年12月 盗用・捏造 人間総合科学学術院
2025年7月 盗用・捏造 人間総合科学研究群
2026年2月(今回) 盗用 ビジネス科学研究群

学術院や研究群はバラバラで、特定の分野に偏ってはいない。
文系・理系を問わず、修士課程全体に問題が及んでいる。

再発防止策は機能しているのか

学位取消しの概要書には、再発防止策として複数教員による論文指導体制の確立や外部委員の審査参画が掲げられている。

だが同じ趣旨の再発防止策は、過去の取消し時にも述べられてきた。
複数回にわたり同種の事案が起きている以上、策の実効性には疑問が残るのではないか。

 

 

 

SNSでも「提出前に指導教員は何をしていたのか」という声が上がっている。
とりわけ今回は社会人大学院生のケースだ。

仕事と並行して研究を進める環境では、指導教員と学生の接点がどうしても限られる。
研究作法を一から学ぶ機会も、フルタイムの院生より少なくなりがちだろう。

⚠️ ここからは推測です

社会人大学院の拡大に伴い、研究倫理教育が追いついていないという構造的な課題が背景にあるのではないか。
論文を書く技術だけでなく、「引用とは何か」「なぜ引用しなければならないのか」を根本から伝える仕組みが求められている。

筑波大学は「学位を授与する国立大学としての社会的責任を重く受け止め」ると表明した。
その言葉が形だけのものではないことを、今後の対応で示す必要がある。

 

 

 

まとめ

  • 筑波大の元大学院生の修士論文に盗用が認定され、修士号と課程修了が取り消された
  • 対象は重加算税の賦課要件に関する税法研究で、先行研究のオリジナリティまで無断使用されていた
  • この論文は第33回租税資料館賞の入賞作品。元大学院生は東京国税局の職員だった
  • 盗用元の著者本人が告発。受賞論文の全文公開が発覚の契機になったとみられる
  • 筑波大は2023年以降で少なくとも4件の学位取消しを公表しており、研究倫理の実効性が問われている

修士論文を書いた経験のある人なら、引用管理の煩雑さは身をもって知っているはずだ。
だからこそ、「うっかり」で済ませてよい範囲と、研究者として許されない一線がどこにあるのかを、この事案は明確に突きつけている。

よくある質問(FAQ)

Q1. 筑波大学で修士号が取り消された論文の内容は?

重加算税の賦課要件をテーマにした税法の修士論文。先行研究の文章が複数箇所で引用なく使われていた。

Q2. 盗用はどうやって発覚した?

盗用元の論文を書いた著者本人が筑波大学に告発した。租税資料館賞の受賞で論文が全文公開されたことが契機とみられる。

Q3. 租税資料館賞とはどんな賞?

税法研究の分野で最も権威ある賞のひとつ。毎年160件超の応募から選ばれ、賞金は論文100万円、著書150万円。

Q4. 元大学院生はどんな人?

東京国税局に勤務する社会人大学院生だった。租税資料館の事業報告書に著者名と所属が記されている。

Q5. 盗用と引用漏れの違いは?

引用漏れは形式的なミスだが、先行研究のオリジナリティにあたる核心部分まで無断使用した場合は悪質な盗用と認定される。

Q6. 学位が取り消されると就職先にも影響する?

修士号を条件に採用された場合、学歴の前提が崩れるため勤務先の対応が問われる。法的には個別判断となる。

Q7. 筑波大学では過去にも学位取消しがあった?

2023年以降だけで少なくとも4件の学位取消しが公表されている。分野も文系・理系と幅広い。

Q8. 租税資料館賞の受賞は取り消されるのか?

筑波大学は租税資料館に論文の取下げを勧告している。租税資料館側の対応は2026年2月時点で未公表。

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リアルタイムニュースNAVI 編集部

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