ほぼ自伝:「私を作った50冊」まとめ
先日、出版社の内定を得た後輩が、就職先から「自分を作った50冊をまとめてこい」という課題を出されたらしい。後輩からお前もやってみろと勧められ、面白そうだったので僕もやってみたところ、思った以上に自分の人生を振り返る形となり、非常に発見が多かった。
僕は小学生の頃から読書好きで、特に中学・高校生の時はまさに「本の虫」であった。で、改めて、自分に影響を受けた本を一冊ずつ考えてみると、「いかに自分の人生が本によって作られてきたか」というのを強く実感する機会となった。率直に感動しました。せっかくまとめを作ったのでnoteでも投稿してみることにする。
最初に断っておくと、長いです。文字数で言うと約4万字ある。修論か?? 50冊はさすがに多いし、その後輩からは1か月以上LINEを無視されているので、何か騙されたのかもしれない。
(追記:後輩とは無事に連絡が取れました。よかった。騙されてませんでした。)
実際に自分に影響を与えた本を振り返ったところ、単なる好きな本リストを超えて「ほぼ自伝」のような形となった。まだ27歳とはいえ、自伝が長くなければ嘘なので、そこは仕方ないと開き直り、50冊全てにコメントを付けて紹介していきます(正確には50冊というよりは、50作品。シリーズものはまとめて1つにカウントし、短編集の中の1短編も1作品としてカウントするようにした)。
今回は漫画無しで、小説と新書・学術書のみ。これを読めば僕という人間が分かるので、マッチングアプリのプロフィール欄にも書いておくようにします(しません)。
構成としては、人生のステージごとに章を分けつつ、影響度も5段階で記すようにした。影響度1だとちょっとイマイチなように見えるけど、ここにランクインしているだけで、自分の中ではかなり影響を受けた本ではある。そんなわけでよろしくお願いします。
改めて目次にして並べてみると、長すぎる、、、、
小学生編(2003~2010)
【どんな小学生だったか】
昔から音読が得意で、文章を読むことに抵抗のない子どもだった。小学校2年生のとき、教科書の「ふきのとう」を毎日家で音読していたところ、全文丸暗記することに成功し、先生をビビらせた記憶がある。
姉が二人いたことの影響も大きく、姉が買った本を読むということもよくしていた。読書好きではあったが、読書よりドッジボールの方が好きだったので、昼休みはひたすら体を動かしていた。この頃が一番陽キャだったと思う。誰でもモテ期が三度あるというが、僕の場合は年長、小四、小五だった。
1.ねずみくんのチョッキ シリーズ
影響度:★
記念すべき一作目はこちら。「ねずみくんのチョッキ」シリーズ。自身の原初の読書体験を思い出すとこれが思い浮かぶ。
読みやすかった上に、ちゃんとオチがあったのが面白かった。当時の小学校で「1人年間10冊以上本を借りましょう」というノルマがあり、「ねずみくんのチョッキ」シリーズで全部埋めた記憶がある。もっとも古い読書体験といえばこれである。
シリーズの中でも特に「ねずみくん ねずみくん」という話が好きだった。ねずみくんが体重計に乗っても、針が全く動かず、ほかの陰湿な動物たちからバカにされる。ただ、バカにしてきた動物の後に、それより重い動物がやって来て、さらに体重マウントを取ってくる。その繰り返しで話が進むのだが、最終的にゾウが登場する。ゾウが体重計に乗ると、針がほぼ一周し、もうこいつより重い奴いないだろとなるのだが、その後にねずみくんが体重計に乗ったことで、ゾウがビビり始める。ねずみ君は軽すぎて針が動いていないのに、ゾウは勘違いして、「逆にこいつは針が一周するほど重い」と、ねずみ君を褒め称える。当時、これが衝撃的だった。いろんなポップな動物が出てきて、徐々に体重計の針が周っていき、最後にもう一回ねずみくんが乗ることでオチがつくという、その構成が面白かった。この本で「オチ」という概念を学んだかもしれない。
内容が平和でかわいいし、もし自分に子供ができてもおすすめしたい一冊である。来世の話になるかもしれないが……
2.怪談レストラン シリーズ
影響度:★★
みんなご存知「怪談レストラン」シリーズ。小学校4年生ぐらいの時にめちゃくちゃハマった。シリーズはほぼ全部読んだ気がする。この辺は姉の影響が大きく、2人で本を分担して買ったりしていたのであった。
怪談自体も面白かったのだが、どちらかというと、姉や同級生との話題のタネになったのが大きかった。学校で「○○レストラン読んだ!?」という会話を永遠にしていた。あの頃は楽しすぎたな……. 当時の図書室でも絶対誰かに借りられており、時代の覇権を握った伝説的な児童文学だと思う。現代の子供たちにもぜひ勧めたいですね。
前にもnoteで書いたけど、「謎のメールレストラン」のオチが一番好きだったかな。あとアニメもよかったね。
3.グースバンプス シリーズ
影響度:★★
小学校5, 6年生ぐらいの時に、めちゃくちゃハマった海外の児童ホラー文学。新刊ということで図書室の司書さんが全部揃えてくれていた。日本の怪談と違って、マッドサイエンティストが出てきたり腹話術人形が襲ってきたりなど、海外特有の雰囲気があって好きだった。
あと、日本の児童向け怪談はだいたい短編集になのだが、この本は1冊200ページぐらいあった。ここから「長い一つの話を読み切る」という経験を得たと思う。
内容は本当に子供向けなんだけれど、少年文学らしい「友情」「勇気」なども感じられてよかった。ただ、めちゃくちゃ嫌な話もあり、前にもnoteで紹介したことがあるのだが、「鳩時計が鳴く夜」という巻が最悪でよかった。
妹がひたすら嫌がらせをしてくるのだが、親は妹を溺愛しており、何をされても絶対に兄の自分が悪いということにされてしまう。そんな日々に嫌気がさしていたころ、家にある鳩時計を触ったら、なぜかタイムスリップの旅に強制送還されてしまう。なんとか現代に戻ろうと奮闘し、最終頑張って戻ってくるのだが、いろいろあって「妹の存在が抹消された世界線」に帰ってきてしまう。普通のお兄ちゃんであれば、妹を取り戻すためにもう一度タイムスリップに挑むかもしれないが、この主人公はそうではない。「うん、そうしなきゃだよな、そうだね、きっと、いつか、多分――」と言って幕を閉じる。これがいいんだよな、、、
…… …… …… …… …… ……
以上、小学生編でした。
小学生の時は読書好きだったけど、結局怪談本ばかり読んでいた。小説の文庫本とかは手を出したことがなかったな…… 怪談で言うと、「妹が大事にしていたうさぎのぬいぐるみを焼却炉で燃やしたら、そいつがひたすら追ってくる」という話が怖すぎてよく覚えているんだけど、検索しても見つからなかった。あの時の思い出はネット検索でも見つけにくくなっているので、今の小学生たちは、読んだ本はスマホで記録してOneDriveなどに上げておくといいですよ。
次は中学生編です。
…… …… …… …… …… ……
中学生編(2010~2013)
捻くれ少年が中学生になり、さらに捻くれるようになった。小学生の時は「文庫本をまるまる一冊読む」という経験はなかったが、中学生になると、小説にドハマりし、いろんな文庫本を買って読みまくっていた。新潮文庫・集英社文庫・角川文庫あたりが、夏になるとちっちゃい冊子で100冊ぐらい紹介してくれるのが好きだった。中学では読書仲間ができたことも大きく、読書熱が加速していった。
また、中学進学時は、それまでと大きく環境が変わったことで、極度の人見知りも発症してしまった。昼休みもみんなで遊ぶということをしなくなり、ひたすら自席で読書人間になった。授業中も退屈なので、隠れて本を読んでいた記憶がある。この頃は、携帯を買ってもらえるのは高校生になってからという世代だったので、読書が一番の娯楽だったのかもしれない。単純に「読んでて楽しい」小説をよく読んでいた。
4.山田悠介「リアル鬼ごっこ」
影響度:★
中学生になって最初に読んだのが、山田悠介の「リアル鬼ごっこ」だった。地元の中学でめちゃくちゃ流行っていた。この本を読んでいるかどうかで会話に入れたり入れなかったりしたので、とにかく地元だと影響力が大きかった。学校の図書室でも町の図書館でも常に借りられていて、入手するのに苦労した記憶がある。世間的にもかなり流行ったので、同世代ならみんな知ってるかもしれないが、今の若い世代はどうなんだろう……. 同じころに携帯小説で流行った「王様ゲーム」とかも知らないですかね。
今思うと荒唐無稽な話なのだが、当時、このように人が無惨に殺されるという小説が新鮮だった。「そんなことしていいんだ」というスリルがあり、読んでいて単純に楽しかったと思う。
この作品から入門して、中一の時はとにかく山田悠介作品を読んでいたのであった。クラスに山田悠介の本を貸してくれる読書仲間友人がいたのも大きかった。
個人的に一番良かったのは「ドアD」かな…… 設定に凝ったところがなくて、とにかく人が死にまくるというだけの話なんだけれど、当時は「小説でそれを読む」というのが非常に新鮮な体験だったのだと思う。
今調べると、「リアル鬼ごっこ」は山田悠介の自費出版だったらしい。自費出版で200万部売れているのだからマジですごい。今でこそ、山田悠介は色々アレだったという感じはあるのだが、当時は間違いなく僕の読書体験を形作った一冊だった。ここが入り口となって、その後いろんな小説にハマっていくことになるのである。
5.伊坂幸太郎「オーデュボンの祈り」
影響度:★★★
山田悠介の本をやたら勧めてくれた友人が、中二ぐらいの時に唐突に「この本が面白い」と言って貸してくれた本。伊坂幸太郎のデビュー作である。
最初はなんだこれという感じだったけど、読み進めるごとにハマっていき、終わるころにはめちゃくちゃ好きな作品になっていた。特に「桜」という強烈なキャラクターと、伏線回収の見事さが本当によかった。「こんな面白い小説があるのか!!!!!!!」と感激し、ここから伊坂幸太郎作品にハマっていったのである。今でもこの本を読んだ時の衝撃は忘れない。最初に読んだというのもあって、伊坂幸太郎の中ではかなり好きな作品である。
6.伊坂幸太郎「重力ピエロ」
影響度:★★★★
同じく伊坂作品からもう一冊。伊坂幸太郎作品は、2010年ぐらいまでに出版されたものは全部読んだのだが、その中でも特に好きだったのが「重力ピエロ」だった。強姦によって生まれた子供と、その兄と父の話という、何とも重いテーマなのだが、この重すぎるテーマをできるだけ軽やかに語るというのがすごくよかった。
この作品はいいですよね、、、 当時、人が死んだり何か悪いことが起こったという時は、それはもう悲劇として描写するしかないと思っていたけれど、この作品では「重いテーマこそ軽やかに書く」ということがされていて、そこがすごく印象的である。「重力に逆らうピエロが笑っているのと同じ」 というセリフもよかった。もちろん、どうしようもなく重いところは重いままなのだが、それでもできるだけ、家族の温かさや人間のいい部分を見せてくれるのがよかった。中学生男児ながら、当時はこの作品を読んでめちゃくちゃ泣いた。伏線回収も見事で、今でもすごく好きな作品である。言わなくていいことを言うと、映画は微妙だったかな。
7.重松清「ナイフ」
影響度:★★★
伊坂作品を一通り読んだ後、学校の図書室でふと目に止まったのが、重松清「ナイフ」だった。この時は中2だったはず。本の裏面のあらすじが印象的で、
「悪いんだけど、死んでくれない?」ある日突然、クラスメイト全員が敵になる――
と書かれていた。怖すぎる。これに惹かれて手に取った記憶がある。
最初、いじめの話だとはあまり覚悟しておらず、「お、ナイフを持って戦うんか?」ぐらいに思っていた(呑気すぎる)。で、読んでみたところ、いじめの描写があまりにも壮絶すぎて、当時、本当に落ち込んだのだった。特に「キャッチボール日和」が壮絶すぎるんだよな。
全5話の短編集なのだが、表題の「ナイフ」が特に好きだった。主人公は中年男性で、自分の身長の低さにコンプレックスを抱えている。そしてその息子も背が低いために学校でいじめられている。で、我が子を守るために、父はナイフを握りしめ、いじめっ子たちの前に立つけれど、結局何もできずに敵前逃亡するのである。そこで話が終わってしまい、何も状況が解決しいないため、当時は「それでいいの!?」と感じたものである。
ただ、なんというか、物語というのは必ずしも問題が解決して終わるのではなく、「何も解決してないのだけれど、それでも日常は続く」という終わり方もあるのだな~~ということをこの本で学んだ気がする。それまでの伊坂作品はエンタメ性が強く、物語として最後はちゃんときれいに終わっていた。それに対して重松清の小説からは、もう少し「人間ドラマ」というのを楽しめるようになっていったと思う。
あと、このころから印象に残った一節をメモしておく癖がついており、手元にそのメモ帳があるので、当時良いと思った一節についても載せていきます(作品によってあったりなかったり)。
私は、まだ「真司」という名前すらない我が子を見つめながら、ただひとつのことを祈った。 生きることに絶望するような悲しみや苦しみには、決して出会わないように。 甘い父親だと笑われても、我が子に望むものはそれ以外に思いつかなかった。
8.重松清「エイジ」
影響度:★★★★★
「ナイフ」以降、重松清熱がやってきて、重松清の作品はだいぶ読んだ。その中でも「エイジ」は別格によくて、おそらく中学時代に最も影響を受けた一冊である。
あらすじとしては、通行人をいきなり殴る通り魔が街で話題となっており、誰がそんなことをするんだよと思っていたら、実は同じクラスの同級生が犯人だったというもの。中学生のエイジは、自分の中にも暴力衝動があることを感じており、大人しいと思っていた同級生が通り魔を働いていたことで、自分と「そっち側」の区別が段々付かなくなっていく。もしかしたら自分も、何かのきっかけがあれば通行人を殴っていたのではないか、自分とあいつの違いはどこにあるんだということに悶々と悩むという話。
思春期特有の、何とは言えない苛立ちと、実際に一線を超えてしまった人間が近くに現れたことで、徐々に主人公の心のバランスが崩れていくという描写が良かった。特に、エイジがかなり真面目な性格で、家庭環境もよいのだが、全てを台無しにするような衝動も抱えているというのが、自分に重ねるところが多かった。あと恋愛がうまくいっていないところもっすね、、、 特段、何かが悪いというわけではないのだが、どこかでピースがうまくハマっていないような箇所があって、そのせいで全てをぶち壊したくなるという、そういう衝動が当時は共感できたな、、、「大人にも同級生にも分かってもらえない」という感覚が強く表現されていてよかった。
中学生の僕からしたらバイブルのような小説であり、何回も読み返した記憶がある。大人になった今となっては、この小説の魅力をうまく説明するのが難しいのだが、思春期の頃に読めて本当に良かった一冊だと思う。
タカやん、オレはもう、ここまでおまえと同じになった。だから、だいじょうぶ、オレはおまえじゃない。
9.辻村深月「僕のメジャースプーン」
影響度:★
多分中3の時に読んだ。この時期、講談社の文庫本でムーミンフェアをやっており、「講談社の本を10冊買うとムーミンのブックカバーがもらえる」という特典があった。当時、ムーミンのブックカバーが欲しくて、町の本屋で講談社の本を買いまくっていたのであった。
その中で、辻村深月の「こおりのクジラ」と出会い、そこから辻村深月作品にハマっていった。「冷たい校舎の時は止まる」「子供たちは夜と遊ぶ」「名前探しの放課後」などいろいろ読んだが、一番好きなのは「ぼくのメジャースプーン」かな。これ面白かったねー。
あらすじとしては、小学校で飼育していたうさぎが、大学生に面白半分で惨殺されて、その世話をしていた幼馴染がショックで口がきけなくなるというもの。主人公は小学生ながら、その大学生に対して復讐の方法を考える。
特に印象に残っているシーンが2つあって、一つは、主人公が「サンタは実在する」と言い張ったところ、クラスの人間から論破されて、惨めな思いをしていたところに、幼馴染が励ましに来てくれたというシーン。もう一つが、犯人への復讐方法を何度も何度も真剣に考えて、いざ実際にその男と面会したら、犯人は何も反省しておらずガムを噛んでいたというシーン。2つの温度差がすごい。
この小説、いいっすよね。辻村作品だと、他には「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」も好きだったかな。「かがみの孤城」あたりから未読なんだよなー。
10.田中和明「13階段」
影響度:★★
これも講談社文庫を読みまくっていた時期に読んだ。この小説、本当に信じられないぐらい面白かった。ジャンルとしてはミステリで、殺人で服役していた男が出所して、償いも兼ねて今度は死刑囚の冤罪を晴らすために奔走するというもの。これが本当に骨太のミステリで、謎が謎を呼ぶ展開が続き、かつ「死刑制度とは何なのか」「本当に裁かれる人間は誰なのか」という、司法制度への疑問も投げかけていて面白かった。
この当時、小説は「面白いから読むもの」であり、こういうエンタメ性のある小説が好きだった。こういうところから読書の楽しさを学んでいたと思う。同じ作者の「グレイヴ・ディッガー」も好きですよ。
11.森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」
影響度:★
これも中3の時に読んだ。町の本屋に行ったら、「大学生に最も人気の本」と平積みされていて、表紙がおしゃれなので買った記憶がある。
読んでみたら、これがもうほんとーーに、めちゃくちゃ面白かった。ユーモラスな文体の小説というのに触れたのは、森見登美彦が初めてだったかもしれない。小説はストーリーは面白いけど、やっぱり読むことのハードルは高いという認識だったのに、読むこと自体がこんなに面白い文章があっていいんだということを初めて知った。面白過ぎて同級生にも勧めてたけど、誰も読んでくれなくて悲しかった。
このあと、「太陽の塔」「四畳半神話大系」「きつねのはなし」とかも読んで、当時出版されていた森見登美彦作品はだいたい読んだ気がする。すごく面白くて確かにハマったのだが、やっぱりなんだかんだ、重松清とかの人間ドラマの方が好きだった記憶はある。でもかなり好きな作品ではあります。
12.京極夏彦「厭な小説」
影響度:★
出ました、京極夏彦。しかしこれを選ぶかね。この本は高校受験が終わった中3の春休みに読んだ記憶がある。町の本屋で見かけて、表紙に衝撃を受けて立ち読みしたところ、いきなり最悪な話で、逆に読む手が止まらなかった。めちゃくちゃ厭な気持になり、買わずに本屋を離れたのだが、どうも忘れられずその後に買ってしまった。これが京極夏彦との出会いである。
京極夏彦も、僕の青春の1ページだな、、、 文体が独特で、なんかページをめくる手がさくさく進むんですよね。あと、京極夏彦のいいところは、読んでいると、自分の思考を京極夏彦の文体に乗っ取られるところである。本から目を離しても、京極夏彦の文体で思考してしまい、「京極夏彦を読んでいるなー」という気分になれる。
この本で衝撃を受けて、このあとしばらく京極夏彦にハマっていった。「厭な小説」の中だと「知らないジジイの介護をさせられる話」が好きだったかな。改めて考えると厭すぎる。
13.京極夏彦「魍魎の匣」
影響度:★
そんなわけで京極夏彦2作目。殴って人が殺せるともっぱらの凶器本、「魍魎の匣」。1,060ページもあるのだが、これも高校進学時の春休みに読んだ。面白かったけどやっぱり読み切るのは大変でしたね。
このシリーズで言うと、ほかにも「姑獲鳥の夏」「絡新婦の理」も読んだのだが、一番面白かったのはやっぱり魍魎の匣かなー。当時、精神分析とか全く知らなかったので、無意識の概念とか小難しい話がたくさん出てきたのが逆に良かった。
あと、この本については一つ印象深い思い出がある。高校に合格した時、入学までの春休みの宿題として、「好きな本を選んで紹介文を書く」というのがあった。入学前のこの時期、ここで一発かましてやろうと思い、この「魍魎の匣」を選んで、1,000ページ以上ある小説を読んできたやつがいたらビビるだろうと思ったのだが、結果、誰もビビることはなく特に注目もされなかった。イタい想い出。
京極夏彦はこれ以外にも、「覗き小平治」「嗤う伊右衛門」「死ねばいいのに」あたりが結構好きです。
…… …… …… …… …… ……
以上、中学生編でした。中学生の時は、「エンタメとしての小説の面白さに目覚めた」という時期だったと思う。きっかけは山田悠介だったけれど、そこを入り口として伊坂幸太郎へとハマっていき、辻村美月・森見登美彦などを楽しんでいたと思う。
当時は何より、読んでいて楽しいとうのが読書の原動力だった。田舎だったし、スマホもないし、授業は全く面白くないしで、とにかく刺激に飢えていたのだと思う。周りは読書を敬遠している人が多かったが、なぜこんなに面白いものを無視できるのかと不思議だった。そういうのもあって、読書を通じて「物語の世界を楽しめる」というのが、当時の僕には大きかった。
あと、「重力ピエロ」や重松清の本で、普通にボロ泣きしていたのだが、今思うと感受性の強い男子中学生っすね…… 読書キャラと言うとクールな印象がありがちだが、僕の場合は普通にボロ泣きとかしていた。割といろんなことに影響を受けやすい子供だったのだと思う。
この後の高校時代編になると、あまりエンタメ系小説を読まず、代わりに「小説に表れる人間性」みたいなものを重視するようになる。小説というよりは文学好きになっていったと言えるかもしれない。ただ、そのための礎は、ちゃんと中学時代に築かれていたのなーと思う。
…… …… …… …… …… ……
高校生編(2013~2016)
受験を頑張って、県内2~3番目ぐらいの自称進学校に入学したのだが、環境の変化で人見知りが加速してしまい、ガチのコミュ障になってしまった。クラスにろくに友達ができず、教室という空間で誰かと会話するということが一切できなくなってしまった。登校から下校まで一言も発さない日も珍しくなかった。
昼休みはずっと読書していたが、たまにトイレなどに行って戻ってくると、クラスの人間が自分の席を占領して雑談していることがあった。そういうときは、学校で一番冷たい冷水機はどこかを探す旅に出たりしていた。
小説もたくさん読み、この時から太宰治や坂口安吾などの昭和文学をよく読むようになった。読書の傾向が渋くなっていきましたね。あと、大学受験で小論文や面接があったため、新書や学術書も読むようになった。エンタメ小説好きを抜け出して、もう少し硬派な本を読むようになった時期である。
14.向田邦子「思い出トランプ」
影響度:★★★★
高1の時に母親の影響で読んだ小説。母親も小説や漫画の好きな人で、アガサ・クリスティーや萩尾望都を愛していた。海外ドラマの「LOST」「Dr.HOUSE」も母と一緒に観ていたな。母からの影響、深し。これはそんな母の愛読書であり、直木賞作家というのもあって勧められるがままに読んだ。
そしてこの小説、めちゃくちゃ面白かった。本当に好き、、、13の短編から構成されているのだが、1話あたり約15ページでかなり短い。ただ、この15ページの中にいろんな人間模様が凝縮して詰まっており本当にすごい。たった15ページなのに、読んだ後、若干放心状態になるのである。今読んでも新鮮に感動できる、すごい小説である。
全編通して、人間の弱さや狡さ、薄暗さにフォーカスしていて、そこがよかった。他人を騙したことの罪悪感をずっと抱えていたり、猜疑心によって勝手に疑心暗鬼になっていたりと、そういった心の弱さから表れる人間模様が本当によい。
特に好きな話は「だらだら坂」かな..... 終わり際に、初めて夕焼けの街を見下ろすシーンがすごく好き。いや、「はめ殺し窓」もめちゃくちゃいいな。自分も父と同じく母親に惚れていたのだという……. あと「酸っぱい家族」も捨てがたいし、「大根の月」の希望の見える終わり方もいいんだよな……
本当に好きな小説で、死ぬ時までずっと手元に置いておきたい一冊である。皆さんにもおすすめです。
15.坂口安吾「不良少年とキリスト」
影響度:★★★
坂口安吾!! ここから昭和文学編に入っていく。これを読んだのは高2の時かな…... 受験勉強が本格化し始めた時期だった記憶がある。
模試で解いた問題の中に、「焼跡のイエス」という小説があった。これは戦後の闇市で見かけた少年に、イエスキリストの姿を見出すという話なのだが、読んでからしばらく印象に残り、何週間か後にもう一度読みたくなった。ただ、当時はネットで調べてもこの小説のタイトルが分からず、ついに見つけることができなかった。今になって改めてネット検索したことでようやく「焼跡のイエス」という小説であることが分かった。
で、当時「戦後 少年 キリスト」などで検索した際に、代わりにヒットしたのがこの坂口安吾の「不良少年とキリスト」だった。坂口安吾は僕の地元の新潟出身で、学校帰りに毎日のように通っていた図書館でも専用のスペースが組まれたりしていた。そういうこともあって、「この小説じゃねえんだけどな」と思いながらも、坂口安吾の本を手に取ってみたのである。
「不良少年とキリスト」は、内容としては太宰治評で、安吾が太宰の死を受けて寄せた文章である。当時は太宰治を読んだことがなかったので、何のことかよく分からなかった。ただ、やたら文章がよいのである。
冒頭、謎にずっと「歯が痛い」という話をしているのだが、その文章がなんかよい。
歯痛をこらえて、ニッコリ、笑う。ニッコリ笑って、人を斬る。黙って坐れば、ピタリと、治る。オタスケじいさんだ。なるほど、信者が集る筈だ。
どゆこと?
本題としては、「太宰はM・Cになりたかったが、なれなかった」ということが書かれている。M・Cというのは「マイ・コメディアン」の略で、太宰は本当はもっと喜劇が書きたかったはずなのに、それができなくて、「人間失格」のような悲惨な小説を書いていたということが言われている。太宰を知っているわけではなかったが、「自殺せずにもっと喜劇が書けていればよかった」という指摘には、当時いろいろと響くものがあった。僕も暗い現実を生きていたいので……
ここを入り口として、坂口安吾、太宰治にハマっていくことになる。何がよかったのかと言えば、「自殺の否定」という信念があったところかもしれない。当時の僕の高校生活はまあ悲惨なもので、青春とは対局の位置にあり、何のために生きているのかというのがよくわからなかった。高校生活という空間が自分と合わな過ぎて、この時期はいろいろツラかった。
そういう時に、坂口安吾のように、「ドロドロの頽廃した状態から始まって、そこから少しでも光を目指す」という姿勢に出会えたのは大きかったと思う。坂口安吾は堕落論とかもそうだけど、「一度最悪な状態を経験してから、そこからもう一度希望へ向かう」というテーマがあった。「不良少年とキリスト」も、明確に自殺を否定して、できるだけ生き抜けというメッセージがあるのがよかった。僕はやっぱり単純なので、こういうメッセージに率直に力をもらえていたのだと思う。
16.坂口安吾「外套と青空」
影響度:★★
坂口安吾の中でも特に好きだった小説が、「外套と青空」である。新潮文庫の「白痴」に収録されている短編。この話はいいね、、、
内容としては、友人の妻を寝取って、ひたすら肉慾に溺れるという、割とどうしようもない話。なのだが、この「自らの性欲を隠さずに吐露する」という描写がよかった。性欲ではなく「肉慾」という言葉が使われているところも良い。醜さをあえて表に出すというのが好きだった。
高校時代のコンプレックスとして、ガチで恋愛が一つもうまくいかなかったことがある。恋愛面に関しては希望の欠片すらなかった。教室で一言も発せないような人間なので、まあ当然ではあるのだが、それでも人並みに彼女欲しいという感情は持っていたし、好きな人とかもいたのであった。そういう感情はあるくせに、何一つうまくいかなくて、「自分に人並みの恋愛をする資格はない」と自覚した瞬間は結構悲しかった。
で、明るい恋愛は絶対に訪れないものだったが、暗い性欲は確かに自分の中にあるものだったので、そういうところを包み隠さずに描く小説にハマっていった。「こういう醜い感情を持っていてもいい」「そういう生き方もある」ということを、励ましのように伝えてもらえていたと思う。
ちなみに、「外套と青空」は、友人の妻と二人っきりになったときに、相手が外套(コート)を羽織りだしたので、もう帰っちゃうのかなと思ったら、そこから急に事に及ぶという謎展開がある。行為の最中も、女は外套を脱がず、男はその外套にずっと想いを馳せることになる。このよくわからない感じが好きだった。最後はこの女から離れ、少しでも前向きなところが見えるのもよい。
低俗な魂への憎しみが高まっていた。暗闇を這いずるような低い情痴と心の高まる何物もない女への否定が溢れ、その暗闇を逃れでた爽やかさが大気に満ちて感じられた。
17.坂口安吾「風博士」
影響度:★★★
安吾からもう一冊だけ。安吾の小説は、確かに暗い肉慾の話も多いのだが、単に読んでいて楽しいものもたくさんあった。個人的にその代表格は「風博士」。これは短くてサッと読めるし好きだった。
安吾は「不良少年とキリスト」で、太宰のことを「喜劇を書きたかったのに書けなかった」と評していた。その点、安吾の「風博士」は真っ向から100%喜劇である。こういうふざけた小説も好きだった。
書いていて思い出したが、「風博士」では、博士が風のように消えるシーンがある。その時の博士のセリフが「TATATATATAH!」である。実は僕のnoteのハンドルネーム「たたたたた」はここから取っている。風博士リスペクトだったのだった。久しぶりに思い出した。そういう点でも影響を受けている一冊である。安吾だと他には「暗号」とかも好きだったなー。
然り風である風である風である。
18.太宰治「斜陽」
影響度:★★★★★
ここで満を持しての太宰治「斜陽」。これは人生で最も影響を受けた小説かもしれない。高3の夏ぐらいに読んだが、読み終わったときは本当に涙が止まらなかったですね。すごく好きな作品である。
何がそんなに良かったのかと言えば、「時代や世の中に自分を否定されながらも、それに抗って懸命に生きていく」という姿勢が描かれていたことだと思う。「斜陽」は戦後の没落貴族を描いた話で、生きる術もままならぬままに堕ちていく姉と弟を描いた作品である。世の中に必要とされない存在となりながらも、自分で見つけた生きる意味を追及し、そのために戦うというところがよかった。
僕の高校時代については、日常的に精神状態がかなり悪く、いじめとかはまったくなかったのだが、代わりに「誰からも必要とされていない」という間隔が強くあった。クラスに友達もおらず、異性とも一切交流がなく、はっきりと「いなくていい存在」だったのが当時はしんどかった。かといって存在を消しきれるわけでもなく、きょどったりコミュ障を発揮したりすると、しっかりと周りの注目を集めるというのも最悪だった。気の合う友人もあまりできず、常に周りの視線に怯えながら生きていたと思う。今だったらあまり気にしないというか、もっと伸び伸びと過ごせると思うのだが、やはり「高校」という空間は特殊でしたね。当時は日々、自分の惨めさがすごかった。
そんな中で出会ったのが太宰治で、太宰作品で描かれる惨めさについては、個人的に共感できるところが多かった。「斜陽」で言うと、直治の日記とかよかったですね。単に世の中に対して絶望しているのではなくて、どこかで生きることへの希望を捨てきれないところとか、誰かに愛されることを諦めきれないところとか、世の中に対して以上に自分自身への失望が勝っているところとか、そういうところがすごくストレートに刺さった。
とにかくね、生きているのだからね、インチキをやっているに違いないのさ。
↑これ好き。
生きているのが、悲しくて仕様がないんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気臭い、嘆きのため息が四方の壁から聞こえている時、自分たちだけの幸福なんてあるはずはないじゃないか。自分の光栄も幸福も、生きているうちには決してないとわかった時、ひとは、どんな気持ちになるものかね。
↑これもかなり好きだった。
「斜陽」のいいところは、そういった絶望だけで終わっていないところである。どれだけ自分を否定されても、それに抗って生きていく姿勢がよかった。人生とはどこまでも戦いで、生きるために戦い続けるとか、世の中に対して革命を起こすのだとか、そういう姿勢に率直に元気をもらえていたのである。とにもかくにも、生きることの前向きさをこの小説からもらえたと思う。太宰は「人間失格」の方が読まれているような気がするけど、僕としては断然「斜陽」の方が好きですね。本当にいい作品です。まだ読んだことない人はぜひ。
私生児と、その母。
けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。
19.太宰治「駆け込み訴え」
影響度:★★★
もう少しだけ太宰を続けると、他に好きなのでは「駆け込み訴え」がある。イエス・キリストを銀貨30枚で売った、裏切り者のユダが主人公の小説。読んだ当初はそうでもなかったけど、年を経るに連れてどんどん好きになった作品である。
キリストを裏切ったユダの独白で話が進むのだが、「自尊心の低さ」というのが根本にあるテーマだと思う。ユダは有能で、裏からイエスを支えていたのだが、イエスからは不当に低い評価を与えられており、まったく認めてもらえなかった。それどころか、卑しい奴扱いされるぐらいである。誰よりもイエスを愛し、誰よりもイエスを支えたはずなのに、当の本人からは見下されているという悲しい男の話で、そこが好きだった。
これもやっぱり惨めさとか、卑屈さの話ですよね。イエスを裏切ったユダが、彼を愛し、彼の役に立っていたにも拘らず、全く愛されなかったことをずっと嘆いているのがよかった。「本来対等なはずなのに、なぜか対等に扱われないことに傷つく」というのはすごくよく分かる。こういう物語を書ける太宰はやっぱりすごいな~と思う。
私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立ってみせます。
20.太宰治「葉」
影響度:★★★★
太宰ラストは、角川文庫「晩年」に収録の「葉」ということで。これは小説というか、散文である。確か、太宰がバラバラに破いた原稿から言葉を拾い集めたものだったはず。
「死のうと思っていた」という出だしから始まり、ずっと薄暗いことが書かれ続けるのだが、それでも最後は「どうにか、なる」で締めくくられる。そういうところが本当に好きだった。
太宰は他だと、「葉桜と魔笛」「桜桃」「猿ヶ島」「猿面冠者」とか好きだったかな…… 暗さと明るさのバランスがよくて、僕の人生を通してもとにかく影響を受けた作家である。もしこれから太宰に入門するという方は、上でもリンクを貼った文春文庫の本がおすすめです。
一のプロレタリアアトへの貢献、それで沢山。その一が尊いのだ。その一だけの為に僕たちは生きていかなければならないのだ。そうしてそれが立派にプラスの生活だ。
21.織田作之助「青春の逆説」
影響度:★
織田作之助からも一冊。太宰治と織田作之助はイケメンのモテ男だったんですよね。そこがちょっと気に入らなかったけど、「青春の逆説」は面白かったですね。
織田作之助の小説は、登場人物の視点の移り変わりが激しくて、異常なテンポで進むのが面白い。もし僕が小説を書くとなったら、織田作之助の文体をかなり真似ると思う。「読んでいて楽しい小説」というのはやっぱり良いなと思った。
よし、どうあっても自尊心の傷を回復しなければならぬ!
22.ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』
影響度:★★
高3の春ぐらいに読んでハマった学術書。
当時は心理学に興味があったので、市の図書館に行って、たまに心理学の棚をブラブラしていた。その時に見かけて手に取ったのがこの本。ジョン・H・カートライト「進化心理学入門」。ふと見かけて読んでみた本だったが、これが異常に面白かった。
内容としては、進化論の観点から人間の心理のメカニズムを紐解くというものなのだが、例えば次のようなことが書かれている。「美人と評される顔を分析したところ、左右対称の傾向が見てとれた」「左右対称な顔というのは、『感染症に侵されていない』ということの証左である」「我々の祖先は、健康なパートナーを選ぶ際にそうした顔を重視した」「だから今の我々は、左右対称の顔を美人で好ましいと評価する傾向にある」などなど。
今読むと「こじつけでは?」と感じるところもあるだろうが、当時はとにかく「はえ~~~~」と思い、時間を忘れて読んでいた。美の基準だとか恋愛感情の理由だとか、そういったあくまで「主観でしかないもの」「感じるしかないもの」に対して、合理的な説明が付けられるのが面白かった。
この本をきっかけに、進化心理学の議論にどんどんハマっていった。受験で何の役にも立たないので、当時としても自殺行為だな~と思いながら読んでいたものである。これもやっぱり、当時の自分の恋愛が1mmもうまくいっていなかったことが影響しているとは思う。オスとしてどうなのかとか、そもそもなぜこんな自分でも、他人のことを好きになってしまうのか(うまくいくわけではないのに)という悩みが確かにあった。ただ、それを抜きにしても、純粋に話が面白くてハマったというのはある。
23.デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい: ヒトの性行動の進化』
影響度:★★
これも進化心理学の分野で、市の図書館にあったので借りて読んだ本。今更だが、市の図書館というのは新潟市立中央図書館「ほんぽーと」のことです。高校時代、毎日のように通っていた。
閑話休題。この本もかなり面白かったっすねー。男性は女性の何に魅力を感じ、女性は男性のどこに惹かれ、そしてそれは進化論的にどう説明がつくのかという内容だったのが、やっぱり現実の恋愛可能性がない分、こういう本にハマれたと思う。
この本によって、初めてハードカバーの学術書を読み切るという体験をしたのであった。しかも翻訳本。ただ、この手の学術書の場合、海外の著者の方が面白くかつ読みやすく文章を書いてくれていると思う。後に紹介するマイケル・サンデルもそうなのだが、海外の学者の方が、話がうまくて読み物として面白いんですよね。日本の学術書が敷居高すぎるのもある。
24.斎藤環『心理学化する社会: なぜ、トラウマと癒しが求められるのか』
影響度:★★★
心理学コーナー3連続。これも市の図書館で出会った本で、初の斎藤環の本だった。斎藤環は精神科医なのだが、サブカル系の著作が多く、メディアにもよく出ているので知っている人も多いかもしれない。この人も初学者向けの文章がめちゃくちゃうまいと思う。
これはタイトルに惹かれて手に取ったのだが、映画批評を軸に社会の「心理学化」を指摘する本だった。社会の心理学化とは、主にトラウマに対する癒しのことを指していて、この社会のみんなが「トラウマ」と「癒し」を求めているという話だったと思う。現代人は「何でもない自分」というのが受け入れられなくて、あえてトラウマを作ろうとする。漫画とかでも、悪役の悲しい過去が語られたら、そのキャラクターに厚みが出るのと同じことで、とにかく現代人はトラウマを求める。本来トラウマは避けられるべきものなのに、逆にそれが求められるというのが面白かった。
この本からは映画批評的な意味で影響を受けた。例えば本書では、「羊たちの沈黙」について、主人公がかつて羊を救えなかったというトラウマを連続殺人の解決という形で乗り越える話であると解説されていた。「グッドウィル・ハンティング」なんかも、まさしくトラウマと癒しの話であるとのこと。例を挙げると枚挙に暇がないが、とにかく現代の映画は「トラウマ」と「その克服」という構図で作られている。「現在のハリウッド映画はトラウマとその癒し無しにはあり得ない」ということが書かれていて、その視点がすごいなと思った。
当時も文化的な母親の影響でよく映画を観ていたが、こんな風に映画を観たことがなかった。当時は「面白い/面白くない」「感動した/しなかった」ぐらいの感想しか持っておらず、そんな分析の仕方があるのか!! と衝撃を受けた。本書に触れたことで映画や漫画の見方の幅が広がったと思う。例えば、今やってる鬼滅についても、猗窩座の話なんかはまさにトラウマとその克服ですよね。そんなわけで、作品に対して新たな切り口を得られたのが新鮮でした。
25.斎藤環『生き延びるためのラカン』
影響度:★
2連続の斎藤環。上記『心理学化する社会』が面白かったので手に取ったけど、完全に「はあ~~~~~~~~~~??????」だった。意味不明だった。ほんとごめん。これを読んだときは高3の秋ぐらいだったけど、ガチでこんなの読んでる場合じゃなかった。受験に集中しなさい。
内容としては、精神分析家のジャック・ラカンの理論を初心者向けに解説したもの。なのだが、意味が分からなさ過ぎて発狂しそうになった。壁にぶん投げた記憶がある。象徴界・現実界・創造界とか、シニフィアンとシニフィエとか、当時本当に意味不明だった。これはもうだめだ……と挫折しそうになったが、気合で最後まで読んだのは偉いですね。
読んだ当時は本当に意味が分からなかったけど、なんというか、『心理学化する社会』と同じく、このラカン的な発想で漫画とか映画を観ると別の角度から分析できて面白いと感じた記憶はある。フロイトの父親殺しとか去勢もそうだが、科学的にどうこうとかよりも、「知っておくと分析の角度が一つ増える」というのが面白いですね。
あと、大学時代に仲良くなった友人が、哲学科でジジェクをやっており、この本を読んでいたおかげで話が通じたというのはあった。高校生にとってはめちゃくちゃ難解な本で、ガチでキレそうになりながら読んでいたが、後になって得るものも多くて、結果的によい読書経験になったと思う。
癒しも幻想だけど、絶望はもっと幻想だ。もちろん幻想が好きな人には、余計なおせっかいするつもりなんかない。寝ていたい人は寝かせといてあげよう。でも、僕は覚醒していたい。幻想と現実がどんどん接近しているように見えるこの世界で、できるだけリアルに生き延びたい。
26.田山花袋「蒲団」
影響度:★★★★★
再び小説に戻ってきて、田山花袋の「蒲団」。これももう、影響度文句なしの★5つ。めちゃくちゃ好きな小説です。
この本は高3の時の日本史の授業で紹介された。その時に先生が「この本はちょっと、内容がアレすぎて、あらすじを紹介するのも憚られる」と言っていて、逆にどんな本か気になって図書館に行って読んでみたのであった。
どんな小説かというと、「妻子ある身でありながら、自分を師匠と慕ってくる女学生に恋をして、その恋が叶わなかったので、その女学生が寝ていた布団に顔を押し付けて匂いを嗅ぎまくった」というもの。最悪である。最悪なのだが、そこがよい…….
田山花袋は明治時代の小説家で、「自然主義文学」という分野を切り開いた人物である。自然主義というのは、見たもの・経験したものをありのままに描写することをよしとする派閥であり、人為的なフィクションをできるだけ排除することを小説の美学としてした。つまり、上記描写はほぼ実話だということになる。
ただそこが良くて、醜く浅ましく、そして報われない恋愛感情が、ずっと赤裸々に吐露されているのがよかった。田山花袋はフィクションを排除する立場なので、ここで描かれる感情はほぼ田山花袋がそのまま感じたものなのだと思う。その分、決して叶わない恋愛への悲哀が、こっちにもまっすぐに伝わってきて、当時はストレートに感動した。「蒲団の匂いを嗅ぐことでしか、自分の感情を慰められない」という惨めさがよかった。
この本をきっかけに、志賀直哉とかも読んでみたけどあんまりハマらなかったな…... やっぱり僕は「恋愛のうまくいかない男の悲哀」という話がフェチなんだと思う。そこが一番、小説に自分の感情を重ねられるところだった
この本はやっぱり倫理的には最悪なのだけれど、それでも「誰か一人の人生に刺さる」という小説を書けるのは本当にすごいことだと思う。僕がもしこの小説に出会わずに、独りでこんな感情を抱えていたら、自分はとにかく卑しくてダメな奴だと、もっと自己否定に走っていたはず。こういう小説が存在してくれたおかげで、単なる自己否定ではなくて、「そういう生き様や物語もあるんだ」といことのを感じられたし、それが誰かの感動につながることもあるんだと思えた。
そんなわけで当時は、小説にはすごい力があるんだな~~と思っており、それが糧で生きていられたところもあった。卑しくて切実な小説ほど、自分には刺さるところが多くて好きだった。
27.宇野重規『民主主義のつくり方』
影響度:★★★
そして再び学術書。これを読んだのは高3の秋ぐらいかな。法哲学・政治学をやるものなら誰しもが一度は触れるであろう、東大教授の宇野重樹。これは割と初期の著作。
当時、大学受験で法学部を受ける際、二次試験で小論文の課題があった。法学・政治学の文章が出され、そこに対して何か意見を述べる事が必要だったのである。ただ、悲しいことに僕は倫理政経を取っておらず、法学・政治学の知識が全くなかった(なぜ……)。そこで、市の図書館で法学・政治学の棚から比較的読みやすそうなものを探して読んでいたのである。
高3の当時、実は民主主義というものが何なのか分かってなかった。その辺の中学生より分かってなかったと思う。そんな僕でも、本書は大変面白かったですね。「民主主義とは壮大な実験である」ということが言われており、
多様な人が生きる社会で、いかに意思決定を行うかというのは、結構難しい問題なのだなと実感した。
当時はまだまだ文学・心理学への興味が強く、法学・政治学には正直興味がなかった。ただ、本書を読んで「政治学も面白いかもな」とちょっと思えたのであった。興味分野の幅が広がったという意味で、この本との出会いは大きかったと思う。
28.宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』
影響度:★★
宇野重樹二連撃。この本も面白かったねー。上述の『民主主義の作り方』を、もうちょっと一般向けに分かりやすくした内容だったと思う(この本の方が出版は早いのだが)。これも高3の時に立て続けに読んで、結構影響を受けた。
この本は何が良かったかというと、『〈私〉時代のデモクラシー』のタイトルの通り、「私」から議論が始まっていたこと。当時の僕はまだまだ文学大好き人間だったので、やっぱり政治がどうのこうのという話よりは、いかに「私」の惨めさが救われるかというところに関心があった。
ただ、この本では、「もともと特別なオンリーワン」である<私>の話から始めて、そこから、その<私>の集合体が、いかに集合的な意思決定(つまり政治)を行うかということが論じられていた。この「私」から始めるところがよかったですね。自分個人の話が政治に繋がるんだというのが新鮮だった記憶がある。
今は宇野重規の著作、増えすぎ感があるけれど、初学者にはやっぱりこの「〈私〉時代のデモクラシー」がお勧め。政治に興味持てないよという人ほどぜひ。新書で読みやすいしね。
29.小坂井敏晶『人が人を裁くということ』
影響度:★
これも市の図書館で読んだ。政治学といえば宇野重規だったが、法学についてはあまりハマれる本を見つけらえず、いろいろ読んだ記憶がある。その中でも強烈に印象に残っているのが、小坂井敏晶『人が人を裁くということ』である。
司法制度や法律の内容を直接的に扱っているのではなく、「人間の自由意志」をテーマにした一冊である。我々は誰かが罪を犯したとき、その人間を裁くために刑罰を科したりするけれど、もし我々に「自由意志」というものが無いとしたら、刑罰なんて全部無駄ではないか? 本当に人が人を裁くことに意味があるのか? ということが言われている。
読んだ当時は、「そんなこと言っていいんだ」というのを強く感じた記憶がある。本書によると、人間は思考に先立って行動を起こしていることがあり、例えば「殺そうと思ってナイフを刺した」のではなく、「気付いたらナイフを刺していて、後付で殺す理由を考えた」ということが往々にしてあるらしい。だから殺意を根拠に裁くことは不合理だということが言われていた気がするが、当時としても若干屁理屈っぽいなということは感じていた。ただ、機械的な文章としか思えなかった法律にそんな論じ方があるのかということで、大変印象に残った一冊である。
あと、この本については忘れられない記憶がある。当時、実際に小論文の模試を受けた際に、テーマが裁判の話だったことがある。そこでここぞとばかりに本書を引用して「実のところ人間に自由意志などないので、裁くとかがそもそも無駄」と書いたところ、信じられないぐらい低い点数になった。まあそりゃそうかという感じではある。
30.尾崎一雄「父祖の地」
影響度:★
これは入れようか迷ったけど、入れることにした。尾崎一雄の短編「父祖の地」。高3の最後の方に受けた模試の国語で出た小説で、読んだ瞬間に良いなと思ってその後すぐに買った。
何がよいのかというと、室生犀星の詩が引用されているところである。この小説で室生犀星の詩を知った。だから尾崎一雄というよりは室生犀星に影響を受けていると言った方がいいかもしれない。
よしや身はうらぶれて
異土のかたゐとなるとても
うろ覚えの詩句が、昔にかわる苦い情感とともに無念にうかんだ。
「かえるところに、あるまじや…….」そう口に出してしまった。
室生犀星の詩に、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」というものがある。これは「ふるさとは遠くから思うものであり、たとえ見知らぬ土地で乞食になったとしても、帰るところではない」ということを詠んだものである。
この時は無事に志望校に合格し、県外への進学を決めていた時期であった。高校時代が悲惨だったので、絶対に地元に残りたくないという気持ちがあり、そういう時にこの詩に出会い、素直に感動した。今でもやっぱり、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という気持ちは僕の中に強くある。
大学に進学してからも、何かと気が合うのは地元を離れて一人暮らししている人々だった。やっぱり自分の原体験として「地元を脱出した」というのがあるのだなと思う。室生犀星はこの詩を、実際に自分のふるさとに帰る途中に詠んだらしい。僕も地元に帰省するときは、「ふるさとは 遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」というフレーズが、脳裏によぎるようになっている。
…… …… …… …… …… ……
以上、高校時代編でした。僕の人生で一番つらかった時期は幕を閉じることになる。この時は本当につらかった。
よく高校時代にタイムスリップする漫画があるが、そんなことが起こったらガチで絶望ですよ。それだけは本当にやめてほしい。センター試験の勉強も本当につらかったしな、、、、東京卍リベンジャーズみたいなことになったら初手で喉を掻っ切ります。
現実の話に戻すと、この時期に「自分の醜さをさらけ出す」系の作品に出会えたことは、本当に僥倖だったと思う。何十年も前の小説ばかりだったが、こういった小説から、自分がこの世界に生きていることを肯定してもらえた気がしたのであった。こんな自分にも、世界のどこかにはいていい場所が用意されているということを、小説から教えてもらったのだった。
あと、高校時代に関してもう一つ小噺も。進学先を法学部にした理由の一つに、志望校のオープンキャンパスに行った時の経験があった。オープンキャンパスでは模擬講義を受けることができたのだが、文学部の参加定員がすぐに埋まってしまい、仕方なく、当時は全く志望していなかった法学部の講義に申し込むことにした。あまり興味はなかったのだが、そこで西洋政治思想史の講義を受けたことで、法学部に進学するきっかけになった。
その模擬講義で「文学と政治の違い」ということが触れられていたのだが、要約すると、
政治は100人のうちの99人を救うものであるが、文学は、この残りのたった1人を救うものである。
ということが言われていた(福田恆存の引用である)。
僕は多分、この「文学に救われた一人の側の人間」だったと思う。高校という空間は個人的にかなりつらいもので、クラスの中でずっと異物な存在だった。その時に、その異物の一人を救ってくれる文学に出会えたことは、本当に幸運だったと思う。数々の小説たちと、その小説へのアクセスを可能にしてくれたこの世界には、本当に感謝している。
…… …… …… …… …… ……
大学生編(2016~2020)
地元を脱出し、晴れて大学生になったものの、コミュ障の悲しい運命として、やっぱり学部に友達ができなかった。ただ、サークルで知り合った文学部の人間たちと仲良くなり、そこから徐々に輪が広がっていった。
大学2年生ぐらいまでは変わらず小説を嗜んでいたが、大学3年生ぐらいから研究者を目指すようになり、そこからはほぼ学術書しか読まなくなった。4年間を通して恋愛が全くうまくいかず、その時はまた小説から元気をもらったが、徐々に小説無しでも現実に対処できるようになっていった。終盤は研究用の学術本しか読まなくなっていた。
31.日本文学100年の名作 シリーズ
影響度:★★★★
18歳、大学生になったのだが、まだまだ小説にハマっていた。特に、明治~昭和の文学をよく読むようになっていた。
太宰治や田山花袋を上で取り上げたが、「自分に合うのは明治~昭和の文学かもしれない」と感じていた。そこで手に取ったのが、新潮文庫がまとめている「日本文学100年の名作」シリーズだった。
このシリーズ、あまり知名度がなさそうなのだが、本当に素晴らしいですよ!! 1914年から始まって、1冊ごとに10年間隔で全10巻、100年分の日本文学の歴史を追うという構成になっている。例えば第1巻なら1914~1923年の間で、その当時を代表するような作品が収録されている。1冊あたり10編入っているので、1話あたりのページ数は50ページほどである。読みやすい。
このシリーズのおかげで、本当にたくさんの小説と出会えたと思う。小説に対する幅が広がった。感謝しかありませぬ。
以下で紹介する3作品は、このシリーズの中で出会って、めちゃいいなと思えた作品である。これ以降、あんまり長編は読まなくなって、こういうアンソロジーを読むようになった。長編を読むための筋肉が受験で衰えたというのもあり、徐々に長い小説からは離れてしまったのであった。
32.夢野久作「瓶詰地獄」
影響度:★
というわけで、いきなり最悪な話から。夢野久作「瓶詰地獄」。夢野久作といえば「ドグラ・マグラ」が有名だけど、「瓶詰地獄」はサッと読めていいですよ。10ページぐらいなので青空文庫でもすぐ読める。
この記事ではもう定番になってきているけど、これも性欲・肉慾の話。無人島に漂着した兄妹が、最初は平和に生き抜こうとするのだが、そのうち互いを女・男と認識し始めて、そして最後は….. どんな話かはぜひその目でお確かめ下さい。すぐ読めます。この小説、本当に好きなんだよな、、、結局、性欲の話がフェチではある。
あと、こういう短編から、「やっぱり昭和文学面白いじゃん!」というのを改めて感じた気がする。1928年の小説なので、そろそろ100年前になろうとしているが、抜群に面白い。こういうところから昔の小説を読むことへの抵抗がなくなっていった。
33.尾崎翠「地下室アントンの一夜」
影響度:★★★
「日本文学100年の名作」で一番良かったのは、尾崎翠に出会えたことかもしれない。「地下室アントンの一夜」。これは傑作ですよ、これは。1932年の作品とは思えない、ユーモアあふれるポップな文体が好きだった。読んでいて本当に楽しい小説で、こういう小説が結局素直に好きである。
あらすじとしては、失恋した若き詩人が、動物学者を殴るために部屋を出るが、結局「地下室アントン」に行くというもの。よく分からないのだが、そこがよい。
もし僕が小説を書くとしたら、こういう楽しい小説がよいな~と思う。暗くて現実に根差した作品もよいが、それだけでなく、読んでいて楽しい小説がよいなと思う。
失恋したら風に吹かれろ。風は悲しいこころを洗ってくれるだろう。
34.尾崎翠「第七官界彷徨」
影響度:★★★
もう一作尾崎翠から、代表作「第七官界彷徨」。これも好きでしたねー。まず「第七官」という発想が好きだった。第七官とは、霊感に次ぐ7つ目の感覚である。しかしこれが何なのかさっぱり分からない。
私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。
主人公は人間の第七官に響く詩を書こうとするのだが、まず第七官が何なのか分からない。そこからなのである。この第七官を解き明かすために、おかしな長男・次男、そして浪人生の三五郎とともによくわからない生活を送る。長男は精神科医なのに患者に恋をしてるし、次男はコケ植物の恋愛感情を研究している。この長男と次男が言い合いするところとか好きだった。
尾崎翠の小説は、読んでいて楽しい気分になれるのが本当によかった。日ごろからこんな軽快な心を持てたらよいと思う。他にも「アップルパイの午後」とか好きでしたね。「聯想の飛躍を知らざる者に死あれ」ですよ、皆さん!
35.ウラジーミル・ナボコフ「ロリータ」
影響度:★★★★★
ナボコフの「ロリータ」。大学1年生の時に読んだ、最高に好きな作品。これまでの傾向で既に明らかなので、もうこれ以上ドン引きされることもないのではないかと思うが、めちゃくちゃ好きなんですよね、、、
言わずと知れた「ロリコン」の語源になった小説で、14歳の少女への倒錯した愛を描いた問題作である。女児しか愛せぬ男が、ロリータという少女(ロリータは愛称で、本名はドロレス・ヘイズ)と出会い、彼女を追いかけているうちになんやかんやあって破滅するという話。
この小説は、本当に文章が美しいんですよ。ドロドロの変態小説というわけでは全くなく、ウィットに富んだ表現や、広大なアメリカ大陸の美しさ、そしてロリータへの想いを綴った文章が印象的である。
ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩目にそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。
朝、四フィート十インチの背丈で靴下を片方だけはくとロー、ただのロー。スラックス姿ならローラ。学校ではドリー。署名欄の点線上だとドロレス。しかし、私の腕の中ではいつもロリータだった。
冒頭からこんな感じで、やっぱり文章が美しいと思う。
実はめちゃくちゃ難しい小説で、訳者の注釈を読んでもよく分からない箇所も多かった。ただ、物語としては一貫して「10代前半の少女しか愛せぬ男と、その破滅」であり、ユーモラスに書かれているところも多いので、難解ではありつつも何とか最後まで読み通せた。
これまでも書いてきた通り、個人的に「醜く浅ましい性欲・恋愛感情」の話がフェチなのである。ロリータもそこでハマった。ただ、単なる下品な小説ではなく、あらゆるところが芸術的で、そこがよかった。
私は五本足の怪物のくせに、おまえを愛したのだ。なるほど私はあさましく、獣じみて、下劣で、何とでも言ってくれればいいけれども、それでも私はおまえを愛していたのだ、愛していたのだ!
↑こういうところがよかった。
特に好きなシーンを一つ、、、主人公は、一時は最愛のロリータと共に暮らせるのだが、その暮らしは長続きせず、彼女は別の男のところに逃げてしまう。そこからはロリータを探す旅の始まりであり、何年かかけてようやく見つけるのだが、その時には彼女はもう別の男の子どもを身籠っており、主人公のことは全く意に介してくれなかった。この時の主人公の惨めさがよいんです…….
奇妙な眼鏡をかけている、彼女の色あせた灰色の瞳の中に、私たちの哀れなロマンスが一瞬映し出され、検討され、そしてあっさり捨てられた
↑このシーン好き。
色あせて卑しめられ、他人の子供でお腹が大きくなってはいても、やはりまだ灰色の瞳をして、まだ煤のように黒い睫毛で、まだ鳶色でアーモンド色の、まだカルメンシータ、まだ私のものなのだ。
大学の卒業旅行でポートランドに行った際、そこの有名な本屋さんで「ロリータ」の原語版を見つけて、思わず買ってしまったことがある。英語で読むのは初めてだったが、好きなシーンについては、日本語の文章が自動で頭の中に甦ってきて、本当に心が震えたものである。マジで好きだったな、この作品。
「さようならあ!」と、永遠に生き、そしてもう死んでいる、我がアメリカのすてきな恋人は歌うように言った。
36.三木卓「炎に追われて」
影響度:★★★★★
今回のリストで言うと、小説はこれでラストで、あとは学術書ばかりになってしまった。そして最後に一番の問題作が来てしまった…… 三木卓の「炎に追われて」。これも文句なしに影響度★5の作品で、めちゃくちゃ好きな作品である。
これを知ったきっかけは、小谷野敦『童貞小説集』という短編集だった。大学1年の夏、帰省した時に地元の図書館で見つけたもので、処女小説ならぬ「童貞」の苦悩を集めたアンソロジーとなっている。面白そうだなと思って手に取ったのだが、その中に収録されていた小説「炎に追われて」が別格によかった。これは本当に思わぬ出会いでしたね。
あらすじとしては、20代半ばの男性が、一向にモテず彼女もできず、早く童貞を捨てたいと思っているのだが、世の女性からは総拒絶に会い続け、自分の存在意義に悩むというもの。
今でこそ「弱者男性の苦悩」と言われて片付けられてしまいそうだが、この小説はそんな安っぽいものではなくて、とにかく自然に対する描写がよいんですよ。身の回りの木々や雑草、昆虫たちが、逞しく生殖と繁殖に励む傍らで、なぜ自身は一向に子孫を残せないのか、そんな雄に生きている意味はあるのかと考えるシーンがよい。エノコログサ、トダシバ、スズメガ、シロヒトリ、ヨツボシクサカゲロウなど、図鑑でも読んでいるのかというぐらい植物・昆虫の固有名詞が出てきて、それらの生態がリアルに描写されているのもよいですね。あえて卑近な植物・昆虫の繁殖に注目することで、性欲に翻弄される男の矮小さを際立てていると思う。
「かわいそうなけだものめ」とわたしは心の中で自分のことをそう思い、そう思ったことで胸が詰まるような感情に襲われた。わたしは金銭にも恵まれず、東京大学に合格する夢も実現することができなかった。親も愛してはくれなかったし友人もいない。妹は見捨てていってしまった。そしてそんなわたしが一番本気で考えて来たことはこの国の未来のことでも学問のことでもなく、将来の地位でもなく、まして教育のことでもない……. 今のわたしが必死に執着していることはただ女のことだけだった。そこに追い詰められていたのだ。そしてこれからわたしはどういうことになるのだろう……
↑こことか本当にいいですね。。。
ストーリーとしては、結局、妹の友達にワンチャンの可能性を感じてアプローチをかけるのだが、なんやかんやあってうまくいかない。そこで行きつけの居酒屋のママのところへ行き、ママの同情を買っていざ事に及ぼうとするのだが、今度は緊張のあまり勃たない。ママは呆れて寝てしまうのだが、寝ている姿を見ていると逆に緊張がほぐれ、勃起を取り戻すことに成功し、寝ているママに向かって勝手に挿入する。当然めちゃくちゃ怒られるのだが、そこで唐突な吐き気に襲われて、家を飛び出し草むらに向かって思い切り嘔吐して終わりという、最悪な話である。最悪すぎる。
最悪なんだけど、やっぱりこういう惨めさが良いんだよな……. 僕もずっと恋人ができないことがコンプレックスだったので、ここまで醜さをさらけ出してくれるのは逆にすごく救われた。こういう感情が、自分だけでなく他の人間にもあり、かつ、醜さ一辺倒ではなくて、いろんなところに真面目さや切実さを感じられるのがよかった。読むと非常に暗い気持ちになれるのだが、同時に生命の強かさも感じられて、本当に好きな小説である。
私が苦しんでいた昨夜も、それは暗い空間を突進していた。酸素のないオーロラの発生する酷薄な空間だ。すごい。わたしはそう思った。
37.マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』
影響度:★★★
学部3年生ぐらいから、あまり小説を読まなくなり、代わりに学術書をよく読むようになった。研究者を目指すようになった影響ですね(その前は若干小説家を目指したりもしていたのだが黒歴史なので触れない)。
この本は所属していた法哲学のゼミで読んでいたもので、毎年4月の一発目はこれと決まっていた。2年生の前期から4年生の後期までゼミに所属していたので、通算で3回読んだことになる。2010年ぐらいにめちゃくちゃ売れた本ではあるのだが、当時はあんまりハマれなかった。「こういう状況ではどうするのが正義か?」という架空の話ばかりしていて、正直、そんなことをして何が面白いんだとは感じていた。
ただ、2回、3回と読んでいくうちに、次第に面白さが分かった本でもあった。結局のところ、「この社会の根底に置くべきルールは何か?」ということを問うた本で、個々の状況での判断の正しさというよりは、「我々の社会の根底ルール」を考えているのだとがわかった。例えば、我々の社会は「より多くの人の快楽」を追求するべきなのか、それとも、どんな人にも最低限の自由と権利が保障されることが重要なのか、あるいは人間はコミュニティの中で生きる存在だから、その共同体の善こそが大事なのかとか、、、そういった「この社会の根底にあるべき原則」を問う議論に、次第に面白さを感じられるようになったのである。
このあたりは、大学生活を通じて徐々にコミュニティの運営とかにも関わるようになっていったのが大きい。学部2年時ぐらいまでは政治に全く興味がなく、小説とか個人の問題ばかりに関心があったが、僕自身、大学生活の中で集団の利害調整を行うことが増えていった。
そこで改めて本書を読んだ際、以前よりも「集団の根本にあるルール・原則」とか「意思決定の難しさ」とかいう問題に、自分自身の関心事として興味を持てるようになっていたのである。何回か読むうちに「無知のヴェール」とかすごい発明だなと思ったし、コミュニティの共通の「善」も確かに重要かもしれないと、そういうことも考えられるようになった。
あとは、ゼミの運営とかも楽しかったなーと思う。3年次にゼミ長をやることになり、新しく来た後輩とこの本を読むのが楽しかった。この本自体は、法哲学界隈での評判があまりよくないのだが、それでも僕を「法哲学」の世界に入門させた一冊であり、僕の大学時代を象徴する本でもある。
38.森村進『幸福とは何か』
影響度:★
もう一冊、ゼミで読んだ本から。ゼミでは月1冊ぐらいのペースで輪読をしており、年間10冊ぐらい扱っていたと思う。色々な本を読んだのだが、その中でも印象に残っている一冊に、森村進『幸福とは何か』がある。
この本、最初に読んだときは、本当に面白さがわからなかった。「幸福とは何か」というタイトルなのだが、「人間にとって本当の幸せとは何か?」ということは、全然考えないのである。そうではなくて、「幸せ」という言葉の定義を詰めていくものとなっている。例えば、幸せと「快楽」は同義なのかとか、幸せとは「自分の望みを充足できる状態」のことを指すのかとか、あるいは「これを行うことが幸せです」という、万人に共通の客観的なリストが存在するのかとか…… そういうことを考える本となっている。ずっと概念の整理に関する話をしており、そうしたことに興味がない人にとっては結構苦しい本だと思う。
当初は僕も面白くないな~と感じていた。ただ、その後段々と、本書で書かれていたことが効いてくるようになった。ゼミではいろんなことを議論するわけだが、「正義」「平等」「幸福」といったふわっとした概念について、お互い共通の理解が得られていないとずっと議論が平行線になってしまう。人によって微妙に捉え方の違う用語について、「あなたはこの言葉をこういう意味で捉えているのですね、それに対して私はこうです」とかをちゃんと説明できるようになることは、確かに大事だなーと思ったのである。
今までつまらないと思っていたものを、ちゃんと重要だと考えられるようになったわけで、そういう意味ではこの本の影響は大きかったと思う。
39.ティモシー・W・クルーシアス『大学で学ぶ議論の技法』
影響度:★★★★★
学部時代に読んだ学術書だと、これが一番影響が大きかったかな…… 慶応大学出版の『大学で学ぶ議論の技法』。この本については過去にもnoteで紹介してたかも。
これを読んだのは学部3年の終わり際だったと思う。1年間ゼミ長としてゼミを運営してみて、「アカデミックな場での議論ってどうあるべきか?」ということをよく考えるようになった。ゼミの先生はその辺割と放任的というか、まあ学生が自由にやればいいのではという感じだった。
ただ、個人的には、一度話し始めたら永遠にターンを返さない人とか、どんな話題が来ても絶対に自分の得意分野に無理やり繋げようとする人とか、他人の問題意識に意地でも乗らずに自分の話ばかりする人とかもいて、そういうのもありでいいのか?? ということはよく思っていた。普段は司会として議論をまとめていたのだが、匙を投げたくなる瞬間も多々あり、アカデミックな場での議論というのは、ただ思ったことをただ話せばよいものなのか、それとも何か特有のルールがあるのかとか、そういうことをよく考えていたのである。かなり真面目マンでだ、、、
で、図書館でしばらく「議論の仕方」的な本を探して、一番面白かったのがこの本だった。海外の先生が自大学の学生に向けて書いた本のようなのだが、日本の我々にとっても、「アカデミックな議論とはこうすればよいのか!!!」というのが非常にわかりやすく書かれていた。具体的な教えとしては、まずは前提を明らかにしようとか、話し手の背景にある問題意識を明確にしておこうとか、著者の主張のうちどの部分が妥当でどの部分がそうでないかを分析しようなどなど。こう書いてみると基本中の基本なのだが、それが体系立ってわかりやすく整理されていたのがよかった。あと、練習用の課題文が付いていることとか、簡単なチェックリストがあったのもよかったですね。一人で読んでも実践を交えながら学ぶことができた。
ゼミでの議論以上に、自分の研究のために役に立った本でもあった。この本では議論の仕方だけでなく、学術書や論文の読み方についても指南されており、そこが大変参考になった。曰く、読書とはその著者と行う「議論」とのこと。
当時はまだまだ、学術書を読むときは「勉強」という意識が強かったと思う。内容に関しても、せいぜい感想レベルのものしか抱けていなかった。ただ、この本を読んでからは、「この主張をするためには、もっとこういう論拠が必要だと思う」といった形で、単に賛成・反対を示すだけでなく、より著者の議論を発展させるための指摘ができるようになっていった。これは研究生活上、かなり重要なスキルだった。学部時代に読んでおいて本当によかった一冊だと思う。
40.ジョン・ロールズ『正義論』
影響度:★★
きっかけが何だったかは忘れてしまったが、学部3年生の時に「自尊心」というのを研究テーマに据えた時期があった。「社会の連帯を維持するためには、まずは構成員一人一人の自尊心が重要である」という主張を何かで読んで、それに触発されて、「法哲学の中で自尊心というものを扱えないか」ということに興味を持ったのだった。僕自身だいぶ卑屈というか自尊心が低い人間だったので、それを社会制度の中で公的に保障するというのが可能か、といのは面白い問題だと思った。当時も山田昌弘『希望格差社会』や宇野重規の『希望学』などがあったけど、最近だと山本圭『嫉妬論』なんかも近い話をしていると思う。政治哲学では自由や平等の分配が議論されるわけだが、何かこう物質的なものだけではなく、「自己肯定感」みたいなものを対象にできないかと考えていた。
そこでロールズなのだが、ロールズといえば無知のヴェールや格差原理が有名だが、『正義論』の第三部では自尊心や恥の感覚についても議論しており、確か「自尊心こそ最も重要な基本財である」ということも言っていたのである(ややうろ覚え)。そんなわけで、各人に最低限の富が保障されるように、最低限の自尊心も保障された社会とはいかなるものかというのを研究していたのだが、結果としては大爆死で、当時の発表は本当に思い出したくない。この文章を書くのもマジで苦痛だった。
ただ、この時はロールズは知れば知るほど面白いと思えたのである。『正義論』は全体としては難解なのだが、個々の文章は割と平易に書かれていて、ヘーゲルやカントに比べたら全然読みやすいのも有難かった。ロールズのおかげで自分もリベラリストに目覚めていったと思う。
あと、ロールズの「自尊心」概念については、京大の人間環境学研究科で先行研究があり、なんやかんやあって卒業後はそこに進学することになった。この研究室を知ったのもこれきっかけであり、そういう意味でも影響は大きかったかもしれない。
41.児玉聡『功利と直観』
影響度:★★★★
学部4年生の時に、ふらっと立ち寄った本屋で勁草書房フェアをやっており、そこで表紙がおしゃれというのとちょっと倫理学でもやってみますかと手に取ったのがこの本だった。10ページぐらい立ち読みしたのだが、すぐに内容が面白すぎてハマった。学術書で内容が面白いというのは本当にすごいと思う。
内容としては、「英米倫理思想史」の題の通り、2つの倫理学上の思想を追うというものになっている。一つが功利主義で、もう一つが直観主義。「功利主義が何か言ったら直観主義が言い返し、それにまた功利主義が言い返す」という構図がずっと続き、それが大変分かりやすくて面白い。また、単に「Aという哲学者がこう言った」というだけではなくて、その哲学者の生まれた環境や思想の変遷など、簡単な人物史が付いているのもよかった。内容的にはしっかり哲学書なのだが、まるで物語を読むようにするすると読み進められた。
そして、この本の第8章では「法と道徳」の問題が扱われていた。これが大変面白く、学部4年時にはこれをテーマに据え、卒論もこれで書いたのであった。読書としての面白さだけでなく、研究テーマの発見など、いろんな角度から影響を受けた一冊である。未読の方はぜひ!!
42.Patrick Devlin "The Enforcement of Morals"
影響度:★★★
ここまで来たら、卒論のメイン文献も挙げておこう…… パトリック・デヴリンの『The Enforcement of Morals』(道徳の強制)。上記『功利と直観』で紹介されていて、そのままこれを卒論のテーマにした。これを見ると卒論の記憶が甦ってくる。
内容としては、「法によって社会道徳を強要することが許される場合はあるのか?」「あるとしたらそれはどのような時で、どの程度まで許されるのか?」ということを論じたものである。当時のイギリスでは同性愛行為が不道徳として犯罪化されており、見つかったら逮捕や投獄の対象となっていた。そのような性規範・性道徳を、法によって強制することが果たして正当なのか? という問題意識である。デヴリンはこれを「許容される場合もある」として論陣を張っていた。
今となっては当然ダメだろという感じなのだが、ただこの「ダメさ」は今でも常識にはなっていないと思う。むしろ最近の方が酷くなっているところもありそうな。デヴリンの主張は、「社会が自らを守るために、その社会の根底にある道徳規範を、法によって強制することは正当化される」というものだったが、昨今の外国人排斥の風潮とか、「日本には日本の文化があるのだから、外国人はそれに従うべき(それを法によって強制しても構わない)」という主張は、デヴリンの主張と通じるところがあると思う。卒論を書いていた当時は、同性婚や夫婦別姓の議論が盛り上がっていたので、そことの関連で書いていた。
修士に進んでも引き続きこのテーマでやっていたのだが、結局、何か新規性のあることを言うことができず、ずっと堂々巡りの議論を続けていたと思う。研究成果としてはかなりイマイチだったし、卒論の時点でやや燃え尽きて、「研究者はやっぱり無理だな……」とも思い始めていた。
ただ、個人的には、この議論に触れ続けたことで、「法と道徳の区別」という問題にはかなり意識的になれたと思う。法で決められていることが必ずしも「道徳的にも」正しいとは限らず、そもそも「法的な正しさ」と「道徳的な正しさ」は別である。法は結構不便な道具で、制定に時間もかかるし小回りも利かず、かつ毎年なんかしら改正されている(つまり欠陥がある)。しかも、先ほどのイギリスの事例のように、同性愛者に刑罰が課されるような明らかに「悪い法」も存在する。たまに論破系のYouTuberが、炎上している問題に対して「でも違法じゃないですよね?」と得意げにコメントしているのを見かけるが、見てられないっすよ本当に…… 法的に正しいことと道徳的に正しいことは全く別で、法的にはOKでも、倫理的に問題があるということは全然ある(法が追いついていないとか、そもそも法が間違っているとか)。かつ、法と道徳の領域を一致させようとしたら、ガチガチに何でも法で縛るか、あるいは法の抜け穴をいかに見つけるかというゲーム的な世界になると思う。そんな世界に生きたくはないので、法と道徳の峻別をしっかりしたいですねという話でした。
…… …… …… …… …… ……
以上、大学生編、完結。大学生の時は、高校生までの読書遍歴を引き継ぎつつも、徐々に小説から学術書にシフトしていった時期であった。それに伴い、関心領域も自分自身の「個」の話から、段々と「社会」の方へと移っていった感じがある。高校時代と違ってちゃんと友達もできたし、またバイトやゼミを通じて人と関わるようになった。つらい現実に対しても、小説抜きでちゃんと対処できるようになったのだ思う。学部3年時ぐらいから人と話すのが怖くなくなり、初対面のコミュニケーションとかも切り抜けられるようになっていった。
ただ、4年間通じて交際経験は相変わらずゼロで、そこは結構ツラかったかな…… そういう意味では小説への愛も消えておらず、たまに読み返しては感動していた。この大学生の時期はやっぱり三木卓「炎に追われて」がすごくよかったかな。今でこそインセルとか弱者男性とかが話題だけれど、僕自身があまりそういう偏ったところに陥らず、なんとかこうしてやってこれたのは、ギリギリでのところで文学作品につなぎとめてもらっていたからだと思う。
あと、学術書については、どちらかというと義務感で読んでいる本の方が多く、小説の時のような感動は滅多に味わえなかったのだが、それでも思想的には大変影響を受けており、大学生の時に読めてよかったという本ばかりである。僕という人間を構成している大きな要素です。そんなわけで、あと8冊!!
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大学院生編(2020~2022)
京都に引っ越して大学院に進学するも、進学と同時にコロナ直撃。暗くツラい院生生活の始まりであった。オンライン授業は肌に合わず、現地で仲のいい友人もできず、指導教員ともあまりコミュニケーションが取れずで、正直いいことがなかった。唯一救いだったのは、大学図書館でバイトを始めたことで、これが今の進路にも大きな影響を与えている。
研究であっぷあっぷしてたので、小説などはめっきり読まなくなり、「今の自分にとって読む必要のある本」しか手に取らなくなってしまった。やっぱりコロナの影響が大きかったかな、、、大変な出来事も多かったのだが、ブログを始めてみたりと今の生活に続くところも数多くある(僕のnoteの初期の方を見るとこの辺りの生活が振り返れる)。
43.児玉聡『実践・倫理学』
影響度:★★
大学院生の時は、倫理学の本も読むようになっていた。その中で影響を受けたのだと、児玉聡『実践・倫理学』がある。どう影響を受けたのかというと、この本でべジタリアニズム・ヴィーガンを推奨している箇所があり、それに影響を受けて実際に自分でもやってみたというのがある。単純なのですぐ影響を受ける。
「動物の権利」というテーマについては、学部ゼミでも触れたことがあり、当初からやや関心を持っていた。学部ゼミでは動物権利論は大変不評で、これは世間一般の感覚と同様、「人間が権利を持つのは人間だからであって、動物が権利を持つわけがない」と一蹴されていた。ただ、当初から、「それは白人が『権利』という概念を生み出したのだから、権利を持つのは白人だけであって、黒人の奴隷には適用されない」という理屈とどれぐらい違いがあるのか? ということは疑問だった。
倫理学ではべジタリアニズムの立場は一定の地位を得ており、本書『実践・倫理学』でもその正当性が主張されている。で、僕もこの本に影響されて、肉や魚を食べない生活を実践してみたのであった。その実践の様子はこのnoteの初期の記事でも書いている。黒歴史なのでわざわざリンクは載せないけど……
で、京大の中には動物倫理に関する勉強会サークルみたいなものがあり、これきっかけで僕もその中に身を置くことになった。友達のいない院生生活だったので、京都ではそのコミュニティで過ごす時間が長かったかな。今となってはもうそのコミュニティに属しておらず、肉や魚も全然食べるのだが、当時の大学院生活の主要な部分を、この本きっかけで得られたと思う。あと寄付とかもちゃんとするようになったし、動物園はいまだにNG。
44.ジョン・ステュアート・ミル『自由論』
影響度:★★★★★
言わずと知れた名著、ジョン・ステュアート・ミルの『自由論』。これを読んだのはM1の秋ごろかな。めちゃくちゃ影響を受けた。大学院で出会った本の中では、これが最も影響力が大きかったと思う。
『自由論』の名の通り、人間の自由について論じた一冊である。ただ、「自由とは何か」という概念的な問題よりかは、「他人の自由を制限しうる正当な理由は何か」という、規制や制限の話になっている。修論のテーマと関連するのもあって読んでいた。
「なぜ個人の自由を抑圧することが悪いと言えるのか」「社会が個人の自由を制限できる範囲はどこまでか」といったことが論じられているのだが、これがとにかく明快に書かれている。議論の流れがマジでわかりやすい。ミル本人も、読者にとっての分かりやすさを意識したと言っており、哲学書なのに難解な言い回しがほとんどない。読者を置き去りにしない議論になっている。かつ、単に明快で分かりやすいだけでなく、ミル自身の「熱」も感じられる文体となっている。筆が乗っているというか、読んでいてなんか熱いんだよな。
僕は本当にこういう本が好きでしたね、、、哲学書の中には、やたら勿体ぶった言い回しをするものもたくさんあり、それを「難解だからこそよい」とありがたがる人も少なくないが、個人的には、「単に分かりやすく書く努力を怠っているだけだろ」と思っている面もあった。今はもう少し心が広くなり、難解な本もありだなとは思えるようにはなったが、それでも自分が書くものについては、できるだけ分かりやすく読みやすいものにしようと心掛けている。著名な哲学者がそのことを推奨してくれていたのは嬉しかったかな。分かりやすく読みやすい文章というのは、決して平凡でつまらないものなのではなくて、ちゃんと技術に裏打ちされたものなのだと自身が持てるようになったと思う。
ミルの『自由論』は前にもブログで感想を書いたことがあったので、そのリンクを貼っておこう。
すごいタイトルだ。なんだこれ。
45.服部泰宏『採用学』
影響度:★★
これはM2の時に読んだ本。当時、就活がマジできつくて、就活に関する本を結構たくさん読んでいた。このnoteでも初期の方の記事ではその様子が残っている。ただ、就活の対策本ではなく、「そもそも就活とは何なのか?」を理解するための本を読んでいた。斜め上の努力。「就活」というものに本当に乗ることができなくて、まずは概念を理解しようと攻めていたのである。
いろんな本を読んだが、一番良かったのはこの本だった。「採用活動」というものを学術的に分析した一冊なのだが、「やっぱり就活って無駄が多くないですか?」というのを実感できる一冊だった。ささくれた心を慰めることができた。例えば、採った人物がその組織でうまくいかなかったとして、その時に採用担当者に何らかの責任が問われる企業は全体の10%ほど、といったことが書かれていたと思う。あと日本の採用はかなりフィーリングが重視されているということも書かれており、「フィーリングで採っておいてその後は責任を問われないってどういうこっちゃねん」と、当時の怒りのはけ口を見つけることができていたのである。
就活は今振り返っても本当に、本当に大変なイベントであった、、、僕は処世術として、「何か初めてのことや困難なことにぶつかったときは、それに関する本を読んでみる」という実践をしているのだが、就活に関しては本を読めば読むほど「???????」となった。根性論ばかり書いている本や、本当にそんなことします?? という薄気味悪い実践を推奨している本も数多くあった。なかなかこれだというものに出会えなかったのだが、本書『採用学』は、採用活動をきっちりアカデミックに分析しており、議論としても明快で、モヤモヤが晴れる箇所も多く、そういう本に出会えたことは本当に良かった。日本の就活、出会いだとかフィーリングだとかふわっとしたことが言われ過ぎなんですよ。今でもめちゃくちゃキレている。
46.H.L.A Hart "Law, Liberty, and Morality"
影響度:★★★
大学院生編はこれでラスト(はやい)。最後はH.L.A Hartの『Law, Liberty and Morality(法、自由、道徳)』。M1の時に全訳して、その後も修論の主要文献として使い続けた本である。
内容としては、先に挙げたデヴリンの『道徳の強制』に対する反論となっている。研究テーマ的に重要で、読まなきゃ読まなきゃと思っていたところ、当時お世話になっていた先生が翻訳の全チェックをしてくれた。その節は本当にお世話になりました。ソフトカバーで100ページ前後であり、そこまで長くはないのだが、それでも「本を一冊丸ごと翻訳する」ということをしたのは後にも先にもこれが最後である。自身の英語力・読解力の足りなさを実感する契機となり、大変勉強になった。心に残っている一冊である。
影響を受けた本ではあるのだが、思い出すとやっぱり苦しい記憶ばかりが甦る、、、自分の能力の限界をひしひしと感じた時期でもあった。内容的にも、デヴリンに対する反論が容赦なく網羅されており、これを読んだらもう僕の方から付け加えることないだろという感じだった。修論のメイン本として使用したが、いろんな意味で修論の苦しさを象徴する一冊である。
修論については、Hartの『法の概念』もかなり影響を受けた本であり、ほかにも多数の文献を引用したのだが、もうその話はツラくなるからいいや…… ともかく、これで僕の修論までの旅路は終わり、同時に研究生活も終わったのである。長い長い旅であった……..
…… …… …… …… …… ……
以上、大学院生編は終了。これ以降は研究のために本を読むことはなくなり、あくまで「趣味」としての読書に戻っていった。ただ、退役軍人がすぐには日常生活に戻れないように、僕の読書も「研究」の前と後でだいぶ変わってしまったと思う。本の内容にストレートに感銘を受けることは少なくなり、「この本の議論は社会的にどういう意味を持つか」といったことや、「この小説の背後にはどのような社会背景・問題意識があるか」ということを真っ先に考えるようになってしまったのである。研究視点での読書方法が骨身に染みてしまったと思う。
ゴールデンカムイではないが、いつかちゃんと戦争前の自分に戻れるかな、、、またストレートに小説に感動できるようになれたらいいなと思う。
…… …… …… …… …… ……
モラトリアム編(2022~2023)
「大学院生活」編に入れようか迷ったが、あえて分割させた。2022年に修論を提出して大学院を修了したが、就職先が決まっておらず、1年間モラトリアムの生活をした。先輩のツテで、とある研究室に聴講生として世話になり、たまに授業に出席しつつ就活を続けた。6月に内定が確定して、いつでも働ける状態になったのだが、あえて働き始めを次の4月にして、9ヶ月間ぐらいモラトリアムの時間を過ごしたのである。
この時期は自由に読書ができてよかった。好きな本を読んでいるか、バイトに行っているか、研究室の飲み会で迷惑をかけるかという生活を過ごしていた。平和ではあったが、かつてのように「人生にめちゃくちゃ影響を与えた」という本にはなかなか出会えなくなっていた。
47.金間大介「先生、どうか皆の前で褒めないで下さい」
影響度:★★
残り4冊! この本は修論提出後、就活を再開した時期に読んだ本である。書名の『先生、どうか皆の前で褒めないで下さい』とは、現代の若者の気持ちを代弁したセリフであり、今の若者はとにかく「注目を集める」ことを嫌うということを紹介した本。
この「皆の前で褒めないでください」の精神は、僕もかなり分かるところがあり、読んでみるとまるで自分のことが書かれているかのようであった。全体的に自分の心理を言い当てられているようで面白かった。
特に印象に残っている箇所としては、現代の若者に、何かやりたいことはないのかと尋ねると、「社会の役に立つことがしたい」と答えるというところ。ただ、その若者たちは実際にボランティアや社会貢献活動をしているわけではなく、献血すらもしていない。なんとなく社会の役に立ちたいと答えているだけであり、実態はほとんど伴っていないのである。働きたいという気持ちはないが、口先だけではいつも「社会の役に立つことをしたい」と言っている。そのアンバランスさが指摘されていた。この時期は就活を再開して、「自分のやりたいこと」を語る機会も増えていたので、この内容は結構刺さったのであった。
終盤、この本では、「なぜあなたはアンパンマンではないのか?」という問いかけがされている。ここも印象に残ったところで、アンパンマンなら、目の前に苦しんでいる人がいたら必ず助ける。ただ、現代の若者は、目の前に困っている人がいても、周囲の目やコミュニケーションを恐れて、平気で無視する。そんなんでいいのか、ということが書かれていた。
やや説教くさくはあるのだが、このメッセージは正直かなり影響を受けた。確かに、社会貢献とかを口にするならば、我々一人一人がアンパンマンのマインドになるべきなのだと思う。
そんなわけで、本書を読んでからは献血にも行くようになったし、去年は寄付活動なども行った。今年は骨髄バンクもドナーとして手続きを進めていたし、このあたりの積極性は、この本の影響で得たものだと思う。結構素直に影響を受けている一冊である。
48.アル・スワイガート『退屈なことはPythonにやらせよう』
影響度:★★★
モラトリアム時代を象徴する一冊である。内定が決まった後にめちゃくちゃ暇だったので読んだ。実は学部生の頃からプログラミングには興味があったのだが、研究優先という気持ちでなかなか読めずにいた。知り合いからも「絶対ハマるよ」と言われており、ようやくこの期間に手を出すことができた。モラトリアム万歳!!
初めてプログラミングというものに触れたが、自由度が高すぎて本当に面白かった。こだわりの強い性格なので、「ルールさえ覚えれば、一からなんでも構築できる」という世界が性に合っていた。この時に作ったクソツールがあるのでここで紹介しておこう。
Pythonの練習の一環で、HUNTER×HUNTER 第318話のメルエムとコムギの会話を再現してくれるなにかを作りました。
— あいだた (@dadadada_tatata) November 10, 2022
メルエムのセリフを入れるとコムギが応答してくれます。意味は特にないです。 pic.twitter.com/DWmsTZcBfU
こういう「思いついたことを実行できる自由さ」がよかったですね。
今も職場ではExcelなりPower Automateなりを使って、業務改善をよく進めている。たまに周りから理工学系出身と勘違いされるのだが、見ての通りバリバリの文系人間で、Excelとかの勉強を始めたのは社会人になってからであった。ただ、モラトリアム時代にこの本を読んでいたおかげで、ExcelやRPAツールについても飲み込みが早かったと思う。余暇にこういう本を読んでおくことは本当に大事っすね。
今もこの手の技術書は暇があれば手を出しており、先日『「技術書」の読書術』という本も買ってみた。実務系の本は、人文系の本と違って、自分とは全く違うバックグラウンドを経てきた人たちの思考が読み取れるのが面白い。
49.リック・アンダーソン『学術コミュニケーション入門』
影響度:★★★★
あと2冊、、、これは2022年の秋、図書館バイトで仕入れた時に読んだ。「学術コミュニケーション」について解説した本。学術コミュニケーションとは何かというと、研究者が研究者に向けて行う学術活動のことである。例えば、専門書の出版、学会での報告、査読や研究費獲得などなど。
この時は就活が終わり、大学職員としての就職が決まった時期だった。大学職員としては、「研究者支援」的なことをやりたいと思っており、そういう関心から本書を手に取ったのである。これが信じられないぐらい面白かった。
実際に自分が研究していた時は、学術コミュニティがどのように成り立っているかとかは、全然関心を持っていなかった。ただ研究から離れたことで、逆にこの辺に興味を持つことができたと思う。全く知らなかった世界に触れたことで、「自分はここで頑張ればいいんだ」という、新しい目標を見つけられたのが嬉しかった。研究者の道を諦めつつも、事務職としてハマれそうな分野が見つかったのは大変よかった。
この本は3年前に読んで以来、あまり読み返せてないのでそろそろ勉強し直したいな。読書会仲間も募集中です!!!
社会人編(2023~)
25歳、モラトリアムを終えてついに社会人となる。ここまで来るともはや私が出来上がっているので、当然「私を作った」という本とはなかなか出会えない。紹介するのも一冊だけである。
ただ、社会人になって環境が変わったことで、それまでの読書観にも大きな変化が訪れたと思う。大学院生の時は「自分にとって必要な本を読む」というだけだったが、社会人になってからは「もっとこの世界を楽しむために読む」という読書観を持つことができたと思う。研究をする必要もないし、生活や進路の不安も消えたので、余裕を持ってこの世界を楽しむための読書をしようと、そう思えるようになったのだった。教養系の新書をよく読むようになった。
50.ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』
影響度:★★★
長かった50冊紹介もラスト一冊……. 最後は『帳簿の世界史』。社会人になった4月に読んだ本ですね。
社会人になって一発目で、経理・会計系の部署にぶち込まることになった。財務には本当に興味がなかったのだが、ここから2年間、財務系の仕事をやっていくことになる。全く関わりのない分野だったので、とりあえず市の図書館に行って、財務系の本を読んでみることにした。そこで出会ったのがこの本なのだsが、あまりに面白くて大変感激した。
特によかったのが、財務が「倫理」の問題の延長として語られていたことである。働き始めて、なんでこんな面倒な経理処理するの? とか、なんでこんな伝票とか作らんといかんの? というのを真っ先に感じていたのだが、他の本だと「会社の財務状況を正確に把握するため」とか「事業の成長戦略を練るため」とか、月並みな説明がされており、あまり面白みを感じられなかった。ただ、本書では「神への釈明のため」とか書かれていて、一気にハマっていった。
少しだけ紹介すると、もちろん帳簿は会社の事業を把握するために付けるのだが、そもそも「会計」= account とは、「説明責任」=accountability と深く結びついたものなのである。キリスト教では身に余る財産は不道徳とされ、倹約が推奨された。そこで、正確に帳簿を付けることは、「正確に収支を管理している」=「儲けすぎではなく、つつましく生きている」という、神への説明にもなったとのこと。このあたりの話はマジで面白いね……
財務という全く新しい分野に放り込まれたにもかかわらず、読書を通じて、今までの勉強と地続きなところが見えたのがよかった。全く無関係に見えて実は繋がっているというのがやはりカタルシスだったし、「まだまだこの世界って面白い!!」と思えたのである。労働者になって、あとは萎んでいくだけかと思いきや、新しい面白さに気づけたというのができたのが嬉しかったですね。まだまだこの世界は楽しむことができるのだと思えたのであった。
…… …… …… …… …… ……
この後も働きながら、新書読むマンになっっていった。研究をやめた分、素直に「もっとこの世界を知るために」という動機で本を読む時間が増えて、それもよかったですね。『なぜ働き始めると本が読めなくなるのか』の逆張りを行く男。
なぜ働いていても本が読めるのかといえば、やっぱりそれだけ本によって人生が作られていたからだと思う。この年になると「自分を作った本」と言えるほどのものにはなかなか出会えなさそうだが、それでもこの世界をもっと楽しむために、読書は続けていきたいところである。本があってくれて今まで本当によかった!!! 今後ともお世話になります。
…… …… …… …… …… ……
以上!!
後輩からきっかけをもらい、こうして「私を作った50冊」を作成してみたが、改めてまとめてみると、「自分がどこから来たのか」というのをはっきり知った気がする。己のルーツを知る旅であった。
改めて思うのは、人生の一番つらい時期に、そばに本があってくれてよかったということである。何回か書いたが、「こんな自分でも生きていていいんだ」ということを強く実感できたし、また、そう思わせるものを用意してくれていたこの世界にも強く感謝している。おかげで世の中を憎まずに済んだし、こんな自分でもどこかには居場所があるんだということを教えてもらった気がした。世界の懐、深し。そしてこの世界はまだまだ面白いことだらけと思うので、もっと読書を通じてこの世界を知っていきたいと思います。
最後ちょっと力尽きて、まとめが雑になりましたが、そんな感じです。
一つだけ言うと、50冊は多すぎです。書くのに一か月半かかりました。そもそも出版社に就職する人用の課題だからな……. 10冊ぐらいがちょうどよいかもしれない。
一応、もし10冊にするとしたら以下の通りですね。
重松清「エイジ」
向田邦子「思い出トランプ」
太宰治「斜陽」
田山花袋「蒲団」
日本文学 100年の名作シリーズ
ウラジーミル・ナボコフ「ロリータ」
三木卓「炎に追われて」
ティモシー・W・クルーシアス『大学で学ぶ議論の技法』
J・S・ミル『自由論』
リック・アンダーソン『学術コミュニケーション入門』
ただ、こうすると「ねずみくんのチョッキ」シリーズとかは確実に外れてしまうわけで、自分の読書人生の振り返りとするなら、やっぱり50冊は必要だったかなーという感じ。
以上です。
皆さんも気が向いたら「私を作った50冊」、まとめてみてはいかがでしょうか!? そしてこんな鬼長い記事を最後まで読んでくださって本当にありがとうございます…….
次は「私を作った音楽50曲」「私を作った映画50作」「私を作った漫画50作」でお会いしましょう。今後ともご贔屓に!! それでは!

