第68話、涙への回答

連絡


時間が足らなかったので、とりあえずの68話です。明日までにもっといいのが思い付けば変えておきます。五パターンくらい考えたラストで、一番簡単なのになっちゃったので。

明日の更新分もこれから仕上げないといけないので、そんなに変わらないとは思います。何か気付いた事や、変だなと思われたらコメントしてください。

この連絡からも察しが付くかと思いますが、返信する余裕はまったくありませんので、そこだけご理解ください。


それでは『涙への回答』、どうぞ。



〜・〜・〜・〜・〜・〜








 魔王は何を思うのか少しばかりの間が空き、再び存在感を取り戻す大悪魔の殺戮さつりく者達。異界の眼でいとしき地上生命を取り囲み、新たな主人の次なる許しを待っている。


 放つ猛烈な邪気や魔力のな質感、形状などが地上の生物とは絶対的に異なる。そこにるだけで肉体と精神が汚染されていく。


「……あぁ、そうだ。君等、人も殺してるらしいじゃないか。本当に見境がないな。この世に地獄でも作りたかったの?」

「ッ……っ、っっ…………っ」


 まさか返答を期待しているのだろうか。この状況で問答できる生物など存在しない。できるはずがない。


 魔王と眷属けんぞく等の眼差しに生命がれていくドレンミ達が、どうして応えられると考えているのか。毛髪が抜け落ち、肌が荒んで老け込み、腰を抜かす者等に何を望むのか。


「それなら、俺が作ろう……

『っ…………』


 黒々といきどおる眼光が持ち上がり、対面にそびえる〈とうとう危機きき・アヴィバリス〉を筆頭に、取り囲む眷属達が戦慄する。臓物も体液など無いにも関わらず、心臓はひねり上げられ、血のが一気に引いてしまう。


 地上の虫ケラが粗相そそうをしたせいで、とんだとばっちりを受ける。


「本当は俺の手で彼等に地獄を見せたかったんだけど、俺にはその能力がない。でも俺は勝手に約束して来ちゃったんだ」


 もしや? もしや、もしやもしやもしやもしやもしやもしや。もしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしやもしや。


「……君等は大昔に散々人々をもてあそんでいたって聞いた。だったらここに、地獄を作る事くらいできるよね?」


 圧倒的な期待感……と共に肯定を表す沈黙を、眷属達ですら余儀なくする。


 ここは魔王の御前であり、グレイは今や王の剣となった。


「君達にあげられる時間はそう長くない。ただし、その短い時間の範囲内なら、死なない程度で好きにしてくれていい」

『————!』


 魔王から下知げちされた『好きにしてくれていい』との文言に、眷属達の顔付きがあからさまに変わる。


 地上と異界では時の流れも感じ方も違う。“短い時間”という間隔かんかくは正確につかめないまでも、好きに振る舞える時が来たのだ。


 自由が、あの頃のような自由が、またやって来たのだ。


「これだけは言っておく」


 秘めた心情の機微きび見透みすかし、ふくれ上がる邪念を鷲掴わしづかみにして、魔王はくぎを刺した。


「誰かひとりでもこの場から逃げ出そうとした場合、その瞬間に君達は地上から居なくなっているものと考えて欲しい」


 何を言うのか。貴方あなたを前にして、どこの死にたがりが逃げようと言うのか。


 そのような考えなど微塵みじんもありはしない。逆らえば惨憺さんたんたる結末を辿たどるのは、あの時から確信的に刻み付けられている。


 逃亡を図る者がいようものなら、魔王が動くより素早くほうむるのみ。総じてその決意をがんと固めた。


「いいね?」

『…………』


 優しげでもある確認に、存在の根源が屈服する。その瞳がかもす最初にして最終通告に、異界の邪心が根元から屈した。


「まず精霊を倒してくれ。彼等は関係ないから」

 

 魔王の命令が下され、瞬時に八体の邪霊は姿を消した。邪霊へととした賢者への意趣も憎悪も、群がった眷属達により泡沫ほうまつ夢幻むげんと散る。


 それどころではなくなる。


 異界の『冬』とは終末に同じ。万事の“終わり”を指し示す。悪魔もこごえる寒気の白風は邪霊のみを凍結させ、粉々と弾けさせた。


 それだけではない。地獄の業火が吹かれれば邪霊は焼失のき目にい、怪魚に殺到される邪霊は霊力をい漁られる。


 我先に飛び掛かる魔手が喰いむさぼり、邪霊は成す術を失って消滅した。


「————地獄を、ここに」


 王の号令が発せられる。霊の回帰を見届けた魔王は、左手をかかげて地獄の再現を要求した。


 地上の生命を冒涜ぼうとくし、毒毒と汚染し、本質的にけがすよう命じられる。古の時代以来となる“悪魔危機”が再来するのだ。


 死なせぬように生かしたまま、魂と精神を壊して歪めてなぶり尽くす。


『——————————!!』


 悪意が弾ける。邪気がぜる。この世のものとは比較にもならない別次元の悪質的加虐が始まる。


 本日の主役は魔王でもセレスティアでもない。シーロやネムでもなければ【賢者会】でもない。


 この世と完全に乖離かいりした異界の眷属達が、歓喜の絶頂にて祭りを起こす。陽気な若者が夜会を開催するように、みずからを大いにさらけ出した。


 かつていにしえの猛者を一切合切焼き焦がした炎の巨兵。地獄の業火で形作られる上半身のみの凶悪な眷属だ。その色合いはより明暗と発熱に光り、両手につえつく灼熱の大剣を振れば辺りへと紅蓮ぐれんかれる。


 その炎は生き物のようにうごめき合い、掴みかかる手を伸ばしながら拡散される。矮小わいしょうな人族の足元から、炎波の下僕げぼく達が押し寄せた。


「ギャァああ!? 鳴呼あっ!? 亜ァァあああああああ!!」

「はぁああアツイっ!? アツッッ、焼けルゥゥゥウウ!?」


 周囲に並ぶ眷属の影で、煌々と燃える邪炎の絨毯じゅうたん。死に物狂いで情熱的に、愉快に踊る人を見下ろし、炎の熱から逃れようと無駄に足掻あがく様を鑑賞する。


 けれど、どれだけの時間を焼かれようとも変わるものはない。ただまとわりつく邪炎の生命体を払おうともだえるのみ。


 骨肉どころか衣服にすら変化はなく、訪れるのは終わりなき焦熱に焼かれる感覚のみ。獄火の牢獄にて焼け死に続けるのみである。


 〈炎群えんぐん危機きき・ボフヴァン〉。


 それはまごう事なき異界の炎。だが、意識的に物体を焼かずして精神のみをむさぼれる悪魔界の虐炎である。


『…………』

「ガガガぉえっ!? ビガっ、ガがかっ——!?」


 細い糸の集合体である怪人は、人の血管に糸を通して完全支配した。


 穴という穴から体内へと侵入され、皮膚の下にある内部を網羅され、操作され、その感覚は敏感に感じられる。


 やがて糸は脳へ到達し、あらゆる電気信号が支配され、地獄の苦しみが訪れる。


『ゴブォ!? ダズゲ——ブボァ!?』


 液体の中で溺死できしを繰り返す人族もまた悲惨だ。球体の羊水内での赤子に囲まれ、手脚をがれ、自然と繋がり、また喰い千切られる。


 久しぶりの玩具おもちゃは至極の娯楽となる。


 人面にも見えるかえるじみた顔に、巨大な達磨だるまのように肥大した液体の腹。内部には怪魚ゲコン達が泳いでおり、再生地獄にある人族を徹底的にもてあそんでいる。


「ッ———っっ——ッ————」


 白眼をいて異界のむしはらむ者もいた。内臓に卵を植え付けられ、身体の至る所がうごめいてふくれ上がり、成虫となるでもなく人の内部から伝わって来る恐怖心をたのしんでいる。


 他にも頭をみ込む植物らしき生物は、嫌悪極まる幻想を展開して感情を決壊せしめ、異界の花粉は死を求めるほどのかゆみをもたらした。


 眷属が八人を各々の手法をもってして悦楽の時を過ごす。


 見事に阿鼻あび叫喚きょうかんの地獄絵図が生まれていた。


 しかし、この者達は幸運だ。本来ならここに、二の眷属がいた筈なのだから。〈疫災えきさい危機きき〉に見舞われず、あの本格的邪気に触れずして済んだのだから幸せだ。あぁ、なんと幸福な事か。


 だがここに来て、至極必然的な問題アクシデントが発生する。


『————』

『っ……!?』


 最も強大な眷属であるアヴァバリスが、人族を独占し始めたのだ。凍死もしないまま凍り付く人族を氷塊ごと寄せ集め、眷属達の手が届かないように浮遊させて避けながらに愉しみ出した。


 これに異論を突き付けたのは、アヴィバリスに次いで強大な〈炎群危機・ボフヴァン〉と〈噛蟲ごうちゅう危機きき・キキッカカ〉である。


『っ…………』

『…………』


 まさに大乱闘の乱痴気らんちき騒ぎとなる寸前に、本来の趣旨しゅしから外れる事が『王』の不興を買うのではと察して固まる。


 アヴィバリス達が恐る恐る視線を向けた。魔王の顔色を伺い見た。


 魔王は眷属から集まる視線を受けて、眼差しの意味するところを悟り、肩をすくめて事もなげに答える。


「…………それが地獄の流儀だって言うなら、構わないよ」

『——————————!!』


 再び、この世にあらざる者達の喚声かんせいが巻き上がる。地上を徹底侵蝕しんしょくし、古代を恐怖で染め上げ、生命汚染と精神恐慌で踏み付けた『危機』が再開される。


「マズイマズイマズイッ!! マズイってこりゃあ!!」

「セレス様ッ、とにかく離れましょうっ!!」


 遠目に構えていたネム達だったが、激化する眷属の乱闘でき散らされる余波に慌てて逃げ出した。


 悪魔界の攻撃は地上にとって、どれもが致命的となる。直撃しようものなら武装や能力を問わず、肉体のみならず魂までがけがされる。地上の物質は分別なく汚染されて有りようゆがめられ、自然界にあってはならない不浄物へと変えられる。


『ッッッッ!!』

『…………』


 侵略する業火の高波をボフヴァンが起こせば、海亀の顔面を少しばかり持ち上げるアヴィバリスが、氷壁を打ち上げて受け止める。溶けるよりも早く凍らせ続け、で付ける獄火の下僕を退けた。


『————』


 〈疫災危機・ココンカカ〉系であり、蟲系眷属の新たな支配者として君臨するキキッカカは、数珠じゅずのように連なる自らの身体を解体。


 空をゆく数キロメートルはあろう大蛇がごとき姿は散り散りとなり、羽化させながら更に増殖。アヴィバリスとボフヴァンへと襲いかかる。


 ココンカカほど規格外ではないものの、両者の冷気や炎さえも喰らって増殖し、特殊個体を生みながらキキッカカは増大化していく。


 キキッカカに可能なのは精々が、あらゆる物に卵を植え付け、無限増殖して半永久的に襲い続ける程度である。ここに傘下さんかである怪魚群ゲコンや地獄獣の群れなどが加わり、数の力を奮うしかない。


 こうなればアヴィバリスと言えども、八人を保持し続けることは難しい。気付けば氷塊は放り出され、ドレンミ達を目掛けて眷属はむらがっていく。


『っ…………!』

「——がひゅ!?」


 巨象きょぞうを思わせる二足の重戦士ドゥルノーアに打ち払われ、氷ごと全身を砕かれながらにゲコンの母の胎内へ撃ち込まれる。死なぬようにと再生させる間に、ドゥルノーアは迫る獣を踏み潰す。


『————!!』


 他にも〈獄獣危機・ザガ〉の魔獣に喰い漁られれば、すかさず死にかけたソレをくわえてゲコンの母“ヤコン=リカ”へと飛び込んだ。


 自然と再生者の元へと集まる【賢者会】。集められてはもてあそばれ、また復元されて投げ出される。まるで幼児がボールで遊ぶように。


「アァ!? ママっ、ママぁぁああ!!」

『…………』


 ヤコン=リカが再び地獄へ投げ出されてすがを、わらった。


 異界の母であるヤコン=リカは人族の再生など出来ない。治せるのは、子供であり同種であるゲコン達のみ。


 そう、彼等はゲコン達と同じ彼女の我が子へと産み変えられていた。どうしようもなく依存するよう作り変えられた【賢者会我が子達】を愛しく愚かしく思い、再び胎内へ帰って来る瞬間をゾクゾクと待ち焦がれて、彼女は嗤っていた。


 次はどう産み変えようかと、我が子の再誕を今から待ち切れずにいた。

 

 彼女から追い出された八人は、アヴィバリスに奪われては凍死し、ボフヴァンに死守され焼死し、悪魔界の卵や苗を産み付けられて寄生されては元通りとなり、また噛み殺される。


 異界の病魔に気が触れようとも、死をどれだけ願おうとも、ヤコン=リカは全てを受け入れる。故にまだ暴れ回れる。


 極めて狭苦しい場所で引き起こされる古代を襲った大厄災の数々。それはたった八名の微弱な生命の取り合いに振るわれる。


「…………」


 八名に群がる地獄へと魔王が降り立つ。着地して顔を持ち上げ、同時に目蓋まぶたを上げていく。その冷徹な表情は業火に照らされ、眼差しを向ける瞳にも色合いが乗っていた。


「……そのくらいで構わない」


 魔王の淡々とした指示を聞き届け、眷属達がまた八人を取り囲む。巨影でおおい、好き放題に蹂躙じゅうりんされて理性も尊厳も手放した人ケラと魔王を見つめる。


 だが脆弱ぜいじゃくな人族は一向に起きない。また魔王から眼差しを受ける羽目になるやもと、焦れた怨歌えんかの眷属が奇声を発する。


 あわを吹き、用を垂れ流し、気絶する間抜けを叩き起こした。


「……君らはたった三分だけど、あの魔物達はもっと長い間も地獄にいたんだ」


 意識の混濁こんだくいちじるしい間にも“三分”という馬鹿げた単語はスルリと耳に届いた。何十分か数時間は経過していた筈なのに、このに及んでだます必要が何処どこにあるのか。


「辛く苦しい時間ほど長く感じるものだ。楽しい時間があっという間に過ぎるのとは違ってね」


 魔王の動き出すきざしを受けて、心身が再び凍り付く。殺してくれとすら願った。


「じきに迎えが来る。あとは任せるよ」


 きびすを返し、背を向けた魔王が歩み出す。


 希望の光が射し込む。どうやら王国に身柄をゆだねるらしい。


 眷属は魔王の剣へと吸い込まれていき、元の青空が広がる地上が現れる。やっと地獄が去って行ったのだ。


「っ…………」

「…………ッ」


 何故、自分達がこのような目にわねばならないのか。き上がったのは安堵あんどの反動から来る猛烈な苛立いらだちである。


 王国の為、王女の為、命も投げ打って打倒魔王に名乗りを上げた賢者であるのに何故。その為の備えを徹底したというだけで、何故なのか。どうして魔王が強いというだけで、このような理不尽な目に遭わねばならない。


「……まだ、りてないんだね」

『っ…………』


 示し合わせたように息を呑む。内心の思惑が筒抜つつぬけであるかのごとく、魔王の声はひどく冷め切っていた。


「それなら、後は


 投げやりな捨て台詞ぜりふを残して、立ち去るべく魔王が歩み始めて解放される。


 ……足音が離れ、心からの安堵を迎える。ゆっくりと深く息を吐き出し、悪魔から生き残った奇跡をみ締めた。


 あとは今後の展開だ。王国から追及されるだろうが、なんとでも言い逃れはできる。またはドミネッタの情報をほのめかして、司法取引に持ち込むのも良い。


 知らぬ存ぜぬ、そもそも大抵はこれでやり過ごせる。


 同時に強く想うのは賢者の魔術。味わった全能感たるやアレだけは手放しがたく、石にも予備がある。魔王には関わらぬように配慮して、またあの力は魔物でも使って研究すべきだろう。


 ゴブリンやオークなどは沸くように出没する。傭兵にでも根こそぎ捕まえさせれば良い。


 だがしばらくは五体投地で休もう。いや、どこかでバカンスでも楽しもう。拭えぬ精神の疲労が————


『————』


 持ち上がった視界を埋める無数の————異形の手。背を向けて歩む魔王の逆手に持つ宝剣から、眷属の手が伸びていた。


「や、ヤメぇッ————————」

 

 悲鳴ごとつかまれた八名が引きり込まれ、地上から姿を消した。何処へ行ったのか、どうなって消えたのか、それを知る者は“この世に”存在しない。


「……勝手にした約束だけど、果たせたよ」


 蒼天へと哀悼を告げた魔王は、順手に持ち替えたグレイを一度だけ振り、肩に担ぎ直してその場を跳び去った。

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古き魔王の物語をっ! 壱兄さん @wanpankun

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