〝職歴30〟〝大学・院は10〟 ウィキ日本語化したネット民の人生 「稼ぐよりもおもしろいことを」
仕事は3ジャンル
現在は東京都在住で、作曲家である息子と2人で会社を運営しています。 法律事務所に勤めていた名残で、かつては法律事務の下請けをしていましたが、今は電子部品の販売や音楽家である息子の著作権管理をしています。 経験してきた仕事を一通り教えてもらいました。 「私の中では3つのジャンルに分かれていて、IT、事務と、雑誌や新聞などマスメディアに関わるものです」
「寒くて1日で辞めた」ものも
「事務だと公務員、法律事務所、司法書士事務所もありました。博士課程のころにはお金が足りなくて専門学校で情報処理の非常勤講師もやりました」 「ITは、電話会社や民間企業のIT部門ですね。秋葉原の家電量販店でコンピュータのオペレーターをやっていたころ、周辺にインターネットの専用線が敷かれることになったけど、管理できる人がいないっていうんで、手をあげて責任者になったこともありました」 「雑誌、新聞、広告の仕事もしたことがあるし、男性誌やゲイ雑誌の撮影もやりました。バイトも入れるともっといろいろやってますよ。ワコール、帝国データバンク…冷凍倉庫は寒くて1日でやめました。郵便局の集配は楽しかったですよ」 法律事務所と電話会社勤めが長く、6~7年続きました。それ以外は飽きるか「だいたいクビになった」といいます。 「『もっとこうしたほうがいい』って口を出すとだいたいクビになるんです」
充実した人生のための仕事
これだけユニークなキャリアを歩んできた梅本さんに人生観・職業観を聞きました。 民間企業で働いていたころ、上司から「あと3年我慢してくれたら好きなところに異動させてあげるから」と言われたことがありました。 その企業には南極観測隊への派遣制度がありました。 梅本さんは南極に行けるなら我慢するつもりでしたが、途中で制度が縮小されて南極行きの可能性はほぼなくなってしまいました。 「3年もあったら学位取れるよねと思って、仕事を辞めて進学したんです。生きている時間は限られてるんだから、我慢してお金を稼ぐよりもおもしろいことをしたい」 「永遠の命じゃないからなるべく充実した人生にしたい。そのための手段が仕事、という位置づけです」