ぎえーーーーーーーー!
今回は「天人唐草」について
中学のころ、朝の読書の時間にちょうどよさそうな文庫を探していて、図書室で「日出処の天子」を借りた。当初は合法的にBL要素含む漫画が表紙の背後を注意せず読めるという下心からページを開いたが、若き聖徳太子の孤独な生きざまに切なくなった。
それをきっかけに山岸涼子先生の作品に興味を持ち、繊細な描線に反した少女漫画らしからぬえげつない作風に心ひかれた。先生の数多い作品には頑張る女の子やハピエンやロマンスはあるけれど、それに該当しない話は「ご都合主義恋愛至上主義あまあまふわふわ」な少女漫画思想を絶望に叩き落していくものもいくつかある。
「天人唐草」は文春文庫の短編集にある表題作。かの有名なおやすみプンプンと双璧をなす吐き気催す胸糞漫画。すごく良い意味で。四十年以上前の作品なのに、妙に現代人の劣等感を突いてくる。以下ネタバレ注意。
主人公の響子は、オチから言ってしまえば両親の死別と性被害という地獄のコンデンスライフで精神崩壊する。だけども彼女の心を傷つけた致命傷はそんな大規模な悲劇よりも日常的にありうる自我にかかった呪いだと思う。
彼女は戦後思想の強い父親からあれはだめこれはだめとジェンダーバイアスをかけられて臆病な娘に成長していく。芯の弱さに釣り合わぬ神経質で完璧主義な性格が災いし、学校でも職場でも周囲から人が遠ざかっていく。もうこの時点で書いている自分の胃が痛い。
怒られるのが怖くて自分から何かを挑戦せず、人とのかかわりを避ける響子。逃げ腰で父の言いなりになるうちに人生の選択肢はなくなっていく。父親からの叱責がトラウマになっているのはわかるが、どこか父に従えばどうにかなるような甘えも混ざっている。
そしてとうとう信じていたものに思わぬ形で裏切られ、打ちひしがれ、弱り目に祟り目どころではない運命が待ち受ける。ラストと冒頭はつながっており、そうなるに至った過程が淡々と描かれている構造をしている。
響子の真面目でおとなしく損ばかりする性格は、この数年増加している「ほんとはだらしないだけなのに真面目に見える陰キャヲタク」に重なる部分がある。作中の職場の飲み会シーンが特に似ている。響子は社会人だが高卒でまだ未成年なので酒が飲めない。それをかたくなに守って先輩や上司からの酒を拒む。令和のフィクション表現倫理ならそこは「ええことやん真面目やん」と評されるだろうが、社会の中では融通をきかせて帳尻合わせのルール違反をやらないとやっていけない。会社じゃなくても高校くらいからそう。校則の化粧禁止ミニスカ禁止バイト禁止は、最初からぐうたらでおしゃれもバイトも興味ない人に向けて言ってるわけじゃなくて、あれは自立に向けてそういったことにも背伸びする学生に「ほどほどにしときなさいよ」と言っている。
そのあと響子は職場でちょっと気になっていた男性を、自分とは正反対の派手でいい加減な同僚に取られるのだが「女としてのつつましさという大義名分にかくれて なんら積極的な態度をとらなかった響子にとってそれは当然の結果だった」というあまりに手厳しいナレーションが入る。この敗北を職場恋愛じゃなくても大学生活にずらして例えたら、真面目な陰キャ学生より講義サボりまくりギャルの方が早く就職が決まって陰キャ学生が何千社と就職試験落ちている間に仲間と遊び散らかしてる図に近い。
前述の派手女青柳さんも教訓となるキャラだと思う。酒カスヤニカスで外回りの仕事なんか平気で喫茶店寄るし、オフィスデスクで化粧しながら響子に「いいわね岡村さんお化粧しなくて済む人って。いつまでも少女のよう」などと嫌味とも皮肉ともつかないことを言ってあくびする。それ自称童顔ダサ服ヲタ女にも言ってやってほしい。さておき青柳さんの存在は、己の先入観を自分は正しいと思い込んでいる響子に対する答えになっていてよかった。
この漫画は、山岸先生ご自身も厳しいお母さまの言葉で自己肯定力を削り取られた子供時代が反映されているらしい。私の場合は父は全然おおらかで優しいんだけど、母の方は厳しいというより断定的な物言いで指摘するものだから、それで自分の意見がはっきりしなくなった気がする。カーチャンの物差しで言い切った言葉が、そこにもともと頭の悪い私の思い込みが加わって「母の言うことが世界標準基準」さとインプットされて周囲とズレていったところがある。人のせいにしてはいけないけど。
天人唐草の収録された短編集はほかに四話あり、唯一ハッピーエンドの作品がある。もしご興味があればぜひ


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