飯塚被告が投稿していた絶望(Xより)
「発注書を漢字で書けない」
弁護人はAさんによる保護観察経過報告書の一部を証拠として読み上げた。これは毎月行われていた面接の中で話された、飯塚被告の仕事ぶりに関して抜粋したもので、それだけでも80回分ほどの記録があった。この記録をもとに被告人の就労の様子を紹介していく。
飯塚被告は、コンビニ強盗に対する保護観察付執行猶予判決を、再スタートの機会としてよろこんだという。令和元年7月に行われたAさんとの最初の面接でも「勤労意欲前向き」などと記載されている。
その直後、介護施設での勤務が決まった。その後の面接でも飯塚被告が満足している様子が記録されている。しかし飯塚被告は、仕事を覚えることや文章を理解することが苦手なことから、徐々に人間関係が悪化する。そして、試用期間後の雇用契約は更新されなかった。
その後、不採用が続いた。そのうち1社では、インターネットで被告人名を検索され、前科の事件がヒットしたことを理由として不採用となったこともあった。
令和2年1月、ペットショップにて働き始める。ここが1年3か月と最長で働いた場所となる。
その後の面接では、仕事を楽しんでいる様子、店を1人で任せられることもあり充実した様子、客とトラブルになるも静かに聞き入れた様子などの記録が続く。勤務は週に5~6日にもなり、「ウチの会社」と呼ぶなど馴染む様子があった。ペットの飼育管理士の資格も取った。
しかし勤務から約半年後、飯塚被告と店長との関係性が悪化する。その後、Aさんに対しストレスを打ち明ける様子もあったが、「仕事を手放したくない」、「やめたくない」などの思いが数か月続いた。しかし勤務は週1日程度に減らされてしまった。
その後、ペットショップと並行して倉庫作業の仕事をはじめる。しかし、その翌月には仕事を2つとも退職することになる。
その後、令和6年1月の最後の職歴まで不採用や、採用されても長く続かないことばかりだった。100円ショップでは、ハンコが売れると発注を行うが、漢字が苦手で発注書が平仮名となることを上司に何度も注意された。ホテルのベッドメイクの仕事では、タオルがうまくたためず、部屋の清掃目標も手抜きしてようやく半分ほどという状況だった。
被告人は指示を受けると混乱することがあり、また仕事のやり方に自身のこだわりが強かった。2件目のホテル清掃の仕事では、自身の掃除機が他者に勝手に使われるなどルーティンを崩されたことなどから無断欠勤したこともあった。
鑑別所で検査を受けた際は「質問の意味がわからないことが多かった」などと面接で明かし、後に「軽度の知的障害あり」として療育手帳が交付された。
確かに被告人の職歴は短いものばかりだった。しかし裏を返せば、それほどまでにチャレンジした結果とも捉えられる。弁護人は読み上げた保護観察経過報告書を総括して「就労意欲はあり、保護司のもとに毎月訪れ面接をして、指導を受けている様子が確認できる」とした。