c飯塚被告が乗った車両(Xより)
「酒鬼薔薇 神戸児童殺傷事件」を検索
被告人は平成30年、コンビニ店員にサバイバルナイフを突きつけ、現金2万円を奪う強盗事件を起こしていた。翌令和元年の裁判で、懲役3年保護観察付執行猶予5年の判決が言い渡される。その後、今回の被害者が保護司の担当となった。
保護観察処分となる場合、対象者は全員に課せられる「一般遵守事項」と、個人に課せられる「特別遵守事項」の2つを守らなければならない。再犯をしなくても、この遵守事項を守らないことで執行猶予が取り消される可能性がある。
被告人に対する特別遵守事項は「就職活動、もしくは仕事をすること」だった。たびたび公判で言及されるが、被告人は就労意欲がないわけではなかった。しかし、執行猶予判決を受けて以降に就いた仕事は長くて1年3か月程度、経験した約10の仕事はどれも長続きしなかった。事件の数か月前には面接の不採用も続き、自信がなくなっていたと検察官は主張する。
その頃より、自身が苦労しているのは国や制度が悪いなどと思うようになり、SNSのXには「ちょっとだけ知〇(後の供述で知事と判明)殺そうかと画策中」などと投稿。インターネットの検索履歴には「首 動脈」「火炎瓶 作り方」「人を傷つける方法」などで情報検索し、過去に起きた「長崎市長銃殺事件」や「酒鬼薔薇 神戸児童殺傷事件」などについてサイトで情報収集した。
そして、国家公務員である保護司を殺害することで政府へ報復するなどと考えるようになり、当時から面接に当たっていたAさんの首を切って公園に捨てるなどと計画したのだという。
検察官が読み上げた飯塚被告の調書の内容などから、事件当日の様子を再現する。
殺害されたAさんが最期に残した言葉
その日は、あらかじめ定められたAさんとの面接の日だった。あらかじめ犯行を決意していた被告人は、カバンに凶器のナイフと斧、そして逃走時用の食料品、衣服などを持って家を出た。
被害者宅の近くの公園で、ナイフをポケットに、斧はトートバッグに入れた。食料品、衣服は公園の茂みに隠した。
予定された時間通りに家へと訪問した。事件現場となったリビングのテーブルには缶コーヒーが2本置かれていた。いざ犯行となると緊張感が押し寄せ、トイレへ向かった。しかし改めて犯行を決意し、ポケットに入れていた折り畳みナイフの刃を出して、トイレを出た。
リビングに戻ると被害者は背中を向けて座っていた。その後、被告人はその頸部や胸部をナイフや斧で刺すなどした。傷は20か所以上にも及び、骨を損傷させるほどの傷や心臓にまで至る傷などがあった。
飯塚被告の供述によると、Aさんは「やめとけやめとけ」「なんで、こんなことするんや」「社会に戻るんやろ」などの言葉を残しており、その抵抗する声は隣の家にまで届くほどであったという。
その後、ナイフや斧を捨て、衣服も着替えて行方をくらませたが、4日後に両親と住んでいた実家に帰った。飯塚被告の両親はAさんが死亡していることを把握しており、すでに警察に相談していたという。
母親が「とりあえず警察行きや」と告げると飯塚被告は「お前許さん」などと言い残して家を走って出ていった。その後通報を受けた警察により被告人は見つかり、刃物を所持していたことから銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕された。
その職務質問の際に飯塚被告は「死刑にしないでくれ」「革命を起こした」などと供述していたという。
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