123 砂漠の畑 2
ロロとシレーヌはリーンから別に頼んだ仕事があるということで、俺とリーンは二人を村の中に残し、若い獣人カイルと三人でかつて『豊かな森』があったという場所へと向かった。
だが、いざその場所に辿り着いてみるとそれは見渡す限りの荒野でしかなかった。
「この辺りが我々の言い伝えにある『神域の森』……かつて豊かだった、とされている土地です」
「ここがか? 今はかなりの荒地だな」
「祖母の世代にはここに作物を植えたり、色々と試してみたそうですが……結局、何も育たなかったそうです」
「そうか」
軽く足元を掘ってみると砂ばかりでなく、枯れてはいるが一応ちゃんと土らしい土もあった。
でも、その土は見るからに痩せていて、俺の知っている作物はほとんど育たなそうだった。
リーンも地面に手を当てて何かを調べている様子だったが、すぐに何かがわかったらしく俺に声をかけてきた。
「……ノール先生。この辺りの土には、あの毒が含まれているようです」
「毒?」
「はい。村のみなさんの体の衰弱の原因となっていた毒です。微弱で、ほんの少し口にするぐらいなら問題ない程度ですが……どうやら、この辺りはかなり広範囲にわたって汚染されているようです」
「そうか」
「それと、この地面のかなり深くにはある程度の『水』があるようです。水脈かどうかまではわかりませんが……まるで地下の湖のように、一箇所に溜まっているようです。水質は調べてみないとなんとも言えませんが……もし質が良ければ小規模の農業用水としては使えるかもしれません」
「……そうか」
さっそく、リーンがすぐに何かのスキルで土の質と水の在処を調べてくれた。
本当に何でもできるなこの子は……と俺は感心しつつ、水がありそうだという話にやる気が湧く。
俺はもうこの子の万能具合には慣れ始めているが、流石に隣の若い獣人カイルは驚いているようだった。
「この地下に、水が……? そ、そんなことまでわかるのですか……?」
「はい。といっても、正確な深さはわかりませんし、おおよその位置と、なんとなくこれぐらいの大きさのものがありそうだ、という漠然とした情報がわかるぐらいです」
「そ、それでも、凄すぎるぐらいです。我々には何もわかりませんでしたので」
「ああ。それだけでも十分すぎるぐらいだろう。じゃあ、さっそく掘ってみるか」
「はい。では、よろしくお願いします。カイルさんも一緒に向こうに行きましょう」
そう言ってすぐに俺のそばから離れようとしたリーンだったが、俺とリーンのやりとりに、獣人の青年は少し意外そうな顔をした。
「あの……まさか、お一人で掘るのですか? 自分も腕力には自信がありますので、お手伝いはできると思いますが」
「そうですね、普通ならそうしていただけると助かるのですが────でも、今回はノール先生お一人にお任せした方がいいと思います」
「……?」
「ああ、そうだな。これは俺の得意分野だし、任せて欲しい。でも、かなり土と砂が舞うと思うから離れていてくれ」
「は、はい……?」
若い獣人はまだ納得がいっていない様子だったが、リーンに連れられるようにして一緒に俺の側から離れていった。
「……あれぐらい離れていれば、大丈夫だろう」
俺は二人が十分に離れたことを見届け、『黒い剣』を地面に突き立てた。
砂地だけあって剣は地面にすんなりと飲み込まれていく。
「これなら掘りやすそうだ」
そうして俺は『黒い剣』を砂にのみ込ませたまま、思い切り跳ね上げた。
「パリイ」
すると雲ひとつない青空に大量の砂塵が舞った。
同時に、俺の足元に大きな穴が開く。
思っていた以上の大穴があき、自分でも少し驚いたほどだが、ここなら王都の工事のように力加減を心配することもなく思い切り作業ができ、むしろ気分は爽快だ。
ミスラから帰国して以来、俺はかなり腕力がついた。
新型水路建設の土木工事で王都周辺の土という土を掘りまくったせいもあると思うが、それ以前にミスラであの巨大なスケルトンの『黒い雷』を何度も受けて弾く、という壮絶な体験が想像以上に俺の身体に負荷をかけたらしく、あれから『黒い剣』が少し軽く感じるほどだった。
あんな恐ろしい体験はもう二度と御免だが、その経験のおかげで俺はかなりの成長を実感できている。
未だに新たな『スキル』が身につく気配は全くないが……まともな『スキル』がなくてもリーン達の依頼のおかげで俺なりに冒険はできてしまっているし、最近の俺はそれでも結構満足してしまっている。
とはいえ、やはりゆくゆくは一人旅をしたいという目標もあるし、行く先々で俺一人では到底敵いそうもない敵とばかり出会い、力不足を感じることも多くなってきているので、スキルが身につく身につかないは別として、少しずつでも強くなるための訓練は欠かさないようにしようと思っている。
それで、サレンツァの旅に出ている間、日課の訓練をどうしようかと思っていたのだが。
「パリイ」
この砂に剣を埋めては力任せに跳ね上げる作業。
これは結構いいかもしれない。
辺りに大きく砂をまき散らしてしまうのが難点だが、適度に腕に負担がかかり、人のいない場所でやる分には迷惑がかからない。
それなら、しばらくこれだけやっていてもいいかもしれないな、と、そんなふうに思いつつ。
強引に剣を地面に刺しては砂を跳ね上げ、その衝撃でまた地下へ地下へと掘り進む。
「パリイ」
そして、掘って出来た大穴の底に周りから砂が流れ込む前に飛び込み、再び『黒い剣』を突き立て、思い切り砂を跳ね上げる。
同じことを繰り返す度、面白いほど大きな穴が掘れ、そのままの勢いでどんどん奥深くに掘り進んでいく。
────この作業。
単調だが、かなり楽しい。
ただ穴を掘るのが楽しいなどと、まるで子供のようだが、面白いように地面が掘れてしまうので仕方がない。
そして、やはりこの『黒い剣』は良いものだと改めて思う。
王都での土木工事の時にも思ったが、強引に硬い土を掘っても曲がる気配すらなく、石に当たっても石ごと削り取ってしまえるぐらいに頑丈だし、穴掘りには本当に便利だ。
形も平たく、まるで土を掘る為にあるような形状でよくスコップと間違えられるぐらいだが……もし畑を作るとなったら、大活躍間違いなしだろう。
この『黒い剣』にはこれまで『どぶさらい』、『杭打ち』、『石材の加工』と色々なことに役に立ってきてもらったが……実は、すごく農業に向いている武器なのかもしれない。
「パリイ」
その後も俺は快調に掘り進む。
だが、掘っていて少し妙だなと思うことがある。
先ほどから、掘れば掘るほど土がどんどん枯れていくように感じるのだ。
昔、ここに森があったというのなら、砂の下には栄養がある土が少しぐらい眠っていてもおかしくはない気がするのに。
まあ、今掘っている目的はまず水だし、俺が勢いよく深く掘り過ぎてしまって通り過ぎただけかもしれないのだが。
「けっこう、掘ったな」
気がついたら、俺は人の背丈40人分程は掘り進んでいた。
リーンが「水がある」といっていた深さまであと一息だ。
「すごいですね……これほどまでとは」
まるで谷底のようになった大穴の底から、ふと見上げると、穴の淵でリーンが村の青年と話をしているのが見えた。
「本当に、自分はまだ色々なことが信じられません。昨日、病を治療していただいた時から、まるでずっと夢を見ているような気分ですが、まさか水源があのような村の近くの場所に眠っていようとは」
「ちゃんとした水が出てくるかは、調べてみるまではわかりませんが……もしかしたら、砂と同じ毒で汚染されているかもしれません。もしそうなら、期待させてしまってすみません」
「いえ、それでも大きなことです。汚れていても水は貴重ですから」
リーンと若い獣人は水のことについて話し合っていた。
なるほど、言われるまで気にしていなかったが、確かに水にも砂と同じ毒が入っていそうではある。
まあ、それでも全くないよりはあったほうがいだろうと思いつつ、「まるで湖のような大きさの水」がありそうだと聞いていたので、俺は油断して水に落ちないよう、少し慎重になって穴を掘り続けた。
「そういえば、貴方達の部族の伝承では、ここには本当に森があったのですか? 掘っても、それらしきものはあまり見えて来ませんが」
「はい。村の言い伝えでは、ここは『神域の森』と呼ばれる神聖な場所でした。森には『神獣』と呼ばれる主が住み、そこの全てをほしいままにしていたと」
「森の主が『神獣』ですか?」
「はい。『神獣』は灰色がかった半透明の硬質な岩のような外皮に覆われた、巨大なサソリのような姿をしていた生物だったと言われます。性質は凶暴で森を力で支配し、時として我々にも牙を剥いたと聞きますが……人以外の全ての生物にも平等に死をもたらし、その死骸で森を肥沃な土地に変えていったと聞きます」
なんだか、聞いているとその『神獣』というのはかなり物騒な生き物に思えるのだが。
「単純に森の守り神のような存在、というわけではないのですね?」
「はい。『神獣』と呼んではいますが、森に集うあらゆる生物の頂点に立ち、土地に豊饒さをもたらす『神聖不可侵の獣』という程度の意味だったそうです。住処である森に立ち入りさえしなければ、我々に害をもたらすことはなかった為、我々の先祖は畏敬を込めて『聖と邪を併せ持つ、不可侵の獣』という意味の『イ・ゴル』と名を与えていたと言います。もちろん、一旦森に入れば我々に害をなすこともあったそうですが……我々は長い間『神獣』の支配する『神域の森』と上手く共存してきたと伝えられています」
「成る程。それが、何がきっかけで変わってしまったのでしょうね?」
「……わかりません。伝承では唐突に、としか。ある時、急激に『神域の森』が荒れ、同時に森の『神獣』が手がつけられない程に凶暴化したと言います。ついには村を襲い出し、村人は村を訪れていた旅人達と力を合わせて荒ぶる『神獣』を退けたといいますが……それから『神獣』は姿を消し、辺り一帯が何も実らぬ砂漠になってしまったと言います。それがおよそ五百年前の話だと。もう、村の者ですら知る者は多くない、あやふやな伝承でしかありませんが」
「そうですか。それなら、もしかして……?」
俺はひたすら穴を掘っているのでリーンの表情は見えないが、少し考え込むような間があった。
「……どうかしたのですか?」
「実は私は似たようなお話を本で読んだことがあります。もしかしたら、その『神獣』は私たちの言葉で言う『巨神殻類』かもしれませんね」
「『巨神殻類』?」
「はい。かなり古い書物の記述にある幻とも言われる生物ですが、思い返してみればカイルさんから伺った生態とそっくりですし、病気を引き起こした毒についても、それらしい記述があったと思います。『巨神殻類』は地上で生き物を殺し尽くして土に養分を撒き散らし、その一帯は一時的に肥沃な土地になると言われます」
「……一時的に?」
「はい。そしてある程度地上での成長を終えると、今度は大地の栄養をより効率良く得る為に地面に潜り、辺りの養分を吸収しながら長い眠りにつくと言われます。その時、周囲の生き物を徐々に弱らせて死に至らせ更に養分を摂取する為に『休眠毒』と呼ばれる微弱な毒を撒き散らすといい、多くの地域に原因不明の病をもたらしたとされます」
「……それは我々の伝承とも合致しますね。毒のことについては我々は祖先から何も伝えられていませんでしたが、『神獣』は大きな穴を掘って地中へと姿を消した、という光景は言い伝えでも何度も語られています」
要は、辺りの土地を一時的に肥沃にはするものの、それは全部その辺の養分を自分が独占する為ということらしい。
とんでもない生き物もいたものだ、と俺はうすら寒く思いながら穴を掘る。
「それに先ほどカイルさんがおっしゃっていた『灰色がかった半透明の外殻』。それも『巨神殻類』の大きな特徴とされます。あくまでも資料の上での話かもしれませんが、『巨神殻類』は『最硬鉱物』に匹敵する硬さの外殻に覆われていて、普通の武器では全く歯が立たなかったとされます」
「……それも伝承と一致します。この地を訪れた『英雄ザルバ』の一行が荒ぶる神獣を鎮めるのですが、その際、どんな刃物も役に立たず、辛うじて目を弓矢で射ることで撃退することができた、と。その伝承のおかげで我々の部族は弓を熱心に鍛錬するようになったと言われているのですが」
「それなら、十分にありえそうです。もし伝承の『神獣』が『巨神殻類』だとしたら、辺りに蔓延している毒もなんとかできる可能性がありますね。『休眠毒』を解毒出来る魔法薬はもう何十年も前に開発されているはずですし、材料も製法もそんなに珍しいものではなかったと記憶しています。材料さえ揃えば、多分、私でも作れると思います」
「お、おお……なんと……!?」
「まだ、そうだと決まった訳ではありませんが────」
なんだか、俺が穴を掘っている間に二人の話だけで色々な問題が解決してしまいそうな気配だった。
「でも、もし本当にそれが当たっていたら、カイルさんが古い伝承を教えてくださったおかげです。この村の方は昔からの口伝を大事にされているのですね」
「……いえ、自分の場合は祖母が部族の伝承を伝えるのに熱心で、たまたまよく聞かされていただけで。村人の多くはこんな昔話には興味はありません。今生きることに必死で、自分も正直、そこまで真剣に伝承を信じていたわけではありません」
「それなら、熱心に伝えてくれたお祖母様に感謝ですね」
「……そうなるかもしれません」
俺は二人の話に耳を傾け感心しつつ、砂を掘り進む。
村に伝わる昔からの伝承が数百年も経ってから村を救うことになるとは、面白い話だ。
まだ完全にそうと決まったわけではないが、リーンの口調だとかなり自信がありそうだ。
あやふやな昔の話に思えても、その中に幾つか事実が混ざっていると考えると、昔話も馬鹿にできないものだと思う。
もしかしたら、俺が昔、父親から聞いていた御伽噺にも本当の話が混ざっていたりしたのだろうか。
大半は作り話だと思っていたが。
今となってはほとんどがうろ覚えだし、もう確かめようもないのだが。
「……それにしても。その『神獣』がどこにいったのかは気になりますね。大抵、地下深くに眠り、硬い外殻から樹木の根のように辺りの養分を吸い取りながら力を蓄え、復活の時を待ちながら成長を続ける、とありますが」
「となると『神獣』はまだ、この辺りで眠っているのでしょうか?」
「いえ、流石に数百年前の話ですからね……移動しながら成長していく生物だと聞きますし、もう、ここにはいないと思います。それにもし、そのままこの辺りにいたとしたら、その『神獣』は五百年もの間、大地の精気を吸い続け、成長し続けていることになりますから。古い文献の記録には五十年程度の眠りを経て復活した『巨神殻類』の異常個体の記述もありますが、それはもはや身じろぎ一つで大地を揺らすような巨体で、サイズは大きなお城ぐらいあったと言いますし……今、それがこの地下で眠り続けているとしたら、どれだけ巨大になっているかなんて想像もつきません」
「それもそうですね。この辺りは滅多に地震は起こりませんし、さすがにそんなものが今も地面の下に眠っているとは思えませんね」
「いたら、それこそ神話の生き物です」
リーンと若い獣人が静かに笑い合うような声が聞こえる。
なるほど。
かつてここには、そんなとんでもない生き物がいたのか。
と、俺は二人の会話を適当に聞き流しながら穴を掘る作業を黙々と続けていたのだが。
「────ん?」
俺が人の背丈の五十倍ほどの深さの土を掘ると、『黒い剣』が何か硬いものに当たる感触があった。
地中深くに大きな硬い岩でもあったのだろうか。
でも、それにしても硬い岩だな、と思って見てみれば普通の岩ぐらいなら軽々と削いでしまう『黒い剣』が、半透明の灰色の岩のようなモノに当たって、そこで止っている。
「……なんだ、これは?」
俺は不思議に思い、その灰色の石のようなモノを何度か黒い剣で突いてみたが、やはり硬い。
結構強めにつついても、少ししか崩れない。
「……少し、強めに叩いてみるか……?」
そうして俺は剣を振り上げ、力を込めて叩いてみることにした。
そうして強めに『黒い剣』を振り下ろすと腕に強い衝撃。
見れば、灰色の岩が大きく欠けた。
これなら削れないこともない。
だがこの岩みたいなモノ、本当に硬い。
しかし、灰色がかった半透明な岩のようなモノか……この特徴、どこかで聞いたような?
と、俺が少しこの状況に違和感を感じていると。
「えっ、地震……!?」
「こ……これは……!?」
突然、辺り一帯を揺らすような大きな揺れが起きた。
思わず見上げると、リーンと若い獣人は俺が掘った大穴に崩れ落ちる砂に驚き、飛び退いた。
俺の頭上に大量の砂が流れ込んでくるのが見える。
だが、この揺れ。
最初は俺も地震かと思ったが、どうも違うような気がする。
というか、足元の灰色の岩のようなモノが動いているんだと思う。
多分、この揺れの原因は俺の足の下にある。
「────これは」
それはまるで生き物のようにうねっているようだった。その不気味な感触に俺が戸惑っていると、ますます揺れは大きくなる。
「先生!?」
不意に全身を貫くような衝撃。
気づけば、俺の身体は大量の砂ごと、大きく空中へと跳ね飛ばされていた。
「なんだ────?」
驚いて空中から地上に目をやると────
遥か下の砂漠の砂の上で、巨大な灰色の蠍のような生物が頭を持ち上げ、遠くに見える獣人たちの集落を押しつぶさんばかりに地に影を落としていた。