120 砂漠の宴 1 大きな鍋
「イネス、そこの刻んである材料、その平鍋で軽く炒めてもらえるかな?」
「わかった。炒めたらそのまま大鍋に投げ込めばいいんだな?」
「うん。それが終わったら、次に渡す材料をまた炒めて欲しいんだ」
「わかった、他にも何かあれば適宜指示してくれ」
獣耳の少年少女の村の真ん中で、ロロが銀色の小手のようなものをはめて手際よく食材を刻み、イネスとシレーヌに何かを教えながら三人一緒に料理を作っている。
「……ねえ、ロロ。こっちの食材はこれでいい?」
「うん。それはそのまま鍋に入れてもらえれば大丈夫。シレーヌさん、すごく料理の手際がいいね」
「そっ……!? それほどでも。うち、母子家庭だったからけっこう料理はしてたし」
「そうなんだ。じゃあ、そっちの作業はお願いしちゃっていいかな。ここに集まった人たちの分を作るとなると、まだまだ処理しないといけない食材がたくさんあるから」
「……わっ、わかったわ」
リーンの発案によって、馬車の中に積んできた食材で料理を作って村の人々に食べてもらおうということになり、彼らは早速、沢山の村人に行き渡るようにと馬車に積んであった大鍋で料理を作り始めた。
だが次々集まってきた村人の数の多さに、持ってきた鍋ではとても足りないということになり、急遽、村の祭りの時に使われていたという巨大な鍋を借りて作ることになった。
村の大鍋はずいぶんと長い間使われていなかったらしく、まずは綺麗に洗うところから始めなければいけなかったので、結局、その作業にかなり時間がかかってしまい、料理する準備が整った頃にはもう日は沈みかけていた。
昼間の熱い日差しがなくなると熱気のこもった空気が急に冷え込み、風が少し肌寒いぐらいだった。
村の広場には大勢の頭に耳の生えた人々が集まり、火にかけられた大鍋を囲んで座っている。
俺とリーンは彼らに混ざって一緒に座り、ロロたちが何かの料理を作るのを見守っていた。
「この村には、こんなに人が住んでいたんだな」
最初訪れた時にはあまりにも人気がなく、本当に人がいるのかと心配したほどだったが、こうして一ヶ所に集まっているのを見るとかなり多く感じる。
「村の人口はおよそ三百人だとうかがっています。これだけの人数がいると、水を得るだけでも大変でしょうね。幸い、私たちは馬車の設備のおかげで水には不自由しませんので、今回は皆に行き渡るように具沢山のスープを作ってもらっています」
「そうか」
ロロとシレーヌによって手際よく処理された大量の食材が、イネスの手によって大きな平鍋で炒められ、次々に巨大な大鍋へと投げ込まれていく。
彼らが料理に使っている食材は全て、俺たちが乗っていた馬車に積み込まれていたものだ。馬車の座席の下の部分が長旅の為の食料の貯蔵庫になっていて、そこに食材が保管されていたという。
乗っている時は意識していなかったが、貯蔵庫から中身を出してみると一体どこにこんなに詰まっていたんだというぐらいに大量の食材が現れた。
一食分であればこの村の人たち全員が十分に食べられるぐらいありそうだったが、この場に集まった大勢の村人に行き渡る分の料理を作るのは、なかなか大変そうだった。
「旅の為の備蓄だと聞いたが、あんなに出して良かったのか?」
「はい。必要な分はちゃんと残してありますので。とはいえ、あれでほとんどを使い切ることになると思いますが……今はこの村のみなさんの栄養状態を改善する方が良いと思います」
「そうだな」
周りを見渡すと、料理を作るロロたちの姿を腹をすかせた小さな子供たちがじっと見つめている。
彼らは昼の盗賊の真似事には加わらず、ずっと村の中にいた子どもらしいが、その身体は見るからに痩せ細っていた。
昼に砂漠で見た獣耳の少年少女の姿も、辺りに混じっているが、彼らの身体もあれでよくあんなに運動ができたな、と思えるほどに細い。
彼らはあの後、家族の病気が治って助かったことを知ると、皆で一斉に俺たちのところに謝りに来た。
リーンは皆にもうお仕置きは済んだから、と言って済ませようとしたが、中には謝って許されることではない、と自分たちに罰を与えてくれるよう望む子供たちもいた。
それには俺もリーンもどうしたものか、と首をひねったが、別に俺たちが彼らに更に大きな罰を与えたところで何の解決にもならないという意見は二人とも同じだった。
彼らも好き好んで貧しい思いをしているわけではないし、水と食料の不足から家族が病気になり、それを治す薬を買う金もないという状況で、追い詰められて犯罪に走ったという事情は理解している。
もちろん、彼らが昼間に俺たちを襲ったことは褒められたことではないが、だからといってもう反省しているらしい彼らを更に追い詰めて、なにかが良くなるかというと……きっと何も良くならないのではないかと思う。
シレーヌの話では彼らは元々、俺たちに危害を加えるつもりはなかったらしい。
最初に矢が飛んできた時、彼らは器用に俺たちの身体を避けて矢を射っていて、あのまま放っておいても誰にも当たらなかったのだという。
要はあれは単に脅かす為の威嚇で、俺たちが怯えているところで金品を掠め取って逃げ去ろうという魂胆だったらしい。
その魂胆はあっという間に脆く崩れ去ってしまったようだが。
シレーヌは矢の軌道からすぐに彼らの意図を察知し、反撃するときも彼らの身体を射抜かず、覆面とマントだけを射落とすことにしたのだという。
あの時、そんなやりとりが行われていたのだとは俺は全く気づけなかったが、確かに、獣耳の子供達からは俺たちを傷つけようという気迫のようなものが感じられなかった。
だからこそ、何となくぼーっとしたままロロと一緒にあの光景を見ていられたのだと思うが。相手の心が読めてしまうというロロも最初からわかっていたという。
もちろん、そういう害意を差し引いても彼らが行ったことは窃盗だし、非常に悪いことではあるのだが。
彼らもそれを悪いと自覚しているから謝りに来たということなのだろうし、線引きは難しいが、許してあげる余地はあると思う。
だから、もし本当に反省しているのなら「もう絶対に二度と昼のような真似はしないでくれ」と再び約束してもらう形でその場は収めたが……問題の根本を辿ると、彼らを追い詰めた状況を改善しない限り、また同じ事が起きそうな気もする。
村に流行っていた病気はリーンが治してくれたので、もちろんそこは良くなったと言えるが、病気の原因の毒はそのままらしいし、彼らの食事が明日から豊かになるかというと、もちろんそんなことにはならない。
ひとまず、ロロたちが作っている料理を口にして、少しでも元気になってもらいたいところだが。
「それにしてもいい匂いだな」
「ロロは最近、かなり料理ができるようになったんですよ。いい先生のところで働きながら勉強しているんです」
「そうなのか。匂いだけでもうまそうだ」
「私も時々、お店に行って食べさせてもらっていたんですが、絶品ですよ。ちょっと身内贔屓かもしれませんが、もう王都のどの名店にも引けを取らないぐらいの腕前だと思います」
「それは楽しみだな」
砂漠の夕暮れ時、皆で火にかけられた大きな鍋を囲み料理ができるのを待つ。
皆の表情は明るく、とても穏やかな光景だった。
近くで小さな子供達がリーンの顔を見つめながら、怯えたような、でも興味があって話しかけたそうな、微妙な表情をしている。
視線に気がついたリーンが小さく手を振ると、子供達は驚いたように身をすくませた。
「……ノール先生。少し、あの子達と仲良くなってきたいと思うのですが」
「ああ、行ってくるといい」
リーンは獲物を狙う猫のような足取りでゆっくりと獣耳の子供達に近づくと、昼にも使った砂から動く人形を作り出す『スキル』を使い、人形劇のようなことを始めた。
すると幼い子供達は急に目を輝かせ、ピョンピョンと跳ねる小さな人形達に夢中になってはしゃぎ始めた。
リーンはそんな彼らの姿を見て、ご満悦だ。
……昼間の出来事を知っている子供達は、その人形を見ながら青い顔をしていたが。
あの表情なら、リーンの『お仕置き』は十分に効いているということだろう。
しばらく夢にうなされそうではあるが。
「お客人」
ふと、声のした方に振り返ると、この村の長老だという白い獣耳の老人が立っていた。
そして老人は俺の正面に歩いてくると、深々と礼をした。
「こんなに村が穏やかで満ち足りた夜は久々です。本当にありがとうございます」
「もう、病人はいないのか?」
「はい。おかげさまで。どうお礼を言って良いかすらわかりませぬ」
あのあと、この老人はものすごい形相で俺があげた金の袋を返しにきた。
幾ら何でも、こんなには受け取れないと。
俺は自分には必要ない金だから、本当に好きにしてくれていいと言ってまた渡そうとしたが、逆にこんな大金が村にあると危険だと言われ、結局、金貨を数枚だけ渡して残りは返してもらった。
そういえば、王都のギルドマスターにはその金は持っているだけで盗賊に命を狙われる金額だ、と忠告はされていた。
個人で稼げる程度の額なのだし、あまり深刻には捉えていなかったのだが、老人のあの態度からすると本当にまずいらしい。
もちろん、そういう話であれば無理に押し付けるわけにいかないが。
かなり大きな金額だということの実感が多少湧いてきて、この先の旅に少しばかり不安を覚えたが、持ってきてしまったものは仕方がない。
ここは大人しく、サレンツァの首都に着くまでとっておいた方がいいのかもしれないと思った。
「……お客人。少し、お話させていただいてもよろしいですかな」
「ああ、もちろん構わないが」
「では失礼して」
老人は俺の隣に座り、一緒に大きな鍋とそれを煮る焚き火を眺めながら話を始めた。
「こんなことを聞くのもおかしいと思われるかもしれませんが……なぜ普人種の貴方たちが、ここまで我ら獣人種によくしてくれるのでしょうか」
「……なぜ、か? そうだな……なぜと言われてもな……?」
そういう理屈めいたことは、いつもはリーンがすらすらと説明してくれるのだが、今ここには彼女がいない。
普段あまり小難しいことを考える習慣がない俺は、改めてなぜ、と聞かれると、考え込んでしまう。
「……失礼。せっかくのご厚意にケチをつけるようなことを口にしましたな。きっとあなた方の国、クレイス王国では珍しくないことなのでしょうが、ここサレンツァでは滅多にないことでして」
「そうなのか」
「はい。それどころか……このように対等に言葉を交わすことすら稀です。見たところ、あなた達の中に一人、若い女性の獣人もいらっしゃるようですが、彼女もクレイス王国から?」
「ああ、そうだな」
「クレイス王国では、あのように普人種と一緒に獣人が肩を並べて共に何かをするというのも、珍しいことではないのでしょうか……?」
「そうだな……? 俺もそんなに詳しいわけではないが、一緒にいるのは特に珍しいことじゃないと思う」
俺と老人は一緒に料理を作っているロロとシレーヌ、イネスをしばらくの間、じっと眺めた。
彼らは別にシレーヌが獣人だからどうとか気にせずに仲良く作業をしているように見える。
そういえば、ロロもちょっと普通とは違うのだったか。その辺りを説明しようとしても、正直俺もよく知らないので、できないのだが。
「……羨ましい限りですな。こちらでは、私たちの扱いはとても低いのです。私たちは普人種と違ってさほど頭が良くありませんから」
老人は肩を落としながら、辺りで遊ぶ子供達に目をやった。
「……ちょっと変なことを聞くかもしれないが。なぜ、こんな厳しい場所で暮らしているんだ? ここはあまり人が住むには向かないような場所に思えてならないんだが」
俺の質問に老人は少し切ない顔をした。
「おっしゃる通りです。私たちは非常に住みにくい場所に住まざるを得なくなってしまった者なのです。長い時間をかけて追いやられた、とでも言いましょうか」
「追いやられた?」
「……いえ、そう言うと語弊がありますな。元々、我々はここに住んでおりましたし、ここは昔、我々獣人が住むのに非常に適した土地だったといいます。近くに水源と大きな森があり、そこには多様な生き物が訪れ、狩りの獲物にも全く不自由しない豊かな土地だったと」
森と水源のある豊かな土地、と聞いて思わず俺は辺りを見回した。
「とても、そんな風には見えなかったが」
「……そうでしょうな。ワシとて、そんな光景は今まで一度も目にしたことはありません。何せ、それは数百年も前の話ですから」
「数百年前?」
「はい。それに、あくまでも我々に伝わる『言い伝え』にしかすぎません。今となっては本当のことかどうかすらわかりませぬ……ですが、我々は祖先からずっとそのように教えられてきたのです」
祖先からの言い伝えということだったが、老人が言うように、今の状況からすると思わず疑ってしまうような話だった。
「前は森があったというのに、それがなぜ今はこんなに枯れた土地に?」
「……わかりませぬ。言い伝えによれば、ただ突然、森の活気が失われて水も枯れて何もなくなったと。ワシが子どもの頃には、既に今のように何の実りもない土地でした。活気があったというのは本当に昔で……それこそ神話の時代の話ですな」
そう言って老人は力なく笑った。
「……ですが、ワシらとて、生活をして行かなければなりませんし、そんな大昔の御伽話に縋ってこの土地を離れなかったわけではありません。何度も、他の土地に移り住もうと試みたことはありました。しかし……それもダメだったのです」
「他に住めるような良い土地がなかったのか?」
「いえ、土地自体は存在するのです。ですが、既に近くに水源のある良い土地は大規模商会に権利が抑えられており、その近隣に移り住もうにも、土地と水源の使用料として莫大な金銭を要求され、とてもワシらの経済力では支払いきれません。中には、それでも良いからと出ていった若者も多くおりましたが……皆、更に貧しい生活に喘ぎ、借金奴隷に落とされてしまったと聞きます」
「ここよりも生活が悪くなるのか」
「はい……まだこの村の方がマシだと逃げ帰ってくる者もたくさんおりましたので。残りの者はもう行方が知れませぬ。行った先で幸せになっていてくれたら良いのですが……ワシにはどうも、そうなったとは思えません」
「そうか」
聞けば聞くほど、彼ら、頭に獣耳のある人々は過酷な状況に置かれているようだった。
彼らがどこにも行く場所がないというのは、人が住めるような場所は既に誰かのものになっていて、そこに移り住むにはたくさんの金が必要なのだと。
それならば、さっきの金を使ってもらってもいいかと思ったが、そう簡単な話でもないらしい。
一時的に多額の使用料を支払っても、継続して支払えなければ意味がないし、こちらに金があると分かれば悪くすれば足元を見られて大幅に値上げされることもあるらしい。
結局、何の後ろ盾もなく弱い立場の獣人は、金を巻き上げられる立場になるのだという。
「……昔はそれほど酷くなかったのだと聞きます。ワシの祖母の代にあの『北の壁』が造られてから、我々獣人の生活はますます苦しくなっていったと聞きます。唯一の逃げ場であるクレイス王国への行き来が封じられた時から、土地の値段が急に吊り上げられ、我々獣人はどこにも行く場所がなくなっていったのだと」
「あの壁か。俺たちは普通に入ってきたが……行き来はできないのか?」
「はい……特別な免状を持った者でないと北の門は潜れないと聞きます。それも大規模商会の商人など、身分を保証された者に限られるでしょう。無断で越えようとする者は即、殺されますし、特に我々獣人には一切容赦がありません。あそこにはその為の専門の門番が配置されていますので」
確かに警備の兵士がたくさんいた。
それもそういう話だったのだろうか。
「その昔、手練れの門番を掻い潜り、『壁』を乗り越えていった者もいたと聞きますが……その後、彼らがどうなったかはわかりません。それからは壁が更に高くなり、警備もより厳重になりましたので、もう近づくことすらままなりません」
「……他の村もここと似たような感じなのか?」
「私も噂にしか耳にしませんが……村を放棄して流浪の民となった部族もあると聞きます。ですが、それも単に住む場所を手放すに等しく、結局のところ、我々は今のような貧しい生活からは逃れられないのです。現状を打開する知恵もなく、ただある状況を受け入れるしか……中には生きる為に犯罪の片棒を担いでいる部族もあると聞きますが、彼らもおそらく使い捨てにされる運命でしかありません」
一見してここは貧しい村だとは思っていたが、他もそんな感じだとは。俺には何も言えないほど、彼らの生活は大変な様子だった。
「……今、皆の食べ物はどうしているんだ?」
「時折、若い者が遠出して狩りをして、集めたものを都の市で売って収入を得ます。ですが、何の後ろ盾もない我々獣人は、足元を見られて買い叩かれるのが常でして……満足に水も食べ物も買えません。その結果がご覧の有様です。ここまでなんとか生き延びましたが……日々、生活は苦しくなっていきます。このままでは、この集落もそう長くは持ちますまい」
老人は何か言いたげに俺の顔を見たが、何も言わずに笑顔を作った。
俺たちが話している間にロロ達のスープが完成したようで、列をなした村人達に配り始めた。
辺りがにわかに活気付き、歓声が上がる。
子供たちが熱いスープに苦労しながら、目をギラギラと光らせて具材を頬張っている。
普段苦労が多いにしても、今この瞬間は幸せそうだった。
「お客人。先程の無礼をどうかお許しください」
無礼、と言われて何の話かと一瞬迷ったが、すぐに例の金の入った革袋のことだと気がついた。
「これのことか」
「はい。申し訳ありませんが、そのような大金を得たとしても我々にはそれを扱う術が何もないのです。お客人のお気持ちには本当に、痛いほど感謝しておりますが……過ぎた富は身を滅ぼします。もし我々があのような大金を得たところで、大きな不幸を呼び込む未来の方がワシには見えてしまいます」
「……いや。俺の方こそ、考えが足りずにかえって迷惑をかけてしまった。むしろ、何も力になれなくてすまないな」
俺がそう答えると、老人は顔をくしゃりとさせて笑った。
「本当に……滅相もない。我々は貴方たちのおかげでこの幸せなひと時を楽しませていただいているのですから、それだけでも得難いことなのです。いくら感謝してもし足りません」
老人はそう言って立ち上がると、また俺に深々と頭を下げた。
「我々があなた方にできることはほとんどありませんが、せめてものもてなしとして、村の中に宿を用意させていただきました。砂漠の夜は冷えます。明日には発たれるとお連れの方から伺いましたので、今日は火を焚いて早めにお休みになられるのがよろしいかと」
「ああ、わかった。ありがとう」
そこで老人とは別れ、そのあと、俺もロロ達が作ったスープを分けてもらって食べたが、リーンが言っていた通り本当に絶品だった。
だが、どうもいろいろな事が気になってしまい、その味にばかり集中できなかった。