109 王都六兵団の副団長たち
いつもは『王都六兵団』を率いる【六聖】の会議が行われる会議室に、副団長クラスの面々が集まっていた。
「【六聖】が王に緊急招集されたって聞いたけど……何かあったのかしら」
『狩人兵団』副団長を務める【迅雷】のシレーヌは不安そうな顔で、その場に集まった数人のメンバーを見渡した。
その隣で『戦士兵団』副団長、【神盾】イネスが口を開く。
「いや、私が聞いたところ、有事というわけではないそうだ。その点は安心していい……だが、王との会議は重要な協議となる為、かなり長引きそうだとのことだった。よって、急遽私たち副団長クラスが【六聖】に代わって相互の報告会議をすることになった」
イネスは準備してきた書類を片手に持ちながら、今日の議題を確認した。
その脇で金色の槍を肩に担いだ男が会議机の上に片脚を投げ出し、部屋の天井を仰ぎ見た。
「……ったく、面倒くせえな、会議なんて。師匠達が出来ねえんなら、延期すりゃあ良いのに」
「それが出来ないから集まっているのだ、ギルバート。これも我々副団長クラスの大事な仕事のうちだぞ」
「────はいはい、わかったよ。なら、さっさと始めようぜ。こうしてる間にも身体がなまっちまう」
小さくため息をつくギルバートだったが、その脇で白いローブに身を包んだ女性がギルバートの腕を抱えて不満そうな顔で彼を眺めている。
「……あの……ギルバートさん……? なんで私、会議室に来てまで貴方の怪我を癒さなきゃいけないんです……?」
「悪ィな、マリーベールちゃん。今日の昼の訓練でちょっと張り切りすぎちまってな。どうせ、他人の話聞いてる間はヒマだし、いいだろ?」
「……そりゃあ、私も貴方達の怪我を癒すのは仕事のうちですし、やりますけど……えっ────!?」
マリーベールは自分が抱えているギルバートの腕の状態を観察すると、小さな悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと!? 腕が痛いから診てくれ、じゃないですよぉ〜!? これ、よく見たら、筋肉だけじゃなくて骨格までぐちゃぐちゃじゃないですかぁ〜!?一体、どんな訓練したらこんなに腕が痛めつけられるんですかぁ……?」
「まあ、相手が相手なんでな。だいたい毎回こうなる。あいつは加減を知らないからな……まあ、こっちもそんなの求めちゃいねえが」
「な、なんでそんなに平然としてるんですかぁ!? こんな怪我、普通、激痛で立っていられませんよぉ!?」
「確かに痛えが……慣れちまったな。ま、アンタならすぐ治せるだろ? ちゃちゃっとやってくれ」
「……しょ、正気の沙汰じゃないですぅ……! やりますけどぉ〜……! ひいいいいぃ〜!! じ、直に触ってると骨と筋肉がくっつく感触が気持ち悪いですぅ〜……!」
マリーベールが悲鳴をあげるとギルバートの腕は淡い光に包まれて、すぐに光は消えた。
「おっ、さすが【聖女】サマ。治りが早いな。やっぱり一般の僧侶職の連中とは違うな……うん、もう万全だ」
ギルバートは機嫌良さそうに肩をぐるぐると回した。
対して、マリーベールは一層気分が悪そうな顔をしている。
「ううううぅ……! 前みたいに、内臓までぐちゃぐちゃじゃないだけましですけど……私、もう、こんなに骨がぐちゃぐちゃの患者さん看るのは嫌ですぅ〜……!」
「まあ、そう言わないで。また頼むぜ、マリーベールちゃん」
「ううぅ……もう……セクハラとかで、王政諮問委員会にギルバートさんを訴えてもいいです……?」
「……どうしてそうなるんだ……?」
涙を浮かべるマリーベールと彼女を必死でなだめるギルバートを横目に、イネスは会議用の書類の束を整えると顔を上げた。
「では、始めるか」
そうして早速会議を始めようとしたイネスだったが、ふと変化を感じて辺りを見回した。
「そういえば……メリジェーヌは? さっきまで、ここにいたと思うが」
「彼女、帰ったわよ」
「……帰った?」
「そう。ついさっき。マリーがギルを治療してる間にね。まるで幽霊みたいな顔して出て行ったわ」
シレーヌは会議机に頬杖をつきながら、ため息交じりに言い放った。
「……『魔術師兵団』の報告資料は置いていくから、読んでもらえばそれでいいって渡されたわ。あと、みんなからの報告は後で読んでおくから、書類で工房に直接回しておいてくれって言ってたわ」
「急だな……彼女は今、何か切羽詰まった業務でもあるのか?」
「ええ、なんでも、ミスラ教国絡みの仕事で、『神託の玉』の追加納品が大量に出たらしいわ。彼女はその準備があるとか」
「……そうか。そちらの仕事があるのなら仕方ない。会議は残りの者だけでやろう」
会議を始めようとしたイネスだったが、ギルバートが異論を唱えた。
「おい……誰か忘れてねえか?」
「いや、メリジェーヌを除けばここに全員いるはずだが」
「いや、足りてねえぞ? あいつはどうした? ……あいつ……ええと、名前、なんて言ったっけ?」
ギルバートの指摘で、皆が会議室の中を見回した。
「……そういえば、今日、あの人にはまだ会ってないですね……?」
「確かに、気がつかなかったわね。どうしたのかしら」
「そうか。私はさっき、そこにいたような気がしたんだが」
イネスも改めて皆と一緒に会議室を見回したが、確かに『隠密兵団』の副団長が見当たらない。
皆が不思議がっていると、突然、会議室の椅子から声がした。
「────います。いますから」
唐突に部屋に響いた小さな鈴のような声に皆が驚き、声がした辺りに注目すると、会議室の椅子に座る、白く透き通った髪を持つ女性が見えた。
「私、ここにいますよ……いますから」
「……び、びっくりしたですぅ……!」
「い、いつから?」
「……最初から。というか、一番最初に部屋に居たのは私なのですが?」
「ごめん、全然気づかなかったわ」
「私も、わからなかったですぅ……」
「……いいんです。私、いつも、そういう役目ですから」
レイはそう言いながらも悲しそうにうつむき、目にいっぱいの涙を浮かべた。
「……あと。ギルバートさん。私の名前、レイです。確か……もう、何十回もお会いしてますよね? 正確には……八十二回ぐらい」
「す、すまねえな、レイ……お、おい、なんで気がつかねえんだよ、シレーヌ」
「はぁ、私!? 私が悪いの!?」
「……いいんです。皆さん。いつものことですから……大丈夫です」
かなり騒がしい会議室だったが、イネスは周囲を見渡しメリジェーヌ以外の五人が揃っていることを確認すると小さく頷いた。
「とにかく、揃ったようだな。これより【六聖】の代理者による会議を始める。まず、各部門の業務の報告からだが────」
「……やっぱり結構、図太いわよね、イネスって」
「無駄口は慎め、シレーヌ。会議中だぞ。ではまず、ギルバートから『剣士兵団』の業務報告を」
「……俺からか?」
「さっさと終わらせたいのだろう。ならば、さっさとやれ」
「ちっ……わかったよ……あ」
「どうした?」
「…………会議資料、部下からもらってくるの忘れた」
「そういうこともあろうかと、私が預かってきておいた。読め」
「……お、おう……ありがとう……?」
終始まとまりのない副団長クラスの会議だったが、イネスの強引な進行により、なんとか相互の業務報告は無事、終了した。