栄華極めた藤原道長、自筆写経にみえる真摯さ 奈良・金峯山寺で発見
NHK大河ドラマ「光る君へ」で注目される平安貴族・藤原道長(966~1027)。その自筆の写経が近年、世界遺産・吉野山(奈良県吉野町)の金峯山寺(きんぷせんじ)で大量に見つかった。都で栄華を極めた道長が残し、国の重要文化財にも指定された千年前の逸品には、どんなドラマがあったのか――。
紺色の紙に、金泥で経文が記された豪華なつくりの「紺紙金字経(こんしきんじきょう)」。106紙あり、道長の曽孫・師通(もろみち、1062~99)の写経85紙とともに2015年、寺の本坊で偶然見つかった。管領(かんれい、住職)が使う納戸の木箱の中で、風呂敷に包まれて束になっていたそうだ。
さかのぼること千年前。道長は1007(寛弘4)年、41歳の時に金峯山(山上ケ岳〈さんじょうがたけ〉、同県天川村〈てんかわむら〉)に登った。当時流行した末法思想の下、金峯山は弥勒菩薩(みろくぼさつ)が現れる場所として貴族から信仰を集めた。
現在も修験道の修行場でもある険しい山道を登った道長は、巻物にした写経を経筒(きょうづつ)に納め、山頂に埋めて経塚をつくった。すると翌年、長女・彰子(しょうし)が皇子(後の後一条天皇)を出産。その後、娘3人が天皇の后(きさき)になると、この有名な和歌を詠んだ。
記事の後半では、道長の写経が経筒とともに江戸時代に出土したものの、その後散逸した経緯や、今回見つかった写経からわかる道長の人となりについて紹介します。
「此(こ)の世をば我世(わ…