素晴らしいものに近付こう。
京都在住の女性E様から「借金してまでスピリチュアル講座に通ってしまう私を止めて欲しい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。見学に行ったらそのままの流れで入会をさせられて、安くないお金を払って半年間の講座に通うことになり、友達を勧誘するノルマも課されたがそれだけは無視をして、卒業パーティーにだけ参加をしてきた。E様は、そのようなことを言った。
E様は言った。スピリチュアルが好きで、本を読んだり自分で試したりしていたのだけれど、私から見ると坂爪さんは地に足がついたスピリチュアルに見える。だからお会いして実際の空気感に触れたいと思った。借金をしてまで講座に通うのだが、アカシックレコードとかアガスティアの葉とか宇宙存在との会話とか、次から次に学ぶべき講座を提示されて、自分は何になりたいのかわからなくなった。E様は、そのようなことを言った。
E様は「私も本当は坂爪さんのように旅をしながら自由に暮らしたいのだけど、ペットもいるからそれができない」と言った。私は「俺がペットだったら、お前が勝手に飼ったくせにそんなこと言われても困ると思う」と言った。子育ても同じ。やりたいことがあるけど子供がいるからできないと言うのではなく「子育てをしたい」と言った方がいい。そうじゃないと関係者全員不幸になる。なんとなく問題がわかった。意味不明なセミナーにはまるのは、本当にやりたいことをやっていないか、さみしいから。E様の場合は、その両方。
私は何をやりたいのだろうとか、私は何が好きなのだろうとか「私が私が」となるとエゴの塊になる。真の勇者は来たものにぶつかる。自分がやりたいことをやるのではなく、運命が自分にやらせようとしていることをやる。手段と目的は同じ。お金持ちになりたいから音楽をやるのではなく、音楽をやりたいから音楽をやる。音楽を手段にして、お金を目的にしない。音楽をやりたいから音楽をやる。行為そのものを目的にする。行為そのものが目的にならないと、打算的な人間になる。
何かのために別の何かをやらない。そのもののためにやる。すると、たまたま何かを与えられる。そのためにやっていた訳ではないが、たまたま与えられたものを喜ぶ。何かのために別の何かをやると、何かに殺される。やりたいことをやるのではなく、やらされていることをやる。そうじゃないと騙される。騙されないためには、強くなるしかない。心が優しいってのと意気地なしってのは違うよ。意気地のある優しさが強さだと思うよ。真の勇者は「お前になら騙されてもいい」と思う人間と付き合う。興味本位で変なものには近付かない。近付くなら、素晴らしいものに近付こう。
おおまかな予定
2月21日(土)京都府京都市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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