『――旦那くん、しかめっ面はいけないよ』
『……は?』
『おい、おいおい、ちょっと待ってくれ…… ――『死に戻り』した?』
『――旦那くん? さっきから、より眉間に皺を寄せてどうしたんだい?』
『あ……』
『僕の助言を聞いていなかったのかな? 眉間に皺を寄せていては幸いが逃げる! 逃げたものを追うのは至難の業だ! 僕は基本、牛車の上だからね!』
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「──スバル……」
エミリアが短く言葉を切り、眉間に皺を寄せる。
「人があんまりいない場所じゃ危ないわよね……? 人がたくさんいる場所に行ったら……」
「エミリア様、それではあまり意味がないかと。こういう手合いは、人前でなら事故に見せかけて殺しにくると思います」
「そうか、そうよね……なら、どうしたら……」
「──あの人が機転を利かせる可能性に、レムは賭けます」
「そうね、私もそうするわ」
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『フロップさんは、なんで俺たちにこんなに良くしてくれるんだ?』
『僕と妹は昔、そりゃもう生き死にもギリギリという生活をしていてね! 親に捨てられ、みなしごを引き取る施設で育ったんだが……そこがなかなかひどい環境だった! 毎夜、同じ境遇の子らと肩を寄せ合い、その状況から脱すると心に決めていたものさ。そして、僕や妹は機会を得て、そこから逃げ出すことができた。初めて、殴られることなく越えられる夜を迎えて、僕は誓ったんだよ。――復讐をね』
『復讐って……その、みなしごの施設の人に?』
『いいや、違う。――世界にだよ。僕や妹は、施設の大人に殴られて育った。だが、僕を殴った大人たちは、僕を殴りながら幸せだっただろうか? 違うんだ。彼らも不幸なんだよ。不幸な大人が、不幸な子どもを殴っていたんだ。こんな救われないことがあるだろうか。暴力を振るう大人たちでさえ、幸せではない。僕は商人となり、自分と妹を不幸から抜け出させることにした。そしてできるだけ、多くの人にも不幸から抜け出してほしいと思っている。あの夜、僕たちを連れ出してくれた人のように』
『それが、世界への復讐?』
『そうだとも。僕と妹は、不幸を押し付ける世界に復讐するために足掻いている。君や奥さんたちを助けたのも、その一環さ』
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「──こんなことを、僕は旦那くんに話しただろうか……?」
フロップが、不思議そうにそう口にする。
そして、それを聞いて、
「──待ちなさい。あなた、この会話に記憶がないの?」
「ああ、ないとも。旦那くんは、急に大声を出していたような……」
「──それが真実なら、バルスは死ぬわね。それも、一回ならいいけれど」
ラムが、表情を変えて、思案に沈むような顔で舌を打つ。
「──まずいわね、かなり」
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『フロップさん、この道は風水的にあまりよくない卦が出てるんだ。だから、違う道を使わせてくれないか?』
『そのケについてはわからないが、君の真剣な表情は気に入った。少々遠回りになるが、違う道を使って向かおうじゃないか』
『そうしてくれると助かる! なるべく人の多い、大通りを通っていこう』
『心得たとも! では旦那くん、こっちの道から――』
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瞬間、スバルの首が、喉が、思い切り裂かれる。
「スバル!!」
ベアトリスが、それに目を見張り、動揺を隠しきれない顔で、震えた手のひらで視界を遮る。
「──酷いわ、こんなん」
アナスタシアが、ぽつりと、口から言葉をこぼす。
あまりに惨いそれに、言葉を紡ぐことすら難しい。
「────」
呆気に、とられる。
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『――旦那くん、しかめっ面はいけないよ』
『ふ、フロップさん、今日は、その、風水的にマズい日だ。いったん戻ろう……!』
『フースイ? しかし、その顔色では少し休んだ方が……』
『いや、休んでも無駄だ! レムに手を握ってもらわなきゃ収まらない発作なんだ!』
『そ、そうなのか……それは難儀だな! 旦那くん! 手がものすごく冷たいぞ! 早く奥さんに温めてもらった方がいい!』
『ああ、一刻も早く、レムの顔が見たい。──いや』
『ダメだ、フロップさん! 宿には戻れない。レムと会うなんて言語道断だ!』
『さっきと言っていることが違わないかい!? 旦那くん? 大丈夫か? いったい何に思い悩んでいる? 僕が力になれることであれば、まず話してみるといい。様子が変だぞ』
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「バッスー傍から見たら情緒不安定ですよ!」
焦燥感と切迫感からだろう、整合性のない発言を繰り返すスバルに、セシルスが軽く笑ってしまう。
「昴! クソ、敵が粘着質すぎるな……」
「うーん、これは……バッスー何とかできるんですかね?」
「ああ、旦那くんは生きているからね」
「確かに!」
そう言葉を切り、セシルスは、
「──大変ですねえ、バッスー」
誰に知らせる気もない感情を乗せて、いつも通りに笑った。
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『実は誰かが俺たちを追って……』
『──なんだ?』
『え?』
『な──っ!?』
『旦那くん、あぶな――』
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「──竜車……?」
フェリスが、そう口にして、瞳を見開く。
「なんなの……ここまでする必要、あったの?」
「──並の執着ではないの、だろうね」
ラインハルトが、そう低く言葉を切るのを聞いて、フェリスは顔を顰める。
「──嫌になる」
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『――旦那くん、しかめっ面はいけないよ』
『――っ! フロップさん!』
『な、なんだね!?』
『――フロップさん、走ろう!』
『急な話だな!? どうしたんだ!?』
『どうもこうもない、人生は限られてるんだ! 一秒も無駄にできないだろ!』
『人生は短い。僕や妹の目標を達するためにも、時間は大事にすべきだが……』
『走ろう! すぐに酒場に駆け込むんだ! 細かいことは後回しでいい!』
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「スバルちん……」
ミディアムが、悲しそうに眉を下げる。
「うう、あたしに出来ることがあったらなあ……見てるだけっていうのは、なんだか性にあわないよ……」
「そういうても、変なことしたらそれこそあの子が危ないんとちゃう?」
「そうだよね……どうしようあんちゃん……」
「──この会話も記憶にない……旦那くんは、」
「──フロップさん、気に病まないでくださいね。あの人がトッドさんと敵対したのは、間接的にはレムのせいでもありますから」
「そんなことないわ、レム。そんなふうに自分を責めちゃダメよ」
「エミリア様……」
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『――ここで一番の腕利きを雇いたい?』
『……ここらで一番の腕利きっていや、ロウアンのことだろうよ』
『ああ、ロウアンならそこの、端っこで潰れてるのがそうだよ』
『端で潰れてる……? あんまり聞きたくない表現なんだが。……あれが腕利き、なのか?』
『酒癖が悪いのは間違いないが、腕は立つ。酒癖は悪いがな』
『二回言われると、不安しか立ち込めてこねぇ』
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「──酒場で護衛を……彼相手にそれで凌げるのかーぁな?」
ロズワールが普段と変わらぬ顔のままそう口に出す。
「──なるほど、妙縁ですね」
セシルスが、瞳を細め、唇の端を吊り上げる。
「ふむふむ、やはり面白い! 最高です!」
にこにこと楽しそうに笑う。
内心までは、分かりかねたが。
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『なぁ、ロウアンさん、ちょっと話を聞いてくれないか』
『ロウアンさん、単刀直入でいこう。俺たちはあんたに酒は奢らない。ただ、あんたが酒を買うための報酬を支払える。仕事を引き受けてほしいんだ』
『ああん、仕事らとぉ……?』
『そうだ。頼みたいのは護衛だ。それも、今この瞬間から』
『……やけに語気が荒い。兄さんたち、さては結構危うい立場かぁ?』
『ああ、笑い事じゃなくな。どうだ? 払えるのは、これが限度額いっぱいだが』
『某の腕は高い……と言おうと思ったところが、初手でこれとあっちゃなぁ』
『言っとくが、賃上げ交渉には応じられないぜ』
『疑っちゃいない。遊びじゃないって話も、本気らしい。返せと言われても、返せやしねえぜ?』
『惜しいけど、返せとは言わない。ちゃんと仕事をしてくれたら』
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「──僕でも、ここまで酔ったことはありませんけどね……腕は確かだと、思いますが。雰囲気から、恐らく」
オットーがそう言葉を切る。
スバルの身に悲劇が起こらないことを願って。
「──昴、大丈夫……よね……?」
嫌な予感が、心臓を掴むような錯覚に襲われる。
冷や汗と耳鳴りが、この先に起こる悲劇を必死に伝えようとしていた。
信じたくない、けれど、こういう時の人間の勘は、鬱陶しいほどよく当たるものだった。
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『──待て』
『ロウアン、さん?』
『……妙な気配だ。さては兄さん、つけられてやがったな? いったい、誰に追われてる?』
『……冗談抜きに、相手はわからない。ただ、外にいたら仕掛けてくると思った。だから急いであんたを雇ったんだよ』
『なるほどなぁ。もうちょっと吹っ掛けてもよかったかもしれんわけだ』
『ロウアンさん、相手は……』
『ビクビクする必要はねえさ。相手が何者だろうと、某の正面に立つなら真っ二つにするのみ。酒も入って、某の剣は絶好調だ』
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「随分な自信だな」
「まあ、それがダメだったからバッスーは殺されたわけですけども」
「セシルスさん、なんだか言い方にトゲがありませんか? そもそも、決まったわけでは」
「一緒にいた方が覚えていない会話がある時点で、決まったようなものでは?」
「────」
言い返す言葉が浮かばず、レムは、押し黙る。
正直、スバルは殺されるのだと、レムも確信している。
だが、
「──それでも、信じたい」
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『――っ! フロップさん! 離れろ!』
『フロップさん!』
『ぶ、無事だ、旦那くん! だが、これは……』
『こん、な……』
『しっかりしろい、雇い主! ここで倒れられちゃ、某も困るんだよ!』
『店長! 裏口から出るぞ! 正面は見張られてる!』
『わ、わかった! こっちだ……!』
『雇い主と、そっちの兄さんも! 死にたくなきゃ、今すぐ動け!』
『し、死ぬわけにはいかないとも! まだ、僕も妹も道の途上だ……!』
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「──スバル様!」
フレデリカが、顔を顰め、唇を噛む。
「恐ろしい相手ですわね……一般人の犠牲も、辞さないとは」
フレデリカの言葉に、エミリアが頷き、
「──ひどいわ。こんなやり方……ロウアンさんが、スバルを守りきってくれるといいんだけど」
それも、フロップの言葉を聞くに、おそらくは叶わなかったのだろう。
だが、スバルが死ぬ未来など、エミリアは考えたくもない。
「スバル、スバル……っ」
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『――! 裏口が開かない!』
『マズいぞ! 正面の入口は潰れてしまっている! このままでは……』
『ええい、どいてろい! このぐらいの扉――ようし! 開いたぞ! 全員、姿勢を低くしろい!』
『ロウアンさ──』
『き、君はいったい、何者なんだ。どうしてこんなことを……こんなことが許されると――ぉ』
『なん、で……なんで……なんで! なんでぇ!』
『――お前さんにゃ何も教えないぜ? また逃げられたら困るだろ?』
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「──っ」
ユリウスが、息を詰まらせる。
動揺と、それ以上に、嫌悪感が端正な顔に絡みつく。
「──理解ができない」
大罪司教を見るような目で、ユリウスは吐き捨てる。
そして、その後ろから、
「──理解しようとすること自体が、間違いなのかもしれませんな。大罪司教と同じ、倫理の外側にいる者なら」
「──そんなのばっかに襲われて、お兄さんが不憫だわあ」
「全くだッぜ。大将が……クソ、」
メィリィとガーフィールが、眉を顰めるのが見えた。
それを見て、エミリアは、
「──スバル……」
硬い音が、耳から離れなかった。
やっぱスバルくんぶち殺しゾーンはみんな喋るね🎶
気分が萎えてて書けなかったんですけど、TikTokで流れてきたオボレルスバルくんがかわちくて書けました♡