Windows XPの「あの丘」が30年越しに蘇った日
世界で最も多くの人が見た写真が、もう一度だけ姿を現した。カリフォルニアの片田舎で、30年前とほぼ同じ緑の丘が通りすがりの旅人に目撃されている。
10億台のPCに映った風景が、再び現れた
2026年2月18日、あるRedditユーザーがカリフォルニア州ナパバレーを友人と車で通りかかった際、道路脇にある丘が、信じられないほど原型をとどめていることに気づいた。
Windows XPのデフォルト壁紙「Bliss」。あの緑の丘と青い空の写真だ。1996年1月に撮影され、2001年からWindows XPとともに世界中のPCに表示されてきた。Microsoftの推計では、少なくとも10億人がこの画像を目にしたとされている。
だが、現地を訪れた多くの人が失望してきた。丘はほとんどの時期、ブドウ畑に覆われており、あの壁紙の面影はない。枯れた草と支柱が並ぶ風景を見て「もうBlissの丘は失われた」と嘆く声が後を絶たなかった。
今回の写真が特別なのは、その「失われたはず」の風景が、ほぼそのまま戻っていたからだ。
なぜ丘は「あの姿」に戻ったのか
オリジナル写真を撮影したチャールズ・オリアは、この丘について「毎年1月の数週間だけ草が緑になり、嵐の雲が集まる」と語っていた。
そもそもBlissが撮影できたこと自体が、偶然の産物だった。1990年代初頭、カリフォルニアのワイン産地を襲ったフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)の大流行が背景にある。この害虫はブドウの根を食い荒らし、ナパ郡とソノマ郡のブドウ畑を壊滅させた。推定5万エーカーが被害を受け、丘のブドウも引き抜かれた。
その空白の時期に冬の雨が降り、草がエメラルド色に染まった。1996年1月、元ナショナルジオグラフィックのカメラマンだったチャールズ・オリアが、恋人に会いに行く途中でソノマ・ハイウェイを走っていた。車窓から見えたその光景に、彼は思わず車を止めた。
「草が完璧だ。緑だ。太陽が出ている。雲もある」
マミヤRZ67という中判フィルムカメラに富士フイルムのベルビアを装填し、数枚を撮影。この偶然の一枚が、やがて世界で最も有名な写真のひとつになる。
フィルムを送れなかった男
Microsoftは2000年、ビル・ゲイツが所有するCorbis経由でオリアに接触し、写真のライセンスではなく完全な権利の買い取りを提案した。支払額は非公開だが、報道では「6桁台前半」(10万ドル超)とされ、1枚の写真に対する報酬としては史上2番目に高額だったとオリア自身が語っている。
ただし、取引にはひとつ問題があった。オリジナルのフィルムをMicrosoft本社に送る必要があったが、その価値があまりにも高く、FedExをはじめどの配送業者も保険でカバーできないと引き受けを拒否したのだ。
結局、Microsoftがオリアに飛行機のチケットを購入。彼はフィルムを手に、シアトルの本社まで自ら届けた。人類史上最も多くの目に触れることになる写真は、カメラマン本人の手荷物として空を飛んだ。
丘は「死んで」いなかった
写真の権利がMicrosoftに渡る前に、丘にはすでに新しいブドウが植えられていた。以来25年以上、訪問者の多くが目にしたのはブドウ畑と枯れ草だった。
今回、ブドウ畑が再び消えていた理由について、Reddit上のコメントでは「2025年にブドウ畑が撤去されたか枯れた可能性がある」という指摘がある。カリフォルニアの最近の気象条件も、冬の草を青々と育てるのに味方した。
投稿者のSuperPJG123はスマートフォンで撮影したと見られるが、丘の稜線、草の色、手前の黄色い野花まで、1996年の原型に驚くほど近い。空の色は少し違う。雲の形も異なる。丘の上には小さな藁の山がある。だがそれらの差異が、むしろこの風景が「加工ではなく現実」であることを証明している。
オリアはMicrosoftのエンジニアから「あの写真はPhotoshopだろう」と問い合わせを受けたことがある。「本物だよ。雲も緑の草も青空も、すべてそこにあった」と答えた。
壁紙の向こう側にあるもの
この丘はソノマ郡のハイウェイ121沿い、ナパ郡との境界付近にある私有地だ。Googleマップで座標を検索すれば場所はすぐにわかるが、無断立入は不法侵入にあたる。道路の路肩は狭く、車を止めるのも危険だ。投稿者自身も「道路脇の溝のすぐ近くで撮った」と書いている。
Redditのコメント欄は1,100以上のアップボートで盛り上がり、「ライブ配信カメラを設置してほしい」「これはWindows 11のデスクトップ壁紙にすべき」「丘の上の藁の山は現代のWindowsのメタファーだ」といった反応が並んだ。ある投稿者は「1月に撮影されたから冬の草が緑なのは理にかなっている。でも、あの条件がこれほど稀にしか揃わないとは考えたこともなかった」と書いた。
正直なところ、Windows XPの壁紙に深い感情を抱く人がこれほど多いことに、あらためて驚く。あの丘は単なるデフォルト設定だった。変更しなかった人が大半で、そこに特別な選択はなかった。
だからこそ、なのかもしれない。選ばなかったのに共有していた風景。学校のパソコン室で、職場のデスクで、初めて触ったPCの起動画面で。10億人が同じ丘を見ていた時代は、もう戻ってこない。OSの壁紙がAI生成のCGIに置き換わった2026年に、カリフォルニアの丘がもう一度だけ30年前の姿を見せたことには、ちょっとした詩情がある。
次の冬にまた緑になる保証は、どこにもない。
参照元
他参照
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