同じ香りを纏わせて
おれうら5開催おめでとうございます&ありがとうございます!
今回も素晴らしい会場とたくさんのレオラギ作品たちで幸せいっぱいのイベントでした!
おれうら5のなかで展示していた作品になります。
冬であかぎれができてしまったラギーはカリムからハンドクリームをもらった。毎日つけているらしいそれに、レオナはもやもやとして――――。
※2025クリスマスイベ2章を経ていた方が楽しめるかと思います。
※カリムくんが出てきます。
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「やる」
「えっ、いいんスか!? ありがとうございます! ……ってえぇっ!?」
――言葉は反射で出てきただけで、その後にまぁるく見開いた瞳こそが本当だった。
▽▼▽
最初に気づいたのは絶対にレオナだ。それだけは自信がある。
「レオナさーん、朝ですよー。起きてくださーい」
温暖なサバナクロー寮ですら、いよいよ冬が本格的に始まったのがわかる、寒い寒い朝のことだった。血のにおいがほんのうっすらと部屋の中を漂い、レオナは思わずカッと目を見開いた。朝が極めて苦手――というか起床する意味が見出せないと起きることをしようとしない――レオナからすれば、おおよそ数百日ぶりのはっきりとした朝の目覚めである。異常事態だった。
「あれ、珍しく寝起きがいい。おはようございます」
「……」
「レオナさん? 固まっちゃってどうかしたんスか? まさか目開けたまま寝てるんじゃないッスよね?」
すんと鼻を鳴らすと、ひらひらと目の前で舞う手からより強くそれは香る。よく見ると、顔に似合わず節くれだった指にぱっくりと開いたあかぎれができていた。
「……」
たいした怪我じゃない。働き者で、ハンドクリームだってけちって使うような貧乏性のラギーからすれば、よくあることだろう。事実一年のときだってよくこさえていたはずだ。
それでも気にかかるのは。
気にかかってしまうのは――――。
『レオナ……さ……っ苦し……ッ!』
「……はぁ」
「レオナさん?」
目の前にいるラギーはいつも通り元気すぎるくらいに元気だ。――首も腕も、少しばかり乾燥でざらついているが、ひびなんて一つも入っていない。
「なんでもねェ。……二度寝する」
「はぁ……? って待ってください! 起きて! 今日も朝練ッスよ!」
すんなりと起きたのは、気まぐれだ。
別に、レオナを引っ張る手の指の傷に思うところがあったからじゃない。
それから数日の間、ラギーのあかぎれは治る気配がするどころか日に日に悪化するばかりだった。レオナは毎朝わずかに香る血のにおいにちょっとばかし興奮して、べろりと舐めあげたいという獣じみた欲望を抑え込んでいた。――欲望に突き動かされなかったのは、これまたただの気まぐれにすぎない。毎日なんとなく、ただなんとなく、やめておこうと思っただけだった。
そうして一週間ほどが経ったころ。
ぱたりとラギーから血のにおいがしなくなった。
――かわりに、上品なスパイシーな香りをうすらと纏うようになった。
▽▼▽
「ラギー、その傷どうしたんだ?」
「傷? ……ああ、あかぎれのこと?」
「あかぎれ?」
金持ちのお坊ちゃんが多いナイトレイブンカレッジにあっても頭一つ抜けて裕福な家の出の同級生は、あかぎれなど見たこともないらしい。しっかり手入れされているのだろう、ツヤツヤふっくらした両手。いっそここまで格差があると、腹がたつなんてことも起きやしない。
「乾燥で荒れて割れちゃうんスよ」
「へえ、痛そうだなぁ……」
まるで自分が怪我をしたかのように痛々しそうな顔をする。お優しいことだ。ラギーは他人が怪我をしていようが知ったこっちゃない。育ちの違いだろうか。
……いや、ラギーのよく知る王子様も、怪我人なんて無視するに違いないから、これはカリムの性格なのだろう。それが荒まなかったことは、育ちゆえかもしれないけれど。
「まあそうッスね、水仕事するときはたまにしみて痛いかも」
慣れてしまって今更とりたてて痛みを感じることなんてないのだが、このお坊ちゃんなら何かくれるかもと哀れぶってみたのが三日ほど前だったか。
「ラギー、これやるよ」
錬金術の授業の後、カリムに渡されたのは真っ赤なリボンで綺麗にラッピングされた箱だった。
「え? いいんスか!?」
それほど大きい箱ではないが、さすがに高級感がある。包装紙すら売れそうなそれを丁寧に開けると、そこにはハンドクリームのチューブが入っていた。
「ええと、あかぎれだっけ。手を怪我してただろ? ジャミルに聞いたらこまめにクリームを塗ったらいいって教えてくれたんだ」
ラベルにはライオンのマークとともに、洒落たフォントで獣人用と書かれている。カリムに促され、少し出してみる。獣人用らしくラギーの鼻にも優しいほのかさで、スパイスのような香りが広がった。
「カリムくんありがとう! 大切に使わせてもらうッス!」
「気に入ったならよかった。ぜひ使ってくれよな!」
「もちろん! でもいいの? オレ、誕生日でもなんでもないけど……」
返せと言われて返すつもりは毛頭ないが、それでも理由のわからない贈り物は少し警戒してしまう。それがたとえ善人を絵に描いたようなカリム相手だったとしても、何か借りを作ってしまったような、ある日突然あのときの借りを返せと恫喝されるような、そんな気になるのだ。
「……なんかオレにもよくわからないんだけど」
「なんか、なんでだろう、ラギーとシルバーにはプレゼントをあげなきゃいけない気がしたんだよな」
「何それ。オレとシルバーくん? どういう組み合わせ?」
部活も違えば寮も違う。ラギーに至ってはクラスだって違う。謎の組み合わせに、言った本人も首を傾げていた。
「それがよくわかんないんだよ。ただ、ラギーが手を怪我しているのを見て、ふと思い出したっていうか……。プレゼント交換の約束をしたようなそんな気がして」
あっ、これはオレの気のせいだろうから、ラギーに何かくれって言ってるわけじゃないぜ、と慌てて付け足すカリムを見ていると、ラギーの脳裏にも何かがチラついた気がした。
見たことのないくらい降り積もった雪、過剰なまでのキラキラしたイルミネーション、赤い服を着た白い髭のおじいさんと、それからプレゼントの山の記憶。
「……オレも今度何か返すよ」
まったく覚えのない記憶だ。それでも、何かをあげることが大嫌いなラギーがそう言ったのは、約束をしたことが現実みを帯びた思い出として心に残っていたからだった。
タダでものをもらったうえに、約束まで破ったとあっては、本格的に何かを返さなければ気が済まない。
「じゃあ今度シルバーも呼んで、プレゼント交換会しようぜ!」
「うん。大きいもみの木の下でね」
「ああ!」
もみの木なんてろくに知らないというのにするりとそんな言葉が出てきた。
やはり何かあったのかもしれなかった。
▽▼▽
いつの間にか、ラギーのあかぎれは治りつつあった。
あのどこか甘いような、心臓を駆り立てるような錆びたにおいのかわりに、王族のレオナには馴染み深い「高いもの」の香りをさせはじめてから、徐々にその傷が治り始めたのである。
『カリムくんにもらったんスよ。いいやつなんだろうなあ』
ラギーの纏う知らない香りに眉を顰めていたレオナに気づいたのか、言い訳がましく――そう聞こえたのは多分レオナの願望が混じってたのだろう――言っていた。スパイシーでありながら、食欲を誘うのとは少し異なるそれは、言われてみればたしかに熱砂の国らしさがあった。
気に食わない。
まっっっっっったくもって気に食わない。
香りの質だけで言えば、特段嫌なものではない。それどころか、どこのブランドのどれか調べてもいいと感じている程度には好ましい。
それでも、オクタヴィネルのあの磯臭さと同じだけ、いや、それ以上に気に食わない。
――それなのに、不機嫌を顔に出すこともできない。
「レオナさん、洗濯物ここ置いときますよ」
「ああ」
レオナが嫌だと言わないから、当然ラギーも変わらずクリームをつけて過ごしている。ラギーらしくちびちびとではあるだろうが、それでもあかぎれに効くと気づいてからは積極的に塗っているようだ。
「……」
やめろ、という権利はレオナにあるはずだ。
――獣人はにおいにことに敏感である。番であれば同じにおいであるのが当たり前。気になる相手がいれば、その人の好きそうな香水を吹き付けてアピールするのが常套手段の一つだ。
そして、レオナとラギーは「そういう仲」と言っていいはずだった。
好きだとか愛しているとか、そういった直接的な言葉を交わしてはいない。うぶな学生カップルのように手を繋いでデートなんてこともしたことはないし、キスだって素面ではしない。
けれど、レオナが自身の長く立派な尾をラギーのピルピル動く尻尾に絡ませると、ラギーは幸せそうに目を細めて微笑むし、たまに毛繕いをすると頬を赤らめて返してくれる。
夜、部屋に呼んでぐちゃぐちゃになるまで抱いて、激しく唇を重ね合わせても、うっとりとするだけで嫌がったりは決してしない。
これを番と言わずなんと言おう。
こうなる前は、においだっておんなじことが多かったのだ。ラギーは抱かれた夜、レオナのシャンプーとボディソープを使っていた。
今では、どれだけ同じにしたって、ハンドクリームが上書きしてしまう。
――そんなに嫌だというのなら、新しくレオナがラギーにハンドクリームを贈ればいい。
聡明なレオナはそんなこと十分にわかっている。
「ラギー」
「なんスか?」
「……腹減った。購買部で適当に食うもの買ってこい。洗濯の駄賃だ、お前も何か買ってきていいぜ」
「マジで!? やった! 今日から限定ドーナツが発売なんスよ!」
不自然に黙り込んでしまったレオナに怪訝そうな顔をしたのも一瞬のこと。食い物に目のないハイエナはあっという間に見えなくなった。急がなくては売り切れてしまうのだろう。
「報酬ならいいんだがな」
そう、こうやって、「働きに対する報酬」という形であればレオナだって素直にものをあげられる。
昔からそうだ。そもそもレオナにとって、プレゼントは贈られるものであって、贈るものではない。まして、理由のないプレゼントなんていうのは考えたことすらない。
本来番というのなら、そういった面倒なやり取りをするべきなのだろう。兄など、しょっちゅう義姉にものを買い与えているというし、義姉も律儀に毎回お返しをしているそうだ。
だが、レオナとラギーの間にそんなものは必要なかった。レオナはこんなだし、ラギーはラギーで「理由のない贈り物」を拒むきらいがあった。
だからこそ言葉も何もなくとも、上手いことやってこれたのだろう。阿吽の呼吸なんていうのは気恥ずかしくて仕方がないが、事実育ちが違えど気性が合ったから、お互いに絶妙なバランスでもって関係性を続けることができていたのだ。
それを崩すのだと思うと、どうにも動きが取りづらい。レオナがどれだけ与えたくとも、ラギーにとっては困るものかもしれない。大体、今ハンドクリームをあげたって、ラギーは既に封を開けているものを先に使うに決まっている。物持ちのいいハイエナのこと、そうこうしているうちにこの冬が終わるだろう。
そうやって、考えれば考えるほど行動できなくなる。ただハンドクリームをネットで買うだけ。それだけなのに。
「……寝るか」
最近眠る時間が増えた。何も考えたくないからだった。
あの香りがした。
食べ物のにおいより何より先に。あの香りが。
「あ、起きた。買ってきましたよ。レオナさんにはチキン、オレはドーナツ!」
はい、と渡してくる手から。
実のところ、我慢は苦手じゃない。必要とあらば、いくらだって「待つ」ことができる。
――だが、不必要な我慢は大嫌いだ。
――奪えるものは奪わなければ、気が済まない。
▽▼▽
ずいぶんと寒くなった。
寮内はともかく、学園内の冬はなかなか堪える気温である。水仕事をしていると、手の先がジンジンと冷えてたまらない。肌もパサパサとカサつくし、毛艶も悪くなるし、夏の方がまだましだ。
カリムからもらったハンドクリームがなければ、この冬を耐えることはできなかったかもしれないな。
寒さに震えながら、クリームを少しだけ手の甲に出した。乾燥と寒さでボロボロの手は目に入るだけで「あの日」を思い出させてしまうのではないかと気づいてからは、贅沢と思っていながらも最近の欠かせない日課になっていた。
効果はもちろんのこと、においが嫌味ったらしくないのがいい。レオナからも皮肉が飛んでこないため、そういう意味では心置きなく使うことができた。
レオナと違うにおいになってしまうことには気づいていたけれど、何も言ってこないのなら許されているのだろう。ほんのちょっとだけ寂しさを抱えながら、この不安定な関係性に甘えていた。
――そんな、ウィンターホリデー前、期末考査も終わって、平穏な日々のなか。
それは突然訪れた。
「やる」
「えっ、いいんスか!? ありがとうございます! ……ってえぇっ!?」
――言葉は反射で出てきただけで、その後にまぁるく見開いた瞳こそが本当だった。
「開けてみろよ」
ラギーの驚きなど知ったことかと無視をして、レオナが箱を開けるように促した。
カリムからもらったのより少し大きな箱だ。
赤い包装紙に、金銀の星がチラチラと舞っていた。深く柔らかな緑のリボンがくくりつけられている。見るからに高そうである。
恐る恐る包装を解くと、目に入ったのは金色で描かれたライオンのマーク。夕焼けの草原のブランドのようだから、これは獣人用、という意味ではない。「王族御用達」ということだ。
「あの」
「さっさとしろ」
はて、今日は何かの記念日だっただろうか。それとも今年一年お疲れ様ってこと? いやまさか。登校日もまだあと数日残っているし、あのレオナがそんなことするわけがない。
じゃあなんだろう。
知らず呼吸が早くなる。心音もうるさくて、思わず耳を伏せて、黒くマットな手触りをしたその箱をあけた。
「……ボディクリーム?」
「手にも使えるぜ」
「……なんで?」
さぞかし間抜けな顔をしているだろう。ぽかんと口を開けて、目を見開いて。
だってわけがわからない。理由のないプレゼント、しかもボディクリーム。手にも使えるぜ、ってだからなんだっていうんだろう。
ラギーにはヌー印のオイルがあるし、カリムからもらったハンドクリームだってある。
「……あ」
はたと思い当たったのは、ショートケーキよりも甘ったるい理由。レオナがそんなことを考えているだなんて、一年前の自分が聞けばひっくり返ってしまうようなそんな理由。
「抱き心地が悪ィんだよ」
そっぽを向いて、尻尾を忙しなくパタパタと揺らして。まるで子供みたいで、ますますこのバカみたいな予想が正しいんじゃないかと思ってしまう。
大きな瓶に入ったクリームを開ける。主張しすぎないハーブの香りはレオナが好きそうだ。
「オレ、カリムくんからもらったクリームがまだ結構残ってるんスけど」
「……」
尻尾の揺れがぱたりと止まった。
「こんな高価なもの、タダでもらっちゃって使いづらいッス。レオナさんの本音が聞きたいなあ」
「……」
耳が大きくてよかったとこれほど思った日はない。
「シシシッ。しょうがないんだから」
ラギー・ブッチは学園で一番物持ちがいい。
けれど、カリムからもらったというハンドクリームはなぜか一シーズン持たずに使い切られたのだった。