メリー・トラブル・クリスマス!
歳勇クリスマス話です。
困っていると助けずにはいられない近藤さんが、カルデアに倒れていたドゥムジを拾ってトラブルに巻き込まれる話。
ドゥムジのイベントの頃居たのって沖田さんと土方さんだけなんですね。たくさん隊士は増えたし、近藤さんも来てくれてよかったね……
ドゥムジの口調はなんちゃってですので、見逃してください。難しいですあの羊。
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年末にほど近いカルデア。きらびやかな装飾、机いっぱいに盛られるごちそう。何となく賑やかなような、落ち着かないような。近藤は召喚されて始めての雰囲気に戸惑いつつ、人が楽しそうにしているのは悪くないと思っていた。
くりすます、というお祭りがあるんですよ。
そう山南から教えられたのは、食堂にそびえ立つもみの木の前だった。
「キリスト教のお祭りですが、まあ年末に宴会を開く口実ですね」
食堂に集まるサーヴァント達は普段より陽気に話をし、少しであるが酒も振る舞われているようだ。
もみの木にジャンヌ・リリィとナーサリー・ライム、ジャックがきらきら光る丸や星の飾りをくくりつけていく。
「これは?」
「クリスマスツリーよ」
「そう、これがないと!後はケーキと、プレゼント!」
そう口々に語る言葉は本当に楽しそうで、近藤はつられて微笑む。
「ねえ、あなたは?何をお願いしたの?」
ジャックがこちらを見上げている。自分の欲しいもの。改めて聞かれると何も浮かばない。酒はそこまで嗜むほうではない。金はサーヴァントの身では必要ではないし。食堂の奥では浅葱色の羽織の集団が何やら楽しそうに話をしている。望んだ事は叶っているのだ。黙ってしまった私を見つめて、大きな瞳が瞬きをする。
「欲しいものがないの?」
「ううん……今は満たされている、かな」
そこまで話をすると、ジャックは一緒にいた少女たちに呼ばれ、走り出して行った。
欲しいもの。生きているときに望んだものは何だったか。守りたかったものはあるが。
久しぶりになぞなぞでも解いているような気分になりつつ、自室へと足を進めた。
誰もいない廊下を歩くと、窓から見える外は真っ白に吹雪いている。これだけ雪が降っているのに、今立っている所はほんのりと暖かいくらいだ。
京都の冬は寒かったな、底から滲みてくるような寒さを思い出す。総司は寒いとすぐ打ち合い稽古をしましょう!と誘ってきたな。歳は寒いなんて言うやつは軟弱だとか言って、火鉢から離れない隊士を怒鳴り散らしていたっけ。
曲がり角を曲がると、廊下の真ん中に何かが落ちている。近寄ってみると、羊のぬいぐるみのようだった。金色の毛並みをしたそれは抱き上げると柔らかく、うっとりするほど触り心地がいい。随分良い物だというのはすぐに分かった。
誰かの落とし物なら、今頃必死に探しているかもしれない。とりあえず人の多い所へ、そう思った時だった。
「こんにちは。心優しく美しいアナタ」
柔らかく滑らかな、今触れている羊毛のような声がした。どこから、と周りを見回すと腕の中でもぞりとぬいぐるみが動いた。
「申し遅れました。私はドゥムジ。恐ろしい女神の迫害から逃れていました」
「え、生きている……?というか会話ができるのか?」
驚きつつ声を掛けると、ドゥムジと名乗った羊はぱちくりと瞬きを繰り返している。
「ミステイク。神でも間違いは起こすもの。それでも礼は言います。ありがとう」
少し腕の中で身じろいだ後、何故か長いため息をついてまた羊は口を開く。
「少し足をひねりました。容赦のない女神には近寄るべきではなかった」
「動けないのなら医務室に連れて行こう」
「ノー、それはいけない。毛を刈られてまたあの女神に突き出される」
のんびりとした口調と、表情がないので分かりにくいが、ブンブンと横に振られる首からは必死さを感じた。全く事情は分からないが、どうやら困っていることだけは分かる。
さて、どうしたものか。カルデア内にいるということはサーヴァントなのだろうし、悪意は無さそうだ。女神とは誰の事だろう、腕の中の黄金羊はふんわりと温かい。
「とりあえず私の部屋に行こう」
部屋に備え付けられている救急セットがあったはず。ドゥムジは疲れているのか、身体を預けてため息をついた。
廊下を更に歩き、曲がり角に差し掛かった時だった。後から強大な魔力がどんどんと近付いてくる。虎徹に手を掛けながらくるりと身体を反転させた。
「何奴だ」
向き直った先にいたのは、波打つ豊かな黒髪と赤い目の女神。美しい肢体はわずかな布地で覆われているものの、そこに目を取られるような余裕は近藤に無かった。
圧倒的な魔力。自分にもマガツヒが混ざっているとは言え、純粋な神代の魔力はまた質が違う。一歩近付くだけでちりちりと肌が焼けるようだ。
「ドゥムジ!今度こそは許さないわよ!」
「金星の女神よ、聞く耳など元々ないでしょうが聞いて下さい」
ひく、とイシュタルの目元が引き攣った。明らかに機嫌を損ねている。
「待ってくれ、ドゥムジはケガを」
「私が吹っ飛ばしたからね。あなた、少しは丈夫そうだけどーー庇い立てするならタダじゃおかないわよ」
向けられた殺気にぞわりと背中が震え、同時に身体の血液が熱を帯びる。ゆっくりと虎徹を構えた。
「いけない、サムライどの。カルデアでは私闘禁止で哀れな羊は黒焦げに」
片手で抱き上げられたドゥムジが必死に訴えてくる。その言葉にハッと我に返った。手ぬぐいのように左手にぶら下がりながら、
「エスケープ・シープ。エスケープあるのみ」
逃げろ逃げろと繰り返している。
「礼を言うドゥムジ。危うくカルデアを丸焦げにしてしまう所だった」
素早く虎徹を収め、ドゥムジを両手で抱き抱える。さて、どうしたものか。逃げるにしてもあっという間に追いつかれそうだ。
その時、廊下のドアが一つ開いた。
「うるせえぞ、って近藤、さん」
「歳!」
知らず知らずの内に歳の部屋の前に来ていたようだ。土方歳三は近藤とドゥムジ、そしてイシュタルにそれぞれ視線を向け、最後に額を手で押さえた。
「近藤さん、とりあえずその羊はあの金星の悪魔に捧げろ。生贄は羊だって昔から決まってる」
「誰が悪魔よ!!」
「スケープゴートは贖罪のヤギ。羊でなくヤギです」
口々に騒ぐ様子をふん、と鼻であしらい、歳はイシュタルの後ろに視線を合わせる。
「おう、王様。なんだ夫婦喧嘩の仲裁にでも来たのか?それとも高みの見物か?」
「ちょ、ちょっと何よ、夫婦喧嘩なんてしてないわよ!」
ぎょっとした様子でイシュタルが後ろを振り向いた瞬間、歳は私の腕を掴んで走り出した。
「うわっ、な、何だ!?」
「いいから。とりあえず離れるぞ」
引っ張られるように走り出し、ただ言われるがまま全力で駆ける。だましたわねーーー!!!遠くから響く声はそう聞こえた。
他のサーヴァントやマスターがいる所なら下手な事は出来ないだろう、そんな希望に掛けて近藤と土方、そしてドゥムジは食堂に戻ってきた。先ほどよりは少し落ち着いてはいるが、まだ賑やかな雰囲気に変わりはない。
椅子に腰掛け、ドゥムジも隣に下ろす。
「何でも拾ってくんじゃねえよ、あんたは昔からしょうがねえなあ」
歳はそう言って水の入ったコップを差し出してきた。礼を言うのもそこそこに一気に飲み干すとほっと息が漏れる。
「何で拾ったって分かるんだ」
今さっき着いたばかりで、走ってる途中は説明する余裕は無かった。私の驚いた様子に、歳は椅子に腰掛けながら口角を上げた。
「さてそこの羊。原因がお前なのは分かっているけどよ。俺たちを巻き込んだからには説明しろ」
ドゥムジは机に顎を乗せ、目線だけ歳に向けた。
「原因とは。あの女神の機嫌など猫の目より変わりやすく移ろいやすい。ところで私にも水を一口」
その台詞を聞き終わる前に、歳は腰から銃を引き抜くと羊の眉間に押し当てた。
「歳!さすがにそれは」
撃鉄を起こす音がする。
「テリブルテリブル。オーケー、話します全てを」
「なるほど。本当は冥界にいる時期だが用事があって戻ってきた、と。」
ドゥムジはイシュタルの夫であること。本来は冥界で過ごす契約の時期であること。それをすっぽかしていると言うこと。聞けば聞くほどあの女神が怒っていた理由が頷ける。
歳は肩を軽くすくめるような仕草をして、無言でドゥムジを見ている。
「しかし、怒るのを分かっていてわざわざイシュタルの所へ?」
ただ冥界を抜け出したかったという訳ではなさそうだ。ドゥムジのやっている事はわざわざ脱獄して看守に会いに行くようなものだ。
「そのうち、できるだけすぐに理由は明らかに」
そうぽつりと呟いた羊は、さっき私が貰ってきたりんごを食んでいる。
何にせよ、イシュタルはこのまま放置していくタイプではなさそうだ。恐らく私達がいる場所もほぼ把握しているはず。歳は最後まで付き合う覚悟を決めたのか、背もたれに身体を預けて目を伏せている。
食堂にそびえ立つもみの木は大小様々な飾りで覆われ、一番上には星がきらりと輝いていた。光にこんな様々な色があったなんて。赤、青、黄色。宝石を集めたような輝きから目が離せない。知らない行事の象徴だけど、不思議と祈りを捧げたくなるのは何故だろう。
(欲しいものはないの?)少女の声が頭にこだました。欲しいもの。それはーー
もみの木の前、二人と一匹でイシュタルを待ち受ける。カルデア内に昼夜はないが、マスターの健康とその他スタッフ達のために、時間経過で照明が調整される。今は夜の時間帯になるのか、廊下周りが薄暗くなっていた。
ドゥムジはその中でぼんやりと光っている。
「やっぱりここにいたのね」
姿を現したイシュタルは、上機嫌ではないものの、先程よりは落ち着いている。
「さあ早く冥界に帰りなさい。エレシュキガルが待っているわ。ま、せいぜいこき使われることね」
ドゥムジは二、三歩イシュタルに歩み寄った。まさか自分から近付いてくるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔をした。
「分かりました。私は帰ります。その前に少しだけ時間を下さい」
そう言うとドゥムジはクリスマスツリーに向き直った。その瞬間、ツリーが眩く光る。さっき見た時も照明を反射して光っていたが、それとは違う、ツリー自体から光が溢れていた。飾りに反射した光はきらきらと星屑のように溢れ落ちていく。
「素敵じゃない!そういえばこの時間だけ光るんだっけ」
嬉しそうに語る横顔は少女のようだ。ドゥムジはその隣で目を細めている。
「いつしか偶然見かけたのです。宝石を好むあなたに見せたかった。冥界の女主人も誘いたかったのですが」
イシュタルは眩い光を無言で真っ直ぐに見つめていた。
私はその隣でツリーを見上げていた。溢れる光に目を細めつつ、ほうっと息をついた。さっき子ども達が飾り付けていたガラスの星は虹色に光を放ち、まるで何かの魔法みたいだと思う。
「近藤さん、きれいだな」
「ん?ああ。こんな美しいものは見たことがないな!」
そう返すと、ふふ、と歳は笑みを零した。
「歳、また来年もこれを見に来よう」
な?と少し背の高い幼馴染に顔を向けると、何故か隣で固まっている。それから手で口を押さえ、顔を私から背けた。
「どうした、嫌なのか?それなら総司や他の皆も」
「いや、いい。来年も二人で来よう」
珍しく慌てた口調を不思議に思いつつ、約束ができたことは素直に嬉しい。
ふと、頭に声が過ぎる。
欲しいものはないの?
また来年も二人の思い出がほしい。それが仮初めの生であり、幻想のように消えてしまっても。ツリーの光の前でそう願った。
美しい光のショーを堪能した後、そっと暗闇に紛れようとしたドゥムジをイシュタルは鷲掴みにし、荷物のようにぶら下げている。
「用事が済んだなら即刻冥界に送り返すわ。エレシュキガルも待っているそうよ」
「これから始まる労働の日々。憂鬱の羊です」
首根っこを掴まれて引きずられていくドゥムジの姿にはらはらしたが、私と歳へ手、というか前足を振る様子に余裕を感じてほっとする。
「心配いらねえよ、あの羊。全然懲りてねえ」
神でも、いや神だからなのか。ハチャメチャな性格だったけれど、一途な思いには心を打たれた。腕の中で感じたふわふわの触り心地もとても良かった。
「なんだ、ペットがいなくなって寂しいか?」
「いやいや、触り心地はものすごく良かったんだぞ」
「今度出くわしたらあの毛皮だけ刈り取って、近藤さんの襟巻きにしたらいい」
物騒な物言いは軽口だと思いたいが、ほんのり本気も感じてしまう。自分の羽織に掛けている襟巻きを撫でつつ、二人で笑い合った。
「な、久しぶりに二人で話さないか?まだカルデアの事情に疎くてな」
「いいぜ。でもな、もう何でも拾ってくる癖をやめてくれ」
説教モードになった歳をわかったわかった、といなしつつ、自室へと足を進めるのだった。