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1922年(大正11年)2月20日 14才の女の子。高等女学校2年に在学中。愛知県在住。病気の友達のお見舞いに行ってドキドキしてしまった日の日記 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 朝業は木島さんより忍耐につきてよいお話を承れる。修身の大要は「愛情ありて幸福を保つ」と云う事なり。又之について一二の例を語らせらる。実行問題は鶴岡きんさんより「言葉遣いを丁寧にしたい。実行問題は手をあげるばかりでなく必ずふみ行いたい」とお出しになられる。綴方はなし。帰宅し真先に山崎の家へあがる。今日は大変気分もよくてタイクツして居りますからお話なさいと云われるので激しい心臓の鼓動を押さえながら枕辺へ行った。ああ此の時、一刻も離れられない方と三十八日ぶりでお目に懸(か)かったのだもの、前々から考え込んで置いたお話も出来ずに唯(ただ)顔と顔を見合わせて嬉し涙を止めどなく流すのみであった。心の中ではむらむらと何事か囁いては居るが此の場でどうする事も出来なかった。夜は今日の青ざめた友のお顔を目の前に浮かべながら何時の間にか眠についた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 病気で学校を長期に渡って休んでいる親友のお見舞いに行った時のことがリリカルかつ情熱的に描かれている。「一刻も離れられない方」という表現からも、日記の女の子がいかに友達を好いていたかがわかるだろう。 当時、女学生の間では女の子同士の情熱的な友情を「エス」(Sisterの頭文字に由来)と呼ばれ、そんな関係性に憧れる少女も多かったという。そんな「エス」ブームの魁となったのは吉屋信子が少女画報に発表した小説『花物語』(大正5年より9年間にわたって掲載された。大正9年に単行本化)の影響が大きいと言われている。 日記を書いた少女も『花物語』を読んでいたのだろうか。 大正11年主な出来事 2月 ワシントン軍縮会議 3月 朝日新聞がラジオの実験放送を実施 4月 ヨシフ・スターリンがロシア共産党書記長に選出 9月 目黒蒲田電鉄(後の東京急行電鉄)設立。11月 アルベルト・アインシュタイン来日 12月 ソビエト社会主義共和国連邦(USSR)成立
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