マクドナルド
アンディ・ウォーホルは「フィレンツェで最も美しいのはマクドナルドだ」と言った。なかなかどうして、皮肉が効いたフレーズである。キャンベルのスープ缶やコカ・コーラをポップアートへと昇華させたウォーホルの言葉だからこそ、意味をもつ。ルネサンスの揺籃であり、歴史と美の象徴たるその地で、ウォーホルは世界中どこにでもあるファストフードの看板に、芸術の輝きを見出した。
一昨年、私は幸運にもフィレンツェの石畳を踏む機会に恵まれた。そしてかの有名なドゥオーモ広場や「受胎告知」を差し置いて、まるで巡礼者のような心持ちで真っ先にマクドナルドへと向かった。町全体が遺産のような地で、東京にもストックホルムにもあるような飲食チェーンを最たる目当てとする私は、おかげで数々の名建築の横を過ぎ去っていったはずだ。浅学を恥じるほかない。
美しさを品評できる立場ではないのだが、少なくともマクドナルドで食べたアップルパイは美味しかった。ナンセンス。
友人が、それとなく言う。正確かは、定かではない。「感涙に、優劣はあるか?感動だけが事実ではないのか?美術に傾倒する人間が、もっとも体裁を気にしている」Shock. 閉口。
美しさは、いつもそこに在る。世界のすべてが愛と美しさでできている。人はそれを、芸術と呼ぶ。ただ、美しさの表現が、その作法だけが、どうしても見つからない。
私は、いま、責任から逃れようとしている。アンフィテアトルムの全景に心を打たれる理由と、それが心である理由を、はっきりと口にだすことの責任から。
言うなれば、野暮でしか。間違いないぜ、愛する人。
夏の終わり、私の目の前に素敵な誰かが現れて、きっと、それは俗に云う運命の人だったのやもしれないが、それと目配せするたびに、横山大観の「白雲春恋」のように霊験あらたかな朦朧体が、現れては消える。
その運命のひとが、私に向かって、はっきりと、「どうやら君はキャラメルが好きらしいから、そんな甘ったるい喋り方をするのだろうね。」そのとたんに、胸に渦巻いていた日本情緒あふれる幽谷の靄が奇麗さっぱり晴れ、異国の香りで埋め尽くされ、それきり、その人とは会っていない。
Always had a thing for sweets. きっとすべてうまくいくよね。
軽薄ですみません


日記更新ありがとうございますᐠ( ᐢ ᵕ ᐢ )ᐟ 唐紅さんの日記、いつも詩的で美しくて大好きです︎︎🥰あとマックのアップルパイは美味しい👍 友人さんの言葉が深すぎて考えさせられました、やっぱりすごい人の周りにはすごい人が集まるんですね...🤔