全文転載するよ。
聴覚障害の方のために、ボランティアをしているKさんから聞いた話である。
仕事帰りに駅のホームで電車を待っていると、隣のホームのベンチの横に立ち、手話で何かを訴えている中年女性がいた。
何を訴えようとしているのかと、Kさんは興味が湧いた。その動きを読み取ると、どうやら「ここは何処ですか」と繰り返し訴えているようだ。表情も必死で、身振りも大きい。しかし、周囲で列を作っている人たちは、彼女を無視し続けている。その情景に怒りを覚えたKさんは、私なら話を聞く事が出来るのにと、隣のホームに移動した。
階段を上って歩いていくと、ベンチ脇にまだ女性は立っている。Kさんは脇に立って、
「大丈夫ですか?」
と声をかけた。だが、女性はKさんを無視して、必死に腕を動かしている。耳が不自由なのかなと思い、女性の正面に立った。片手を上げて、顔から手刀を前に出すように、「こんにちは」のジェスチャーをした。
「その時の表情は忘れられません」
女性はジェスチャーを止め、Kさんに向かって、にやあっと笑った。嬉しそうな顔というよりは、「罠にかかったな」といった感じの、こちらを小馬鹿にした表情だった。
「あ、嫌な感じ」と思った瞬間、不意に女性が消えた。Kさんは「あれ?」っと周囲を見回した。いつの間にかホームに電車が到着していて、人の影が少なくなっていた。
その夜は、変なこともあるものだなと余り深く考えずにいたが、翌朝からおかしなものを見るようになった。
腕から先が視界の隅に現れて、何かを手話で話していた。不満、不安、恨みごとのようなことばかりだったという。
「憑いて来ちゃったみたいなんです」
ノイローゼのようになったKさんは、友達の勧めで何度かお祓いをしてもらい、今はもう、その腕を見かける事は無いという。