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世界で拡大する「エプスタイン文書」報道、日本メディアはなぜ沈黙? パナマ文書報じた元共同通信記者が指摘する“横並び体質”
アメリカ司法省が公表したエプスタイン文書の中にある写真

世界で拡大する「エプスタイン文書」報道、日本メディアはなぜ沈黙? パナマ文書報じた元共同通信記者が指摘する“横並び体質”

アメリカの富豪、ジェフリー・エプスタイン氏(2019年に逮捕された後、勾留中に死亡)に関する米司法省の捜査資料、いわゆる「エプスタイン文書」が世界を揺るがしている。

政界や経済界などの大物が事件に関与していたのではないかという疑念が広がっており、膨大な量の文書が公開されて以降、海外メディアでは報道が相次いでいる。

一方、日本では週刊誌がエプスタイン氏と著名な日本人との関係を指摘する記事を出しているものの、新聞やテレビが独自の調査報道に乗り出す動きは見当たらない。

こうした状況に対して、ネット上では「なぜ日本のマスコミは報じないのか」「日本のマスコミは本当に鈍感」といった批判の声が上がり、陰謀論を主張する書き込みも散見される。

「パナマ文書」の報道に携わった元共同通信記者で、早稲田大学教授の澤康臣(さわ・やすおみ)さんは、新聞やテレビ業界における「前例踏襲」「横並び」「予定調和」という体質を指摘する。

どういうことなのか。以下、澤さんの寄稿をお届けする。

●司法当局「少女多数を性虐待した」と指摘

「エプスタイン文書」は、大富豪であり、少女への性暴力加害者とされるジェフリー・エプスタインに関する米司法省の捜査ファイルだ。

彼はカリブ海の島を個人所有し、報道によれば、豪邸やプール、コテージ、ヘリパッド、テニスコート、港などが整備されていた。

現地の司法当局は、この島で「子どもを含む何十人もの女性が売買、レイプ、性暴行を受けて幽閉」「12〜17歳の少女多数を性虐待、性搾取した」と指摘している。

この島は周辺住民から「小児性愛者の島」(ペドファイル・アイランド)とも呼ばれていたと報じられている。

画像タイトル 元共同通信記者で、早稲田大学教授の澤康臣さん(2025年12月/東京都内で/弁護士ドットコムニュース撮影)

●注目される理由は「エプスタイン氏の交友関係」

エプスタイン本人は2009年に性売買で有罪が確定し、2019年にも起訴されたが、獄中で死亡した。自殺とみられている。

しかし、エプスタイン文書が注目を集める理由は、本人よりもその交友関係にある。世界中のエリートやセレブがエプスタインとつながりを持っていたためだ。

彼らが「小児性愛者の島」を訪れ、性犯罪に関わった証拠までも文書に含まれているのではないか──。そんな関心が、メディアを文書分析に駆り立てている。

この文書は本来、捜査ファイルであるため、通常は非公開だ。だが、市民による検証の必要性を訴える声が高まり、議会が昨年「エプスタイン文書公開法」を制定。それに基づいて米司法省が特設サイト(https://www.justice.gov/epstein)で公開した。

以来、米メディアは300万ページを超えるとされる文書を分析し、報道を続けている。

●アメリカやイギリスなどで報道広がる

各メディアは「自分たちの知っていることから手を付け、すなわち『フィナンシャル・タイムズ』や『ウォールストリート・ジャーナル』はウォール街やシリコンバレーを揺るがす話、『バラエティ』(エンタメ産業誌)はハリウッドやセレブカルチャーに関する人々、『ニューヨーク・タイムズ』はほかの何よりも大統領が文書にどう出てくるかに、それぞれ焦点を当てた」(米コロンビア大『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』)。

『ニューヨーク・タイムズ』はさらに特集ページで「トランプへの言及」「文書に出てくる有力者」「スターマー(英首相)窮地」などの各コーナーを展開している。

同時に、デジタル技術のエキスパートたちも動いた。

文書内のエプスタインのメールのやりとりを、自分のGメールに格納されたかのような体裁で読め、人名などで検索できるサイト(https://jmail.world/)が開設され、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』は「すばらしいウェブプロジェクト」と評価した

米国外でも、英スターマー内閣関係者や王室関係者が登場したことに英メディアは敏感に反応。フランスやノルウェーでも、自国エリートの関わりが問題化している。

画像タイトル エプスタイン氏に関する膨大な量の資料を公開しているアメリカ司法省のサイト

●日本メディアの動きが鈍い理由

一方、日本では『週刊文春』が千葉工業大学学長の伊藤穣一氏、森ビル、東芝に関する同文書での記述を指摘しているが、新聞やテレビの動きは鈍い。

政官界関係者が見つかっていない点は大きな違いではある。それを踏まえても、日本メディアの反応のゆるさには、いくつかの背景が考えられる。

まず、新聞・テレビ界はニュース判断に「前例踏襲」「横並び」「予定調和」が影響しやすい。これは私自身が30年現場にいた経験からの、反省も込めた実務感覚である。

警察捜査や国政、大型選挙など実績のある取材分野なら、昼夜を問わず取材し、真相を探し出し報じるルーティンが確立している。

だが、新しいテーマや視点にはきわめて慎重だ。悪く言えば、しばしば臆病で事なかれ主義に陥る。

今、大学で学生を見ていると、日本社会全体に通じる傾向を感じる。失敗を恐れず他人と違うことにまず挑む「ファーストペンギン」を見つけるのは容易でない。

横並びタイプが主流だ。その環境の中で、挑戦的で戦闘的なジャーナリストを育てていかなければならない。

●「迷惑をかける報道」抑える日本メディア

メディアを取り巻く状況も厳しい。

日本独特の言い回しに「報道か、人権か」という対立表現があるが、これを欧州や米国で口にすると、相手は混乱する。

世界人権宣言19条が示す「報道・情報こそ人権」という感覚とは逆だからだ。迷惑を避け、報道や情報を抑えることを道徳とみなす通奏低音は、メディア界にも浸透している。

エプスタイン文書に日本人や日本企業が登場するといっても、違法行為だと裁判所が認定したわけでもない。

大したことでもないのに、書くと「人権」を損なう、配慮を欠く、やめといたほうがいい、という傾斜がかかりやすい。

画像タイトル アメリカ司法省が公表したエプスタイン文書の中にある写真

●「べからず」よりも「知らせる報道」へ

10年前のパナマ文書報道の際、当時の米大統領オバマは「これは合法だ。だからこそ問題なのだ」と述べた。つまり、こんなことが合法でいいのか、報道と議論が必要だという姿勢だ。

だが、日本ではこうした挑発的な報道を尊ぶ声はなかなかない。

その一端が、日本独特の匿名化圧力である。パナマ文書報道でさえ、日本では一部で企業名や人名を自主的に匿名化した報道があり、世界的にも特異だった。

報道界が経済的に厳しく、消極的になりやすい時代、市民のよりよい情報環境のためには、「べからず論」よりも「知らせるべきことを知らせる報道倫理」への適切な支援が必要だろう。

各国には、記者をSLAPP訴訟や不当な取材拒否から守り、公的機関の過剰な情報秘匿と闘う弁護士団体が数多くある。

●日本にも記者を支える取り組みが必要

一方、日本においてメディアと法の議論は、「当事者代理人」の観点が中心で、報道や取材による損害が主なテーマになりがちだ。

無論それも欠かせないが、報道被害は具体的に感じ取りやすい一方、豊富な情報を得るという主権者市民や民主主義の利害は直ちに実感しにくい。

各国で情報や報道の自由を守る弁護士団体は、そうした「民主主義の市民と社会の代理人」であり、記者たちが果敢な報道を行うための法的、そして精神的な支えとなっている。

エプスタイン文書報道もまた、そうした環境に支えられている。日本においても、このような取り組みを進めたいと考えている。

地球規模で民主主義が揺らぐ時代に備えることは、喫緊の課題である。

<参考文献>
◾️INDEPENDENTの報道
https://www.independent.co.uk/news/world/americas/crime/jeffrey-epstein-island-virginia-giuffre-visitors-b2887794.html
◾️USバージン諸島当局の提訴報道
https://www.miamiherald.com/news/local/crime/article239319168.html
◾️訴訟和解についてUSバージン諸島当局発表
https://usvidoj.com/u-s-virgin-islands-attorney-general-settles-sex-trafficking-case-against-estate-of-jeffrey-epstein-and-co-defendants-for-over-105-million/

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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